SARSに現れた民衆の気持ち
03/06/12 南方週末  記 周海燕

 南京市党委宣伝部が社会学者の周暁虹教授に委託して、南京大学と南京市の5/1日から5/23日までの民心調査を行った。
構成は1.文献調査、2.専門家の意見、3.北京・上海・広州・重慶・南京の5大都市、2064家族の電話聞き取り調査からなる。
 03年2/4日、正に立春の3日後から電話による連絡が毎日100万から500万の数で増えていった。それは「広州に致命的な流感が発生」という内容で、以降SARSという名前で全中国を震わせる巨大な事件となった。冠状病毒のSARSとは一種の医学上の問題であるが、しかしその爆発的な流行は中国の文化・政治・経済など全ての面に深刻な影響を与えた。
 ここでSRASが民衆に与えた影響について調査する意義がある。

 解析−1 流言と新聞との関係
 真に必要な情報が公開されないなら、大衆はどんな流言を広めるかわからない。 

    南京大学新聞学学者 杜駿飛

 この調査で判明したことは、新聞が報道する前に、40.9%の人が他の方法、伝聞などで事件を知っていた。ただこれには都市によって大きな差がある。
 最初にSARSが現れた広州では、58.2%の人が新聞以外の方法で事件を知っている。広州からかなり離れた重慶では29.4%の人が新聞より先に知った。
 その方法は、道々の立ち話が56.7%、電話が19.4%、インターネットが14.2%などの方法である。
 そしてこれらの情報の取得後も公の報道を期待する人が数多くいることで、ある地方では84%の人が公報を期待していたとしている。
 新聞が完黙を続けたことが大衆の失望を大きくしている。そのころ大衆は本当の疫病の実態を知ることに真剣になっていたのである。
 公報が無いので仕方なく大衆は小報(人の噂など)に頼るしかなかった。   
  そのためある地方では信ずるものがないため、食料・塩などの買いだめが発生している。このような不穏な空気はここ数十年中国にはなかった。
 やがて新聞が報道を開始するようになってこの大衆の恐慌的な風潮は消えていった。 別の新聞研究所の陳研究員によると、もし新聞が報道を即時始めていたら、SARSの伝染も少なく、予防にも役だったのではないか、と語っている。

 4/20になってやっと国家衛生部はメディアに報道を許可。ただ、極めて見通しの甘いものを選んで許可した。同時にその決意が大きいことを示すため、2名の高官を首にした。この後もSARS感染者は増加の一途をたどったが、しかし大衆はかなり客観的に、かつ冷静に事態を見守るようになった。
 メディア学者の雷躍捷は「メディアは迅速に災難・事件を報道する義務がある。特に疫病の場合は公開制度にしても良いのではないか。そのことによって事態は、事件に対応した方法を生み出すだろう」と述べている。

解析−2  政府が問われるもの

 本件のように人々に対する影響が極めて大きいものについて、特に政府の対応策が必要なものについて、今回の事件は大きな問題提起をなしていると考えることが出来る。

 北京天測経済研究所経済学者、張曙光

 SARSは人的事故ではない。それは天災である。ただしその影響と広がりは簡単には計り知れない要素を持っている。このようなとき政府は人民の団結を守り効率よく問題に対処するための姿勢が問われた。
 今回次のような問題を政府に提起することが出来る。「政府は公民の生命と健康とを最重要視する態度で居たのか」、これである。

SARSが広がったとき、ちょうど政府が新しく選出されたときである。事件が知られるようになって、中国の事態は国際的に注目を集め出した。世界の国は中国政府が事態に応じた適切な対処能力を持っているかを心配していたところもある。
 そして政府が決意を持って対策を実施した結果、調査によると81.2%の人が政府の対策に満足している。不満を表明した人は5.3%にしか過ぎない。これは国内的には大成功を物語っている。

 SARSの突発性、不確定性に対し、政府部門の対応はどうであったか。
 回答者の傾向から見ると、中央も地方政府も共に大衆の要求や質問に答えると言うことには慣れていないことがわかる。多くの政府組織は下から要求されても動かず、上から命令されて初めて動くと言うことを如実に示している。
 科学的かどうかと言う面からすると、この上級の命令でしか動かない態度は打破する必要があるのではないか。

 上海政府の取った態度は大衆の支持が89.6%を占めている。これは今回、専門家を交え適切な処置を執ったからと見られる。これに反し北京市での対応はSARSを軽視したため、適切な対応がなかったことがはっきり読みとれる。
回答に「満足」と答えた人のうち、文盲の人たちが60%であるのに対し、高学歴の人たちの数は20%に止まっているのは注目に値する。
 結論として今回の調査から言えることは、新しく出発した中央政府は、完全にその信用を回復したと言えるだろう。

解析−3 SARSの経済的影響
 SARSの結果人々は今後の経済面の影響に耳目を奪われていて、それらは有形の形で表面化するが、政府の対応によっては無形のものが今後さらに巨大な損害を与えるかもしれない。
 南京大学国際商学部経済学者 洪銀興

 SARSの影響を見て、中国民衆が将来を希望的に見つめていけるかが最大の関心である。もしこれが欠けてしまえば、中国の経済の将来はない。

 調査から言えることは、7.1%の人がすぐにSARSが消滅するだろうと考え、1ヶ月から3ヶ月で消滅すると答えた人は52.5%に達している。
 全体の90%がSARSが消えれば中国の将来は希望がもてると回答している。つまり大半の人はSARSの悪影響をすぐにも回復できると考えているようだ。

解析−4 医療方面の政府投資

 医療方面の投資は大きく不足していることが指摘されてきた。特に農村に対しては、教育と医療については後退しているとさえ指摘されている。中国の経済規模はまだ小さく、疫病に対しては今後とも予防を主として対策を立てねばならない。

