同一演奏家による同曲異演の聴き比べ

-Sir Georg Soltiの場合-



色々な曲を色々な人の演奏で聴いているうちに、たまに自分の感性にぴったりと合う演奏に出会うことがある。それが偶然に(自分にとって)良い演奏となっただけであれば、その演奏家との付き合いはあまり長く続かないだろう。しかし、その演奏家が常に自分好みの演奏をしてくれるというのであれば、そのことが判明した時点でその演奏家は自分の好きな演奏家である。別に理由は何でもよい。例え世界中の人間から異を唱えられようとも、自分が納得するに足りればよいのだ。あるいは理由など無いかも知れない。好きだの嫌いだのというのは得てしてそういうものであろう。
好きな演奏家に幸運にも出会うことができたなら、とりあえずその演奏家の様々な演奏をまずは聴いてみることだろう。「あの曲はどんな風に演奏しているのだろう」、「この曲ではどんなことをしているのだろう」───こんなことを考えながら。録音の多い演奏家であれば、同じ曲を何度も録音していることがある。このような同曲異演を聴き比べることは、その演奏家の表現がどのように変化していったのか───若い頃はどんなことをしていたのか、晩年はどんな風になったのか───を理解する手助けとなる。その結果、(自分にとっての)その演奏家の魅力をより正確に認識するとともに、その演奏家をさらに好きになることとなるだろう。ここでは、私の最も好きな指揮者の一人であるSir Georg Soltiの同曲異演についての感想を述べるとともに、私が何故Soltiを好きになったのかということを改めて考えてみたいと思う。


Beethoven: 交響曲第3番「英雄」

  • Vienna Philharmonic Orchestra / Sofiensaal, Vienna (1959年5月) 第1楽章:19'12" 第2楽章:16'22" 第3楽章:5'35" 第4楽章:12'30"
  • テンポは全体的に遅く、堂々としている。この時期の他のVPOとの録音に比べると、あまり強引さは感じない。しかし、金管やティンパニの強調はやはりSoltiである。オーケストラがVPOであるため、弦のアンサンブルは総じて良くない。特に低弦がずれる上にゴリゴリと下品な音を立てるのを聴くのはあまり気分のよいものではない。ヴァイオリンも頻繁に、それも肝心なところでずれる。Soltiのようにリズムの刻みが鋭い指揮者が指揮をするとVPOのこういった欠点が一気に表面化される。あまり関係ないが、プロデューサーはWagnerの「指輪」も手掛けているCulshawである。


  • Chicago Symphony Orchestra / Medinah Temple, Chicago (1973年11月) 第1楽章:19'34" 第2楽章:17'32" 第3楽章:5'53" 第4楽章:12'19"
  • VPO盤と比べると、格段に音質が向上している。1970年代の録音はデッカが一番良いのではないだろうか。輸入盤ならリマスターがされているので、さらに音質が良くなっているものと思われる。演奏は、一聴して弦のアンサンブルの見事さがよく分かる。VPO盤を聴いた後ではなおさらである。金管、ティンパニの強調は相変わらずではあるが、VPO盤のように不自然になることはない。響きは重量感があるが、重苦しさは伴わず、タイムだけを見ればVPO盤よりも遅い第1楽章も逆にこちらの方が溌剌とした感じを受ける。


  • Chicago Symphony Orchestra / Orchestra Hall, Chicago (1989年5月) 第1楽章:17'33" 第2楽章:13'18" 第3楽章:5'31" 第4楽章:11'14"
  • VPO盤の30年後、CSOとの最初の録音の16年後の録音。しかし、これが一番ダイナミックで若々しいのだ。テンポは、タイム的にも、実際に聴いた感じでもこれが一番速い。老いを知らないとはこういうことを言うのだろう。場所も本拠地であるOrchestra Hallになり、このコンビの真の姿であると言える。この響かないホールは、各楽器の響きを抑制し、整然と聴かせる。このヴィルトゥオーゾ・オーケストラの技術的完成度の高さを見せつけるのにはピッタリのホールと言えよう。演奏は非常に勢いがあり、ライヴ的なノリの良さがある。


