小野町子の映画メモ

『夏至』

 監督:トラン・アン・ユン

 「青いパパイヤの香り」「シクロ」のトラン・アン・ユン監督の最新作である。物語はベトナムのある三人姉妹とその家族の浮気、恋、妊娠を中心にして展開する。
 この映画で何よりも印象的なのは光である。
 もちろん、映像は光で出来ている。それが網膜に入って像として認識されるのである。波長の違いは色彩となる。だから映像を観る際に光が重要なのは言うまでもなく当然の事だ。
 しかしこの「夏至」の光はひと味違う。何が違うかと言うと、その明るさである。単に光が強いのではない。画面の隅々まで光が充満しているのだ。もちろん鮮やかな光線によって影ができるのだが、印象としては影の中まで明るい。強すぎる光は物の細部を埋め尽くして見えなくしてしまうが、「夏至」の光は蓮の葉や女達の肌に沁み入り、観る者の眼に艶や微細な凹凸を伝えてくれる。
 また水と緑に溢れるベトナムの風景を撮りつつも、画面が湿度で曇る事がない。空気中の水の粒子に邪魔をされずに、光がダイレクトに観る者の眼に届く。トラン・アン・ユンは十三歳の時にベトナムから渡仏し、以後ずっとフランスに暮らしている。ヨーロッパの乾いた空気から、このような映像が生まれたのかもしれない。
 この映画の明るい光は眼球の裏側まで洗ってくれる。眼の疲れを癒してくれる作品だ。

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