おかしなクラシック

 

工学系研究科

修士1

佐伯 享昭

 

  世の中名演、名盤は数あれど、そうではないものもまた多い。時として、聴いていて吹き出してしまうような演奏に出くわすこともある。場合によっては、開いた口が塞がらないことも。「こんな演奏は邪道だ!もう聴かない」といって押し入れに放り込むのが正統派クラシック音楽ファンの姿なのかもしれないが、「折角こんなにおかしな演奏があるのに、聴かないなんてもったいない」というスタンスだってあっていいはずだ。正統派を正統派として認め、邪道を邪道として受け入れる———このことによって、音楽鑑賞という行為は一気にその存在空間を拡大するのではなかろうか。個人的には正統派な演奏ばかりじゃ退屈してしまう。

  そんなわけで、この原稿では「おかしな」演奏を紹介していこうと企むわけだが、ただへんてこな演奏の話しばかりしても仕方がなかろうということで、各演奏にあったお菓子を一緒に紹介するという、長い歴史を誇る当サークルの部誌の中でも屈指のユニークさでお届けする、なんともおしゃれな企画である。くどいようだが、ここで紹介するのは正統派な演奏ではない。だから、椅子にかしこまって座って聴くなんて馬鹿げている。美味しい紅茶とお菓子の傍らでゆったりくつろいで聴くのが相応しい。「何でこんな演奏聴いてるんだろうなぁ?でも、面白いからいいや」———御紹介した演奏を聴いて、このような感想を抱いて頂けたなら、筆者としてはしてやったりである。

 

Alkan:  Le Festin d'Esope

       Lewenthal (piano)

  それでは、作曲家名順に紹介していくことにしましょう。これは低音がよく出るスピーカーで再生して下さい。暴力的なまでの打鍵が大変。え、こんな曲知らない?それは困ります。あのLisztにすら恐れられ、聖書を取ろうとして、倒れてきた本棚に潰されて死んだ脅威のピアニストの名作です。こんな演奏に合うお菓子は、ばりぼりと暴力的な音を立てて噛み砕く厚焼きのおせんべいでしょう。

 

Alkan:  12 Etudes in Minor Keys

       Nanasakov (piano)

  この人類が誇る超難曲の山を見事なまでに弾き倒したNanasakovとは何者?実は人じゃなかったりする。人でなしなのにも程があるが、騙されて聴いてみるのも一興。しかしながら、人類の果てしない努力の結晶はNanasakovに追い付かんとしているのもまた事実。これに合うお菓子?そりゃあ、ショーウィンドウなどに置いてある、蝋で出来たチョコレート・パフェのレプリカでしょう。本物そっくりであることが条件なのは言うまでも無い。

 

Beethoven:  Symphonies Nos.1-9

       Scherchen / Orchestra della Radio della Svizzera Italiano, Lugano; etc.

  演奏が極め付けに変な上に唸り声やら掛け声やら、おおよそクラシック音楽の演奏会で起きた出来事とは思えない惨事が満載。一見ライヴでぐっちゃぐちゃになったようで、実はリハーサルから仕込んでいたという確信犯。その上、Beethovenのテンポ指示に従ったのだという正当性すら主張してみせる。こんな矛盾と狂気を孕んだ演奏には、リンゴの形なのにメロンの味がする飴なんてのがあればぴったり。中に昆虫が入っていればなおよい。

 

Beethoven:  Symphony No.2

       Solti / Chicago Symphony Orchestra

  やたらめったらアクセントが強調される演奏。あんまりリズムを刻むものだから、メロディーは軒並み寸断される。こんなぶつ切り演奏には、ぱきっと割れるチョコ・最中。

 

Beethoven:  Symphony No.3 "Eroica"

       Szell / The Cleveland Orchestra

  呆れるくらいのアンサンブル。こんな精度の高い演奏には、どこできっても同じ顔が出てくる、金太郎飴。

 

Beethoven:  Symphonies Nos.5 & 7

       Solti / Wiener Philharmoniker

  怪人指揮者と名門オケの我の張り合い。普段の甘ったるい演奏をさせてもらえないばかりか、「棒と同時に音を出せ」と強要され、挙げ句の果てに「金管、もっと吹いて」。世界一のプライドが火を吹き、「鳴らせというなら鳴らしてやるぞ」、「吹けというなら吹いてやろうじゃないか」。こんなやり取りが本当にあったかどうかは知らないが、演奏は低弦がごりごりと果てしなく強調され、金管はどうだとばかりに強奏の限界へ挑む。お饅頭とショート・ケーキとを一緒に食べれば、東西の味の張り合いも楽しめるかも。

 

Beethoven:  "Wellington's Victory"

       Kunzel / Cincinnati Symphony Orchestra

  本物の鉄砲(それも当時のものを再現したもの)の音が優秀なデジタル録音で収まっております。究極のリアリズムへ音楽が近付いた瞬間かもしれない。最近はデザイン・ケーキなるものが流行っているらしいので、ご自分の顔を忠実にデザインしたケーキなんていかが?

