プライ度

原稿用紙換算15枚



『プライ度』が発売された。
 時は西暦二千二十年。
 人類が火星に到達した。

 パソコンで予約しようと思ったら、洗濯物を取り込んで後ろを通りがかった母ちゃんに怒られた。
「あんた、そんなくだらないもので小遣い使うんじゃないよ。まったく、高校生にもなって、おもちゃばっかり増やして。来週期末試験でしょ、勉強しなさい!」
 出端をくじかれて、その日は買うのをあきらめた。ま、別にいいか。そんなに本気でもなかったし。
 でも次の日、学校の帰りがけにぶらりと寄ったデパートのおもちゃ屋で、期せずしてそれが売っていた。残りは一つ。財布を覗けば、ぴったりの五千八百ゼニー。ゲームを買おうと貯めていた金だったけど、残り一つしかないのなら、ここはあわてて買ってしまうべきだろう。
「これ、ください」
 レジに持っていってビックリ、カウンターの奥には在庫が山積みになっていた。こりゃやられた、まんまとだまされた。あわてて買ってしまったことを早くも後悔。こんなにたくさんあるのなら、わざわざ新商品の定価で買うよりも、値引きされるまでもうしばらく待ってもよかったな。
 まあ、いいか。
 デパートを出て、家には帰らずに川原に向かった。家でこいつをいじってたら、どうせ母ちゃんにつべこべ言われるに決まっている。いらぬイライラ感をつのらせるよりむしろ、行きつけの川原にてゆっくりと新製品を味わうほうが賢明だ。
 駅前の商店街を抜けて川原に出た。しばらく川沿いを歩き、いつもの橋げたの下、ブロックの斜面に腰を下ろす。リュックからさっき買ったそれを取り出して、箱を開ける。
 まずは説明書を読むのが基本だろう。
『このたびはプライ度をお買い上げいただきましてありがとうございます。プライ度は、あなたのプライド、つまりあなたの自尊心を計るものです』
 なんか、思ってたよりもかたっくるしい前置きではじまったので、早くもめんどくさくなってきた。気分転換が必要と判断、まわりを見回して人目がないことを確認してからタバコを取り出し、火をつけた。ここらへんの人間は、未成年のタバコにことのほかうるさいのだ。
 一服して、今度は携帯電話を取り出した。電話先は、マー君。マー君は、同い年で同じクラスでおさななじみのご近所さんだ。顔はまずいが、いい奴だ。
「おう、マー君か? 今、川原にいるんだけどさ、来ない?」
「おう、行く行くぅ」
 二つ返事で了解。電話を切って五分もしないうちに、マー君は自転車で駆けつけてきた。ドリフトしてジャジャッと目の前で止まってみせた。彼もまだ、学生服のままである。
「で、どうよ?」
「うん、プライ度買ったよ」
「おお、買ったか」
 はたしてマー君はこの新商品を知っているのか知らないのか、しきりにウンウンとうなずきながら、ともかく隣に座ってきた。マー君が来てくれたおかげで、ぼくはやっともう一度この機械を触る気分になってきた。
 箱から機械を引っ張り出すと、それは手錠のような腕時計のようなものだった。つながった腕時計を両手首にはめるという、ちょっと斬新なデザインである。
 早速それを腕にはめて、スイッチを入れてみた。が、入らない。
「電池が入ってないんじゃねーの?」
 マー君に言われ、腕からはずして裏蓋を開けてみれば、なるほどそのとおりであった。ならばと箱の中をさぐって付属の電池を探してみるが見つからない。もう一度説明書を読見返してみると、なんと電池は別売りだとすみっこに小さく注意書きされているではないか。
「んだよ、コレよ!」
 ぼくは一気にやる気をなくした。だいたい、電池を買ってこようにも、財布の中には一ゼニーも残っていない。
「ああ、いいよ、オレの電池で何とかなるだろ」
 マー君がガバリと上着を脱ぎ捨てTシャツを捲り上げると、肩に貼られてブンブンうごめくマッサージ器が姿をあらわした。それをペリッとはがして薄皮を一枚むくと、なるほど電池が入っていた。
 ふとぼくは、気になったので聞いた。
「何でそんなもん貼ってんの?」
「ああ、オレ肩こりだし。なんか家にあったから、たまたま」
 たまたま、か。マー君は頼りになる奴だなあ、と心の中で感心しつつ、電池を受け取って機械にセットした。裏蓋を閉めてスイッチを入れれば、ピコピコと音を立てて見事にプライ度が起動した。
「よし、じゃ、さっそく」
 ぼくはもう一度両腕にプライ度をはめなおした。すると、右腕に備えついている液晶板に、ぼくのプライドがすぐさま数値化して表れた。
「……なんだよ、これ。二十六パーセントだってよ」
 マー君がふきだした。
「バハハハッ、すっくねー! おまえ、プライドねー!」
 あからさまに笑われて、ちょっとムッとした。ムッとした瞬間、プライ度が三十二パーセントに上昇した。