    Beethoven: 交響曲第5番

  • Vienna Philharmonic Orchestra / Sofiensaal, Vienna (1958年9月) 第1楽章:7'20" 第2楽章:11'05" 第3楽章:5'07" 第4楽章:8'37"
  • 金管が異常。完全に浮いてしまっている。ハーモニーという言葉とはおよそ無縁の演奏。弦はやはり揃わず、低弦がゴリゴリするのも「英雄」と同様。第1楽章と終楽章のテンポは早目で良いのだが、金管の騒々しさには閉口。ブラスバンドを聴いているかのよう。その金管であるが、配置が左にトランペット、右にホルン、中央にトロンボーンとなっている。私が知っている限りではVPOは大抵この配置だが(先日Haitinkと来日したときもそうであった)、何か理由があってのことだろうか。


  • Chicago Symphony Orchestra / Medinah Temple, Chicago (1986年10月) 第1楽章:8'13" 第2楽章:11'35" 第3楽章:5'30" 第4楽章:11'34"
  • 30年近く後のデジタル録音だけあって、録音は圧倒的に良い。全体的にややゆったりとしたゆとりのあるテンポであるが、わりとよく響くMedinah Templeとの相性も考慮した上でのことなのかも知れない。金管は良くなっているが、オーケストラから浮いてしまうほどではなく、低弦もゴリゴリとよく鳴らしているものの、VPO盤のように雑な感じを与えることはなく、重厚感となっている。各楽器の音が整然としているため見通しが良く、各楽器の動きがよく分かる。だが、Soltiならもっとシャカリキになった演奏を期待できる気もするのだが・・・。


    Beethoven: 交響曲第7番

  • Vienna Philharmonic Orchestra / Sofiensaal, Vienna (1958年10月) 第1楽章:12'48" 第2楽章:9'29" 第3楽章:7'34" 第4楽章:6'37"
  • 第3、5番にもまして金管がひどい。特に終楽章はパッパラパッパラと耳障り。ヴァイオリンも要所でずれるのだが、そのずれ方がザラッという何とも耳あたりの悪いずれ方をする。どうも(少なくともこの頃の)SoltiとVPOは相性が良くなかったのではないだろうか。最近のものを聴いても決して相性が良いとは思えないが、この頃程ひどくはない。テンポは全体的に遅めだが、終楽章はやや速め。私にはこの第2楽章は遅すぎる。


  • Chicago Symphony Orchestra / Concert Hall, Chicago (1988年5月) 第1楽章:13'33" 第2楽章:8'19" 第3楽章:7'03" 第4楽章:8'47"
  • VPO盤と異なり、両端楽章の反復をしているので、タイムだけでは比較することができない。この反復の問題だが、私はしてもしなくてもあまり気にならない(演奏が良ければそれでよい)が、CDを購入する際に「これは速い」と思って買ったら反復を省略していただけで、むしろ普通より遅いくらいだったという目に何度か会っている。その辺のことが明記してあると良いと思うのだが・・・。そんなわけで、タイム的には遅いように思われるこの演奏も、実際はこちらの方がずっとテンポが速い。第2楽章は、タイム通り、こちらの方が速く、このくらいのテンポの方がSoltiには合っている気がする。又、第3楽章はこちらの方がテンポが速いのにもかかわらず、この演奏の方が重厚感がある。おそらく、低弦やヴィオラの質(技術的な面も含めて)の違いによるものだろう。終楽章はゆったりとしたテンポで、金管もよく鳴っているが、オーケストラから飛び出すようなことはなく、ティンパニも気持ちよく響く。VPOの金管との違いは、音量だけでなく、吹き方とそれによる音の出方、音質の違い、他の楽器の音の質と量の違いなどによるのだろう。実際に、Solti/CSOのどの演奏でも、あの強烈な金管にも関わらず、他の楽器の音が埋もれてしまうようなことはない。


