浮木と優曇華

 またとない好機に恵まれることを、中国の故事から「千載一遇」といいます。これに似た、出会うことがきわめて容易でないこと、また、めったにない幸運にめぐりあうことを、講談などでは、「盲亀の浮木、優曇華の花咲くにあう思い」といった決まり文句で表現する場合があります。この言葉の出典は仏教経典であります。

 「盲亀の浮木」というのは、大海に住む盲の亀が、百年に一度海中から頭を出し、そこへ風のまにまに流された、一つの孔がある流木が流れてきて、亀がちょうど偶然にもその浮木の孔に出遇うという、極めて低い確率の偶然性を表す比喩として使われています。人間として生をうけることと、また、仏法に遇うことの難しさをたとえる話で、『雑阿含経』、『涅槃経』、『法華経』などに説かれています。

 法然上人の御法語『登山状』にも、「釈尊の在世に会わざることは悲しみなりといえども、教法流布の世に会うことを得たるはこれ喜びなり。例えば、目しいたる亀の浮き木のあなに会えるが如し」、とあります。

 一方の「優曇華の花」は、優曇がサンスクリット語ウドゥンバラの音写で、無花果の一種の樹木名です。したがって優曇華でウドゥンバラの花の意になりますが、一般には「優曇華の花」といい慣らされています。仏典によれば、優曇華は三千年に一度開き、この花の開くとき転輪聖王(正法によって世を治める理想の王)が世に現れるといわれています。希有なできごとの例として、仏に出会うことのむずかしさの比喩に用いられます。

 仏教では、われわれ衆生は、生まれ変わり、死に変わり、つまり輪廻転生を繰り返し、たまたま自分は人間として生をうけているという希有なチャンスを得ているのであり、まさに「盲亀の浮木、優曇華の花咲くにあう」、この好機を無駄にしてはいけないと説いているわけです。

 このことに関して、『沙石集』(鎌倉時代の仏教説話集)におもしろい話があります。

 鎌倉時代前期、高野山金剛峰寺の検校(寺社の事務の監督)にもなった、覚海という僧が、自分の前世のことが知りたくて、弘法大師に祈念しました。すると、大師が彼の七生の昔を教えてくれたというのです。

 覚海は七生の昔、蛤であった。

 天王寺の西の海にあった蛤を、子供が拾って金堂の前に持って行った。そうして、仏教と出会った縁で、次には犬に生まれた。

 この犬もお経、陀羅尼を聞いた縁で、次に牛に生まれた。この牛が『大般若経』を書写する紙を運んだ縁で馬に生まれ変わり、この馬が熊野へ参詣客を乗せた縁で、柴灯護摩を焚く行者に生まれ変わった。

 そして、次にその者が、高野山の奥の院で雑役に従事する僧に生まれ変わり、最後に検校に生まれ変わった……。

 これが覚海の輪廻転生であるというのです。

 実際に、私どもが七生の昔に遡って輪廻転生の顛末を確かめることは難しいことですが、たまたまであったとしても、仏教との縁を大事に、大事にしていくことが大切なんだということをくみ取るべきであります。

 蛤が子供に拾われて、寺に運ばれ、そこでたまたまお坊さんのお経を聞いたという、そんなささいな縁でも、蛤を犬に生まれ変わらせるのであります。幸いにして、私どもは、人間として生を受けているわけですから、喜怒哀楽、それぞれのシーンで、仏縁を自分から求める努力を惜しまないようにすることが大切なんだと思います。

 再度、法然上人の御法語『登山状』には、「屍は遂に苔の下にうずもれ、魂は獨り旅の空に迷う。妻子眷属は家にあれども伴わず、七珍万宝は蔵にみてれども益もなし。ただ身に従うものは後悔の涙なり。ついに閻魔の廳に至りぬれば、罪の浅深を定め、業の軽重を考えらる。法王罪人に問うていわく、汝、仏法流布の世に生まれて、なんぞ修行せずして、いたずらに帰りきたるや、と。その時には、われらいかが答えんとする。速やかに出要を求めて、空しく三途に帰ることなかれ」、と締めくくっておられます。

 ここで「出要」とは、生死を出離する要道、わが宗においては、「念仏」ということであります。

(2006/8/18)