1976年5月4日、新宿厚生年金小ホールでFM東京の「シンセサイザーの世界」という番組の公開録音が行われ(5月16、23日放送)、成毛は初めて冨田勲氏と共演した。
この時成毛はマルチキーボードで“Alone In My Room”を演奏したが、冨田氏はステージにマルチトラックのテープレコーダーを持ち込んで録音したテープを再生され、「今のシンセサイザーはモノフォニックなので、僕の音楽は多重録音をしなければならず、ライブでは演奏できません。」という話をされた。

こういう話を聞くと成毛はジッとしていられないタチで、「じゃ俺がモノフォニックのシンセサイザーで冨田さんのレコードを生演奏しよう。」と言いだした。しかし当時はまだポリフォニック・シンセサイザーもMIDIも無く、誰に話しても「そんな事できるわけがない ! 不可能だ。」‥と全く相手にされなかった。


ROLAND IIIとAD-230(右上)

そう言われるとますますやりたくなる成毛は先ず神田商会の鈴木潤氏(現音響商会社長)とシンセサイザーを研究し、モノフォニックでもライブで演奏できるシンセサイザーをローランドに特注した。

これはローランドのLABORATORY SYSTEMをベースにモジュールを組み換え、弦、ブラス、チャイム、SE‥など幾つかの音色をパッチングして作っておいてFETスイッチで瞬時に切り換えられるようにしたもので、成毛は勝手に“ROLAND III”と名づけた。
又、E.E.W.の永塚策英氏に頼んでイギリスのメロトロンを改造した「ナルモトロン」を作ってもらい、スタジオに東京混声合唱団を呼んで男声、女声コーラスの音源を自分で録音した。



ROLAND IIIとナルモトロン(左下白)、
SYSTEM 100(左上)

この頃MAXONの名前を一躍有名にした伝説の名器、アナログディレイAD-230が発売され、これはDouble Voice EffectとDiscrete Repeatの両方できたため、多重録音を使わずにシンセサイザーのライブ演奏が可能になった。

 

そして学生時代からT.I.C.のギター仲間だった藤島哲と、当時藤島と一緒のバンドでキーボードを弾いていた島 健と三人で演奏する事になった。
藤島は、これもちょうど発売されたばかりのギター・シンセサイザー“GR-500”とローランドのLABORATORY SYSTEM、AD-230を使って口笛、パウポ(疑似人声)、ベース、ギター‥等を担当し、島はローランドのSYSTEM 700、EP-10、SOLINA、AD-230を使って弦、ティンパニ、ビアノ、SE‥等を担当し、成毛はROLAND III、ナルモトロン、SYSTEM 100、ミニムーグ、AD-230を使った。

 

 

 


藤島とGR-500、LABO SYSTEM
 
 
 

島とSYSTEM 700、EP10、SOLINA‥etc

 

 

 


ROLAND IIIをセッティングする成毛

1978年7月9日、六本木のライブクラブ「ミンゴス」に器材を運び込み、6時間掛かりでセッティングし、10日と11日の二日間演奏したが、観客の殆どはシンセサイザー教室の講師やコルグ、ローランドの関係者だった。
この音源は客席に置いたカセットデッキで録音したため、途中でお客が出入りする音や話し声も入っている。



 


冨田氏の「宇宙幻想」のアルバムから。
イントロはパソコンのスピーカーやイヤフォンでは聴こえないかもしれないが、オーディオのスピーカーで聴くと重低音がずっと鳴っている。

 



ミンゴスで演奏する成毛と島(右)

 

Arabesque No 1.mp3
(3:47 1.7MB)

 


冨田氏の「月の光」のアルバムから。
この曲は細かく音色が変わるので、途中で音色の切り換えを間違えて違う音が出てしまった所が2〜3ヶ所ある。


Aranjuez.mp3
(5:37 2.5MB)

 


冨田氏の「宇宙幻想」のアルバムから。
この曲をやるために一人ギターシンセサイザーを入れた。

 


ミンゴスで演奏する島(左)と成毛(右)