北風と太陽

 さる六月十三日から十五日まで、韓国の金大中大統領が北朝鮮へ出向き、金正日総書記との首脳会談が行われ、南北統一へ夢が、にわかに現実味を帯びてきました。

 土壇場の前日、突然北朝鮮側からの都合で一日延期され、そのようなことは外交上極めて異例のこととされ、しかも、これまでがこれまでだけに、当初、首脳会談を危ぶむ声もありました。しかし、そこまでこぎ着け、予想以上の成果を見ることが出来たのは、北朝鮮側の切迫した経済事情がそうさせたともいえますが、金大中大統領の懐の深さによるところが大きいように思います。

 金大中大統領は、ご存じの方も多いかと思いますが、朴正煕政権と争い、一九七三年八月、亡命中であった日本で拉致され、韓国に連れ戻されて、死刑判決まで受けたという経歴の持ち主であります。その後何度か減刑され、八七年に公民権を回復し、ついには九八年大統領に就任と、艱難辛苦の末の政権であるだけに、さらなる成果が期待されます。

 同大統領の対北朝鮮政策は、時には、挑発とも思える事件に対しても、一貫して柔軟な姿勢を通してきました。日本に対しても、これまで禁止されていた日本の映画、歌謡曲などが一部解禁されていますし、イソップ寓話『北風と太陽』の政策が、着実に実を結びつつあるということは、とてもすばらしいことだと思います。

 朝鮮半島は、視界の良いときであれば、九州あたりでは肉眼で展望できるといいますから、日本とはこれまで歴史的に見ても非常に密接なつながりを持ってきました。古くは、仏教伝来も、六世紀の中頃、朝鮮を経てのことでありましたし、多くの帰化人が、大陸から進んだ文化をもたらしてくれました。時代を経て、今日の南北分断問題に関しても、図式は資本主義と共産主義の対立ということになっていますが、日本の植民地支配に端を発していることを、忘れてはならないでしょう。

 わたし自身、韓国へは、数回訪れたことがあります。慶州を訪れたときのことです。この慶州は、かつては新羅の首都のあったところで、日本でいえば奈良のような落ち着いた古都でして、その遺跡も数多くあります。中でも、ユネスコの世界遺産にも登録されている仏国寺は、まさに歴史の重みを体感できるすばらしい名刹です。ところが、現在の伽藍は十八世紀に再建されたもので、というのも、例の豊臣秀吉が朝鮮を攻めた折、この仏国寺の堂宇をことごとく焼き払ったのだといいます。そのことを現地のガイドさんから聞いたときには、日本人として恥ずかしくなりました。と同時に、郷土の英傑秀吉に対する評価が、わたしの中で急速に落ちていったことを覚えています。

 もう一つ、七、八年ほど前になりますが、子供たちを連れて、ソウルにあるロッテワールドに遊びに行ったときのことです。ロッテワールドは、ディズニーランドを小型にしたような室内遊園地で、当時、小学校の低学年であった娘は、いろいろな乗り物を楽しんだあと、そこのキャラクターとなっている着ぐるみ達と写真を撮ってもらいました。そのあと、その中の一人、おそらく中に入っていたのは青年でありましょう、かわいい仕草でもって、小川のほとりに行き、手を洗う動作を演じて見せたのです。見過ごせば、些細なことに過ぎないでしょうが、その時、わたしはとても悲しい気持ちになりました。日本人は、やはり、それだけのことをしてきたのでありましょう。

 イソップ寓話に『鳥と獣とコウモリ』というのがあります。鳥と獣の争いの時に、いつも優勢な陣営について戦った卑怯なコウモリの話です。明治維新以降の日本は、鳥になろうとしているコウモリのように思えてなりません。アジアに生きるわれわれは、そのことを忘れたり、疎かにすると、コウモリのように、両陣営から糾弾されて、白日の下から追放されてしまうかもしれません。

 戦火こそあがってはいませんが、世界経済戦争は日夜繰り広げられております。願わくは、戦争といったことばのない世界、『北風と太陽』の政策、仏教的にみれば、他の悲しみが分かり、それを慈しむ、慈悲の心が生きる道を見いだしていってほしいものです。(2000/07)