この原作を読め!


 タイトルは命令形ですが、別に他意はありません。私みたいな切れやすい人、ムッとしないように! 映画化されたミステリ、ホラー作品の中でも知られざる傑作を、独断と偏見にのっとって紹介しようというコーナーです。出来れば誰も聞いた事のない、観た事のないような作品を取り上げられたら面白いと思うんですが……。


第一回 『レリック』『レリック2 地底大戦』


 『レリック』       上下巻 ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルド 扶桑社ミステリー文庫
 『レリック2 地底大戦』 上下巻 ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルド 扶桑社ミステリー文庫

 去る97年夏に『レリック』というタイトルの映画が公開されたのを覚えてらっしゃる方、いらっしゃいますか? 主演はトム・サイズモア、ペネロープ・アン・ミラー。監督は『タイムコップ』『サドンデス』『エンド・オブ・デイズ』などのピーター・ハイアムズ。

 一時は大量にテレビスポットが流れてましたね。巨大な美術館の内部を得体のしれぬ生き物が這い回り、落成パーティに参加していた人々が悲鳴をあげながら、美術館の外の夜の道路に次々と逃げ出してくる映像、巨大な鋼鉄の扉が向こう側から凄まじい力で殴打されへこんでいく映像、覚えがないですか?

 今はもうどこに行ったんでしょうね、つぶやきシローだかいうタレントが出てた予告編もありました。前売券を買ったら「れりっくちゃん」がもらえる……覚えてませんか? そもそもつぶやきシロー自体、もう御記憶にないですか? 

 ニューヨーク自然史博物館で次々と発見される、脳を食い荒らされた死体。警備員、子供、ホームレス。博物館の広大な展示室と、地下に異様な規模で広がる下水道と通路、その中に巣食う異形の影。館内で次々と起こる猟奇殺人に警察は警戒を強め、市長の後押しを受けた「迷信展覧会」の開会を控えた博物館側スタッフと対立する。やがてDNA分析から浮かび上がる、殺人者の意外な正体……それは展覧会の目玉、コソガ族の伝説にまつわる悪魔<ンブーン>の立像の呪いなのか?

 壮大なオープニング・セレモニーの中、かつて立像を発見しながらも謎の全滅をとげた調査隊の運命を模するがごとく、再び惨劇の幕が上がる。

 この映画、予告編がなかなか怖そうに作ってあって、私は結構期待して観に行きました。感想は……う〜ん、セットの雰囲気と怪物のデザインが変わってたのを除くと、ややありきたりな作品かなという印象でした。怪物の正体が明らかになる部分などはそれなりに盛り上がりましたが、今一つ怪物に対抗しようとする主人公達のキャラクターが面白く無く、ドラマが機能してなかったように思います。

 さて、その数ヶ月後、この映画に原作本が存在していたことを発見しました。何気なく買い求め読んだのですが……ぶっ飛びましたね! 大筋は同じなのですが、面白さが全然違うのです。緻密な設定、やや類型的ながらも文句なくかっこいいキャラクター、壮大な舞台設定と、圧倒的な存在感で迫る”四本足で歩くもの”悪魔<ンブーン>。SF、ホラー、パニック、アクション……強烈なジャンルミックス小説です。ちょっとばかりですが、見どころの紹介など……。

 私がSF要素の強い映画の原作を読む時に期待するのが、映像や台詞には出てこない設定の書き込みです。例えばガンダムなどもテレビで放映された以上に緻密な設定が存在しています。怪物の遺伝子がどう、とか、ガンダムのバルカンの装弾数はいくつ、だとか、そういう画面には出てこない(ある意味、不要とも言える)細やかな設定を読んでいると、それだけで楽しくなってしまうのです。この『レリック』という小説は、そこらへんの欲求を充分に満たしてくれました。ちょっと引用してみます。

 前肢中手骨の幅と連結部が肥大
 前肢第三、四指に先祖返りの可能性あり
 前肢の基節骨と中節骨の融合
 極度に厚い頭蓋骨
 座骨の回転はおそらく九〇パーセント(?)否定
 大腿骨全体は極度に厚く角柱状の断面を形成
 鼻孔拡大
 三個の(?)極度に複雑な螺旋甲介
 嗅覚神経発達、小脳に嗅覚部存在
 外部に粘液鼻腺の可能性
 視神経は畏縮し退化

(『レリック』下巻 84ページより)

 どうです? 読んでるだけでワクワクしませんか? これはコンピュータが遺伝子データから弾き出した、怪物の予測される外貌です。はっきりいって何がなんだかさっぱりわかりませんが、何やら恐ろしげなのは充分に伝わってきます。こういう専門用語の羅列って、非常にそそるものがあります。「言葉の意味はわからんが、とにかくすごい自信だ!」。

 そして、キャラクター。映画版には登場しないキャラクターが、原作では大活躍します。どうしてこのキャラ、映画ではカットされたんでしょうか。たぶんカッコよすぎで、予算の範囲で引っ張ってこれる役者には、演じられる者がいなかったのではないでしょうか。

 ペンダーガストFBI特別捜査官

 怪物とタメを張る存在感でもって物語を引っ張る、本作の主人公格の一人です。このキャラクターをカットしたことによって、映画版『レリック』はありきたりなモンスター・パニックに堕したと言えるかもしれません。それほどこの小説内での彼の役割は大きいのです。頭が切れてスマートでユーモアがあって射撃の達人……ほぼ完璧なヒーロー像です。いい加減な筋なら、きっと完璧すぎて浮いてしまうでしょう。しかし緻密な設定と圧倒的な恐怖描写があるがゆえに、これぐらいのキャラクターはかえって必要と思わせられます。彼無しではこんな状況を乗り切られるわけがない……私はそう感じました。

 ああ、しかし長々と書きましたけど、やはり一読に勝るものなし! 怪物が好きな方、映画版を観た事ある方(きっと特撮好きの方でしょうね)、ぜひぜひお読みになって下さい。気に入った方には、続編もありますよ。

 『レリック』は英語で書くと『RELIC』です。意味は「遺宝」。そして続編のタイトルは『地底大戦 レリック2』……なんか違いますね。続編にも『RELIQUARY』(レリクエリー)「遺宝箱」という原題があります(この方がかっこいいと思うんですが……)。

 繰り返される悪夢……ハドソン川で発見された、骨格が変型し鋭い歯形の刻まれた首無し死体。マンハッタンの地下に広がる驚くべき広大さを持つ地下三十階の廃虚に巣食う、謎の生物「リンクラー」。一年前のニューヨーク自然史博物館の事件を再現するがごとく、進行する事態。これは悪魔<ンブーン>の再来なのか……? 事件鎮圧に乗り出した警官隊、自らのテリトリーを守らんとする地下生活者、そして異形の群れの三つ巴の戦いの最中、一年前の事件の生き残りの面々は、想像を絶する真相に直面する。

 ネタバレになるので詳しく書けませんが、第一作『レリック』が丸ごと伏線に過ぎなかったと思わせてくれる圧倒的なスケールには、ただただ平伏です。これはもはや映画化不能!? お馴染み前作のキャラクターも大活躍。『レリック』に残された数々の謎も全て解きあかされます。

 というわけで今から読む人は、4冊まとめて買ってください。ちょっとでもピンと来た人なら、絶対に損はしませんので。ちなみに『レリック2』の解説はかの『幻想文学』の東雅夫氏。テンション高い解説をしてくれてます。


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