まず道具を揃えよう!

 自動車整備をする上で必要不可欠な物が工具である。これ無しでは何もできない。「俺は特に工具を使わなくても整備できる」などという神様みたいな事を言う輩がいるが、まずロクな仕事はしない。モトクロスをやってた時から人に言い続けてきたことがある。

「バイクを買う前に工具を買え」と。

 整備もできないのにレースごっこなんぞ始めるなということである。自動車に於いても同様、自分でいじるなら道具を先に揃えろということ。何も高価な道具を揃えろとは言わない。最低限その車に付いているネジを緩めたり締めたりすることのできる道具を揃えなさい。その為にはある程度その車のことを知っておけということである。
 いきなり高級工具をそろえても良いが、ある程度いじれるようになったらステップアップすればいいだろう。世界一と言われるスナップオンなどが挙げられるが、自分の目的や作業量によって必要十分な物を揃えればいい。キラキラに憧れるのもいいし、手触りで梨地がよければスタビレーなどもよい。自分のスタイルに合わせよう。

 ところで、何故にスナップオンが世界一の工具だと言われるのか?キラキラのクロームメッキ工具は今ではどこにでもあるし、面接触のレンチも当たり前になっている。一体何が違うのだろう?

 価格?
 強度?
 精度?
 綺麗なクロームメッキ?

