「プラモデルが好きだ!」のホームページです。


―モノグラム1/48 B-29 その5お休み中―


 地域コミュニティーの防災訓練、町内会のイベントやら金にもならない仕事でなかなか忙しく、B-29は遅々として進まず、箱に入ったままの状態でかわいそうなことになっている。

 それでも先週、つなぎ目のパテを平らにして段差をなくす作業に取り掛かったのだけれど、地味な作業でなかなかはかどらないのだがここを頑張らないと仕上げに響くのでやるしかない。

 プラモに触っていないのでストレスがたまり、この間立て続けに新しいキットを購入した。

 RSモデルの48飛燕2型を2機と、エアフィックス48のEEライトニング、トランペッター48のサボイア・マルケッティーSM.79を購入したが、おかげで金欠になった。

 まぁこれらはストックに穴のあいたところで、いつかは買うつもりだったので仕方がないのだけれど、家内にいわせれば「生きているうちに作るの?」であるのだけれど、出来なかったら孫に後を継がせて作らせるという遠大な計画なのでストックの充足は必要なのである。

 キットの選択にも好みがあるので、あとはブロム・ウント・フォスBV 222とロッキードPV-2ぐらいがほしいところなので来年になったら手に入れよう。

 RSモデルの48飛燕2型は期待して購入したのだけれど、昔の大滝のキットに似た出来なのは簡易インジェクションだから仕方ないとして、肝心の機首の恰好がプロペラ、スピンナーまで含めていまいちで、思わずB-29をほったらかしてガリガリやりたくなるような欲望に駆られた。

 飛燕2型は不思議な飛行機で、実機が存在しているのに、公表されている写真が少ない上、出回っている図面も描いている人によってだいぶ違って見える。

 旧版の世傑を持っているが、今回キットの購入に合わせて新しいほうの世傑(これも絶版だけれど)を買ったのであるが、写真は期待できなかったにしても、掲載されてるN原氏の図面もなんだか、むっくりした印象で写真と違うような気がして、先が思いやられる。

 2機買ったのは、長谷川の5式戦の水滴風防型とファーストバック型と組み合わせるつもだったのだけれど、RSモデルの出来が今ひとつなので、首のすげ替えだけになったりしたら、何のために買ったのかわからない。

 でもまぁそんなことより今はB-29を仕上げなければいけないのだけれどねぇ・・。



<2014年12月13日記す>

―モノグラム1/48 B-29 その4―


 胴体を貼り合わせ、風防ガラスを接着したが、合いがいまいちで四苦八苦した。

 何とか貼り合わせて隙間を埋めコンパウンドで磨き上げるところ。

 エンジン部品にモーターを取り付け、車輪から電源をとるための配線をしたうえで主翼を貼り合わせたが、全部を一度に貼り付けられないので、もったいないけど電動ラジコン用のコネクタを購入して分割してある。

 写真では分かりにくいが、エンジンはすでに簡単に塗装済みで長軸にしたマブチモーターを取り付けてある。



 主翼を取り付けるのに、接着面が少ない上に位置が決まらないので、1.2 ミリのプラ板で翼の内側に合わせたガイドを作り胴体に貼り付けた。

 風防をコンパウンドで磨いたが接着面に残った段差が気になったのでパテを使った。

 尾翼を接着したうえで主翼を貼りつけると元の箱では収まらなくなるので、スタイロフォーム(2枚も使った。)で完成後の収納箱を作ったが外寸で730×770×230もあり、でかい。

 ダブルの段ボールで特注すると約5,000円ほどするようだったので、けちってスタイロフォームを貼り合わせて自作したのだけれど、表面がざらざらで粉になってぽろぽろ落ちるし、押さえに塗った水性塗料も2缶ほど使ったので結果からみれば特注段ボールのほうがスマートだったかもしれない。

<2014年8月2日記す>

―モノグラム1/48 B-29 その3―


 ハセモノのB-29の組立説明書の工程は1番から23番まであり(HM20のやつで、HM87の’ノーズアートパート2’のでは1番から21番にまとめられている。)、そのうち12番まで組めば胴体を貼り合わせることができるのでここまでがひと山だと思って頑張った。