 

Beethoven:  Piano Sonatas Nos.28 & 32

       Yudina (piano)

  彼女の思いのたけが窺い知れる演奏。速いところはとんでもなく速いが、感情を込めて歌い出すと途端に急ブレーキ。ティラミスの一番下のスポンジを最後に食べる人にはきっと気に入ってもらえるはず。

 

Borodin:  String Quartet No.2

       Borodin Quartet

  ただでさえ甘ったるいこの曲の第1楽章をより甘ったるく弾いた演奏。ここはもうアメリカのごてごてデコレーション・ケーキで勝負。砂糖の塊のようなデコレーション・クリームは初めての人には衝撃的。味覚の違いという概念を端的に表している。

 

Bruckner:  Symphony No.5

       Dohnányi / The Cleveland Orchestra

  これも前述のSzell"Eroica"同様、呆れるくらいによく揃う。こちらの方がやや柔らかく、つるつるした印象を与えるので、ところてんなんてよいかもしれない。ちょっと涼しげな空気も一緒。

 

Chopin:  Etudes Op.10 & 25

       Cziffra (piano)

  芸も極めれば芸術となる?どれもこれも、まあよくやるもんだとしか言いようのない、限りなく個性的な演奏に仕上がっている。蝋燭の代わりに花火を立てた誕生日ケーキがよく似合う。

 

Glinka:  "Ruslan and Lyudmila" Overture

       Mravinsky / Leningrad Philharmonic Orchestra

  世界最速(と思われる)。この曲で5分を越えるのはもはや時代遅れ。Knappertsbuschが超スロー・テンポで振ったらしいが、これは例外。とりあえず、ホットドッグの早食い競争に参加してみるというのはどうだろう。

 

Khachaturian:  Symphony No.3 "Symphonic poem"

       Tjeknavorian / Armenia Philharmonic Orchestra

  15本のトランペットにオルガンまで響き渡る、誇大妄想のような曲。それらとは別に、オーケストラはきちんと大編成。でかけりゃいいというものではないのはホット・ケーキと同じ。というわけで、ギネスに載るくらいの大きなホット・ケーキを前にして聴くのがよいでしょう。

 

Liszt:  Piano Sonata

       Gilels (piano)

  演奏中にピアノの弦が切れるというハプニングが収録されている。これに対抗するには、ワサビ入りシュークリームでロシアン・ルーレットをやるしかあるまい。

 

Rachmaninov:  Piano Concerto No.2

       Licad (piano), Abbado / Chicago Symphony Orchestra

  第1楽章のずんどこ節は一体?江戸っ子魂が炸裂する怪演。というわけで、人形焼。

 

Shostakovich:  Piano Concerto No.1

Shostakovich (piano), Volovnik (trumpet); Samosud / Moscow Philharmonic Orchestra

  オーケストラもトランペット奏者も置いてきぼりにしてピアノが亜光速で駆け抜ける。こんにゃくゼリーを一口でつるんと・・・食べたら喉に詰まるから危ないのだったかな?

 

Stravinsky:  Le Sacre du Printemps

       Fedoseev / Moscow Radio Symphony Orchestra

  巨大な恐竜がのたうちまわるような演奏。遅めのテンポで叩くところや吹くところを強調するものだから、奇妙に肥大したスケール感がグロテスクですらある。チョコレート・ムースの食感に近いものがある。

 

Tchaikovsky:  Piano Concerto No.1

       Horowitz (piano), Szell / New York Philharmonic

  一触即発の仕掛け合い。お互いに一歩も引かず、どうだどうだと詰め寄り、音楽はいよいよ興奮の度合いを高める。暗闇の中で柿ピーを食べるのに似ているかもしれない。この手の中にあるのは柿の種なのか?それともピーナツなのか?

 

  とまあ、あれこれと紹介してきたが、これらを買って、実際に聴いても「騙された」と思ったりしないで頂きたい。何故なら、購入を決意した時点で既に騙されているから。しかし、騙されたこと自体を楽しむという態度こそがこれらの演奏を聴く者には要求される。「また騙されたよぉ。しょうがないなぁ」———こういう態度である。一見馬鹿なようで、実は騙されている自分を外から冷静に、且つ客観的に見つめるという大人の姿勢である。このような姿勢を保てれば、正統派な演奏も邪道な演奏も平等に楽しめることだろう。

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