インスタントストーリー・シリーズ@

どうしてそんなに優しいの?
[dousite sonnani yasasii no?]


雨が激しくなってきた。
相良エイジはすっかりびしょ濡れになってしまった。
短い前髪の先から、すじになって水が落ちる。
ずっしりと重くなった学生服は、梅雨の熱気に煽られて、少年臭さを辺りに放つ。
靴の中で指をこねると、「ジュブリ」と鈍い音がする。

相良エイジは、傘をさしている。
彼の傘が雨水から守るものは、町田ユキノである。
ユキノは泣いている。
バス通りの脇の小さな歩道で、しゃがみ込んで、顔を覆っている。
スカートの裾がアスファルトにつき、足元に溜まる水を吸い上げる。
でも、相良エイジの傘は、彼女がそれ以上濡れないよう、賢明に頑張っている。
彼女の、後ろで束ねた長い黒髪は、おかげでまだ乾いたままだ。

長いこと、このままでいる。
家路を急ぐ高校生達から、視線を浴びる。
まるで、見世物のように。
相良エイジは、そいつらの視線をボンヤリと受け止めながら、
(ユキノが顔を伏せていてよかった、こんな想いをするのはオレだけでいい)
と考えている。

雨は勢いを増す一方である。
傘をさして歩いていた人達も、雨宿りできる場所を求めて、逃げ惑う。
車も来ない。
やがて、相良エイジの視界は、灰色の町並みだけになった。

「どうして」
ふと下を見ると、ユキノが泣きはらした顔で、相良エイジを見上げていた。
「どうして」 ユキノは繰り返した。
突然、大粒の雨に変わり、傘がバラバラと大きな音を立てた。
「………」
ユキノが何かを話したようだが、雨音が邪魔で、相良エイジには聞こえなかった。

バスが雨の壁をかき分けて、道を進んできた。
相良エイジとユキノの傍らを、いいスピードで通り過ぎる。
瞬間、相良エイジは気がついた。
水溜りを、バスのタイヤが大きく跳ね上げたことに。
同時に、相良エイジは体をねじっていた。
背中から尻にかけて、バチンと衝撃を感じた。
「あ」
ユキノが声をあげると同時に、もう一度衝撃。

相良エイジは前輪、後輪の水を背後からタップリと喰らった。
パンツの中までしみる冷たさが、虚しさを煽った。

「どうして、そんなに」
ユキノが立ち上がった。怒っているのか、悲しんでいるのか、クシャクシャの顔で、相良エイジを睨みつける。
「どうしてそんなに、優しいの?」
強い口調でそう言うと、相良エイジの手から傘を奪い取り、彼の頭上にかかげた。

相良エイジは、考えた。
「うーん」
と、三回唸ってから、ちょっと目を逸らせた。
「何で優しいのか、と言われれば」
鼻の下を濡れた左手でボリボリと掻いて、こう言った。
「かわいいからじゃない?」

「え?」と、ユキノは目を丸くする。
「うん」相良エイジは、今度はきっぱりと「顔が、ね!」と言い放った。

今度はユキノが「うーん」と三回唸った。
それから、ちょっとムッとした顔で、 「そういうの、アリですか?」と聞く。
相良エイジは、ニッコリ即答。
「アリですよ、アリ!」

 おしまい


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