狼 先 生
02/06/20 南方週末 

 湖北省の鐘祥市の4名の教師が、1年前毒を使って百余名の学生を傷害させたとして逮捕された。警察は事件確定と発表し、各メディアが真犯人は4名の狼だと書き立てている。曰く「有る学校の副校長が自分の職を得るため4名に命じ毒を学生盛らせた」と。そこで人々はこの先生達を”狼先生”と呼んでいる。ところが一年が経つというのにこの事件は何の進展もせず、司法部門も罰の悪そうな感じのまま推移している。

 記者 黄広明

 4名の教師が毒を仕掛けたか

 6/13日中学の試験が終わり、卒業生を社会に送り出した。当市賀集2中学の女性教師曹金玉は、彼女の夫(前副校長)が刑務所に1年服役しているので、試験終了後も気持ちが明るくなれないで居る。
 2001年5/6早朝、試験の前日、学校で大きな中毒事件が発生した。100名以上の学生と先生達が朝食後気分を悪くしてふらふらとなった。吐き気が止まらない。20キロ以上離れた病院へ送られた後、幸いなことに全員正常に戻った。その事件が報道されて世間が騒ぎ出した。警察が入り、これは人間が仕掛けたものとされた。学校の食堂に仕掛けられた”猫いらず”がその毒であることが解った。その毒が何かで朝の饅頭に混じっていたのだ。
 しばらくした5/18、警察は事件が解明したと発表。”犯人は副校長初め4名の共謀。彼等は学校の管理体制が不満で、学校を混乱させて校長を落とし込めようと図った。”

 この報道でどの新聞も大々的に紙面を飾った。「凶手は4人の狼」「校長を辞めさすために100名余の学生達が受難」「彼等の罪は当然すぎる」等である。これでその犯人の嫌疑者は、「狼先生」と呼ばれるようになった。
 逮捕が発表されると、嫌疑者の家族は世間から冷たくされ、困難が続いた。

 自供

その後幾つかの簡単な事件後の報道があった。「連日深夜に及ぶ追求で犯罪嫌疑者は供述開始」と。しかし漏れ聞こえてきたのは、嫌疑者がすっかり落ち込んでいるという話だった。
 2001/9/5,この事件は4ヶ月の審査を得て起訴され、当市人民法廷で審理が始まった。予想に反して4人の嫌疑者はすべて自供を覆し、自供はすべて警察の暴力の為と述べた。この供述は、実際は3人がもっと早い段階で自供を否定していたのだ。最後に自供を否定したのは登宋俊という先生。彼の弁護に当たった人の話によると、(法律上は公安が逮捕した段階で弁護人が面接できることになっているが、この事件の場合公安は許可しなかった。そこで人民法廷での前日初めて弁護士との面会が行われた)
 登は公安で相当痛めつけられ、仕方なく嘘を述べた、と弁護士に説明した。それを聞いた弁護士は、念のため、弁護士が偽証罪に問われないように、面接の場に監視人に立ち会って貰って、この話を記録した。
 4人の代表格の副校長は2001/7/19、検察院に自分がいかにして自白を強制されたかを述べている。
 2001/5/15午後、警察での呼び出しが終わって帰宅したとき、派出所から心理検査をしたいと言ってきた。彼はこの事件とは何の関わりも無いので心理検査など必要ないと思いながら、又当然心理面に何の心配もなかったので検査員と冗談を言いながら検査を受けた。そのとき検査の表も結果も何も本人には知らされなかった。試験の結果は疑惑有りと出た。そしてその後直ぐに警察は毒を入れたことを自供しろと脅迫してきた。この先生はびっくりした。実際事件の前日は、他の先生の家でご馳走になり、その後麻雀をして遊んで、翌朝朝方までそこにいたのだから。
しかし警察は数人が交代で脅迫を迫り、最後にG隊長が「おまえは嘘を言っている」と結論づけた。
 G隊長の話しかたは、「君たち4人の仲間がやったことはすべてもう証拠を握っている。他の3人は自白済みだ。誰が薬を買い誰がその毒を食堂に持ち込んだかまでハッキリした。おまえ一人が自供を拒んだところで何も意味はない。早く自供した方が身のためではないかな」と言う言い方だった。
副校長が「私は何も知らない。」と言うと、警官達は彼の耳を思い切り殴り、次に電気棍棒で頭を殴ってきた。恐怖のあまり「私がみんなに電話をしました」などと無理矢理に適当な話をした。記録が済んでG隊長は「お前、まさか俺を恨んでいるのではないだろうな。もし誰かに電話しようとして電話局に行けばそれは直ぐ儂に連絡が来るからな」と睨み付けた。
 彼が警察で無理矢理自白させられたとき、警察は彼に、誰が毒を買って誰が運んだかなどを暗記するよう説得した。彼はただ「はい」とだけ答えた。このように彼の自白はすべて警察がこじつけたもので、彼はただ恐怖の気持ちで言われたとおりにしただけであった。 不思議なのは警察はその「暗記」を何度も改修し、そのたび”準備会”という名の記憶し直しを命じた。
 看守所に送られて2日後、公安局が予審に来た。事実に基づいて事を進めるという原則の下に、「私はこの事件とは何の関係も有りません。私はこの事件に参加していないし、この事件で得るどんな利害とも関係がないでしょう」と説明した。しかし、公安の予審官は何も記録しなかった。3時間後彼等は逮捕状を彼に見せた。そして女担当官が「貴方の言い分は通りません。他の3人は既にすべてこの通り自供しています。これで貴方の罪は確定しています。・・・ではこうしましょう。貴方は事件前日現場へ行ったとき怖くなってやる気が消えた。そこで一人だけ家へ帰った。・・
 こうすれば多分貴方の罪はかなり軽くなるでしょう」と彼に説明した。
彼の気持ちがぐらついて、その場では反論できなかった。