「あ、上がった」
「じゃあさ、こんどはオレに貸してみそ」
 マー君に言われるまでもなく、ぼくはもう腕からはずしにかかっていた。こんどはぼくが笑い飛ばす番だ。
 マー君がプライ度を両腕にはめた。はめたとたんに、ニヤついていた顔がサッと青ざめた。そこを逃さず、ぼくはマー君の腕を引っ張って液晶板をのぞき見た。
「うわ、マジ、十九パーセント? ぼくよか低いじゃんかよ、うわダセッ」
「うん、マジ、ショック」
 マー君がガックリうなだれた。
「あ、今、下がった。十六パーセントだって。すげえ、最高記録マークしたぜ」
「マジ、最高記録?」
 マー君がパッと明るい顔になった。
「イエーイ、オレの勝ちぃ」
 マー君があんまり喜ぶので、ぼくは少し悔しくなってきた。
「よし、お前の記録を超えちゃる。ちょっと返してみそ」
 剥ぎ取るようにマー君からプライ度を奪い、それをはめた。はめたはいいが、いったいどうやったらマー君の記録を抜けるだろうか。
「うーん、うーん」
 ぼくがうなっていると、マー君が言った。
「なにおまえ、ウンコしたいの?」
 ……それだっ!
 ぼくはブロックの斜面を駆け下りて、くさむらに飛び込んだ。振り返ってマー君を見ると、なんと彼もついてきていた。
「来んなよ、おめーよ!」
「え、なになに?」
 ううむ、こんなに近くにギャラリーがいるのは計算外だった。が、むしろこの方が効果は高いかもしれない。
「しゃあない。いいか、よく見てろよ!」
 ぼくはおもむろにベルトをはずした。さらにズボンとパンツをいっぺんにずりおろし下半身を生まれたままの姿にすると、その場にしゃがんで両足をきばった。
「えいっ!」
 ブリッ!
 すぐさまプライ度を見る。
「や、やった、十二パーセントまで下げたぜい!」
 一瞬喜んだが、すぐに今しでかした行為への恥ずかしさが急速にこみ上げてきた。あせってケツをかえりみると、どっと力が抜けた。
 屁だけで済んだ。身は出なかったようだ。
「すげえよ、お前って奴は、すげえよ!」
 ズボンを上げるぼくの姿を見ながら、マー君は目を輝かせて猛烈に感動していた。
「今、おまえのもくろみが理解できたぜ。なるほど、野グソ覚悟の青空っぺをかますには、プライ度をかなり捨てなきゃできないもんな。まったくお前はすげえ奴だ!」
 感動しながらも、ぼくの腕からプライ度をはずしにかかっている。なんだ、このぼくに対抗する手段をまだ持ち合わせているというのかっ?
 ぼくがズボンのベルトを締めなおすと同時に、マー君もプライ度を腕にはめ終えた。ぼくは、マー君の顔を見た。マー君は、ぼくの顔を見て、ニヤリと笑った。そして、一呼吸おいてからこう言った。
「うん。前から思ってたけど、今こそ言うぞ。オレは、オレはお前が友達で本当に幸せだ。お前みたいなすげえ奴が友達で、まったくオレとしては参っちゃうよ」
 そう言い終わった瞬間、プライ度がピーと鳴った。何事かと駆け寄ってのぞきこめば、なんと液晶板には九パーセントと点滅しているではないか。あわてて説明書を読んでみたらこんな注意書きが。
『プライ度が十パーセントを切ったり、九十パーセントを超えた場合には、ピーと電子音が鳴ります。これは、あなたのプライドが極端に偏りすぎているという懸念がありますので、あまり思いつめる前に精神科に相談するなどして対処してください』
 難しい漢字があるのでイマイチよくわからなかったが、とにかくすごそうな気配だけは伝わってきた。
「すっげえ、っつーか、ズリィよ! なんでぼくのこと誉めたぐらいで、そんなに下がるわけ?」
 ふふふ、とマー君は低く笑った。
「親友のことを改めて褒めちぎるなんざ、よっぽどプライド捨てないとできないことなのだ」
 マー君がそう言うと、また彼の腕でプライ度がピーと鳴った。今度は八パーセントをマークしていた。種明かしをしたことで、さらにプライドを捨てたというわけか?
「くそ、今度はぼくだっ」
 プライ度を返してもらって腕にはめた。だんだんこの作業も早くなってきた。
「おお、マー君。お前はとってもいい奴だ。好き好き!」
 しかし、数値は下がらない。
「なんだよ、ダメじゃんか」
「ちがうちがう、もっと心を込めて言わなきゃいかんぞな」
 そうか、なるほど。
 すーっ、はぁー。深呼吸してもう一度。
「マー君。肩こり機の電池、ありがとな。ホント、いつも頼りになるよな。お前のそういうところ、昔からうらやましく思ってたんだぜ」
 ピーッ。
「やったやった、七パーセント樹立! 記録更新!」
「マジマジ? じゃ、次オレ、オレに貸して貸してっ」
 うぬぬ、まだ何か手段があるのか?
 しかしこの機械、思ったよりも熱いぜ!


