ぼしゅう キツネ一ぴき

 そのお寺は、長い石段を、ズンズン、登ったところにありました。大きな屋根の本堂と、その半分くらいの庫り、もうひとつ、少し離れたところには、お稲荷さんをまつった、小さなほこらが建っていました。

 本堂はずいぶん古く、かたいでいて、首を右にコックリ傾けると、ちょうどよいぐあいに見えます。おまけに、屋根には、草が、長いのや短いの、ところどころニョキニョキ出ています。

 境内には、大きなクロガネモチの樹があり、五月の明るい日差しに、芽吹いたばかりの葉っぱが、ときおり吹く風にサワサワとゆれ、キラキラかがやいています。

 どうしたんでしょう。和尚さんは、もうずいぶん前から、本堂の濡れ縁のところに座って、腕組みして、口をヘの字にして「ハアァ」、まゆをハの字にして「フウゥ」と、ため息をついています。

 じつは、村の人たちが、みんな町へ出ていってしまって、村に残っているのは、とうとう、和尚さんひとりになってしまったのです。そこで、なんとか、また村に人がもどってくる方法はないものかと、考えていたのです。

 隣村では、もうじき、大きなダムができるというので、もうだれもいなくなってしまったのです。和尚さんは、隣村のように、村がなくなってしまうのが、なんとも、がまんできなかったのです。

 だんだん日がかたむいてきたころ、和尚さんは、「ウン」とひとこと、自分でも確かめるように大きくうなずいて、お勝手へむかいました。そこには、大きなカレンダーがかかっていたからです。一枚、ビリビリッとやぶると、裏返して、大きな字で

  ぼしゅう
 キツネ一ぴき

と書きました。そして、両手でひろげ、かざしてみると、うしろのほうがまだあいていたので、

  食事つき

と、書き加えました。

 和尚さんは、お稲荷さんのほこらの前にある、一対のキツネの石像の片方が、欠けてこわれていたので、つねづね、お稲荷さんに、申し訳ないと思っていました。でも、キツネの石像をつくるお金が、お寺にはありません。

 そこで、和尚さんは、本物のキツネに来てもらおうと、考えたわけです。そうすれば、ひょっとして、お稲荷さんが、村に人をたくさん呼んでくれるかもしれない、と思ったのです。

 和尚さんは、募集の張り紙を持って、山門のとびらに、キツネに見えるようにと、低いところに画びょうでとめました。

 その日の夜のことです。庫りの木戸を、コツコツたたく音がします。

 和尚さんが、木戸を少し開けて、そっとのぞいてみますと、だれもいません。そら耳だったのかと、開けた木戸を閉めようとすると、下の方で、やはりコツコツ音がします。よく見ると、なんと、カメが小さな前足で、木戸をたたいていたのです。

 和尚さんは、ニッコリ笑いながら、その小さなお客さまを拾い上げると、中庭の池に放してやりました。

 次の日の夜のことです。また、木戸をたたく音がします。和尚さんが、こんどもそっと木戸を開けてみると、そこにいたのは、小さなタヌキでした。

 和尚さんは、キツネではなくタヌキだったので、少しがっかりしました。が、手まねきしてやると、タヌキはうれしそうに、土間に入ってきました。

 次の日、土間で寝るんじゃあタヌキがかわいそうだと思い、和尚さんは、小屋を作ってやることにしました。金づちで、コンコン打っていると、だれかが、背中をトントンたたきました。

 和尚さんが振り向くと、そこには、大きなにもつをさげた、若い夫婦がニコニコしながら立っていました。和尚さんは、すっかりうれしくなりました。

 それからというもの、毎日のように、いろいろな動物や、人もたくさん集まってきて、むかしのように、あっちでも、こっちでも、笑い声の聞こえる、にぎやかな村になりました。

 でも、とうとうキツネだけは、姿を見せませんでした。和尚さんは、しかたなく、そろそろ、山門の張り紙をはずすことにしました。

 その夜のことです。「コンコン」、木戸をたたく音がしました。和尚さんは、はだしで飛びだしました。(2001/6)