    Beethoven: 交響曲第9番「合唱」

  • Chicago Symphony Orchestra, Lorengar (Soprano), Minton (Mezzo soprano), Burrows (Tenor), Talvela (Bass), Chicago Symphony Chorus / Kranner Center, Urbana (1972年5月) 第1楽章:17'38" 第2楽章:13'57" 第3楽章:19'46" 第4楽章:24'55"
  • 第1楽章のテンポはかなり遅めだが、強烈なアクセントにより決してダレることがない。ティンパニは他の誰の演奏よりも鳴っているが、ホールのせいか、やや乾いた音がする。ホールの響きが良くないため、合唱のスケールがやや小さく感じられる。金管は少々強調させ過ぎのような気がする。フィナーレの終結部はFurtwaengler程ではないにしろ、かなりのスピードだがそれでもアンサンブルは乱れない。


  • Chicago Symphony Orchestra, Norman (Soprano), Runkel (Contralto), Schunk (Tenor), Sotin (Bass), Chicago Symphony Chorus / Medinah Temple, Chicago (1986年9,10月) 第1楽章:18'11" 第2楽章:11'51" 第3楽章:19'59" 第4楽章:24'41"
  • 第1楽章はやはり遅めのテンポだが、72年盤ほどアクセントは極端ではなく、どちらかと言えば悠然とした感があり、ホールの響きを生かしているが、緊張感を失ってはいない。金管もこちらの方がしっかりオーケストラに溶け込んでいる。ホールの柔らかい響きも関係しているのであろう。ティンパニは72年盤では左側にあったのが、この録音では右側にあるが、理由は不明。第4楽章はホールの響きが良いため、合唱に広がり感がある。コーダは72年盤同様、アンサンブル保持のままかなりのスピードで突き進む。


    Beethoven: "Egmont”序曲

  • Chicago Symphony Orchestra / Crannert Centre, Chicago (1972年5月) 8'52"
  • ややゆったりとしたテンポで、堂々とした重量感のある演奏。しかし、その重量感は決してアンサンブルをずらすことによるものではなく、各奏者の底力の賜物である。各楽器は存分に鳴らされており、決して(金管を含めた)他の楽器に圧倒されて聴こえてこないなどというようなことはない。コーダでは程よい加速が気持ちいい。金管の抜けの良さは特筆もの。


  • Chicago Symphony Orchestra / Concert Hall, Chicago (1989年11月) 8'15"
  • 録音の良さか、空間的な広がりが素晴らしい。このホールは響かないことで有名だが、各楽器の音が混濁しないことを考えると、この最高のテクニックを持つオーケストラにはかえってプラスに働いているのではないだろうか。こんなごまかしの効かないホールを本拠地にしてきたからこそ、これだけのオーケストラになったという逆説ももちろん考えられないでもない。演奏は、タイムを見ても分かる通りこちらの方がテンポが速く、きびきびとした切れの良さがある。それでいて軽い感じが全くしないのは、チェロやコントラバスによる低音の支えがしっかりしているからであろう。熊のような大男Dale Clevengerのホルンもその音量、質感、抜けの良さなど実に素晴らしい。コーダは72年盤よりも強烈な加速をかけており、こちらの方が若々しい。Soltiという人は、CSOを振るようになって、だんだん若返っていったようだ(?)。


    Bruckner: 交響曲第7番

  • Vienna Philharmonic Orchestra / Sofiensaal, Vienna (1965年19月) 第1楽章:20'45" 第2楽章:22'49" 第3楽章:9'37" 第4楽章:12'13"
  • 第1楽章はBeethovenの時とは違い、ごり押しするような感じではなく、VPOの響きを生かしている。しかし、時々金管の音色が硬くなる。別に強奏させているというわけではないのだが・・・。ホルンが右で他の金管が左という配置はやはり聴いていて違和感がある。金管の硬さは楽章の後半になるとだいぶ解消される。第2楽章は何だか重々しい。第3楽章も同様で、Soltiならもっとパリッとした演奏を期待してもよいと思う。金管の強奏は無理に頑張っているような感じで、音に全く余裕がない。逆に第4楽章では金管の思い切りがもう一つ足りないように思われることがある。