どれも当たりではあるが、ハズレでもある。 まず、価格。どう考えても高い。ただの鉄の棒が5000円も1万円もする。だが、考えて欲しい。本当にただ高いだけなのか?「永久保証でタダで交換してもらえる」というのは聞いたことがあるだろう。しかし、これは20数年前スナップオンのバンセールスを本格的に導入した六工社時代に、尋常でなく高価な工具を販売するためのうたい文句であった。
 「永久保証で、壊れたら換えてあげるよ」例えばオーバートルクで10年近く使ったソケットが割れたとしよう。バンセールスに持っていけば、恐らく交換してもらえるだろう。本来、永久保証と言われているのは製造上の欠陥を無期限に保証するとカタログに記してある。10年使って割れたなどというのは、明らかに経年変化による疲労破壊だ。本来保証されるべき物ではない。しかし、10年前の物でもついさっき初めて使用して割れたのかもしれない。それが欠陥でなく経年変化であるということを証明できないのだ(実際物を見ればわかるが)。お客さんとの付き合いもあるし、次への売り上げにつながるということで交換してくれるのだ。そういうクレーム対応で価格が跳ね上がっているのは否めないが、それだけではない。なにより長持ちするということ。レンチ1本がホームセンターの5倍の値段だったとしよう。その、ホームセンターのレンチよりも5倍以上長持ちするということだ。これは何を意味しているのか? 高いから大事に使う・・・これも重要だろう。1年にレンチを5本壊していたとすれば、スナップオンなら1本で済む。これではメリットがないと思われるだろうが、安物だと5回もレンチを買いにいかないといけないのだ。つまり5回分もレンチを買いに行く時間を無駄に使ってしまうということ。レンチを買いに行っている間に車1台仕上がるとすると、それだけで年間5台分も売り上げダウンなのだ。スナップオンなら現場に持ってきてくれるし、買いに行く時間が稼げる。Time is Money。高強度であることで時間を利益に還元しているのである。実にみみっちい話ではあるが、風が吹いたら桶屋が儲かる的思想で、利用者に利益をもたらす。これがスナップオンの真髄である。使えば使うほど利益が出る魔法の道具。ここらへんがわかっているメカニックは実に少数で、これで高いとぼやくメカニックは2流3流と言えよう。
 価格と強度の関係がわかったので、次に精度。
「スナップオンは精度が高くて良い」
こう言ってスナップオンを愛用する人も少なくない。はたして本当だろうか?実は全くの大嘘である。まだまだスナップオンの真髄を理解していない人のセリフなのだ。作業性がいいから精度がいいように錯覚しているのだ。
 何故作業性がいいと感じるのか? スパナでもメガネでもいい、試しに新品のKTCと新品のスナップオンを同じネジに当ててみれば一目瞭然。KTCの方がピッタリとしっかりネジにはまっているだろう。一方、スナップオンは舐めそうなほどガバガバのユルユルになっているだろう。つまり、ネジに対しスパスパとレンチが入ると言うことだ。精度で言うとめちゃめちゃいい加減なアメリカ製品である。精度はKTCの方が遙かに高精度で製品のツブが揃っている。JIS規格による縛りもある。仕上がり公差をつめて逆に精度が高すぎる故、クリアランスがきつすぎてアクセスが困難になるのだ。スナップオンを一度使うとKTCが使えなくなる理由の一つである。しかし、ただガバガバなだけではない。レンチに加えた力を100%ネジに伝えることができるからこそ舐めることなくスパスパレンチがかかるのだ。考えて欲しい、プロメカともなると一日に何回スパナやレンチを抜き差しするか? 結果、レンチの抜き差し時間を積み重ねた何分、何十分という時間が短縮できるのだ。
 こういう逸話がある。ヨシムラのあるメカニックが死んでも手放せない工具の一つにスナップオンの10mmのレンチがあった。しかし、今手元にあるこの道具以外では入らない場所があるという。同じスナップオンのレンチを何本も試したが、この1本しかそのネジにアクセスできないのだという。つまり、それだけ製品にバラツキがあり精度が悪いということを裏付ける話である。現在ではオートメーション化されツブの揃った物が作られているが、数年前までスナップオンのレンチ類は全て手作りであった。熟練したオヤジがグラインダーに向かって1本1本レンチを磨いて仕上げる。オヤジによってクセがあり、Rの付き方がそれぞれ違うし、首を細く仕上げる人がいたり、スパナの中の方まで磨く人がいればそうでない人もいる。1本1本形がマチマチだったのだ。その結果、このレンチでないと入らない場所があるといったようなことが起こるのだ。
 次にクロームメッキ。芸術品とも言われる滑らかで美しい表面を持ったツール。飾りだけに使う人もいるほど。汚れが拭きやすいとか、いや梨地の方が滑りにくいとか色々言われる。銅下が見えるほど使い込まれて、やや赤みのあるつや消しになったスナップオンが一番カッコイイと思う。さて、このクロームメッキも例外でなく強靱である。通常の応力で剥がれるようなものではない。さぞ分厚いメッキがしてあるだろうと思うだろうが、実は非常に薄い。国産の半分以下の厚みだろう。薄く均一にメッキする方が柔軟性が得られ、結果剥離し難いのである。KTCのレンチなどは地面に落とすとパリっと欠けて、次に応力をかけたときに一気にメッキが割れる。メッキのやり方にも原因があるが、その厚みにより衝撃や曲がりに弱い。
 さて、このツルツルの鏡面仕上げであるが、一般には破断強度を上げるためであったり、角を落としてメッキの乗りを良くするための処理だと言われる。また、触り心地を良くするためでもある。では、何のために破断強度を上げ、触り心地を良くする必要があるのか? これもスナップオンの真髄である、利用者に利益をもたらすためであることに他ならない。どういうことか?
「表面が綺麗で握りやすそうだな〜」で3流メカニック
「表面仕上げにより破断強度が上がってるんだぜ」で2流メカニック
1流になれば、その真髄を見切っている。滑らかな表面で破断強度を上げているだけでなく、角が立っていないから手が痛くなりにくい、つまり最大限の力をネジに伝えることができるということだ。突き詰めると作業効率がいいということだ。結果、利用者に利益をもたらす。
 まあ、こんな感じだが、何故北斗神拳が一子相伝の最強の拳法なのか、じゃなかった何故スナップオンが世界一と言われるのか、伝わったであろうか?初期投資は高いかも知れない、しかしそれにより必ず利益がもたらされることを忘れてはならない。

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