08.05.18
アリとキリギリスの続きの話



何となく、アリとキリギリスの続きの話を書いてみた。
よかったら、以下読んでみて下さい。


『アリとキリギリスの続きの話』

ある寒い雪の夜。
アリさん四人家族(アリ・ヨメ・娘2人)が暖かい夕飯を食べている時。
「トントン」
ドアをノックする音が聞こえた。
ヨメが不安そうにアリを見る。
「こんな寒い夜に誰かしら。ちょっとあなた、ここはスルーを決め込んだほうが
いいんじゃない?」
「そうだなあ、まあ無視するのもなんだし、ドアにきちんとチェーンかけてのぞいてみるよ」
アリは食卓をはなれて、ドアにチェーンをかけて、少しだけ開いた。
そこには、昔の知り合いの、キリギリスが立っていた。



昔はパリッとした流行の服を決め込んで、遊び狂っていたキリギリス。
でも目の前の彼はボロボロのひどい身なりだ。しかも体臭がキツイ。
そのキリギリスの姿を見たアリは、それだけである程度事情は察することが
できたのだが、あえて聞いた。
「キリギリスさん、こんな寒い夜にどうしたんだい?」
キリギリスは引きつった笑顔でこたえた。
「うん、ちょっと、遊びに来てみたよ。…来てみました」
「そうか…」
(プライドと卑屈さが入り乱れてめちゃめちゃなコメントだな…)
アリは、キリギリスを追い返すべきだ、と即座に思った。
ヨメが背後から「早くおいはらって!」という強い思念を送ってきているのも感じていた。
しかし。目の前には、あのキリギリスが、ボロボロになって、
引きつって笑っている。
(あのキリギリスが…)
アリは、ドアのチェーンをはずした。
「今、ちょうど夕飯を食べていたんだ。良かったらいっしょにどうだい?」
アリは今自分が取った行動と言ったことに、自分でおどろいていた。
(僕は何をやっているんだ? あんなに嫌いだった奴を助けることはないだろうに)
「さあ、どうぞ中へ」
アリがドアを大きく開くと、キリギリスはペコペコと頭を下げながら、
家の中へと入ってきた。


キリギリスが来てから、3日が過ぎた。
ヨメは激怒し通しで、ことあるたびにアリを責め立てた。
「今すぐあの人を追い返して! さもないと、ザ・離婚の危機よ!」
アリは「まあ、今日あたりで彼の方から出て行くだろうよ」とごまかし続けた。
娘2人が、キリギリスになついた。キリギリスが教えてくれる遊びや歌、旅行の話などは
子供達にとって、とても魅力的にうつったようだ。
その様子を見て、ヨメは「教育上良くない!」とまたアリに激怒した。


アリは、どうしてもキリギリスに出て行けとは言えなかった。
いや、言いたいとも思っていなかった。
(何なんだろうこの気持ちは)
夜、アリは書斎で、考えられるだけの「自分の気持ち」を箇条書きにしてみた。
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・困っている人を助けたいというボランティア精神。
・あのキリギリスに、恵んでやっているという優越感。
・あんなに威張っていたキリギリスの、今の無様な姿をもう少し堪能していたい。
・キリギリスに「君が正しかった。僕が間違っていた」と言わせたい。
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4つ書き出して、アリは眉をしかめた。
(うーむ、こんなんじゃないんだよな…)
と、その時。アリは背後に気配を感じ、ふりかえると、
キリギリスが箇条書きをのぞき込んでいた。
引きつって笑っていた。

アリはあわてて、「いや、これは違うんだ! あの、そういうことでは無くて、
ほらあれだよ…」と取り繕った。が、取り繕えていないことは明白だった。
「僕は本当は…」
アリは、ふと思いついた言葉を、大声で告げた。
「僕は、本当は、君に憧れていたんだよ!」
キリギリスから、引きつり笑いが消えた。
アリはゴクリと息をのんだ。
ピーンと張りつめた空気が、ふたりを包んだ。