  • Chicago Symphony Orchestra / Medinah Temple, Chicago (1986年10月) 第1楽章:21'23" 第2楽章:25'09" 第3楽章:10'07" 第4楽章:11'33"
  • まず一聴して分かるのが、弦の音色が非常にクリーンなこと。VPOとではアンサンブルにかなりのレベルの差が感じられる。この透明度の高さはこの曲の開始によく合っている。金管も音がスムーズに出てくる。この金管の抜けの良さはヨーロッパのオーケストラにはあまりないものであるが、アメリカのオーケストラであってもCSOの金管は格別である。最強奏でも、「まだまだいけるぜ」といった余裕すら感じられる。パワーだけならCSOよりも凄いオーケストラはあるが、音色との両立という点でCSOのブラス集団は比類がない。第2楽章はVPO盤よりテンポが遅いのにも関わらず、重苦しさがない。弦の響きの透明度によるところが大きい。第3楽章は主張がはっきりとしていて気持ちがいい。Soltiのやりたいことがよく分かる。Soltiほどの指揮者でも客演ではオーケストラに意思を完全に伝えるのは難しいようで、ここでは常任の強みが表われている。第4楽章は21年も前のVPO盤よりテンポが速く、きびきびとしてた若々しい演奏になっている。確かに、変に巨匠ぶって見せるのは彼に似合わない。「年をとったらテンポを遅くしなければならないなんて誰が決めたんだい?」そんなSoltiの声が聞こえてきそうだ。但し、そのスケールの巨大さはまさしく巨匠と呼ばれる指揮者に相応しいものである。


    Bruckner: 交響曲第8番

  • Vienna Philharmonic Orchestra / Sofiensaal, Vienna (1966年12月) 第1楽章:15'10" 第2楽章:14'32" 第3楽章:24'45" 第4楽章:20'45"
  • 冒頭からヴァイオリンが派手にずれる。又、冒頭の金管に妙なアクセントが付けられているのも気になる。この演奏に限った話ではないが、VPOは金管の音がスパッと前に出てこない。テンポはかなり強引に変化させており、「えっ?」と思う場面が度々ある。第2楽章は、速めのテンポと強引な金管のなら仕方という、この組合わせでは既にBeethovenなどでもお馴染(?)のパターン。だが、前述のように音がスパッと出てこない分、どうしても汚なく聞こえる。第3楽章のように弦の繊細さが求められる所では、弦のずれがかなり気になる。そこへ場違いのような金管の強奏が轟いたりするので、もう大変。クライマックスで加速をかけるのは好き好きだろうが、少々強引で不自然になっている。その後の思い詰めたようなヴァイオリンはなかなか。でも、その後またずれまくるので興をそがれてしまう。第4楽章はパワー全開という開始だが、どうも金管は限界ギリギリのようで、響きがかなり怪しい。その後テンポが落ちると、やはり弦のアンサンブルが気になってしまう。強引にぐいぐい押していくような所は聴いている方も乗せられてしまうようなところがあるのだろうが、ゆったりとした部分は冷静に聴いてしまえる分、そういうことが余計に気になってしまう。そんなVPOではあるが、たまにトランペットが素晴らしい音の伸びを見せたりするので、侮れない。コーダの加速はあまりに強引で、これはやりすぎ。


