Sir Georg Soltiの名演奏

 

 

工学部3年 佐伯 享昭

 

昨年の9月に私の好きな指揮者であるSir Georg Soltiが亡くなった。今更ながらその追悼の意味も込めて、彼の残した多数のCDから特に優れた演奏を紹介しようと思う。と言っても、単に私が好きな演奏だけを羅列していってもきりがない上につまらないので、私が「この演奏以外でこの曲は聴きたくない」と思うほど強烈に好きなものに限定して紹介していこうと思う。

 

Brahms:交響曲第1番

Chicago Symphony Orchestra (Medinah Temple, Chicago; 1979)

つい最近まで大嫌いな曲だった。何でこんな曲が名曲と言われるのか、全く理解できなかった。重くてダラダラしている―――これが私のこの曲に対して持っていた印象だった。ところが、教育TVでやっていたSoltiの特集で、この曲の第4楽章の終結部をSoltiが振っているのを見て、急にこの曲が聴きたくなり、買ってみたのがこのCD。予想をはるかに上回る名演。低弦に重心を置く一方で、重さを感じさせない引き締まったテンポと強烈なアクセント。あのThe Cleveland Orchestraと比べても遜色ないほどの弦のアンサンブル。そして、CSOお得意の咆哮する金管と破壊力満点のティンパニ。特にホルンなど、やり過ぎとも思えるほど豪快に鳴らしている。もちろん、終楽章の終結部はAccelerando。まさに私がSoltiの演奏に期待する全てを期待以上にやってのけている。なお、輸入盤はリマスターされているが、国内盤では1000円。お財布と耳に相談してから買って下さい。

 

Bruckner:交響曲第5番

Chicago Symphony Orchestra (Medinah Temple, Chicago; 1980)

私が最初に買ったこの曲のCD。強烈なBruckner教(?)の信者の方々には絶対に誉めてもらえないかわいそうな演奏。「最強のブラス集団」CSOにとって、この程度は何てことないといった感がある。他のオケが全力で吹いても出せないような音を、CSOの金管は余裕を持って出す。それにSoltiの強弱の幅を目一杯にとった指揮が加われば、恐いものはない。Soltiの演奏としては比較的テンポも遅目で、堂々としたゆとりと強烈なダイナミズムの対比が面白い。でも、一番の聴き所は終楽章の終結部のホルンだと思う。ここまで朗々と鳴るホルンはそう滅多に聴けるものではない。最初にこの演奏を聴いたとき、このホルンに心の底から感動し、何度もこの部分を聴き返したりした。まさにこのコンビならではの演奏と言えよう。

 

Bruckner:交響曲第8

Chicago Symphony Orchestra

(Bolshoi Hall of the Philharmonie, Leningrad; 1990 Live)

やはり、一部の方々には受け入れがたい演奏のようだ。第5番よりもダイナミズムを重視した演奏で、テンポも速い。特記すべきは終楽章で、冒頭のティンパニの爆裂ぶりは半端ではなく、終結部ではあのFurtwänglerもびっくりの強烈なaccelerandoをかけている。それでいて完璧なアンサンブルを保っているのは、驚異的である。その上これはライヴ録音なのである。ライヴで完璧な演奏をする―――これは一流の証明と言えるだろう。また、演奏とは直接関係ないが、このホール(Leningrad)の響きもいい。

 

Mahler:交響曲第2番「復活」

Chicago Symphony Orchestra, etc. (Medinah Temple, Chicago; 1980)

SoltiMahler指揮者としても有名であるが、この第2番はあのSolti嫌いで有名な評論家U氏も誉めてしまわずにはいられなかった名演。冒頭から、他の演奏とは次元が異なる。この低弦は他のオケや指揮者では出せない、まさにSoltiCSOの音である。殊のほか金管に過重労働を強いるMahlerの曲もこのVirtuoso Orchestraは全く苦にしない。この第2番でも、余裕を持って堂々と、それでいてダレることのない金管の爆音が随所に聴かれる。こういう鳴らし方は好き嫌いがあるだろうが、他のオーケストラにはとても真似のできるものでないのは事実である。Finaleの盛り上がり方も感動的。

 

Mahler:交響曲第3

Chicago Symphony Orchestra, etc(Orchestra Hall, Chicago; 1982)

実に長大な曲である。でも、私が聴いてほしいのは第1楽章、それも冒頭のホルンだけ。この鳴りっぷりは尋常ではありません。某大学の某オーケストラでホルンを吹いている友人は、「ずっとトロンボーンが吹いてるんだと思ってた」と、他の演奏を聴いて初めてホルンであることに気が付いたそうな。ただ、個人的には同じ第1楽章の行進曲の部分が好き。もちろん、すごい演奏である。

 

Mahler:交響曲第6番「悲劇的」

Chicago Symphony Orchestra (Medinah Temple, Chicago; 1970)

