生命の物差し

 奇しくも、自分という「生命」が与えられて、今この世に存在していることは、考えれば考えるほど、摩訶不思議なことであります。この、神秘のベールに包まれた「生命」は、人によって、また、年令によって、そのとらえ方は千差万別でありましょうが、常に最重要関心事であることは間違いないでしょう。

 先日、十一月二日付(時事通信)のニュースに「子の寿命は父親次第?」という、興味深い見出しが飛び込んできました。

 これは、スウェーデン・ウメオ大の研究チームが、寿命の長さは、父親から子に遺伝し、母親からは遺伝しない可能性があるという研究成果を発表したものです。

 なぜそのようなことが分かるのか疑問に思って、いろいろ調べましたところ、生命の物差しともいうべき、「テロメア」の存在を知りました。次に紹介するレポートは、このあたりのことが分かりやすく説明されています。

 不老長寿は昔からの人類の夢。しかし、年老いて死を迎えることは、じつは生まれる前から、すでに遺伝子(DNA)の中にその計画が書き込まれているのです。

【老化と死のプログラム】

 ヒトは、精子と卵子が結合した一つの細胞(受精卵)から出発し、細胞分裂をくり返して約六○兆個の細胞となり、赤ちやんの形で生まれてきます。細胞が分裂できる回数は生物の種類によって決まっており、ヒトでは約五○回です。

 細胞の中のDNAの両端にはテロメアと呼ばれる部分があり、細胞が一回分裂するたびにその一部が切り取られてDNAが短くなっていきます。このため、テロメアは、「分裂時計」あるいは「細胞分裂の回数券」ともいわれています。

 DNAの真ん中にある大切な遺伝情報が切り取られないよう、五○回の回数券を使いきると、その細胞は分裂をやめるしくみになっています。ですから、ヒトは無限の命を持つことができないのです。そして、回数券を使い果たした細胞を「老化細胞」と呼んでいます。

【酸素で呼吸する生物の宿命】

 細胞の老化を進めるもう一つの因子は、「活性酸素」です。呼吸の途中で非常に化学反応をおこしやすい活性酸素という物質ができ、細胞の中の遺伝子に傷をつけて老化を促進させます。さらに、この活性酸素は、細胞分裂のときにテロメアの消費を大きくすることも知られています。活性酸素による老化は、酸素を使って生きている生物の宿命ともいえます。

 現在では、テロメアと活性酸素が、老化と寿命をほぼ決めていると考えられています。

 (中略)ヒトの体の細胞には、それぞれの役目に合ったじつに合理的な分裂能力が備わっています。大きな病気もせずに、全身の細胞がこの回数券を上手に使い切ることができると、だいたい一二〇歳ぐらいが「天寿」となります。(勤医協札幌西区病院内科医・渋谷直道先生)

 以上、いかがでしょうか。

 ここでの説明では、テロメアの個人差について言及されていませんが、どうも、生まれながらにして、長い短いがあるようなのです。しかも、それは、父親から受け継がれるというのが、今回の、スウェーデン・ウメオ大の研究チームの研究成果というわけです。

 また、同研究チームは、女性のテロメア減少率は男性より低いことを突き止め、女性が男性に比べて長生きであるとする定説が裏付けられたと報告しています。

 ちなみに、一九九七年、イギリスのロスリン研究所で生まれた世界初のクローン羊ドーリーのテロメアは、誕生時からすでに短かったそうです。

 近い将来、私たちは、テロメアによって、余命をある程度正確に知ることができるかもしれません。手相の生命線で判断するレベルとは違いますから、そうなったら、私たちの生き方に大きな変化が出てくることが予想されます。

 「生命」の神秘性は、不安と恐怖を募らせますが、同時に、希望と勇気も与えてくれていました。進んだ遺伝子解明技術は、私どもに、新たなる重い試練を課すかもしれません。

 仏教(宗教)は、有限な生命を、無限(永遠)の生命へと導き、心に平安を与えるものです。今後、さらに、その意義の重要性が増すものと思われます。

(2005/11/18)