インスタントストーリー・シリーズB

その女を殺したのは私です
[Sono onna wo korosita noha watashi deth]


「その女を殺したのは私です」

笹島美紀子は、
リポーターが差し出したマイクに向かって、さらりとそう言った。
「え?」
若い女性リポーターは、予想外の美紀子の答えに次の句を失った。
カメラマンに背中を小突かれて、リポーターはハッと自分の職を思い出した。
スタスタと先へ進む、青いスーツの美紀子を追った。
「笹島さん、あなたが、UTVニュースキャスター真北さやかさんを」
「そうです。私があの女を殺しました」
カメラマンは、このスクープを逃すまいと、賢明に美紀子の顔を追った。
枠の中の美紀子は、その細面の美しさの中に、うっすらと笑みを浮かべていた。
リポーターが、続ける。
「笹島さんと、真北さんは、親友でもありましたね?」
「さあ、どうだか」
「とぼけたって無駄です! あなたと真北さんは、中学生から大学まで、ずっと一緒だった!」
「ふふふ」と、美紀子は声だけで笑った。
「あなた、まだ若いのね」
「若いって、私はあなたと二つしか違いません!」
「違うの。仕事が、不慣れだって事。で、親友かどうかって話だったかしら? 正しくいえば、あの女が、私を親友と思っていることを、私は知っていた、ということになるかしら。逆に言えば、私は、あの女は、鬱陶しく思っていただけ」
「ま! なんてひどい!」リポーターは目を丸くした。
「じゃあ、真北さんの男を寝取って、邪魔になった真北さんを殺したんでしょう!?」
「はい、ご明察」
「あんたみたいななんでもないOLが、ニュースキャスターの真北さんを!?」
レポーターは、カメラマンにまた背中を小突かれた。
(おい、もうちょっと冷静に話せ! これじゃ、使えない)
と、その時、いつの間につかまえたのか、美紀子はタクシーの中に乗り込んでいた。

「ちょ、ちょっと……待てこの」リポーターは、タクシーにすがる。
が、スルリと彼女の手を抜けて、タクシーは走り出していった。
「この、極悪女ぁ!」
リポーターは、タクシーの背中に向かって、思い切り叫んだ。
カメラマンは、電源を切り、フウと溜息をついた。
「おまえな。あんなひどいリポート、みたことないぜ」
「ええ? だって、なんかムカついちゃって〜」
フウ、ともう一度溜息をついて、カメラマンはボソリと言った。
「ともあれ、これは、スクープだ」


タクシーの中で、美紀子は笑っていた。
(さやか、あれでよかったかしら)と、空を見ながら思った。

あなたは、私の親友。
あなたは、ニュースキャスターになってからも、私を親友と思ってくれた。
私たちは、親友。
でも、あなたは死んでしまった。
私を恨んで、自殺してしまった。
私を恨むあまり、他殺体にみせかけて。
一番容疑者に近いのは、私だって、いろんな証拠を残してね。
でも、いいの。
あなたは、私の親友。
あなたが、私を殺人犯にしたいのなら、
私はそれを受け入れるわ。
だって、あなたは私の親友。

「お客さん、さっきのあのカメラは、なんですか?」
タクシーの運転手は、バックミラーをチラリと見て、遠慮がちに言った。
しかし、美紀子は、答えない。
静まる車内で、運転手は、今度は独り言のように話した。
「お客さん、芸能人、だったかなあ。サイン、欲しいなあ」

美紀子は、ハンドバックを薄くあけて、中を見た。
きらりと光るものを、じっと見据えた。

あの男、許さない。
さやかに「好きな人がいる」って打ち明けられた時に、
私には「良くない男」だって、わかったわ。
だから、私は、男に近づいた。
少し、色気を使って。
やっぱり「スキャンダル屋」の男だった。
ニュースキャスターのさやかと一緒にいるところを写真に撮ったり、
ホテルの中で、隠しカメラを仕込んでSEXしたり。
そんなことを、私に自慢げに話していたわ。
時間がなかったの。
一刻も早く、さやかの写真を、ビデオを、取り返さなければいけないと思った。
だから、私は、男を私に夢中にさせた。

ごめんね、さやか。
まさか、あなたが、自殺するほどその男を想っているなんて知らなかった。
でも、大丈夫。
写真もビデオも、取り返した。
そしてね、ふふふ。
プレゼントをあげるわ。
今から、あの男を、そっちに送るの。
私が行くまでのしばらくの間、さやかは男で遊んでてね。
ふふ、ふふふふ。

美紀子は、ハンドバックの中に手を入れた。
鋭くとがったナイフの刃先を人差し指で確かめる。
くっ、と力を込めると、プツリと指の皮が弾けた。



 おしまい


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