創作童話『ころがらなかったおにぎり』

 むかし、むかし、じいさまとばあさまがおりました。

 ある日、じいさまは、山を一つ越えて、となり村まで行くことになりました。にもつを背中にしょって、おにぎりを腰につけ、あせをかきかき、とうげまでやってきました。にもつを下ろすと、腰をとんとんとたたいて、まがった腰で、一つ大きくのびをしました。

 そして、石の上に腰を下ろし、おにぎりを食べようとしたときでした。おにぎりが、包みからぽんと飛び出すと、ころんころんころがりだしました。じいさまは、おどろいて、おにぎりを追いかけました。

「こらあ、おにぎりどこいくだ。」

 でも、じいさまが、いくら追いかけても、おにぎりは、ころんころんころがっていきました。そして、地蔵さまのところまでくると、とうとう見えなくなってしまいました。

「ああ、ばあさまがせっかく作ってくれたおにぎりだというに。」

 がっかりしたじいさま、ふと地蔵さまの口もとを見るとご飯つぶがついています。

「わしのおにぎりを知らんかの?」

「すまんすまん、わしが食った。」

 地蔵さまは、もうしわけなさそうに答えました。

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 ケン太は、このおとぎ話がとても好きでした。もっとも、いつもふとんの中で、母さんにこのあたりまで読んでもらうと、おおかた寝てしまいましたが……。

 けさ、ケン太はいつになく早く起きました。幼稚園に入ってから、はじめての遠足なのです。前から、遠足にはぜったいにおにぎりを持っていこうと心に決めていたのです。

 だから、きのう母さんに、
「お弁当は、おすしがいい、それともサンドイッチ作ってあげようか?」
って聞かれたときも、

「おにぎり!」
といって、母さんを少しがっかりさせてしまったのでした。

 ケン太は、幼稚園が好きではありませんでした。友だちのユウちゃんは、もう去年から幼稚園に行っているというのに、お迎えのバスが向こうから見えてきただけで、目になみだがじわっと出てきてしまうのです。

 なぜかっていうと、ほんとうはないしょなんだけれど、ケン太は、トイレに行く前に出ちゃうことがあるんです。それに、なまえの「けんた」の「た」の字がどうしても、「 」としか書けないんです。

 でも、きょうは、そんなことはどうでもいいのです。おにぎりを二つ包んでもらうと、見送りの母さんにも、しっかり手をふって出かけていったのでした。

 ケン太は、ユウちゃんと手をつないで歩きました。あせがいっぱい出てきました。おとぎ話のじいさまもあせをかいていたことを思い出したら、うれしくなってきました。

 お昼になって、園長先生の、
「さあ、みなさん、お弁当にしましょう。」
を待ちかまえていたように、ユウちゃんの手をぐいぐい引っぱって、丘のいちばん高いところまで行きました。そして、じいさまのように腰をとんとんとたたきました。ユウちゃんもまねして、とんとんたたきました。

「つぎは、どっこいしょ、だったっけ。」
といいながらすわって、アルミホイルで包んだおにぎりをそおうっと開いてみました。

「あれえ、おかしいなあ。」

 ケン太は、しばらくおにぎりとにらめっこをしていましたが、ぽいとほうってみました。

「あれえ、へんだなあ。」

 こんどは、手でころがしてみました。

「このおにぎり、どこか悪いのかなあ?」

 もう一つのおにぎりも、ほうってみました。

 でも、二つのおにぎりは、地面にへばりついたように、ぴくりとも動きません。見る見るケン太の目になみだがあふれ出てきました。

「ケン太くん、どうしたの?」

 そこには、先生が立っていました。でも、ケン太はうつむいたまま、なみだでにじんだおにぎりをじっと見たまま、返事をしようにもできなかったのです。

 かわりにユウちゃんが、
「ケンちゃんね、おにぎり落としたの。」
といって、自分のサンドイッチをケン太にさしだしました。それを見ていた子たちからも、おすし、たまごやきと、ケン太の手にはいっぱいのごちそうが集まってきました。

 先生の、
「ケン太くん、よかったね。」
に、こっくりうなずきました。

 家に帰ると母さんに、
「あのね、おにぎりころがらなかったけど、サンドイッチも、おすしも、それから、それからいっぱい出てきたの。」
と、ケン太はごきげんでした。

 そして、いいました。

「こんどは、まんまるのおにぎりにしてね。」

(99/06)