バスダッタの昇天

 古代インド、マツラ国にバスダッタという、美人として名高い娼婦がいました。召使に、ある日お香を買ってくるように命じました。ところが、あまりに多くの香を持ち帰ってきたので、怪しんで訊ねると、「いいえ、盗んできたのではありません。そのお香屋さんはウバキクタという方で、大変慈悲深く、あんなによいお香をたくさんくださったのです。それに男前がまことによくて、あのようなお方と何すれば……、死んでも恨みはございません……」と答えました。

 召使の言うことを感心して聞いていたバスダッタは、自分も会ってみたくなり、すぐに召使を遣わせました。ところが、その返事は「まだ時が来ない」ということでした。

 バスダッタは、「妾と会うにはきっと高いお金がいると思っているのだわ。お金は要らないからと、もう一度頼んできておくれ」と、再度召使を遣わせました。しかし、「まだ時が来ない」と、同じ返事が返ってきただけでした。

 たまたまその頃、ある大商人が、城中第一の美人だといううわさを聞いて、バスダッタのところに、珍しい宝や豪華な装飾品を持って、客としてやってきました。その宝石類を見るや、バスダッタは無性に欲しくなりました。しかし、先客として来ている長者の一人息子が、先ほどからせっついてきていて、邪魔っ気に思ったバスダッタは、こともあろうに、殺して裏庭に埋め、そ知らぬ顔で、大商人と男女のよしみの極みを尽くしておりました。

 一方、長者の息子の家では、息子が何日も帰らないので、心配してバスダッタのところへ、捜しにやってきました。当のバスダッタは「知らぬ、存ぜぬ」の一点張りでありましたが、ここに来ていたことは分かっていたので、隈なく捜した結果、ついに裏庭から、変わり果てた息子を発見しました。長者の落胆と怒りは、一通りではありませんでした。

 時を移さずして、長者は国王にそのことを申し上げ、バスダッタへの厳罰を願い出ました。国王は、すぐさま捕らえて、手や脚や耳や鼻等を切り落とし、塚に晒し者としました。

 このことを聞いたウバキクタは、「私が行くべき時が来た」と、ひとりの侍者を連れて、バスダッタの晒し場へと赴きました。

 晒し場では、烏たちがついばみに来るのを追い払っていた召使が、ウバキクタがやって来るのを見て、主人であるバスダッタに「ウバキクタ様がお見えになりました。でも……、今時分ようやく情念を起こされたのかしら……」といいました。

 これを聞いて、「この姿、何で情念など起こされましょう。妾の手や脚や耳や鼻を集めて、その上に見えないように、着物でも掛けておくれ」と、苦しさの中でも、少しでも体裁を作ろうと、召使に言いました。そして、彼女は、「ようこそいらしてくださいました。しかし、今はご覧のとおり見苦しい姿、以前お迎えを差し上げたときは来てくださらなくて、今……、なぜ、何のご用でお越しくださったのですか」と、恨みまじりに訴えました。

 ウバキクタは、穏やかに、威厳のある言葉で、「私は、欲事のために来たのではない。お前は、これまで色仕掛けでもって、世間のものを騙してきた。しかし、色の無常なこと、はかないことは、水の泡のようなものである。色は、薄い皮そのものである。薄い皮をはげば、血と肉と骨との不浄醜穢きわまるものではないか。外をいかに美しく着飾ろうが、内は不浄悪臭の箱ではないか。智者は明らかに悟るから迷うことはないが、愚者は、明らかに観ることができないから、深く迷うのである。もし、仏の善法を聞き、五欲の汚れた現世を厭い離れることができれば、安楽の心をいただけるのである」と、慈悲の心で諭し、さらに広く、仏法を説き聞かせました。

 さすがのバスダッタも、「あなたは、今私のために、仏の道を示してくださいました。わたしは今から至心に仏法僧の三宝に帰依いたします」と、歓喜の中に、ウバキクタにお礼を述べたので、ウバキクタは、なおもいたわって立ち去りました。

 間もなく、バスダッタは、眠るがごとく安らかに息を引き取りました。その後、三十三天からなる丘利天という、楽しい天上界に生まれることが出来たということであります。     (阿育王伝)

(2006/9/18)