 9/18法定審理。審理の重点は証拠提示であった。弁護士が脅迫による自白が行われていないかを確かめた。すると胡刑事は「私は法律を守る人間。人を殴ったりはしない」と返答した。これを聞いていた4人の一人、毛先生は顔を真っ赤にして胡を指さし、「お前は本当のことを言え」と叫んだ。すると胡は「何が証拠にそんなことを言えるんだ」、と怒鳴り返した。
 もう一人の被告の王先生は、電気棍棒で殴られた傷が身体中に50ヶ所以上有ると発言し、この場でそれを見てほしいと要求した。それは法官によって制止された。審判長李平安が閉廷後、王の身体を医者に調べさせたところ下腹から太股にかけて100ヶ所以上の痣が見つけられた。しかしこれは彼独自のもので、警察の脅迫とは限らないと退けられた。後日、記者が李平安法廷長に「あの傷は何処で出来たものか」と尋ねると、彼は「医者の検定にしたがったまで」、と答えた。

 証言の怪しげな部分

 法廷での紹介をすると、ほとんどの時間は証拠に関するもので、その証拠提出は公安提供のものばかり。40種以上の証拠についての説明が朝から夕方まで続いた。
 この証拠の大部分は証言で、当学校の学生達先生達および事件に立ち会った医者の証言である。それらの証言の言葉には「おそらく」大概」「聞くところによると」などの言葉が着いている。
 各証言毎に弁護士がこの事件と何の関係があり何を証明しようとしているのか解らないと質問した。
 弁護士が言うには「公安提出の証拠類はすべて事件当日事件が起こったと言う事実だけの証拠で、4人の先生とは何の関係もなかった」と話している。
 ただ一つ事件前日の夜、毒を運んだのを見た証言があった。その運んだ人間の足跡と指紋があった。しかしこの証拠は公安が提出を拒んだ。また毒について、4人が何処で買ったかについては何も証拠として出なかった。
 弁護士の判断によると、唯一の証拠は4人の口述だけであった。
 口述で、4人が謀を計画し、役割を決めたことになっている。しかし被疑者の口述書から見ると、各人の証言はまちまちで、計画の話し合い場所から、役割分担まで一致するところがない。又、一人の証言記録が途中で切れ、次の証言との繋がりが無く、間接的推測の証言となっている。