  • Chicago Symphony Orchestra / Bolshoi Hall of the Philharmonie, Leningrad (1990年11月 ライヴ) 第1楽章:15'04" 第2楽章:14'27" 第3楽章:24'05" 第4楽章:20'21"(拍手含む)
  • 冒頭の金管にいきなり圧倒されてしまう。実に見事な鳴りっぷりである。ホルンは、単純に音量だけで比較しても、VPO盤の倍くらい出ていそうだ。弦のアンサンブルも良く、とてもライヴとは思えない。スケルツォは低弦が土台を作り、高弦が響きを引き締め、管が開放的になるという、CSOの特徴がよく出ている。第3楽章は出だしから非常に丁寧に一つ一つの音を響かせている。CSOのパワーだけでない、素晴らしさが示されており、雑なところは全くない。金管の響きも深々としていて、曲想を乱すことがない。クライマックスではVPO盤と違い、殆んど加速していない。曲の全体的なバランスを考えてのことであろう。やはり第4楽章は金管全開で始まるが、焦ったような感じはなく、堂々と鳴らしている。これだけの音量でも崩れを見せないどころか、まだまだ大きな音を出せそうなくらい。パワーの桁が違う。コーダはVPO盤と同様、かなりの加速をかけているが、オケの腕前とライヴの乗りのよさか、自然な盛り上がりとなる。


    Mahler: 交響曲第3番

  • London Symphony Orchestra / Kingsway Hall, London (1968年1月) 第1楽章:32'53" 第2楽章:10'12" 第3楽章:17'21" 第4楽章:9'37" 第5楽章:4'12" 第6楽章:19'14"
  • 冒頭のホルンは、音量はなかなかなのだが、音が少し濁ってしまっている。低弦はゴリゴリいっている割には音量はそれほどでもない。金管は音色が若干硬く、ティンパニは必要以上に強調されている。弦のアンサンブルは悪くないのだが、全体的に音量不足な感じで、金管とのバランスがとれていない。行進曲の部分は勢いがあって良いが、金管は精一杯に鳴らしている感じで、一歩間違えるととんでもない音が飛び出してきそう。ティンパニはやはり半端ではない叩き方で、このオーケストラはいつもこんなことをしているのだろうか。Soltiが振っているからだろうか。楽章の最後は楽しげに終わる。第2楽章はヴァイオリンの音が薄い。ホールや録音との相性もあるのかも知れない。第3楽章は金管がうるさくなりがちで、妙にチャカチャカして終わる。Soltiならもっと豪快な終わり方もできると思う。第5楽章は冒頭の少年合唱に張りがあって良い。この楽章では控え目なチェロの音が繊細さとなって、良い結果を生んでいる。第6楽章の前半では弦を綺麗に鳴らしてはいるが、もう少し沈み込むような感じが欲しい。ちょっと土っぽいヴァイオリンの響きが懐かしく思えるのは、私が田舎育ちのせいか。コーダはもう少し金管に綺麗に響いて欲しいところ。


  • Chicago Symphony Orchestra / Orchestra Hall, Chicago (1982年11月) 第1楽章:30'45" 第2楽章:9'48" 第3楽章:16'50" 第4楽章:9'58" 第5楽章:4'12" 第6楽章:20'44"
  • 冒頭のホルンがとにかく凄い。ものすごい迫力である。CSOの本領発揮といったところか。その後の低弦も押し出すような感じが良い。各パートがそれぞれパワフルで、結果として全体のバランスがとれている。金管は音の出に瞬発力があり、パーンと出てくる。行進曲の部分は適度なスピード感と輝かしい音色のホルンの堂々とした鳴りの良さがたまらない。最後は勝利宣言のように高らかに歌い上げる。第2楽章は弦のアクセントの付け方が絶妙で、緊張感をうまく保っている。ピチカートが綺麗に揃い、聴いていて気持ちがいい。第3楽章は、弦に力があるお陰で、多少金管を強調してもそれが全体の響きの中から飛び出してしまうようなことがない。木管も透明感があって良い。ティンパニはLSO盤のようなあからさまな強調をすることがなく、全体的なバランスを保っている。トリオではのんびり、ゆったりと音楽に浸ることができる。最後はLSO盤より遅いテンポで堂々と終わる。第4楽章は、独唱を支えるヴァイオリンがとても繊細で、しっとりと聴かせる。雨上がりの午後のよう、といえば当たっているだろうか。第5楽章では少年合唱が女声合唱にやや力負けしている。合唱、管弦楽ともに繊細さよりは力強さが優先されているようだ。最後は堂々とした中に悲し気な響きがブレンドされており、高らかな勝利宣言とはひと味違う。こんなことができる指揮者のことをどうして「無機的」などと言える人がいるのか、私には理解できない。


