「ジャンプ」を語るオフ会 in蒲田 2000年11月19日日曜日
集合場所は京急蒲田駅。
この駅には「さみしいほうの出口」ともうひとつの出口がある。
筆者は改札を出る前、駅員に2つ出口があることを確認し、幹事に電話する。
すると、その口を出て待てという。
出た口は、さみしくないほうの出口だった。
目の前にスーパーがあり、間口が狭いながら賑やかな商店街がある。
その商店街を抜け少し行くと、JR蒲田駅があるらしい。(とそのスーパーのわきに貼ってあった地図でわかる)
当日、来る予定だったニューフェイスは風邪で登場できなかったらしい。
ほかの予定者は集まったのであるが、ひとり行方不明だった。
だれもりんごを買いに行かせた覚えはないのに、だれの携帯にも連絡が入らない。
どうしたのだろう。
ひとりの失踪者を30分ほど待ったが現れないので、一行は一次会の場所を探しに行く。
候補が何軒かあり、そのうちよさそうだと意見の一致した和風の呑み屋に行く。
JR蒲田駅の近くであった。
隣のグループが鍋をつついていたので、わたしたちもとりあえず頼んでみる。
ほかに、蒲田には餃子屋が多かったのと、メニューにあったので餃子も頼む。
100円のあじのたたきとか、いろいろも頼んでおく。
はじめは筆跡鑑定。
そして、幹事のひとこと「きょうは「ジャンプ」について語ってもらわないと」
これにより、予想外の(!)「ジャンプ」についての意見交換会になった。
といっても、女性三人が多いに発言し、それをおとなしい男性ふたりが見守るという形である。
論点は「みはるがなぜ一度も連絡しなかったのか」ということと、それに対する「みはるは悪くない」ということである。
連絡くらいできたのにしなかったのがいけないのだ、主人公はわるくない。というのと、
みはるはまったく悪くない、連絡しないのは当然のことである。という展開。
その後、ひとりがたどり着く。駅からの道順だけでたどり着いたのである。
そしてMさんとKさんが、ものすごく波長が合いすぎるのかわからないが、ピンポン玉のようなやりとりがつづく。
その様子は実際に遭遇しないととてもいいあらわせない。
しばらくして、あとふたりが到着する。
そのうちひとりは、失踪していた人である。
りんごを買いにではなく、髪を切りに行っていたそうである。
それから「ジャンプ」について若干話したのであるが、
おおよその意見は、「あの話では誰も悪くはない」というのが多かった。
筆者としては、主人公の男の優柔不断に情けなく思うばかりでまったく肩を持てなかったのだが。
いろんな意見を聞いてみて、読み方が素直でないのかもしれないと、反省した。あまり考えは変われないが。
終電に間に合わないから、帰るとか帰らないとかいいながら、目の前の2軒目に行く。
カラオケの歌えるところである。
実際その店は居酒屋で、メニューも居酒屋メニューだった。
もうその時点で帰れない人が続出していた。
奇特な若者1は、車で送る覚悟を決めウーロン茶を飲んでいたが、
その他のメンバーはそれぞれ好きなものを注文。ボージョレーヌーボーまで登場する。
そしていつもの通り歌いたい人が歌うカラオケの会、プラスモバイルPCによるゲストブック実況が同時進行される。
店を出て、3つに別れる。
1:自力で帰れる人グループ
2:奇特な若者が自分の車で送るグループ北組
3:奇特な若者が自分の車で送るグループ南組。
筆者は2のグループに所属し、奇特な若者についてその車のある場所まで電車を乗り継ぐ。
都会の電車はかなり遅くまで走っていて感動した。
日曜の夜なのでそうそう人も多くはないのだが、電車は1時近くまで随分走っているようだ。
そして奇特な若者の車に乗り、環状8号線をひた走ってもらい、関越自動車道に乗る。
筆者の自宅までなんとか無事にたどり着けた。たいへん嬉しい。
そのあと若者は茨城県までもうひとりを送った。送ったあとは会社に直行し、
駐車場で若干の仮眠を取り、出勤したという。
さて、聞くところによると3のグループも似たように深夜のドライブになったらしい。
後日みな無事に帰れたとの報告に、「ジャンプ」の呼んだ北と南をかけめぐることになったオフ会は、
めでたく終了したことになる。
さて、筆者の心残りは、蒲田まで行っておきながら「みはるのマンション」らしき場所を訪ねなかったことである。
いつになるかわからないが、いつかまで蒲田探検はお預けである。
2000.11.30 kanami