製粉機の中なのか外なのか

 当市の公安局副局長”安虎城”はこの事件に直接の証言がないことを認めている。彼が報道機関に説明してきたところによると、「この事件は直接的な証拠が得られないからこんなに苦労をしてきたんだ」と言う。30名の担当官が12日も掛かって調べ尽くしたんだ、とのこと。この副局長は「この事件はこれで明快に解決された。どこから考えてもつじつまが合っている」と説明を加えた。

 法廷で弁護士側も証拠を提出した。それは主として被疑者の家族からの証言で、実際上4人が集まって計画する時間がなかったと証言している。
 その中で出てきた問題は、事件当日使われた製粉機の中に毒が入れられたとする当局の見方で、ところが当局の検査書の中では廻りの粉袋や袋の外底からも毒を検出したことになっていることだ。
 これは製粉機を使う前から毒が着いていたのではないかという見方も出来る。 
 法廷審判長李平安が言うには、弁護方からこの質問が出たとき、公安側は一時静まりかえった。やがて公安の答えが出て「おそらく犯人の”しゃれ心”ではないか」と返答した。
 閉廷後公安が別の見方を提出してきた。「検査班が調べるとき、初め機械の中の粉を調べ、後に毒の着いた手で粉袋を触ったからだ」と言う見解である。これに対し弁護士は「こじつけもいいとこ」とこき下ろしている。

 その後しばらくして検察院から「証拠が事実と違っている」点を捉えて起訴を撤回。2001年12/3、当市法院も撤回を決定。法廷院長李平安は「証拠にまだ補充が必要」と判断し、公安に撤回を勧めた、とのこと。
では一体現在出ている証拠の何処に不足があるのか、と記者が公安の長に尋ねると、彼は「それはまだ微妙な問題で」と言って確答をさけた。
 現在公安局検察院で補充の証拠集めをしている由。 

 事件の動機は

 市公安当局は現在調査中とのことで記者の面会を拒否している。検察大隊長も「如何なることも外部に話してはいけない」と指示している。
 正にこの局長は昨年、有る週刊誌との対談で「現在進行中の事件の中で、あの副校長は我々公安を軽蔑しているに違いない。我々には教育がないし、誰も中学しか出ていないから、奴は自惚れているのだ」とまくし立てた。 弁護士呉新州も警察が今回の取り調べに当たって有る何かの先入観をんもって事に当たっている、との感じを持っていると言う。したがって、無罪を主張するのがとても困難だという。
 法廷で副校長が自白を覆したとき、公安担当者が「被告よ、君は自分を何様だと思っているのだ、もっと素直になりなさい。現在人民法廷が貴様の犯罪を裁いているのだ」とまくし立てた。
 現在犯罪の動機として有力と考えられているのは、副校長が校長に対して恨みを持っているという見方である。それは1999年校長の選出が行われた時にその恨みが表に現れたとのこと。しかし事件後一年して記者がその校長を訪ねたとき、その校長は既にその学校を離れることが決まっていて、「私と副校長とはずっと仲が良く、事件の前後もずっとお互いに助け合ってきた間柄です」と言った。「確かにあの頃私が校長に選ばれ、微妙な関係にあったかも知れないが、しかしいつも通り二人には問題などなかった」と追加して説明してくれた。「例え矛盾があったとしてもとても恨みを抱くような間柄ではなかった。今もう一人の嫌疑者となっている物理の先生とも仲良く、解け合った中だった」とのこと。

