ネジの締め方緩め方

 最近、若い整備士の道具の使い方を見てると「なっとらんなぁ」と思わず唸ってしまう。どう言うことかというと、固く締まっているネジを解こうとしているとしよう。様子を伺っていると、とにかく力に任せている事が多い多い。そしてナメる、緩まないということが起きる。ネジを正しく締める緩めるには、まずネジがどういう物であるのか理解しておかなくては、ただ闇雲に力を掛ければよいというものではないことがわかる。

 では、ネジとはいったいなんなのか? 基本的に雄ネジと雌ネジがあって、お互いのネジ山が勘合して締結するという、知的生命体にしか創り出すことのできない素子といえよう。ネジ山は棒に螺旋状に取り巻いている。この螺旋がネジの最大のミソで、螺旋を棒からほどいていくと、ある傾きを持った直線になる。よーく見ると水平線と三角形を描くのがわかる。この三角、なんだか”くさび”に見えないだろうか?つまり、ネジ=連続したくさびと言えるのである。
 ネジを締めるという仕事は、くさびを打ち込むのと等価と言えるのだ。くさびと言う物は三角形の薄っぺらい物を固定したい物の隙間に打ち込んで固定するという機能を持つ。どうして隙間にくさびを打ち込むと固定されるかと言うと、そこに摩擦力が働いているからに他ならない。もし、くさびと対象物に摩擦が無かったら・・・くさびを打ち込めどピョンピョン飛び出してくるだろう。
 ネジも同様に雄ねじと雌ねじの間で発生する摩擦で固定されているのだが、ここで摩擦という物理現象の理解度が、ネジを締める緩めるという仕事をする上で非常に重要になってくる。摩擦力にはおおまかに静摩擦と動摩擦という2つがある。簡単に言うと前者は読んで字の如く静止した状態であり、例えばテーブルの上にマッチ箱があり物理的な外力が加えられていない状態での摩擦を指し、後者はマッチ箱を指で押しているなど、摩擦面が動いている状態を指す。
 この静摩擦と動摩擦の最大の特徴、これさえ理解しておけば最小限の力で簡単に固いネジを緩めることができ、正確なトルクでネジを締めることができる。その特徴とは「静摩擦>動摩擦」ということ。つまり、静止している状態と動いている状態では摩擦力(正確には摩擦係数だが便宜上)が異なるということ。思い出して欲しい、重たいダンボール箱を床の上を滑らして運ぶ場合、動き出しはなかなか動かないが動き出してしまうとスーッと動いてしまうだろう。トランジスタを理解している人なら、CMOSのVthが飽和領域と非飽和領域で違うようなものと説明すれば理解できよう。
 ネジの摩擦にも同様に当てはまる話であり、固く締まっているネジでも静摩擦の領域から開放してやればあとは簡単に緩めることができる。では簡単に静摩擦の領域から開放するにはどうすればよいか? ほんのちょっとでもネジを動かしてやることだ。極端な話1ミクロンでも動き出せばしめたもの。動摩擦の領域に入ることで簡単に緩んでしまう。レンチを叩いたり、インパクトレンチはこの摩擦の原理を最大限に利用したものだ。ネジに一気に力をかけてちょっとでも動かすことが重要で、大きな力をグイグイかけても危ないし道具やネジの頭に負担がかかるだけでなにも良いことはない。ちょっと経験を積んだ整備士なら当然のようにレンチを叩くなどという技は体感的に会得しているが、若い整備士にはなかなか見あたらない。
 ネジを緩める話ばかりではない、締めるにもこの静摩擦と動摩擦の違いが重要である。あるトルクでネジを締めるとしよう。トルクレンチで締める。が、規定トルク直前でハンドルの振り幅がなくなって一旦締めるのを止めたとしよう。次に締めようとしたら既に規定トルクに達していてそれ以上締められないいうことがある。つまり、一旦動きを止めたことにより静摩擦領域に入ってしまい、次にネジを動かそうとしたときには規定トルクを越えない限り静摩擦領域を抜けられなくなったのだ。
 正しいトルクで締めるにはネジ山を綺麗にしておくのは当然だが、一定のスピードかつ動きを止めないで締め込むという作業も非常に重要。ある航空機部品などはトルクレンチの指定はもちろん、毎秒何センチで締めろという指定もあるほど。
 このようにネジの特性をよく知ることで、安全かつ正確かつスピーディーに仕事がこなせるのだ。今一度ネジを緩めるのに、グーっと力を込めてないか、一気に力を加えているか、またネジを締めるのに一定速度で、途中で止めることなく締めているか確認してみよう。

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