悪魔電話コログニム

原稿用紙換算9枚

           

 僕だけしか知らないんだ。
 コログニムは電話の中にいる。
いや、電話そのものがコログニムなのかもしれない。
コログニムはたくさんいる。
 君の電話もコログニムかもしれない。
 今日は君にだけそっと、この怖い怖いコログニムの話を打ち明けようかと思うんだ。お願いだから、みんなには秘密にして!コログニムに知られたら、僕はおしまいだ……!


 僕の名前はサトル。
 去年の五月の誕生日に、携帯電話を買ってもらったんだ。僕はうれしくてうれしくて、友達にいっぱい電話をした。
「もしもし?オレ、サトルだけどさ……」
 クラスの友達にかたっぱしから電話をしていった。とうとう全員にかけてしまった。それでもまだ物足りなかった。
 悪い考えが、ふと頭に浮かんだ。
 そう、僕はてきとうな電話番号を押していったんだ。
 0・3・5・7・3……
 プルルル、プルルル、ガチャ!
「はい、もしもし?」
 もちろん知らない人の声だった。
「もしもし、もしもし?」
 僕は、名前も知らない誰かさんとつながったことに、なんだか不思議な興奮を感じた。
「もしもし……プツッ」
 僕は、電話を切った。そして、知らない人とのつながりも切れた。
(こんなことしちゃいけない!これは、いたずら電話だ、悪いことだ!)
 心の底のほうで、僕の良心がそう叫んだ。
 でも、その言葉には耳も貸さずに、僕は次の『知らない人』へと、適当な番号を押していった。

   5・6・9・2・6……
 ガチャッ!
 誰かが、電話に出た。
「………………。」
 でも、何も言わない。
 僕は耳をすました。
「……フー、……フー」
 静けさの中に、かすかな鼻息の音が聞こえる。たしかに、だれかがそこにいる。
(なんで、この人は電話に出ても「もしもし」とか言わないんだろう)
 僕は、電話を耳に押し付けて、もっと何かが聞こえないかと集中した。
「……フー、……もっとだ」
 今度は、ホントに小さな声だけど、何かをしゃべった声が聞こえた。
(なんて言ってるんだろう)
 僕は、もっと電話を耳に押し付けた。
「……もっとだ、もっと近づいて来い」
 だんだん、声がはっきり聞こえてくるようになった。僕は、もっともっと電話を耳に押し付ける。
「……………」
 突然、また何も聞こえなくなった。
 あれ?
 僕が、もっともっともっと電話を耳に押し付けた、その時。

「コログニム!」

 突然大きな声が響き渡った!
 それは、今まで聞いたこともないような、爆弾のような、地響きのような、恐ろしい声だった。
 僕はびっくりして、電話を投げ捨てようとした。いや、たしかに投げた。
 でも、僕の目に映ったのは、しんじられないものだった。
 投げたはずの電話が、僕の手にくっついている。
 いや、違う!
 電話のマイクから、手がニョッキリと伸びていて、僕の手首をしっかりと捕まえているんだ!黒くて、毛むくじゃらで、つめは長く毒色の赤。そのつめが、僕の手首に食い込んでくる。痛い!


「う、うわあああ!」
 僕は叫び声を上げた。
 そして、何度も手を振ってそれを振りほどこうとした。
「ムダだ、そんなことは、ムダだ」
 電話のスピーカーから、声が聞こえた。
「さあ、くるんだよお前は」
 恐ろしい声がそう言った瞬間に、ズンと強い力で引っ張られた。そして僕は、また自分の見たものを信じられなかった。いや、信じたくなかった。
 黒い手は、もう引っ込んでいて見えなくなっていた。
 でもその代わりに、僕の右手が電話のマイクの中に引っ張り込まれていた!
「うわあああ!」
 僕はまた叫んだ。
 吸い込まれた右手の先が、ひんやりと冷たかった。電話の中で、僕の右手はまだあの黒い手にしっかりと捕まれているのを感じた。
「やめて、やめてください!」
 僕は、泣きながら、そして震えながら頼んだ。でも、あいつは聞いてくれなかった。
「さあ、早く来い。もっと、もっとだ」
 ズルッ、ズルッ!
 どんどん僕の腕は電話に飲み込まれていく。
「お母さん!お母さーん!」
 僕は、下の部屋にいるお母さんに助けを求めた。
「ハッ、ムダだよ!ムダムダ!」
 電話の中から、笑い声が聞こえた。
 笑い声とともに、またズルッ、ズルッと電話の中へと引き込まれてゆく。

 とうとう肩まで入ってしまった。
「ごめんなさい、もういたずら電話なんてしませんから!」
 そう叫びながらも、僕はもうあきらめはじめていた。もう、だめだ。誰も助けてくれない。お母さんにも聞こえていない。このまま僕は電話の中に引き込まれていって、それから、どうなってしまうのだろう。
「これから、どうなるのかって?」
 まるで僕の心の中を見透かしているかのように、不気味な声は話しかけてきた。
「そうだよ、お前はこれから、俺たちの仲間になるのさ。俺たち、コログニムの仲間にね」
「コログニム?」
「そうだ。俺たちコログニムは、電話という地獄の中で一生を送るのだ。そして、電話から電話へと人の声を運ぶんだ。『もしもし』『愛してるわ』『これから帰るよ』なんて、くだらねえ言葉を運びつづけるのさ」
「いやだよ、そんなの嫌だよ!」
「はっ!オレだって、もともとはお前みたいに人間の姿をしていたんだ。そして、俺もいたずら電話をした。そのとき偶然、56926、「コログニム」とダイヤルして、コログニムに引きずり込まれたのさ。コログニムは人手が足りないんだ。いつも、仲間を探している。お前も、仲間だ。うらむなら、自分を恨むんだな!」
 ズルッ!
「あっ!」
 体が軽くなった。
 そして、落ちてゆく感覚。
(ああ、とうとう僕は体全部を電話に飲み込まれてしまったんだ)
 落ちてゆく、落ちてゆく。
 暗闇の中を、ただ落ちてゆく。
 ああ、地面の底のほうで何かがうごめいている。ああ、あれはコログニムだ。数百、数千、数万のコログニムだ。僕も、コログニムになってしまうのか。
(ああ、ああ)
 何も言えず、涙だけが流れ落ちた。
 ズン!
 強い力が僕の落下を食い止めた。
 なんだ、なにがおこったんだ?
 上を見上げる。
 あ、あれは。
「サトル、サトル!」
「お母さん!」
 お母さんだ!お母さんが、上から手を伸ばしている。お母さんの手は不思議なほど長く長く伸びて、僕の足ををしっかりと受け止めている。
「サトル!しっかりつかまりなさい!」
 母さんが、僕をひっぱり上げてゆく。
 コログニムよりも強い力で。
 ああ、部屋の光が近づいてくる……。


 僕は奇跡的に助かった。
 その後、お母さんはその電話を捨ててしまった。
 僕ももう新しい電話を欲しがったりはしない。
 あの、恐ろしい体験。
 思い出したくもない。
 でも、思い出してしまう。
 コログニムは今も電話の中から僕を見張ってるんだ。僕だけじゃないよ、君このこともね………。

 おしまい


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