 この校長は又記者に対し以下の説明をくれた。事件後、彼はこの事件に教師が関係しているとは思えなかったと言い、彼も警察に呼ばれ、「貴方は副校長が毒を盛ったと思いますか」と聞いてきたとき、とても驚いたが、マスコミが警察の言うとおりを書き立てているので仕方なくそれを信じるしかないという心境だそうだ。

 もし、あわてた故のこじつけなら

「慌てて結論を出すと、担当者の決心は一層強くなる」と、公安宣伝部の長が説明してくれた。当時の各種報道から見て、どうも事件をよく見ないで結論を急いでいるようだ、との意見だ。
 ここの心理面の検査を受け持つ主任担当官は、この道の第一人者と言われている人で、しかし、今回こんなに心理検査が重要と位置づけられるとは思わなかった、と言う。
また「心理テストは身体の調子が正常で、さらに被疑者と思われていないかなどの心理的負担があっては効果がない、或いは薬を服用していないことなどが必要」、と記者に説明している。 
 実際彼が今回の事件で試験を受け持って行った内、一人の先生は体調が悪く3回も試験をやり直した。その結果は疑惑有りと出た。でも彼の話し方から見て、この結果に確信を持っているとは思えなかった。
この心理検査については、その意義を根底から否定する人も多いと聞く。
アメリカの法廷ではこの使用については厳格な制限があるとのことだ。
 この事件後中国でも心理検査を神格化しては危険だと言われるようになっている。試験を受けるときに慌てて誘導された例が多くある。雲南では殺人犯人が別にいるのに、この心理テストで無実の人を処分している。

 慶功会とメディア

 2001年5/18、成功を祝う会(慶功会)があり、市の公安局の本事件関係者の集団が2等賞、4人を自白させた個人に3等賞が与えられた。
 記者が疑問に思うのは、公安局の表彰が早すぎないかということだ。メディアも”事件確定”の報道をしているがそれで良いのかと言うことだ。
 関係者の話によると、このようなやり方はこの市だけの話ではない、と言う。どこの公安も事件確定と報告があるとこの「慶功会」を開いているとのこと。法廷での判決を待つことは皆無とのことだ。
 又他の一人は、例え現行法規によるとしても、このようなやり方は取るべきで無いという意見だ。
 これまでどんな事件も法廷で無罪になった人は居ないので、つまり”現在まだ審理中”という公布は必要ないのだそうだ。
どうしても指摘したいのはすべてのメディアが度を超した表現「犯罪容疑者」と称して犯罪人扱いしていることだ。彼等メディアの表現は「4人の狼先生」「校長をおとしめるために100人以上を犠牲に」「彼等は因果応報だ」等の言い方で、事件を確定して表現し、被疑者を鞭打ち、司法当局と一体になってまるで恥じも外聞もない、かのようだ。

 何時本当の審理が行われるのか

 当学校の先生達の家族を記者が訪問すると、どの夫人達も涙が止まらない。あの事件以来まだ家族の面会は許可されていない。

 市の党政治法律委員会書記の曹氏は、現在司法機関として審査中で、まだ期限がある、と言う。しかし弁護人の話によると法律上は最大2ヶ月以内に起訴か不起訴かを決定することになっているという。
 書記の話によると公安が事件確定と発表後、無罪になることもありうる、との話だ。「警察の審査と言えど、医者の見立てと同じで、間違うこともあり得る。現在各部門が懸命に審理を進めているので、やがて結論が出るだろう。そこで充分な証拠がなければ当然無罪釈放と言うことになる」
またこの書記は、法律は口述による証拠を重要視しているが、しかしそれも不十分なことがあり、今年の3月から司法機関に自白強制を自制するよう求めたこと、家族が審理に立ち会うことも許可されることになった。 
 また容疑者に対する救済措置も考慮され、もしこの件の4人が無罪になれば現職復帰もあり得る、とのことだ。
 しかし家族達の意見は、出来る限り早く審理を進め早急に釈放して頂きたいとの意見であった。

 訳者注:訳していて、これが夢か事実か、と自分の見ている新聞が信じられないことしばし。