 インテリアの組立なので、ちまちました塗り分けが多く時間ばかりかかった。

 胴体を貼り合わせるとほとんど見えなくなってしまうけれど、タミヤの「32零」に比べて覗くことができる窓(あんまりよく見えないけど)があるのと銃塔を外せば何とか見ることもできそうなのでせっせと塗りこんだ。

 とはいえ、やっぱり貼り合わせたらほとんど見えなくなるので、一通り出来上がったら写真をとっておくことにした。(零戦の時もそうすればよかった。)


 組立説明書の1番から3番までが最前部の与圧ブロックでこれを組み込むと操縦席と無線機室が出来上がる。これが上の写真。残りは後部乗員室と後部銃手席で、取り付けの部品もぐっと減るので一気に胴体を含めて細かいところを塗りこもうと思ったら、この後部乗員室というやつが実機ではレーダー手席+航法士席になっていることに気づいてしまった。

 資料として購入した 「B-29 Superfortress - Color Walk Around No. 54」いわく、「レーダー手席が中部与圧エリアの最後尾にある。レーダーが装備される前の初期のB-29では乗員の寝台があった。」とあり、写真も出ている。ハセモノのB-29は「レーダーが装備される前の初期のB-29」であればいいんだけれど、朝鮮戦争に入った時期の機体はベットをとり除いてレーダー手席を作らなければならない。

 手抜きするためにネットでレジンのアフターパーツをあさったが、それらしいのが見当たらないのででっちあげた。

 ついでにレーダー手席と航法士席の間の隔壁にある通路もあけて通れるようにした。

 レーダー手席の床は木製だし、CFC(Central Fire Control) scanner(遠隔銃塔の操作手らしい)の椅子と台座も木製になっているのだけれどなぜここが木製なのか不明。

 エッチングを張り込んだ500ポンド爆弾もODに塗って胴体に組み込んだ。 

「これで大きな改造はなし!」と思っていたらまだあった。

 尾橇の収納庫の内側がキャンバス張りなのに筒抜けになっているので、急遽バキュームででっち上げた。後部銃手席の直前の黄土色のやつがそれで、こちら側は塗る必要はないのだけれど、写真を撮るので見栄えよく内側同様に塗ってみた。

 このあと胴体を貼り合わせたのであるが、古いキットの常で貼り合わせの精度はいまいちな上でかいので部分ごとに貼り合わせ、接着剤が固まってその部分が落ち着いたら次の部分のゆがみを調整して貼り合わせるという風に順繰りに接着していったせいで貼り合わせだけで1週間近くかかった。

<2014年7月9日記す>

―モノグラム1/48 B-29 その2―


 ハセモノのB-29の下ごしらえがどうにか終わった。


 ドラゴンレディの「お姉さん」の修正はこんな感じ。
 メンディングテープを胴体に張り付けて写真と比べて作った元絵にのせて確認したけど、当然エアロマスターのやつよりぴったりはまっている。



 プロペラロゴの写真があったのでついでにカーチスエレクトリックのプロペラのロゴのデカールの原稿も作ったのだけれど、その気になってドラゴンレディの写真をよくよく見てみたら、アレ?!ロゴが細長い!(カーチスエレクトリックだったら丸く映るはず。)・・・このプロペラどうやらハミルトンスタンダードのハブ付きだぁ!・・ということになって、いまさら変えられないし仕方ないのでプロペラはあきらめてこのまま作ることにした。(いろいろ準備したのにちょっと残念。)

 まぁプロペラ回すのにゴムチューブでモーター軸に差し込むだけにするので、そのうちハミルトンスタンダードのハブ付きプロペラのアフターパーツでも出てきたら取換えることにしよう・・。(出るわけないか・・)

 もともと写真で見たスピンナーの感じが尖って見えたのでカーチスエレクトリックのプロペラだと勘違いしてしまったのが原因だけれど、もっとよく確認すればよかった。

 排気管周りは結構難物で、1番、4番エンジンの排気管は、2番、3番エンジンのそれより半分ぐらいの長さしかなく、キットで省略されている細いほうの排気管の形は1番、4番のが寸胴で、2番、3番のは平たくホーン状に出ているようだ。図面はないし、ネットでかき集めた十数枚の写真から雰囲気だけ頼りにつくりなおした。

 排気管周りのパネルも、キットみたいなあっさりした長方形の切り欠きではなく、エイリアンの宇宙船のパネルみたいな複雑な曲線で構成されているけれど、排気管のほうで力尽きて8面も修正かける余力なく、ここはキットのままで省略を決め込んだ。


