インスタントストーリー・シリーズC

鏡よ鏡よ鏡さんの気持ち
[Why are you so answer?]


鏡よ鏡よ、の鏡さんは、お后様を愛していました。
心から、お后様は美しいと思っていました。
お后様が子供の頃からのお付き合いをさせていただいていますし、
それはそれは心を込めて、毎日欠かさず磨いていただけるのです。
こんなに大事にされて、黙っていられるはずもありません。
鏡である自分の立場もわきまえずに、つい声を出してしまいたくもなるものです。

「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのは、だあれ?」
「お答えします。それはお后様、あなたです」
鏡さんは、本心から、そう答えました。
お后様の質問に、自信を持って答えてきました。
そんな毎日が、鏡さんにはとても幸せなのでした。

月日が流れました。
鏡さんの愛は、変わることがありませんでした。
むしろ、日々、深く深くなるばかりです。
けれど、鏡さんは気がついていました。
お后様は、日を追うにつれて、自信をなくされていることに。

「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番美しいのは。だあれ?」
「お答えします。それはお后様、あなたです」

そう答えても、お后様は、以前のように嬉しい顔をなさいません。
鏡さんに顔を寄せて、目じりのしわを確かめたり、つやの失ったくちびるを人差し指でなぞったり。
そして、
「はあ……」
と、溜息をひとつ、つくのです。
その溜息が、鏡さんを白く曇らせます。
鏡さんは、それが悲しくてなりませんでした。

「あなたは、歳をとっても美しいのです! 本当に世界一美しいのです!」
そう声高に叫びたい、と何度思ったことでしょう。
けれど、鏡さんにはわかっていました。
そんなことを言っても、お后様の気持ちが晴れるとは思えない。
たかが鏡の恋心などでは、お后様をお救いできないのだ、と。
鏡さんは、自分の無力を嘆き、悲しみました。

「鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのは、だあれ?」
感情のこもらない声で、その日も、お后様はたずねてきました。
「……」
鏡さんは、返事をしませんでした。
「あら、どうしたの? 鏡さん、いつものように答えてくださいな」
「……」
お后様に促されても、鏡さんは、黙っているのでした。
それは、いつもと違う返事を、用意していたからなのでした。

「もう一度聞くわよ。世界で一番美しいのは、だあれ?」
「……白雪姫」
鏡さんは、意を決して、そう答えました。

「え? い、今、なんて言ったの?」
「お后様、世界で一番美しいのは、白雪姫なのです!」
「そ、そんな……!」
鏡さんは、この国にいる白雪姫なる小娘のことを、噂で知っていたのでした。
愛らしい、可憐だ、麗しの美女だ、ともっぱらの評判。
けれど鏡さんは、ちっともそうは思いませんでした。
鏡さんにとって、世界一の美女は、お后様ただ一人。
白雪姫なんて小娘、知ったこっちゃありません。
けれど、鏡さんは、嘘をついたのでした。
「世界一の美女は、白雪姫!」
それは、鏡さんが言った、最初で最後の嘘でした。

「ひどい、ひどいわ、そんなことを、あるはずないわ!」
「いいえ、本当のことです。お后様、あなたはもう世界一の美女ではない!」
「ああっ!」 お后様は、鏡さんを放り投げました。

鏡さんは、地面に落ちるまでの数秒間、お后様を目に焼き付けていました。
そして、こんな事を考えていました。

よかったんだ。これでよかったんだ。
白雪姫というライバルができて、それを打ち負かす事で、
お后様はきっと自信を取り戻す事だろう。
私には、これくらいのことしか、できないから。
鏡の私には、これが精一杯の、愛の証なのだから。
……ああ、どうかお后様、お幸せに!

カシャーン。
鏡さんは、床に落ちて、粉々に砕け散りました。
お后様は気がつかなかったけれど、
鏡さんの破片の一つ一つが、
じんわりとしめっているのでした。
それは、鏡さんの涙だったということは、
ここだけの話、ここだけの話。


 おしまい


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