日本人と馬

 政府発表の二○○○年版の観光白書によると、一九九九年に海外旅行をした人は、前年比三・五%増の千六百三十六万人であったといいます。今年の夏休みにも、大勢の人たちが、海外に行かれたものと思われます。

 しかし、海外における日本人観光客のマナーは、必ずしも芳しいとはいえないようです。航空機内で酔っぱらって醜態をさらしたり、あるいは軽率なアバンチュールに興じたり等々、良識人から白眼視されてもしかたないような話を、まま聞いたりいたします。

 日本人には、「旅の恥は掻き捨て」という悪い習慣があります。世界という概念が、以前とは比べものならないくらいに狭くなりつつある今日にあって、「旅の恥は……」という考え方は、なくしていかねばならないでしょう。

 たまたま目にした、山本有三の『心に太陽を持て』に掲載されている次なる話は、私たちに示唆と元気を与えてくれます。

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 「なんだ、なんだ」「どうしたんだ、どうしたんだ」と口々に叫びながら、バスティユ広場(パリの街路)の方へ人々が飛んでいく。じりじりと日の照りつける広い往来には、たちまち黒山のような人だかりができた。

 人垣の中には、荷物を山のように積んだ荷馬車が、動かずに突っ立ていた。しかしみんなが駆けつけたのは、もちろん荷馬車が珍しいからではない。荷馬車をひいてきた馬が、お腹を見せたまま、道ばたに倒れてしまったからである。そのお腹には、脂汗がいっぱいににじんで黄色く光っており、馬はふうふうと苦しそうな息をついていた。

 馬は暑さと荷の重さで疲れているところへ、舗道に水がまいてあったために、ひづめを滑らせて転んだのであった。御者はいうまでもなく、そこに集まった人たちは、何とかして馬をたたせてやろうと、いろいろと骨を折った。馬も一生懸命立ち上がろうともがいている。しかし鉄を打ったひづめが、つるつると舗道の表面をこするばかりで、何としても立ち上がることができない。そのうちに馬のお腹は、次第にはげしく波を打ち始めた。

 その時顔の黄色い、あまり背の高くない一人の紳士が、人垣の中からつかつかと出てきた。彼はいきなり自分の上着を脱いで、それを馬の脚の下に敷いた。そして右手で馬のたてがみをつかみ、左手で馬の手綱を握った。「それッ!」彼はからだに似合わない大きなかけ声をかけた。それははっきりした日本語であった。

 馬はぶるッと胴ぶるいをしてひと息に立ち上がった。上着で滑りを止めてあったために、前脚に十分力が入ったからである。

 見物の中から、思わず感嘆の声が湧き上がった。御者は非常に喜んで、幾度も幾度もその黄色い紳士にお礼をいった。だが紳士は「ノン、ノン」と軽く答えながら、手早く上着を拾い上げた。泥を払ってそれを着ると、何かと話しかけようとする人々の間を分けて、何事もなかったように、どこかへ行ってしまった。

 このでき事は、すぐにパリの新聞に大きく報道された。イギリスの新聞にも掲載された。イギリスで出版された逸話の本の中にも「日本人と馬」という題で載せられている。しかしその人の名前は今もってわからない。それだけにかえって床しいことに思われる。このような人がいることによって、ともすれば誤解されやすい日本人というものが、どれだけ正しく海外の人に理解されることであろうか。名前も職業も全くわからないが、このような人こそ、駐仏大使、駐英大使にも劣らない、立派な私設大使であろう。

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 以上、いかがでありましょうか。最近の日本は、経済状態もよくありませんし、若者たちの凶悪犯罪、教育の荒廃、さまざまな分野での不祥事、国際的にみても、いろいろなところで日本叩きにあったりして、日本全体が、指針を見失いかけているかのようです。

 ただ、このような状態が長続きしますと、極右勢力が台頭してくることが懸念されます。ドイツでは、現に社会問題化しつつあるようですし、我が地区でも、森首相の「神の国」発言以降、右翼団体の街宣車のスピーカのボリュームがやけに高くなっているような気がします。そのような偏ったものではない、日本人としての誇り、そして活力が望まれるところです。

(2000/09)