    Mahler: 交響曲第5番

  • Chicago Symphony Orchestra / Medinah Temple, Chicago (1970年5月) 第1楽章:11'54" 第2楽章:13'48" 第3楽章:16'38" 第4楽章:9'50" 第5楽章:13'39"
  • CSOの音楽監督にSoltiが就任した翌年の、Solti/CSOによる初録音。出だしから金管の圧倒的なパワーに驚かされる。ヴァイオリンのうねるような響きも素晴らしい。第2楽章の出だしはこの曲の中で最も好きな部分だが、金管のパワーや躍動感が素晴らしい。ただ、少しホルンを強調させ過ぎかなという気がしないでもない。その後のピチカートは見事。ティンパニも叩きまくっており、気持ちがいい。9'00"以降の自在に変化するヴァイオリンはとても言葉では表現し切れない。スケルツォ冒頭はホルンが炸裂する。ここでもティンパニが強烈なアクセントを付ける。第4楽章は透明な弦の響きがホールの残響とブレンドされ、幻想的な世界が展開される。フィナーレの出だしの木管はとても美しく、それでいて適度な力感がある。コーダはかなりのスピードで畳み掛けるように終わる。


  • Chicago Symphony Orchestra / Musikverein, Vienna (1990年11月 ライヴ) 第1楽章:12'35" 第2楽章:14'30" 第3楽章:16'58" 第4楽章:9'42" 第5楽章:14'53"(拍手含む)
  • 70年盤ほど大げさな始まり方ではなく、Musikvereinの残響の中から響いてくるような出だし。第2楽章の出だしはやや大人しいが、そこから盛り上げていく手腕はさすがSoltiである。第1楽章もそうだが、ホールがよく響くせいか、金管がかなり柔らかい音になっており、強奏させても変な強調感に結び付かない。このホールの響きは、Medinah Temleのような広い空間に音が響き渡るというのではなく、限られた空間で音が乱反射しているような感じである。スケルツォも70年盤のようなびっくりさせられるような始まり方ではなく、ホルンの音はホールを包み込むような柔らかさを伴う。5'20"付近のホルンの信じられないような音の伸びは一聴の価値あり。なお、金管は通常と異なり、中央にトロンボーンが配置されている。第4楽章では、やはりホールのせいなのだろうか、弦は透明感よりも温かみを感じさせる。終楽章も際立った強調はされていないが、力強さと繊細さのバランスが絶妙。ヴァイオリンが今にも消え入りそうに鳴るかと思えば、金管が飛び出してきたり・・・。何でもできるオーケストラである。コーダは見事な盛り上がりを見せ、最後は緩やかに加速をかけながら堂々と終わる。


    Mahler: 交響曲第9番

  • London Symphony Orchestra / Kingsway Hall, London (1967年4,5月) 第1楽章:27'04" 第2楽章:16'38" 第3楽章:13'08" 第4楽章:22'55"
  • 出だしの弦はなかなか綺麗。ただ、音がモサッとしており、もう少し透明感が欲しい。だが、優しく呼び掛けるような部分ではそれが逆に良い味を出している。金管は音が濁ることがあり、もう一つ。木管は綺麗に響く。第2楽章は弦の土っぽさが曲に合っており、のんびりとした感じになる。それでも所々で鋭いアクセントが付けられ、振っているのがSoltiであることを思い知らされる。ティンパニは強調させ過ぎ。第3楽章はやや遅めのテンポだが、アクセントの強さがそれを感じさせない。速い部分で弦が薄い。12'42"からのティンパニは異常。楽器が壊れそうなくらい強く叩いている。第4楽章では弦に力強さがあり、要所を引き締める。ホルンの音が時々汚くなってしまうのが残念。