 次の日。いつものようにマー君家に迎えに行き、それから一緒に学校へ向かった。歩いてるときもずっと、プライ度の話題で持ちきりだった。
「いろいろ考えたんだけどさ、やっぱ、三パーセントの壁を破るには、なんか別の方法を考えたほうがよさそうだよね」
「うーん。でも、昨日マー君が考えたやつ、あれは画期的だと思ったんだけどなあ」
「ああ、期末テストをまじめに取り組んでみようってやつか」
「そう、それ。テスト勉強なんて、よっぽどプライド捨てないとできないもんなあ」
「まあな。でも、それでも四パーセントだもんなあ。惜しかったよなあ」
 教室に到着した。それでもなおプライ度の傾向と対策を相談していたら、宮村が寄ってきた。
「なに、もしかしてプライ度の話題?」
 宮村は、ザコでメガネだ。ぼくらが無視していることにも気づかずに、宮村は自分のリュックを開いた。
「ほら、ぼくもプライ度買ったんだ。でさ、ホラ見てよ、ぼくのプライ度、百パーセントまで上げたんだ、ホラ」
 チラリと見たら、本当に百パーセントを記録していた。マー君が宮村をジロリと睨んで言った。
「ダセ。百パーセントとかいって、自慢になんねーな」
 うん、まったくだ、と言う前に、いいことを思いついた。ぼくは、自分のプライ度を腕にはめて、宮村にこう言った。
「宮村、すごいじゃん。ぼくらには、百パーセントなんて夢の話だよ。今まで馬鹿にしてきてごめんな。これからは仲良くやろうぜ」
 ピーッ!
 腕の液晶板に眼を走らせる。
 さあ、結果は?
「やった、二パーセントが出た!」
「マジ、やったな、おい!」
 マー君が飛び上がって喜んだ。
 宮村も満面の笑みでぼくとマー君の手をとった。
「やったじゃん、頑張ったじゃん」
 次のセリフは、ぼくとマー君、ピッタリハモッた。
「うるせえ、ザコ」
 そしてダブルキック。
 吹っ飛ぶ宮村。
 ピーッ。ぼくのプライ度が反応。
 見れば、プライ度百パーセント。
 なんだ、こんなもんか。
 やっぱ、百パーセントは、ダセエ。


      おしまい


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