美形の二人の女神

 先日、熱田神宮の際にあるべんてん会館というところで会食がありました折、ある方から「べんてんさんというのは、いったいどういう神様でしょう」という質問を受けました。ところが、私自身、詳しくはよく知りませんでしたので、十分にお答えできませんでした。それで、この場をお借りして説明させていただこうと思います。ご一緒に、お付き合いいただけますか。

『岩波仏教辞典』の「弁才天」の項目には次のようにあります。

〈弁天〉と略称し、〈妙音天〉ともいう。インド最古の聖典リグヴェーダのなかにあらわれる河川の神。水の女神、豊穣の女神で、後代には言葉の女神となり、学問・芸術の守護神とされ、特に詩人によって尊崇された。また〈弁財天〉と記される場合は、財福神の性格を示す。形像は、八臂または二臂で、白衣をまとい白蓮華の上に坐り琵琶を持つ。音楽・弁才の神としても信仰され、日本でも弁天の祀堂は湖辺・海辺にある。七福神の一人。遺例として、八臂像に東大寺三月堂像(奈良時代)や吉祥天厨子扉絵(鎌倉時代、東京芸術大学蔵)、二臂像に鶴岡八幡宮像(鎌倉時代、神奈川県鎌倉市)などがある。なお、江ノ島・竹生島・厳島に祀る弁天は、三弁天として名高い。

 ところで、この弁天さまはたいそうなやきもちやきだということで、夫婦や好いた者どうしがいっしょに参詣すると、二人を別れさせてしまうのだそうです。その理由の本当のところはよく分かりませんが、こんな由来も関係しているようです。

 弁才天の前身であるサラスバティー女神は、ラクシュミー女神(吉祥天)やガンガー女神(ガンジス河を神格化した神)と共に、宇宙の維持神ビシュヌ神の妃であったといいます。その三女神は共に美女の誉れ高く、互いに競い合い、夫であるビシュヌ神は手を焼き、ラクシュミー女神(吉祥天)一人を自分の手許に残し、ガンガー女神は宇宙の破壊神であるシバ神(大黒天)に、サラスバティー女神(弁才天)は宇宙の創造神のブラフマー神(梵天)に授けたというのです。いうなれば、捨てられた女の嫉妬心からということでしょうか。

 では、その嫉妬の相手である吉祥天はというと、インドのヒンドゥー教においては美と繁栄の女神で、ビシュヌ神の妃、愛神カーマの母とされ、ともかくも、弁才天をして嫉妬させるほどの美形の女神であることは間違いないようです。ただ、仏教では毘沙門天の妃、竜王徳叉迦を父とし、鬼子母神を母とし、幸福をもたらす女神ということになっています。

 この吉祥天には、『涅槃経』にこんな興味深い話があります。

 ある家に、気品あふれる美女が訪ねてきて、「私は吉祥天といい、あなたに福徳を授けてあげましょう」というのです。主人は大いに喜び、招き入れようとしますと、その後ろから、みすぼらしい女もいっしょに入ってこようとするではありませんか。主人は怒りとがめると、その女は「私の名は、黒闇天、不吉・災いの女神。姉の吉祥天とは、いつもいっしょなの。私を追い出せば、どいうことになるか分かる?」といって、出ていってしまいました。そして、結局その家の主人は、福徳を授からなかったというのです。

 つまり、幸せと災いは、常に隣り合わせにあるということでありましょう。心しておきたいものです。(95/06)