 500ポンド爆弾のフィンもエッチングで作り直して後は塗装作業に入るところまでこぎつけた。

<2014年5月26日記す>

―モノグラム1/48 B-29製作開始―


 ハセモノのB-29の制作を開始した。

 これは昔、仕事現役中掛川に出向していた時代、総務のYさんと磐田か袋井だったと思うけど閉店セールをやってた模型屋に飛び込んで、正価表示\7,200の「1:48 B-29 スーパーフォートレス ノーズアートPart2」というエアロマスター製デカール付きのやつを\3,000ぐらいで購入してストックしていた物。

 B-29は太平洋戦争で日本をボコボコに叩きのめしたというイメージが強く刷り込まれているので、(調べても実際その通りなんだけど)悪役イメージが強すぎて長らく作る気になれず、箱ごとラップかけて箪笥の上のストック置き場に置きっぱなしになっていたのが「神風」が完成に近づいてきたある夜、寝る前に目の前の箪笥の上を見上げたら「次、俺なんかどう?」と語りかけているような気がして、資料調査から始めた。

 手持ちの資料は世傑の52番と航フ増刊の「第二次大戦アメリカ陸軍爆撃機隊」、丸季刊のグラフィッククォータリー10/1974「全特集アメリカの爆撃機」の3冊、調べるほどにこの飛行機はエンジンにしろ装備にしろとんでもなく進んでいるやつで、こんなのが延べにして3万機以上も飛んできて17万トンもの爆弾を日本中にまき散らして焼け野原にして、逆に撃ち落とされた方は450機(2%未満)と書いてあった(世傑52)のを読むにつけ、「竹槍にB-29」がまんざら比喩でもなく思えるようになって、雷電やら飛燕やらがゼイゼイ言いながら上がっていってそれでも良く450機もおとしたのに感心する一方、こんな国と戦争続けようと思っていた当時の上層部のわけのわからなさ加減にあきれるばかりでありました。

 朝鮮戦争では延べ2.1万機飛ばして17万トン爆弾ばらまいたと書いているが、撃ち落とされた方はあのMiG-15をもってしても24機(F-86の護衛があったとしても日本で450機もおとしているのは根性!)となっているので、架空戦記に出てくるように「もし震電を飛ばすことができていれば・・」などと空想を巡らしても最初から勝負あったんじゃあないかと思い知らされたわけです。

 プラモデルに戻ってこのハセモノのB-29を眺めると、さすがの「モノグラム神話」で、誰がつくっても立派にB-29に出来上がるというすんばらしいキットなのであるが、いざ作るとなると細かいところがいろいろ気になって素組でチャンチャンというわけにはいかない。

 以下列記すると、1.プロペラがカーチス製のカフス付きのやつで、作れる機体が限定される(レベルに吸収される前のやつなのでハミルトンのプロペラは付いていない。)、2.排気管が片側前後に2個づつ付いているはずが前側のでかいほうがモールドされているだけで、その上1番エンジンから4番エンジンまで8個全部共通という見逃せない省略が入っている・・と「列記する」というほどには大きな手の入れ場所はなさそうだけれど図体がでかいのでそれなりに単発機よりも手間がかかりそう。

 これ以外ではキット付属のエアロマスター製デカールというやつがバリバリにひび割れ、デカールが使いないというおまけが付いているのだけれど、これはもともとプロペラのせいで使えないので除外すれば、残りはすんばらしいモノグラムのキットなので気を取り直して資料集めと機体選定から始めた。

 プロペラがやっぱり難物で、カーチスのカフス付きでマーキングが確認できるものは原爆のシルバープレート部隊のものを除けば数えるほどしかなく、紆余曲折あったものの朝鮮戦争時19BG所属の「ドラゴンレディ」に決定、こいつは右も左も派手なマークが付いているけどエアロマスターの48-274番のデカールが絶版でネットを探しまくってやっと見つけて入手したのはよいが、左側のお姉さんのマークが写真と比べると微妙に違うのでここだけ自作でつくり直さなければいけない。
まぁそれ以外も自作することを考えれば購入して良かったと納得。

