クルクルランド






 まわってしまうのです。
 最近は特にひどい。
 きっかけはいつもまちまちなのですが、今日の場合は標識でした。二丁目のバス停前の曲がり角、確かあれは車両進入禁止の標識だったと思います。その道は逆側からの一方通行なので、理屈から言ってもこちら側は車両進入禁止ということでつじつまも合います。
 努めて冷静に歩いてきた私は、人通りの少ないその曲がり角でも気を抜くことなく右折したつもりでした。
 気がつけば右手が標識の鉄の棒をしっかと掴んでいて、私の体に遠心力が加わっておりました。意に反して動作していた私の右手、そいつは私の体の一部ではないような気がしました。右手の動作に反応して、回転軸の役割を買って出た左足、これも私の体の一部ではないような気がしました。思考が体の部品から無視されていることが、悲しく思えました。孤独感が込み上げてまいります。
 が、涙を流す暇もなく、壁が迫ってまいりました。運悪くこの標識は壁際に立っていて、それに掴まって回転する限り、安全に一周まわり終えることはできません。目の前に迫り来る壁は凶暴でした。表面に玄武岩の溶岩のを思わせる突起がゴツゴツと飛び出しているのです。こちらは右手を目一杯伸ばして遠心力をかけているものだから、なかなかの速度が見込まれます。いくら体の部品たちが思考に謀反を起こしているとはいえ、そいつらを懲らしめるべくこの凶暴な壁に体当たりを喰らわせるのは得策とは言えないでしょう。痛みを感じるのは思考を担う脳でもあるのだから、なおのことです。
 手を離しました。手は離れました。すんでのところで身をひるがえして壁をかわしました。体制を立て直し、歩みの続きをはじめます。
 うまく歩けないのです。遠心力が体に残ってしまいました。血が回っております。たった九十度少々回転しただけなのに、全身がうずきます。更なる回転を欲します。まっすぐに歩こうと思っても、肩が、首が、体に残る遠心力のリズムに合わせて、クネリクネリとねじれてしまいます。
 十歩を刻んだところで、感情さえも私を裏切りました。
「まわりたいねまわりたいねまわりたいね」
 うんまわりたいね。
 私はまわってしまいました。
クルリと三百六十度、視界が移動しました。感情の裏切りにほとほとうんざりさせられながらも、理性が捉えた三百六十度の視界の中に人影を見つけることはありませんでした。不覚にも、理性がほっとしました。
「人影が無いのなら、ちょっとくらいいいじゃないかいいじゃないかいいじゃないか」
 とたんにクルリともう一回転、やってしまいました。
 合計二回転のご褒美に、全身の血液が狂喜乱舞します。三半規管が陶酔します。皮膚がうなり、頭髪が乱れ、骨が震えます。遠心力が体中を走り回ります。
 数歩ごとにクルリをやらかしました。逆にいえば、クルリごとに数歩まともに進みました。まともに進むのは私の根性でありプライドでもあります。遠心力ごときに負けてたまるものかと、すでに失った体の大部分に屈しない私のハートで補いました。
 頑張って頑張って、ほんの五十メートルほどの小道をクルリを交えながら歩いてゆき、やっとアパートに辿り着きました。部屋に入ったら、一人きりの空間で思う存分まわってやろうと考えておりました。鉄階段をカンカンクルリ、カンカンクルリと上り二階へ行く。
ドアの前に立ったときには、屈せずに頑張ってきたハートも「もう限界です」と悲鳴をあげていました。
 まわりながら尻のポケットからカギ束を取り出し、まわりながら部屋のカギを探し出しました。そしてそれをノブにさします。させません。さしたいのにさせません。
 クルリが止まらなくなりました。
 このとき気がついたのですが、まわっていると、カギというものはうまくさせないものなのですね。きっとこれは、熟練が必要です。部屋に入る直前でこんなにもまわってしまったのは、これがはじめてのことだったので、私は己の未熟さを痛感しました。
 この敗北感が、遠心力に火をつけたのかもしれません。全身の細胞が咆哮をあげはじめました。
「まわりたいねまわりたいねまわりたいねまわりたいねまわりたいね」
 理性が補足しました。
「もう家に入るのは無理だ。あきらめるしかないねないねないね」
 握っていたカギ束がぼくの手からスルリと抜けて、階下へ飛んでゆきました。それを取りにいこうと思いました。もうぼくの体のどこをとっても、クルリを否定するものはありませんでした。両腕を抱えて、右の足から左の足へと軸足を変えてやることで実に鮮やかにまわりまわることができました。階段を下りることも容易にこなせます。こちらはすでに何度も経験をつんでいる作業なので、熟練者であるということができます。