  • Chicago Symphony Orchestra / Orchestra Hall, Chicago (1982年5月) 第1楽章:30'14" 第2楽章:17'48" 第3楽章:12'24" 第4楽章:24'38"
  • 出だしから弦が素晴らしい。透き通るような響きが心地よい。金管は強いが、音自体が綺麗なので雰囲気を壊すようなことはない。第2楽章は弦が力強く、LSO盤より筋肉質な演奏となっている。ティンパニはLSOのものより楽器内での残響が長いので、強調されてはいるが、オーケストラの響きと一体化している。第3楽章は冒頭から低弦がパワフル。管楽器はどれもよく鳴っている。LSO盤よりもテンポは速く、心地よい疾走感がある。最後は駆け抜けるように一気に突き進む。第4楽章は弦の繊細さが聴きもの。CSOが決して金管のパワーだけのオーケストラではないことがよく分かる、超一級品の弦のアンサンブルを聴くことができる。


    Mendelssohn: 交響曲第4番「イタリア」

  • Israel Philharmonic Orchestra (1958年) 第1楽章:7'06" 第2楽章:6'19" 第3楽章:6'25" 第4楽章:5'28"
  • ヴァイオリンの音にかなりクセがある。第1楽章はかなりのスピード。金管はこわごわ音を出しているようなところがあり、あまり良くない。全体的に音の重心が高く、重厚感よりも軽快さを主体としている。第2楽章は木管と弦のバランスが悪いところがあり、木管が少し出すぎた感じになってしまうことがある。第3楽章は出だしの弦のアンサンブルがかなり乱れる。フィナーレは冒頭の弦がかなり奇妙な音を出している。このオーケストラに固有の音色なのだろうか。テンポはとてつもなく速く、このテンポでは木管の響きが怪しくなったり、金管の音が汚なくなるのもこのオーケストラでは仕方のないところだろう。


  • Chicago Symphony Orchestra / Orchestra Hall, Chicago (1985年4月) 第1楽章:10'03" 第2楽章:6'45" 第3楽章:7'31" 第4楽章:5'41"
  • IPO番に比べると随分と穏やかに始まる。しかし、低弦の力強さや金管の張り出し方はやはりCSOである。楽章の後半へ向けての盛り上がりは見事。第2楽章はやや遅めのテンポでゆったりと聴かせる。第3楽章は弦の透明な響きがすがすがしい。第4楽章は冒頭から弦が非常に力強く、スピード感も適度。終始音に厚みがあり、管楽器は開放的に鳴る。


  • Vienna Philharmonic Orchestra / Musikverein, Vienna (1993年2月 ライヴ) 第1楽章:10'03" 第2楽章:6'45" 第3楽章:7'31" 第4楽章:5'41"
  • 50〜60年代のVPOとの録音のような無理やりな感じはあまりない。金管は少し音が汚ない。弦のアンサンブルは所々で乱れるものの、割合揃っている。これはSoltiが、かつてはオーケストラのレベルを無視した強引な指揮だったのを、オーケストラの技術を計算に入れて振るようになったためと考えられる。何十年にもわたる指揮活動の間に色々なオーケストラを振ってきた彼なりの結論がここにある。又、この頃はVPOの方がSoltiを求めるようになっており、団員のやる気もあったのだろう。第2、3楽章はホールの響きを生かしつつ、軽快に仕上げてある。第4楽章は弦のアクセントの付け方が面白い。テンポが速くなると、どうしても弦のアンサンブルが甘くなってしまう。金管は音を外す寸前。ライヴらしく、最後は一気に駆け抜ける。


