偽医療器具と闘う 先生

04/11/18 南方週末 柴会群

 陳先生はそれまでは上海の地域担当の病院に勤めていた。しかし偽医療器具に出会ってからそれまでの平安でのんびりしていた生活が一変した。陳先生は国家薬品管理局に訴えたが何の返事もこない。先生は患者の利益を考えて偽の医療器具を廃止しようと懸命だ。


 陳先生は15歳から医者の道に入った。現在その道で38年過ごした。勤める病院は上海市虹口区広中地域病院という。彼女は仕事が終わると高等教育の試験を受け勉学に努めてきた。そしてその技術が患者の知るところとなり彼女の診察はいつも満員であった。
 陳先生は結婚が幸せなものではなかったが、それ以外はすべて順調な人生だった。帰宅後は娘の宿題を手伝い、その後は自分の勉強に時間を割いてきた。
 そのような生活に「レーザー治療器」が現れて以降事態が一変した。
 
 問題の起こりは97年7月24日だった。一人の患者が陳先生を訪ね、「先生、この病院は誰にでもレーザー注射をします。でも私の知る限り、あの注射は激痛がし、ふるえが来ます。私にはしないでください」と言う。陳先生は多分患者の個人的異常反応であろうと推測し、レーザー治療室へ行ってみた。

 この病院では外科も産科も傷科さらに小児科にも全てこの注射をしていることがわかった。1回の注射代は40元。それ以外に、1回打てば医者に製造元から7元のバックペイが入る。病院は陳先生にはこのことを隠していたらしい。
 陳先生がこの器具を詳細に見ていると器具には「ZWG-B2」と書かれている。これを見て陳先生はビックリした。ZWGとは中国語で「紫外線」のことだ。レーザー光ではない。 そのことを患者に話したことで、翌日になって病院長から呼び出しを受けた。
 「患者の前でレーザーではないなどと話して、病院の経営に不信を入れないでください」と叱責された。
陳先生は帰宅後その「レーザー治療器」の説明書をよく読んでみた。
 そこには「レーザー注射器:高圧紫外線でブドウ糖液または塩水を皮下に注入する。血液中の酸素濃度を上げ免疫力を高める」と書かれている。
 その企業の名前のところに責任者の名前が書かれている。上海医科大学教授となっている。陳先生が大学に電話をしてみて驚いた。大学にはそのような名前の教授はいないという。だがこの疑問を病院に告げると、病院としてはそのようなことに疑問を持つ必要はない、と陳先生に厳しく口止めをした。

 その病院では1日に多いときで80数人の患者に「百病に効く」として使っていた。
 その治療費だけで病院全体の治療費の60%以上を稼いでいる。
 不思議なことに病院の患者歴の中にこの注射を使ったことは記録されていない。
 病院としても危険を承知で、その被害が漏れないようにしているのではないか、と言う疑問が湧いてきた。
 陳先生は問題を上海市衛生局および7つの部門にぶっつけてみた。しかし政府のどの部門もそのようなことに関与しないという返事が来た。
 病院の中で陳先生が不信を持っているという話が広がり、職員の中にも陳先生に余計なことをするなと言う脅しのようなことを言う人が出てきた。それはその器具のメーカーからのペイバックを貰えなくなるからだった。

 98年3月9日、陳先生の病室が突然封鎖された。病院から自宅待機するようにとの通達があった。これは解雇に等しかった。
  
陳先生がその後も市政府へ確認を続けたこともあって、98年6月、上海市薬事監督局から「レーザー治療器使用禁止令」が出た。 その機器に書かれている国家機関の許可書は全て偽物であった。
病院は自宅待機を正式に「解雇」として発表した。
 しかし不思議なことにその後も病院は「レーザー治療器」を使用していた。調べてみると、その他の病院も使用していることがわかって、陳先生は市当局へ「私から他の病院へ本当のことを伝えて良いでしょうか」と尋ねた。市の回答は「その連絡は被害者のみが伝える権利を持つ」との回答だった。
 そこで陳先生は3日3晩寝ずに考えた。「私が被害者になろう」それが回答だった。
 99年2月1日、陳先生は3つの病院を尋ね、その治療を受けることにした。前日になって先生は涙が出てきた。怖くもあった。もしものことが有ればどうしよう。陳先生の両親は香港に住んでいる。心配をかけることになるかも知れないと思った。
 
 こうした決死の行為でついに上海市衛生局、保険局、医薬管理局、はこの機器の使用禁止令を出した。そして先生の居た病院も掲示板からその文字を消した。
 有る保険局の人の計算によると、上海市全体で約1000台の機械があり、毎日10人以上が注射治療を受けていた。その金額の合計は1日約40万元になる。それだけの費用が国家の予算から支払われていたのである。
 