(僕が、キリギリスに、憧れていた…?)
アリは自分がとっさに出した言葉を反芻していた。
(遊び人のキリギリスを、働き者の僕が…?)
心の中にかかったモヤが、次第に晴れていく。
「そう、僕は…」
アリは、声に出して話しはじめていた。

「そう、僕は、君が大嫌いだった。
はたらく僕を馬鹿にして、ヘラヘラと生きていた君のことが、
僕は大嫌いだった。
そんな生活いつか失敗するぞと思っていたし、失敗しろ!と念じていた。
君が楽しそうに遊び暮らしているのを横目に、僕は自分の楽しみを捨てて
ひたすら働いた。働き狂った。そして、お金が貯まった。
はじめてつきあった女性と結婚した。それが今のヨメだ。
ヨメは僕のまじめさが好きだと、当時は言ってくれた。
言い換えればそれは、僕がコンスタントに稼いでくる金が好きだと
言っているようにも聞こえたが、考えすぎだと自分に言い聞かせた。
子供が出来た。2人とも女の子だった。
働き狂う僕は、子供をかまってやる時間が十分に持てなかった。持とうともしなかった。
気づけば子供たちは、私のことを疎んじていた。まだこんなに小さいのに、
パパつまんないとか、パパうざいとか言うんだぜ! 信じられるか!?
まあ、ヨメの影響だろうな。それでもいいさ。大体の家庭はそんなもんだと
会社の同僚も言っているよ。だから気にしない。気にしないようにする。
そうやって手に入れた。大事な家庭。何が悪い! コレが僕の人生さ!
コレが僕の人生? なんだこの人生??
君はどう思う? 君なら我慢できないだろう!?
努力と我慢の繰り返し。繰り返すうちに、脳みそがマヒしてくるんだぜ。
気にしない、と言い聞かせると、本当に気にならなくなるんだぜ!
わかるか君に、この感覚が!?
そう、君だよ! 君と知り合っていたことで、「君なら」という考え方が
僕の中に住み着いてしまったんだよ!
君なら、こんな毎日を大事にするか? いや、しないね!
君ならすべてをほっぽり出して、ふらっとどこかに消えているね!
でも僕は君がどこかでノタレ死んでいるだろうと思えばこそ、
「君なら」という発想も悪魔のささやきとして押さえ込むことが出来たんだ。
でも、君は、あらわれた。
君は、ノタレ死に寸前で、僕に助けを求めに来た。
僕の想像は当たっていたわけだ。ハハッ!
当たっていたから、すべてが虚しくなった…。
そう、虚しいんだよ。だってそうじゃないか。
「君なら」という人生の可能性がきえてしまったんだ。
僕の歩んできた人生が、人生のたったひとつの正解だったんだ。
そんな正解なら、みんな不正解も同じだ。
努力と我慢の人生しか選択肢がないなんて、それじゃああんまりだよ。
だから、君は、昔と変わらず楽しく遊び狂っていてほしかった。
僕は、君を、心底嫌っていると同時に、強く憧れていた。
君みたいな人生もあっていいと思っていた。あってほしいと願っていた。
だから、君がそんな姿を僕の前に見せてしまったら、僕は…もう僕は何を…!
もう、生きていくのに疲れたんだ! 疲れ切ったよ僕は! もう、疲れたんだよ…!!」

「うん、もうわかった」
キリギリスは、アリの言葉をさえぎった。
アリはふと我に返った。気が付けば、号泣していた。
あわてて涙と鼻水をぬぐった。そしてキリギリスを見た。
キリギリスは、にっこりと笑っていた。
ほほにひとすじ、涙が流れたあとが残っていた。

翌朝、キリギリスはいなくなっていた。
ヨメは「あーよかった」と大声でくりかえし、
嫌みタップリに消臭剤リセッシュを部屋中に吹きかけていた。
子供たちは「つまんないのー」と少し残念そうな顔をしたが、
ものの数時間ですぐに彼の存在を忘れ去った。

その夜、アリは書斎で、彼の置き手紙を本棚の間からみつけた。



アリはまた、たくさん泣いた。
(おしまい)


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