    Stravinsky: 春の祭典

  • Chicago Symphony Orchestra / Medinah Temple, Chicago (1974年5月) 32'15"
  • 「春の兆し-乙女たちの踊り」での弦の刻みは強烈。ホールの響きがそのまま重厚感につながっている。ヴィオラの不気味な響きが何ともいえない。「誘拐の儀式」ではホルンがそのパワーを存分に見せつける。「部族の戦いの儀式」や「賢人の行列」の金管は圧倒的。「大地の踊り」ではティンパニがしっかり効いている。第2部の序奏では、透明感のあるヴァイオリンの響きが良い。「乙女たちの神秘的な集い」の最後の部分から「生け贄の踊り」におけるティンパニの強打など、Solti/CSOならでは。「祖先の儀式」では打楽器がかなりの重量感である。「生け贄の踊り」ではクライマックスに相応しく、鋭い弦の刻みに強烈な金管の咆哮、轟くような打楽器などを聴くことができる。ただ、Soltiならもう少し大暴れしてみせてもよかったのではないだろうか。ホールの残響が長いため、音がやや混濁しがちになるからだろうか。


  • Royal Concertgebouw Orchestra / Gorotezaal, Concertgebouw, Amsterdam (1991年9月 ライヴ) 33'59"(拍手含む)
  • CSOと比べるとやはり金管に力が無く、そのせいで全体的に緊張感を欠く。テンポもやや遅いが、これはオーケストラのレベルとホールの残響の長さを考慮してのことだろう。「春の兆し-乙女たちの踊り」では弦のアンサンブルが悪く、モサモサッとした響きになってしまっている。「誘拐の儀式」では金管の抜けの悪さにストレスを感じる。「春の踊り」だ楽器は良い。「部族の戦いの儀式」ではホルンの抜けの悪さに低弦の力不足が加わり、どうにもこうにも。こういうこもった音のホルンは好きになれない。「賢人の行列」では打楽器が綺麗に響かず、こもったようになる。「大地の踊り」では弦、特にヴァイオリンが鋭さを欠き、切迫感が全く無い。「生け贄の賛美」では金管も割とよく鳴っており、打楽器も良い。「祖先の儀式」はもう一つ盛り上がりきらない。「生け贄の踊り」はテンポが遅く、弦に切れ味がない。特に後半の弦のアンサンブルの甘さはいただけない。「何だかなあ」と思っているうちに終わってしまう。


    以上12曲、26種類の演奏について長々と述べてきたが、ここでこの一連の聴き比べから分かるSoltiの演奏についての一般的な傾向を整理しておきたい。まず、Soltiが同じ曲をCSOとそれ以外のオーケストラの両方と録音している場合は、ほぼ例外無くCSOとのものの方が良い。これは、Soltiの鍛えたCSOの技術的完成度の高さはもちろんだが、それ以上に常任と客演とでは意思の伝達度が違う。解釈を徹底させることができるのは、やはり常任の強みだろう。一方、CSOと複数回録音しているものは、録音年代によって演奏の方向性が若干異なる。70年代のものはアクセントが非常に強く、弦などはかなりエッジを効かせた、シャープな感じになっている。80〜90年代ではダイナミズムに重点を置いており、曲のクライマックスへ到る過程での盛り上げ方などが素晴らしく、曲によってはそれ以前の録音よりも若々しいことがある。CSOとの録音の殆んどがMedinah TempleかOrchestra Hallで行われているが、Medinah Templeは広大な空間に音が拡散するような素直な残響が特徴であるのに対し、Orchestra Hallは残響が少ないため楽器を直接音中心に聴く感じになる。ホールの影響というのはかなり大きく、例えばマーラーの5番をCSOがMedinah Templeで録音したものとMusikvereinで録音したものではオーケストラの印象がまるで異なる。結局私はSoltiの演奏を生で聴くことができなかったので、私の知っているSoltiの演奏は多数のCDと幾つかのライヴ映像だけである。CDの音とは、ホールの残響も含めてのものであり、又CSOの音自体が本拠地であるOrchestra Hallで築かれたものである以上、私が好きになったSoltiの演奏とは、各楽器の奏し方はもちろん、そういったホールの響きの生かし方も含めて好きになった演奏であると言える。しかし、どのようなホールで録音したのであれ、演奏の基本的な方針がそれほど異なるわけではない。やはり、Soltiが振っているからこそ好きになれたのだ。


    東京大学
    工学部3年
    佐伯 享昭


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