 国外でも同じ事件が起こっていたことがわかった。01年10月23日、アメリカのメリーランド州のwiliam eberlin と言う人が無許可で「レーザー治療器」を使ったとして有罪を宣告されている。
 ちなみに中国の他の州や都市では依然として使用されているようだ。
 
 00年6月22日、上海市衛生局、医薬管理局公検法司など8部門が陳先生に謝罪。この間受けた損害にも言及し、当分別の地域病院で働く場所を提供するという。

 00年8月5日、陳先生の母が亡くなった。陳先生はこの数年多忙で母に孝行ができなかったことを深く詫び後悔した。
 さらに後悔を募らせたのは母の病気を担当した医者が、胃ガンを誤診していたことがわかったのだ。典型的な幽門梗塞という症状なのに胃炎としか看ていなかった。もし正しい治療をしていればまだ数年は生きていられたのだ。
 母は臨終の時、陳先生に「病人は何もわかりません。おまえは医者として本当に患者のために尽くしなさい」と言って息を引き取った。
 母は上海の聖ヨハネ大学化学科を出ていて、陳先生の「レーザー事件」に関心を持っていた。だがその母は、おそらく中国では正しい解決が得られないだろうと予想していた。
 陳先生は母の死で医療器具の正常な使用を極めて重要な問題だと心底から思うようになっていた。レーザー治療器具は現在中国で起こっていて毎日のようにニュースで伝えられている、偽の医療機器と医薬問題の氷山の一角である。
 ”医療業界と病院体制の正常な状態が生まれない限り不正な器具は入れ替わり立ち替わり現れてくるだろう”と思った。

 「レーザー治療器」が別名で登場

 01年10月、陳先生が新しい上海市彭浦地域病院の職場に移って8月が経った。そのとき再びあの「レーザー治療器」が名前を変えて現れたのである。今度は「鼻腔内照射器」となっていた。そして説明書に書かれた許可期間は既に過ぎている。やはり1回の使用で40元となっていた。 
 この数年上海市医療保険部門では大規模な改革があり、各病院の消費する費用を総体で制限する方法をとっていた。また各病院では一人一人の医者に診療費を稼ぐこと、検査費を稼ぐことを命令していた。
 この政策発表後「鼻腔照射器」の使用頻度は以前よりも大きくなっていった。さらに「傷骨治療器」「高電位治療器」などと名乗るまがい物が堂々と治療現場で使われていた。しかもそれらは高額ゆえに病院に喜ばれていた。

 陳先生は再び市政府の関係部門に連絡をした。02年4月上海市薬物管理局が取り調べを始め、「鼻腔照射器」を禁止した。製造元と使用していた病院への罰金総額は100万元に達した。陳先生は今回の方が比較的短時間で終局を迎えたと感じた。ところがなんと驚いたことに、また同時に「レーザー治療器」が名前を変えて登場していたのだ。陳先生はちょっと罪悪感を感じもした。というのは「鼻腔注射器」は治療効果はゼロで、ただ金銭泥棒の役割だけである。だがこの「レーザー治療器」は体内に注射されると有害である。中国人全体の健康を害する。

 陳先生は03年以降北京まで出向いて、国家薬品監督局に交渉することになった。
 02年12月31日で陳先生は再び病院から解雇された。しかも陳先生の病院に預けていた預金口座が引き出し禁止となっていた。

 陳先生の陳情が実って、04年1月14日、国家薬品管理局で検討会が開かれた。出席はレーザー医学、薬学関係の専門家で陳先生に質問する方式で開かれた。そこには解放軍総医院教授でレーザー医療学会主任の顧英氏もいた。また製造元の代表者も居た。メーカーは動物実験がしていないが上海の多くの病院で実際に臨床上有効と認められている、と発表した。解放軍代表の顧氏がこれまで医学界では「レーザー治療器」の有効性について議論されたことはなく、実用すべきではない、と主張した。この発言が全体に受け入れられ、これまでの使用責任は製造元にあると結論された。
 ところがどうしたことか、翌日再度開かれた会議に陳先生は呼ばれず、前回の結論は撤回されていた。レーザーの専門学者も途中退場し、「これは良心の問題であって科学者の出る幕はない」と声明を読み上げて帰郷した。

 5月20日国家薬品管理局は「レーザー治療器使用について、使用しても良いが、いかなる薬品もそれを使って体内に注射してはいけない、と通達を出した。
 陳先生はその後も諦めずこの「レーザー」と奮闘し、今年(04年)再び自分自身その治療を受け、「何とかして本当のことを国民に知ってもらいたい」と言っている。
 
