インスタントストーリー・シリーズA

その男を殺したのは私です
[Sono otoko wo korosita noha watashi deth]


「その男を殺したのは私です」

ガックリとうなだれて、震える声で話したのは、少年だった。

「うん。そりゃ、見ればわかることだけどね」

若い刑事は、少年を見てそう言った。

少年は、白いYシャツを、血で真っ赤に染めていた。
中学校の制服だろうか、青いブレザーもグレーのズボンも、
胸から腿にかけて赤々とびしょ濡れている。
そして、右手には、刃渡り二十センチほどの包丁が、
いまだ血を滴らせている。

少年の傍らに、仰向けに横たわる死体がある。
ちらり、ちらりと、視線を時折死体に移しつつ、
少年は、聞き取れぬほどの小さな声で話した。
「この男は、死ぬべきだったんです。
そして誰かが殺さなくちゃいけなかった。
たまたま、それが私の役目になっただけなんです」

(ずいぶん大人びた話し方をする子だな)と若い刑事は感じていた。
(きっと、大人びた子ほど、コロス、とか、キレル、なんて結論に陥りやすいのかもしれない)

少年は、独り言のように話を続けた。
「この男は、悪い奴ではないんです。
……いや、こういう男を悪い奴と言うのかもしれない。
バカでノロマで、周りの人間を不快にさせるだけの存在。
無用な存在、それこそ、悪い奴と呼ぶにふさわしい、そう思いませんか」

少年は急に顔をあげ、刑事を見た。少年の目が、怒りに燃えている。

「そう思いませんか?」
少年が繰り返す。刑事は、うーん、と唸ってから、
「まあ、もう殺しちゃったものは仕方ないし。
死人の悪口を言うもんじゃない」
と言った。

「っつーかさ」
刑事は、言ってもいいものか、ちょっと言葉を選んでから、
結局ストレートに、こう切り出した。
「あんまり、自分を責めるなよ」
「だって……」少年が声を高くした。「この男を殺したのは……」
「君だろ? そりゃわかる。見ればわかる。さらに、見ればわかることは」
刑事は、少年を見て、死体を見て、もう一度少年を見た。
「死体の顔と君の顔は、一緒だって事。体も服装も一緒だって事。
つまり、この死体は、君だって事。
そして、君のズボンから下に、足が無い、要するに」

刑事は、言い聞かせるように、優しく言った。

「君は、幽霊だって事だ。
君は包丁で自殺して、その姿のまま幽霊になっちゃったと思うんだけど。どうかな?」

少年はあんぐりと口をあけ、しばらく呆気に取られていた。
が、納得がいったのか、うんと一つ頷き、表情を明るくした。

「つまり、その男を殺したのは私ってことですね?」

刑事は首を振った。

「それでいい。それでいいから、はやいとこ成仏してくれ」


(別タイトル『心霊刑事』)
 おしまい


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