「セーラームーン」から

 伺うのも少々気恥ずかしいのですが、「セーラームーン」をご存じでしょうか?

 小さいお子さんのいる親御さんであれば、よくご存知かと思いますが、数年前から、幼稚園・小学校の女の子に圧倒的人気のあるマンガです。月野うさぎというヒロインが変身してセーラームーンとなり、「月にかわっておしおきよ!」のセリフできめるという、内容的には、昔からある勧善懲悪の他愛もないものです。ただ、このマンガには、現代世相を知る上で、いくつかの注目すべき要素があるように思えます。

 はっきりした年代は調べていませんが、十年ほど前までは、少女マンガと言えば、可愛らしくメルヘンチックなもの、あるいは根性ものというのがほとんどでした。それが、「仮面ライダー」「ウルトラマン」といった男の子たちのマンガと同じパターン、すなわち、悪者を格闘してやっつけるという設定になっているのです。これは、女の子の価値観の中に、「力強さ」ということが加わってきたということでしょうか。やはり、最近の女性の強さは、子どもの世界のマンガにも投影されているということでしょう。

 それともうひとつは、一見普通の子、むしろドジな子が変身することによって、特別なパワーを発揮するという設定になっているということです。これは、子ども達や若者が潜在的に持っている、変身願望の表れとみることが出来ます。この変身願望は、マンガという虚構の世界だけで遊んでいる間はよいのですが、実際に実現しようと、行動を起こす者が出てくると問題です。

 現代の子ども達を含む若者は、親からの過干渉により、物質・精神の両面から外的に与えられるばかりで、内的に自己を客観視したり、自己主張をするといった、自我意識を確立しにくい状況にあります。その結果、自分の中に不安や不満が鬱積していても、その実体や所在をつかみきれず、理想と現実のギャップの狭間から、変身願望は生まれてきます。変身することによって、現実の惨めな自分から脱却して、理想の自分を実現しようという意識が出てくるわけです。

 インテリを自認するある者は、「自己啓発セミナー」なるところの門を叩き、多額の会費を投入し、自己潜在能力の可能性に賭けようとします。ところが、それは、会員勧誘が自己啓発につながるという、ネズミ講のような胡散臭い宗教と何ら変わらないものであることに、当人は、気がつきもしません。

 一方で、派手なパフォーマンスをする教祖の魅力に憑かれ、新宗教に飛び込んでいく者もいます。そこでは、自我の放棄を要求され、教祖に好いように操られ、またそれを喜びと感じる、腑抜けのような人間にさせられてしまいます。

 またある者は、霊能者に判断を委ねようとします。前世の自分や先祖、あるいはあの世にいる誰かとコンタクトしてもらうのです。霊能者は心得たもので、うまくお金のとれるマニュアルどおりに、相談者を生かさず殺さず、都合のいい霊媒とコンタクトしてくれます。

 つまり、変身願望とは、思うがままならない自分、あるいは現実からの逃避であり、それは単に、依存願望にほかなりません。自我をしっかりと見極め、落とし穴にはまらないように心掛けることが肝要です。(95/02)