◆創作仏教説話◆ 『ナンダさん』 (1)

  「おまえは修行僧か?」

 片目のその男はすれ違いざま、とうとつに尋ねました。

 「いかにも。」

 厳として答える修行僧を、のぞき込んで上から下へとなめ回すように見てから、その男は言いました。

 「おまえは、きれいな目をしておるな。おれは見てのとおり、片目がない。おまえのをもらいたい。」

 修行僧は、思いもよらぬ展開に、一瞬ことばを失いましたが、やはり、厳として答えました。

 「いかにも。だが、わが目は、わが身体にあればこそ用をなし、そちにあっては無用なもの。ご辞退申し上げる。」

 「おまえは修行僧と言ったな。困っている者があれば、助けるのが修行僧ではないのか。おれには用をなさんと言うが、そのおれが欲しいと言っているのだから、くれたらよかろう。」

 修行僧は、しばらくの瞑想の後、凛として答えました。

 「では、待つがよい。」

 修行僧は、静かに呼吸を整えると、手を顔に当て、中指を目頭にぐっと差し込むや、一気に目玉をえぐり取って、男に差し出しました。

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 さて、わたしどもの近くに、浅黒い顔に彫りの深いしわを刻み、澄んだ紺碧の瞳をもった、国籍も年齢もよく分からない、ナンダさんと呼ばれている人が住んでいます。この話は、そのナンダさんが、わたしにとつとつと語ってくれたものであります。

 むかし、ひとりの男がおりました。美しい妻もかわいい子もあり、大きな家に住み、何不自由なく暮らしていましたが、ある日突然、お坊さんになるといって家を出ました。

 男は、まず、森にこもりました。木の上に寝泊まりして、逆さ吊りになったり、断食をしたり、水に潜って長く息を止めていたりといった、それはそれは苦しい修行をしました。もうちょっとのところで死にそうになったことも、一度や二度ではありませんでした。

 九年もの長い間、ひたすらそのような苦行を重ねましたが、納得するものが得られず、森を後にしました。今度は、師匠を求め行脚に出たのです。それから三年間、国中を歩きに歩き、国でいちばんと誉れ高い高僧を尋ね当て、弟子入りを志願しました。

 ところが、すぐには入門が許されず、これまた三年間ずっと毎日門前に座り続けた末に、やっと許されたということです。高僧のもとで、九年間、修行にただひたすら励みました。そして、ついに、ひとつの確信を得ました。それは、「布施」、施し与えると言うことでした。

 そのとき、男は「悟った」と思いました。残された自分の命を、布施をすることによって捧げようと決意したのです。そして、高僧のもとを離れ、再び行脚に出たのです。

 托鉢をして市中を歩き、貧しい者がいれば、自分は食わずとも分け与え、辻々では法を説いて回り、人々の喜ぶ顔が、自分の喜びとなり、歩く姿にも、気品と自信が満ちあふれておりました。

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 「おまえは修行僧か?」

 まさにそのような時でした。片目の男に、すれ違いざま声をかけられたのは。

 修行僧の男が、死ぬ思いで差し出した目玉を、片目の男は、ぞんざいに受け取ると、眺め回して、自分の鼻に近づけ言いました。

 「臭うな。」

 汚いものでも払うように、自分の足元に投げ捨てると、ぐぐっと踏みつぶしました。

 修行僧の男は、痛さと怒りとで、顔全体が今にも爆発しそうなのをぐっとこらえ、絞り出すような声で言いました。

 「それはなかろう。」

 「おまえは、おれにくれたんだろう。人にやったものを、つべこべぬかすな。まさか、おれだって、くれるとは思っていなかったがな。」

 片目の男は、そう言い残すと、すたたすた行ってしまいました。

 ナンダさんは、そこまで話すと、急に暗い顔をして押し黙ってしまいました。

 「その続きはないんですか?」

 わたしの問いに、ナンダさんは、呟くように言いました。

 「片目の男は極楽へ、修行僧は地獄に堕ちた。」

 「えっ、なぜ?」

 そう聞き返すわたしに、ナンダさんはその澄んだ目で、にこっと片目をつぶって、少し笑って見せました。

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