脱出に際して

[dassyutu ni saisite]


雨がネ、長いこと降っているので、なんとも困るのダ。
ひと月近く降り続いている、かも知ンナイ。
そうなの、この部屋にカレンダーなんてシャレたもんないから、雨がどんくらいの期間やんでないか、詳しいことはわかんないの。そもそも、そういう細かいこと気にしないの。
でもね、さすがにちょっと不安ヨ、この降りようは。

テレビもね、つかないの。
っつーか、テレビ無いし。
なにせ金が無いのダ。あと、体力も無いのダ。
風邪をネ、少々こじらせていてネ、これまたひと月近くぐったり寝込んでるのダ。
はたして僕が、オレが、私が、学生だったか仕事人だったか赤ちゃんだったか、そこらへんさえわかんないよマジで、このモーローとしたドタマでは。

 ハハハ。はらへったなあ畜生。
 こういうとき、助けを呼べる親兄弟とか友達とかいたっけなあ。
 トモダチ。
 ん?
 トモダチが、どうしたんだっけ?
 っつーか、今、何を考えてたっけ?
 まあいいや、寝よう寝ようゴホゴホ。
 夢見よう、夢。いい夢。

 ……。

 ツメテエよ。
 みんなツメテエよ。
 っつーか、オレがツメテエ。
 ん?
 僕の背中が冷たい。
 ウワッ、うわうわ!

夢じゃないよ、現実世界だよこれは、冷たいはずだよこりゃ浸水だよ洪水ダ!
あらら、川が決壊したのね、増水して溢れちゃったのねたぶん。なんでみんな教えてくれないのよ、ゴホゴホ、ご近所さんも冷たいネ、こんなか弱い病人に、ひと声掛けてくれたっていいじゃんスか!

 まあ、いい。
 窓を開けて、外を見ようガラリ。
 ウム、外は夜、そして波打つ水。
 人影すでに無し、そりゃそうそりゃそう。
 住宅たちが水に浮かぶ絶景かな。
 では窓を閉めようガラリ。
 さて、冷静に 努めてレーセーに。

風邪はこの際引っ込んでいてもらおう。
最優先は、ココからの避難。避難するにあたり、持ち出すものは、吟味して、大事なものだけを手荷物程度にヨロシク。
そうか、こういう場合は、通帳と印鑑、これ基本ね。さて通帳とキンカン、お、通帳はあった、辞書の間にはさんであったのを覚えてたエライ。キンカンは薬箱、これ常識。

 ん?

通帳なんて、意味が無いよ。
だって、残高三十八円だもん。
うん、これはいらない。ついでに言えば、キンカンは当然いらない。

えっと、他に大事なもの……そう!
燃えよドラゴンのパンフレットこれ大事。

 ん?

いやいや、これは元彼女と見に行った思い出の品。
だけど、こんなものに未練をつなぎ続ける、それ最悪、男として。
そういうロマンチック、モテナイ秘訣。
やめた。
ごめんドラゴン、君はココで濡れてくれサイナラ。

 うお! 水がヒザまで!
 恐るべし自然の力!
 オレ様危機一髪!

いいや、もういい、何も持たないで逃げたほうがいい。
っつーか、そんなに大事なもん持ってないよ私は。うん、いいところに気がつきましたエライ。

 でもな。
 かといって、手ぶらってのもな。貧乏まるだしだよな。
 ん?
 なんだこりゃ。

あらら、「お部屋の消臭ビース」に、キノコが生えてるよキノコが!
すげえ! さすが百円ショップの脱臭剤、この意外性がスゲエ!
よし決めた、キノコちゃん、お前を助けてやろう。
四畳半のスモールワールドに共に暮らした生命体として、君の存在をを尊重しよう。

んしょ、こうして脱臭剤ごとフトコロに、大事に抱えて持ち運べば、キノコちゃんも安泰。
そしていざ行かん人のいるところへ、水をかきわけ雨を抜けて!

 あーあ。腹減ったなあ。
 このキノコ、食えないかなあ。

ちょっと本屋行って、キノコ図鑑かっぱらってこよっと。
どうせ誰もいないデショ。ダショ?
そこによく気がついたエライ、ゴホゴホ。


 おしまい


CHUCOM表紙に戻る