 中国社会科学院民俗人類学学者 翁乃群

 中国ではSARSに対し、これは単なる治療の問題ではなく、政治を含めた社会の総合問題である。これまで中国は一つ一つの病気に対して取り組んできた。しかしそこに公共の衛生管理・環境衛生という捉え方がなかった。特に農村に於いては公共衛生という考えはほとんど存在しない。
 この公共衛生という考えがないため、このようなSARSが現れると、民衆は恐慌状態となる。特に生活レベルの低い階層に置いてはこれが顕著である。
 例えば調査に於いて、月収が600元以下の人の50%が大きく緊張したと答え、収入が2千元から4千元の階層に置いては23%の人が緊張したと答えている。
これと関係しているが、SARSの予防は全て政府が支出するべきと答えた人は40.6%である。この中途半端な数字は公共衛生の捉え方の未解決を表しているのではないか。
 多くの専門家が指摘するように、現在大至急に、社会保障や社会危機への対応について制度と基金を設けるべきである。これがSARSが中国に与えた大きな警告ではないか。

 調査で中央政府に対し貴方は満足していますか、と言う問いに対し、月収8千元以上の人は62.5%が満足と答え、それ以下の人は40%以下で、さらに300元以下の人は30.4%が満足と答えている。
 これから言えることは低階層ほど政府に対し期待が大きいと言えるのか。
 SARSのような危機に遭遇したとき人々は誰に依頼するか。
 調査ではまず「家族に期待する」が28%。政府への期待も同じ数。職場に期待は17%となっている。
 SARSに関し、公共機関に相談したが何の援助も得られなかったと答えた人は回答の3分の1を超えている。
 中央は巨大な資金を準備してSARS対策を打ち出した。地方政府もそれに応じて大きく一歩を踏み出した。しかし庶民の多くは公共の援助を得られなかった。
 この機会を借りて中国は医療制度と公共対策を徹底して実行しなければならないのではないか。中央から地方政府までの大胆な決意表明は、上への忠誠のためだったのか。その政策の中に民衆という文字はなかったのか。全ての公民が平等に医療制度の恩恵に服することが出来る時期の到来はいつになったら来るのか。

解析−5 危機消滅後の中国
 今回の経験を通して中央政府は予防だけの問題ではなく、政治・経済・文化・国際関係等多面にわたる複雑で総合的な事務処理体系の構築を要求されている。

 中央評論ネット 法学者 粛翰

  SARSは中国が新しい世紀を迎えて初めて遭遇した大きな危機であった。調査では3分の1の人が今後の仕事や生活に不安を感じている。
 そして回答者の56.3%が公共政策の見直しを期待している。また今回の経験は公民としての意識形成に大きく寄与したと自覚した人が、24.9%、政府の改革を求めるが21.7%、新聞発行の自由が9.8%となっている。

 結論

  6/9日現在、世界に8421人の患者が居り、そのうち5328例が中国である。世界で死んだ人は784人、そのうち中国では340例ある。
 SARSが表したものは一つ医学上の問題ではない。それは国家のあり方、経済のあり方、公民権利、公民の素質、公共衛生、などの多方面に及ぶ。
 この機会を借りて切実に中国の政治と公共政策の見直しが求められているのではないか。21世紀に入って、中国が極めて貴重な経験をしたと受け止めるべきであろう。
5/6日、この調査は終了したが、時は正に立夏。全ての生物は燃え上がるように成長する。大地の万物は生き返る。

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訳者注:
 日本の新聞によると、中国でSARSが発生し、WHOがその実態を詳細に報告するように繰り返し要求したのが昨年暮れでした。
 発生は昨年10月とも、あるいは6月という説もあります。結果から見るとその病原菌を世界に振りまいてから、中央政府は対策を始めました。それまで何故新聞は報道しなかったか。
 新聞は大衆を教育し、政治宣伝の機関であって、事実を報道する役割はない、これが人民日報始め中国の報道の実際です。これで50年間やってきました。
 13年前の天安門事件で学生が戦車で殺されているときも、新聞などは何も報道していません。都会を離れると新聞そのものが無かったし、字の読める教育を受けた人がほとんど居なかったのが事実です。
 大連にいた日本人の話、当時日本語を聞ける学生が必死になって日本の海外放送を聞いて天安門で何が起こっているかを知ろうとしたこと、を以前しました。これが13年前のことであることを日本人の誰が信じられるでしょうか。

 約10年前から、一般民衆の家庭に電話が設置されるようになって、地下の水道管が破裂したとき、先ず付近の住民がテレビ局に電話をし、その実態が報道されて初めて傲慢な公務員が動き出すと言う話もしました。テレビで報道しないと、公務員は動きません。

 新聞・メディアの報道が無いと如何に社会が不安定で、被害が巨大になるか、これを今回のSARSが証明しました。
 
 それともう一つ、私たちに信じられないことがあります。ここには全く触れられていませんが、広州の医者達は何をしていたのでしょうか。病院に勤める医者が何人か死んでいます。しかし彼等、高等専門教育を受けた医者達が何故公共の危険について発言しなかったのでしょうか。
 この21世紀で、理解し難い話ではないでしょうか。
 治療に当たった同僚の医者が死亡したとき、同じ病院の医者はどんな態度を取ったのでしょうか。院長はその特殊性、危険性を党や政府に報告する義務がないのでしょうか。
 医学関係者の横の連絡組織がないのでしょうか。(3人以上の組織は党の指導が必要です)
 最後に、中央も地方政府も、その政策の中に「公民」という文字はない、全ては上部への忠誠のみ、と言うあたり、中国国家の性格が明確に宣言されていますね。こんなこと書いて良いのかしら。