 とめどない遠心力の中、カギ束を拾いました。まわりながら尻ポケットにしまいなおします。これでひとまず用事がなくなってしまいました。まわっているだけでいいことになりました。組んでいた両腕をほどき、いっぱいに広げてまわります。遠心力で指先に血液が集まり、ジンジンジワジワしびれます。
 回転する視界の中、人物をとらえました。高速な回転であるから一度では解らず、三回転してその人物が、下の部屋の住人であることがわかりました。たしか、池田さんとかいうおばあさんの一人暮らしであったと思います。
「どうもこんにちは」
 まわりながらそう声をかけたものの、おばあさんはこちらをじっと見つめたまま身動き一つしていないことが十回転のうちに解ってきました。なるほど、回転しながらでは私の声は途切れ途切れになってしまうかもしれない、そう反省しました。
理性が補足します。このおばあさんは私を恐がっているのかもしれない。私のクルリを異常者のソレと考えているのかもしれない。なにせ、私の部屋の真下にいる住人だから、夜な夜なクルリをしている音が、朝も早くからクルリをやらかしてしまう振動が、このおばあさんには伝わってしまっているのかもしれない。世の中の情報はあなどりがたいもので、私がこのクルリが原因で会社を辞めさせられてしまったことを知っているのかもしれない。遠心力に負けたと妻と娘が去っていってしまった事を知っているのかもしれない。  近所付き合いは、大切なことです。悪い噂を流されると、住みにくくなってしまいます。このアパートは家賃が安いので、わりと気に入っているのです。
 呆然と私を見つめるおばあさんに回転しながらペコリと一礼をすると、私はひとまずこの場を離れることに決めました。この頃には、クルリクルリからクルクルクルと、速度を増しています。高速回転を維持しながら進みだし、サテ、どこへ行ったらいいものかと悩みました。
「ナイフを買いに行く」
 理性が思い出してくれました。ああ、そうだった、危うく忘れてしまう所だった。私は理性に感謝の念を言いました。
「ありがとう」
「どういたしましてどういたしまして」
 私は進路を商店街へと向けました。高速に回転している自分は台風の目のような存在だと、小学生の頃は思ったものです。中学の頃はブラックホールのようだと想像して、宇宙へ夢を馳せました。でも結局はただの回転する男なのだと、ひどく自分を虚しく感じてしまったこともありました。遠心力に身をゆだねる自分は、マスターベーションをし続けるサルのような存在である、とも思いました。
 どうでもいいことですよね。
 今のぼくは、ナイフを買いに行く、それが目的なのです。目的ができたとたんに、回転は意味を持たなくなる。
「靴も買ったほうがいい。先のほうが回転でだいぶ磨り減っている減っているいるいる」
 ああ、また一つ目的ができました。
 でも、靴はまた今度にしたいと思います。まずはナイフ。色々考え抜いた結果、やはりサバイバルナイフが便利なような気がします。新聞などを研究していると、そういう手段が実に有効なようです。下手に鉄砲などに欲をのばすと、良くないようです。シンプルなことが一番です。
「もっと早くまわれまわれまわれ」
「目一杯指を伸ばせ、もっと血液を外側へ集めろ」
「クルクルストン、クルクルストン、クルックルッ」
 だいぶ騒がしくなってきましたね。ああ、もう商店街につきましたか。そりゃあ体も喜びますよね。人が私をよけてくれるので、回転に差し支えはございません。
「キャハハハ!」
 少女が一人、僕のまねをしてまわり始めたようです。その母親が、少女をしかりつけます。
「やめなさい、やめなさい!」
 しかし少女はまわります。
早くサバイバルナイフを買ってこないといけません。回転を邪魔するものは許せません。
   それが例え他人の親であっても許せません。
  それが例え自分の体の一部であっても許せません。
感情が高ぶり、回転が増します。あまりのスピードに視界が流れて、わけがわからなくなってきました。
回転がぼくを支配してしまいました。
こうなると、店にはもういけません。サバイバルナイフを買えません。困った、いつもこうなのです。何とかしないといけません。
ああ、弱った。酔ってきた。
どうやらまわりすぎたようです。
昔から、乗り物酔いは激しいほうでして。


              おしまい  
                 

      おしまい


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