 その後11月、陳先生は上海市法院に「病院が詐欺をしている」という告発をし、それは受理された。

以下は記者と陳先生との会話記録である。

記者:あなたはなぜ一生をかけて偽医療器具の告発をされたのですか。
陳:気持ちは複雑です。母の遺言もあります。何よりも大きいのは私が30年以上医者をやってきて患者に責任があると言うことです。 もし私が告発しなければいつまでも病院は詐欺行為を続け患者の被害は続きます。誰も罰を受けません。
 もしこの訴訟をしなければ、人々に会わせる顔が有りません。良心の呵責に迫られるでしょう。
記者:あなたが初めて「レーザー」に出会って既に7年が経ちます。こんなに困難な問題と予想しましたか。
陳:全く予想外です。当時はすぐに片が付くと思っていました。本当にこのような困難が最初から予想されていたら私は引き下がっていたかも。(笑い)
記者:世間ではあなたを「キツツキ」と呼んでいます。
陳: 私は孤独ではありません。この問題に関わってからたくさんの友達ができました。
 新聞記者や国家公務員や組織の代表者、正義感のある老人など。多くの人達の支持があるからこそ私はこれまでやってこれました。 北京の会議に出るためCDを買って証拠を記録しようとしたら、その店員が私のことを知っていて、無料にしますと言ってくれました。
 また北京へ直訴の列に加わったとき、多くの長い列の人達が、私のことを知って最前列に連れて行ってくれました。彼らは何日も並んで居たのに、私に席を譲ってくれたのです。 もちろん寂しくなって泣いたことは何度もあります。でも母の言葉を思い出し頑張ってきました。
記者:あなたが訴えている「レーザー治療器」は”有害であることの証明”が困難ではないでしょうか。
陳:そこが問題なのです。病院ではこの器具を使ったことを治療歴に記していません。従って具体的に有害を証明できません。レーザーそのものは昔ソ連から紹介されたもので、光線そのものは有害とは限りません。
 しかし、血液内に注射することは、臨床試験がされたわけではありません。安全だという証拠は有りません。このまま使用を許可すれば、偽医療器具が続出するでしょう。それが怖いのです。
記者:この訴訟で病院と医者に大きな影響を与えるでしょう。
鎮:もちろんです。私が病院を訴えるについては、病院の弁護士が「あなたは病院の医者であるから、病院には絶対服従の義務がある」と言いました。でも私は医者である前に一人の公民です。その次に医者なのです。まず人間としての責任があります。
 医者の中にも良識のある人が大勢居ます。でも現在の組織構造では上の命令に背くことはできません。
 そして世間では医者を良く思っていないのが当たり前と言うこともよく知っています。私が北京の会議に出たとき、世話した公務員が「タクシーに乗るとき、自分が医者だとは言ってはなりません。医者とわかれば運転手は北京の道を遠回りして行くでしょう」と注意してくれました。医者はそのように国民に信頼されて居ません。
記者:その理由は何でしょうか。
鎮:それは全ての医者自身の問題です。責任は医者にあるのです。きっと医療技術に優れ徳のある医者はこの問題を大変辛いことと自覚しているでしょう。

 この採訪が終わった時、陳先生は「レーザー治療器」が使用されなくなったら、しばらくはゆっくりと子供の側に居てやりたい。そして死ぬときには自分の医者としての服装一式を一緒に焼いてほしい、と語るのだった。きっと娘さんはその服がもっとも医者らしい服装だと言うことを知っているだろうから。


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訳者注: 昨年2月の翻訳で、学校給食のミルク下痢事件があり、その被害の実態を公表することを求めて市民がバリケードを造った事件がありました。公表を阻止したのは市政府でした。また偽の薬品が出回っており、その実態調査を市政府がせず嘘を発表している事件も有りました。
 その他中国では毎日のように偽医療器具・偽医薬品の被害が続出しています。その問題にいつも政府側が、或いは党が不正の側に立っています。
 これが独裁国家の姿なのでしょうか。どんな不正をしても権力側の人は裁判と公安と総ての権力を握っているので「痛みを受けない」、と言う国家ゆえに改革は不可能に近いのではないでしょうか。
 でもこの医者のように独裁国家の中にも正義の人が現れると言うのも歴史の流れでしょうか。
 北京の運転手が医者と聞いたら遠回りをしてメーターを上げたり、直訴で並んでいる人がこの医者を前列に進めたりと、「老百姓」(庶民)はいつも真理の味方です。
 10年前、私は中国人におみやげとして「101」とか言う「毛はえ薬」をもらいました。当時それは日本の新聞まで紹介する人気商品でした。でも今は姿は消えています。やはり偽商品だったのでしょう。
 ただし念のため紹介しておきますが、医薬品は信用できませんが、農業関係の食品、これは日本の市場で良く見かけます。それらは土地の改良から出荷まで総てを日本の商社が介入し指導しているので、また入国時には日本政府の検査もあるので安心だと思います。
 リンゴなどは土地の改良のために広大な面積全体を1メートルも土の盛替えをしたと聞いています。初めはこれらに中国人が反対したが、今では世界へ輸出できるリンゴとなっているようです。
 でも中国の医薬品(漢方薬)は有名なので、もしそれが歴史的に使われてきたという証拠が有れば、信頼できるのではないでしょうか。