衰から死そして墓

  人が老いて命の終わりが近づいてくると、まず体が衰弱してくる。ではどうして衰の字に衣があるのか。「衰」は死者の襟もとに麻の組ひもを飾って魔除けとしたことを字に示した。葬礼の時には、日常の礼を控えるので、控えて少なくなることをあらわし、それが衰微の意味と変化したもの。

 次に「憔悴」(=やせおとろえること)の「憔」。焦は火の上で鳥が焼けて肉が縮むこと。そこから憔は心が焼け体が縮むこと。悴の卒は死者の襟もとを結ぶ形で、憔悴は死に近い状態をあらわす。

 「危篤」は病気が非常に重く、命があぶないことである。「篤」は馬が疲れる意味やてあついという意味があるが、病気が重いという意味もある。「瀕死」の重体というが、「瀕」は水際のことで、死が際まで迫っているということである。「臨終」は同じく死に際で、終わりに臨むことである。

 そして死。「死」は偏の部分のタの上にトが組合わさった人の残骨の形、右のつくりの部分は「人」でその骨を拝している形で、死者を弔う意味であるという。

 同じくシと発音する「屍」は尸と死が組合わされた形である。死亡して葬らない間は、尸(かたしろ)をたてることがないので、屍はまだ完全に魂が抜けきっていない遺体ということがいえるのではないだろうか。かたしろとは死者の霊の言葉を語る霊媒のことで、かっては子供がその役目をした。

 さて死者の霊魂は肉体から離れて、あの世へと旅立つのであるが、霊の旧字は「靈」と書き、巫女の雨乞いの儀礼をあらわした。そののち神霊を降すのも同じ儀礼が行われるので、霊は神霊のことを指すようになったという。

 次に「魂」である。魂は云と鬼という字からなっている。云は雲気のこと。中国では魂魄といい、死者の魂は雲のように上に昇り、魄は魂の重い部分として、地の中に同化するものと言われている。魄の白は生気を失った頭骨の形である。

 次に死をあらわす言葉に逝去、終焉などがあるが、「逝去」これは他人の死の尊敬語であるが、「逝」はふっつりと折れるようにいってしまうこと。「終焉」は死に臨むこと。末期の意味であるが「焉」の文字はえんという鳥の事で、終わりという意味はない。

 「卒」という字は「卒去」(そつきょ=一般の人の死)、「卒年」(死亡したときの年令)など死と関係の深い字である。これは死者の襟を結び留めた形で、死者の霊が迷い出ることを防いだという。

 「斃」は人がのたれ死ぬことをいう。敝は布が古びてだめになることであり、斃は疲れて倒れ死ぬこと。死亡の「亡」は死者の足を曲げている形といわれるが、『漢字源』では人を衡立で隠し見えなくなる意味にとっている。

 戦歿者などの「歿」はつくりが水に沒すること。そこで死んでこの世から見えなくなることを意味する。

 「訃報」の訃の字は、人が死んだことを急いで知らせるという意味であるが、つくりの「卜」は占いの割れ目で死の意味はない。

 「故人」の故の文字は固まって固定した事実で、古いなどの意味である。故人を死んでしまった人の意味に用いるのは日本語で、故○○とするのも日本の用法である。また物故者の物故は中国の古典にみられるが、諸物はことごとく朽ちるため「故」といった。

 死が発生するとまず葬儀の準備から始まる。しかし死を忌むこととして考えられた長い歴史がある。この忌(キ、いむ)の「己」は『漢字源』によると、はっと目だって注意を引く目印の形で、忌は心に抵抗が起きて受け入れないこととある。忌が使われる熟語に、「忌日」=親の命日。事を行なうのに忌み避ける日。「忌中」=喪に服している期間。人の死後 日間。「忌服」=喪に服している期間。忌は家で慎む期間、服は仕事しながら慎む期間。「忌諱」(慣用でキイともいう)=命日と諱(=死んだ王の名)。いみきらう。いみさける。「忌辰」=死者の命日などがある。

 「凶」。これは胸に入れ墨をした形で、横死者の遺体の胸に入れ墨をして、その霊の災いを防いだという。

 「喪」は哭と亡とからなる字で、死者を送って口々に泣くこと。「喪礼」は葬儀や喪中の礼法。「葬」の字は草むらに遺体を遺棄し、風化したものをあらためて祭ること。これは漢字が出来た当時、複葬が行われていたことを示すものである。手あつく葬るのを「厚葬」、簡単に行うのを「薄葬」という。

 「弔」は矢に糸をまきつけたものの形で、屍を野に捨て、その骨を拾うときに、弓を持参したのではという。「弔慰」=死者を弔い、遺族を慰めること。

 さて、次は遺体を「棺」に入れる順となるが、棺は遺体を布でくくって納める木製の箱。官は館の原字で周囲を塀で取り巻いた館。「柩」の久は遺体を後から支える形。それを納めたものが柩である。「殯」は賓、つまり主人に次ぐ位の客をあらわす。そこで殯は死者に対して客のように大切に扱うこと。

 「墳墓」の「墳」は土を盛り上げて作った墓。「墓」の莫の字は夕暮れや暗黒の意味がある。墓は古くは地下に作られ、土を盛ることはなかったという。墓には「碑」がつきものであるが、これは立てた石で、墓穴に棺を下ろすとき石に穴をあけて、そこに紐を通して下ろしたという。のちにそこに経歴が記されるようになった。古い石碑にはそうした穴が開いているという。石碑に刻まれている「諡」は死んだ人の功績につける名。「諡号」は生前の功績を賛えてつける称号。

(2006/4/18)