Soltiを好きになるきっかけとなった演奏であり、いまだに一番好きなCD。何度聴いても、我ながらばかばかしいくらいに感動してしまう。私にとって、これはまさに「これぞSolti!」という演奏である。まずはその勢い。この曲を楽々CD1枚に収めている。ぎりぎり収まったというような演奏はよく見かけるが、76'40"というのはあまりない。これは出だしを聴いていただければすぐに分かるが、この演奏を聴いた後ではどの演奏も遅くてイライラしてしまう。しかし、何より素晴らしいのが、オケのアンサンブルとパワーである。この速いテンポでこの複雑な曲を演奏しておきながら、弦は揃い、金管は吠え、打楽器は叩き付けられる。特に両端楽章はこれ以上ない出来栄えである。Mahlerの演奏でよく聴かれるようなどろどろしたものはここには一切ない。それでいて気迫と緊張感は他を圧倒するほど。第4楽章の20'00"以降など、Soltiがシャカリキになって指揮している姿が目に浮かぶようである。これがCSOの音楽監督になってから1年も経つかどうかの録音というのは、ちょっと信じ難いものがある。録音も優秀で、しかも輸入盤はリマスターされている上に国内盤よりも安い。これはお買い得。一家に一枚、いや全人類が一枚づつ持っておくべき(←バカ)

 

Mendelssohn:交響曲第3番「スコットランド」

Chicago Symphony Orchestra (Orchestra Hall, Chicago; 1985)

「この曲ってこんなに力強い曲だっけ?」と思ってしまいそうな演奏。唸る低弦が聴き物。ホルンが鳴りまくるのは今更書くまでもないだろう。テンポも快速。柔らか目の録音が、この曲に合っている。

 

Tchaikovsky:交響曲第4

Chicago Symphony Orchestra (Orchestra Hall, Chicago; 1985)

ブラスのパワーを見せつけるのにこの曲はぴったり。期待通りのものすごい金管が聴ける。しかし、同じCSOでも、Barenboimが振ったものは実にひどい。とても同じオーケストラとは思えなかった。Soltiの時代の抜けのよい金管は何処へ?こんな現実はあまりに悲しい。早く辞めてほしい。それにしても、指揮者でこんなに違ってくるものなのか。

 

Tchaikovsky:大序曲「1812年」

Chicago Symphony Orchestra (Orchestra Hall, Chicago; 1986)

交響曲ばかりになってしまったが、最後に管弦楽曲を一つ。これは演奏もいいのだが、それ以上に付加価値であるはずの大砲がすごい。部屋が揺れるほど。でも、近所迷惑になるかも。

 

何だかだらだらと書いてしまったが、最後にまとめとしてSoltiCSOのほぼ全ての演奏に聴かれる特徴を挙げておくと、

  1. 強力なブラス・セクション: これは、ChicagoOrchestra Hallという響きの悪いホールを本拠地として演奏してきたCSOならでは。特にDale Clevenger率いるホルン軍団(?)のパワーは圧倒的。しかし、某Nホールも響きが悪いのに、ホルンをはじめとする金管がいまいちなのは何故だろう?
  2. 素晴らしい弦のアンサンブル: あのThe Cleveland Orchestraにも匹敵する高弦のアンサンブルと、他のオケからは聴くことのできない強烈な低弦。これにSoltiの指揮が加われば、鬼に金棒。
  3. 叩き付けるような打楽器:Donald Kossの落雷のようなティンパニをはじめとするCSOVirtuoso Percussionistsが繰り出す大音響は迫力満点。Soltiのアクセントの強い演奏の要とも言える。
  4. 曖昧さのない解釈: Soltiは常にリズムを大事にし、またオケにも大事にさせるため、アンサンブルがぼやけたり、テンポが揺らいだりすることはまずない。そのため、オーケストラに過酷な要求をすることがあるが、CSOはそれにほぼ100%応えることができた。
  5. オーケストラの反応の良さ:Soltiはオンタイムで指揮する。即ち、指揮棒を振ってから音が出るのではなく、指揮棒を振ると同時に音が出るのだ。これは見ていて実に気持ちがいい。しかし、こういう指揮が苦手なオーケストラもある。50年代のVPOとの演奏では、オケがついていき切れず、強引に振り回している感を受けるが、これは単に演奏技術の差だけではなく、団員の日頃の心構えの違いもあるのだろう。普段、「どうだ綺麗だろう」という、高飛車とも取れるような演奏をしているVPOが振り回された挙げ句に下品な音を連発しているのは結構楽しい。もちろん、CSOとの演奏では、そんなことは絶対になく、Soltiの激しい指揮に完璧についていくことのできた数少ないオーケストラなのだ。

こんな素晴らしい演奏を繰り広げてきたSoltiCSOの演奏をついに生で聴くことができなかったのは、非常に心残りである。しかし、彼らの数多くの名演奏がCDとして、それも比較的良い状態で残っていることが唯一の救いである。それらの中にはまだ私が耳にしていないものも数多くあり、その中には知られざる名演もあるのかもしれない。そんなことを考えながら今日もCD屋へ足を運ぶ…のならカッコもつくのだが、実際は何も考えずに買っていることが多いなあと思う今日この頃なのでした。



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