← 一番左側がハセモノの胴体にメンディングテープを貼って、写真と首っ引きで輪郭をトレースしてみたやつで、これを平面に貼り直して切り出したやつが真ん中、これをデカールのお姉さんと重ねてみると(一番右側)微妙に合っていない。フリーハンドで描いた輪郭がへたくそなのは別にすれば、パネルラインの位置関係とかから見た全体の形はこっちの方が正しいと思うのでお絵かきソフトでお姉さんを描き直してここだけ別デカールで作ろうと思う。


 その他、資料は 「B-29 Superfortress - Color Walk Around No. 54」と「B-29 Superfortress In Action (Aircraft No. 227)」の2冊を追加購入して完璧、ついでに爆弾のフィンが分厚かったのでエデュアルドの「1/48 48746 B-29 bomb tailes」を購入して準備完了。

 現在翼端の薄々攻撃やら、プロペラ回すモーター軸の延長やら(マブチの103が使える。)テールヘビーを解消するための鉛玉(2φの鉛玉を購入)の積み込みやら下ごしらえ中。

―マルサン1/50「神風」号―


正確にはUPCのキットだけれど中身はマルサンのキットなのでタイトルに誤りはないでしょう。

 UPCのも当然絶版もので、古いメールの履歴を見ると2001年にアメリカのサイトに出ていたやつを\8,200出して購入しているので、収入のない今から見ると考えられない買い物だったなぁと・・。

 右側2枚はUPC版の組立説明書だけれどイラストはマルサンと同じで、橋本喜久男氏のイラストが使われている。


 私はついこの前65歳になったが、私が最初にマルサンの「神風」号のキットを手にしたのは、親父の転勤で横須賀市に転居した小学校6年か中学に入ったころだったはず。

 当時日本のプラモデルはまさに隆盛期といった感じで、模型店はもちろん文房具屋の店先にもいろいろなプラモデルが並んでいた。

 橋本喜久男氏のイラストはマルサンだけでなく今井や三和模型といったメーカーのキットも手掛けていたが、箱絵も組立説明書のイラストも素晴らしく中味がしょぼくてもあの絵につられて買ってしまうような魔力があった。

 UPCのキットは買ったときからもうすでにランナーから切り離してあったり、デカールは茶色に変色して丸まっていたりしたりしたうえ、私が小学校か中学校の時分、最初にこれを見た時に感じた「こんなすごいキットが日本でもできるようになったんだ。」という感覚からは大きく外れて「こんなんだったっけ!?」というのが送られてきたキットを手にした時の正直な感想だったけれど、まぎれもなくマルサン1/50の「神風」号だったのであります。
 あまりに「こんなんだったっけ!?」だったので、パテ盛りしたり削りまくったり部品を作りなおしたりしているうちに、どんどん時間が経ってしまって、途中で家内にはたきで撃墜されたりしたアクシデントもあったりして、ようやく購入してから13年、元キットの発売(1962年)から52年も経って完成のファンファーレを鳴らすことができた。

 一時はAZモデルが1/48のKi-15を発表したので、作るのやめようかとも思ったのだけれどまだ出ないみたいだし、あきらめずに完成させることができてホントに良かった。




<2014年5月2日記す>

―長谷川のでないP-40を6機作った―




 P-40 は私らの世代のミリタリオタクの頭には、少年時にはやった漫画月刊誌や漫画週刊誌の戦記ものの中で「凡作・弱っちい」と刷り込み込がされているので、プラモデル的にはかわいそうな機種だと思う。(勝手にそう思ってるだけだけど・・。)

 だいたいカーチスの飛行機自体ヘルダイバーに代表されるごとく、寸詰まりで不細工な飛行機が戦争後半の試作機群には並んでいて、やっぱりつぶれてしまうような会社かなぁと思えるのだけれど、P-36とP-40は模型的にみればそんなに不細工でもないと思う。

 ・・であるからして、私はP-40に関しては昔からいろいろ手を出しては作ろうとしていたわけで、いろいろ買っては完成しないで挫折を繰り返してきたわけ。

 いちばん古くに作ったのは、多分日東の1/72ぐらいのP-40N・・もちろん素組・無塗装・・作らずにとっておけばお宝になったのに・・、中学生、高校生ぐらいの時にはFROGの1/72や、オーロラのにまで手を出した記憶があるのだけれど出来上がった記憶がない。

 レベルの1/32は塗装までいったけれど、塗料瓶をひっくり返して翼面に流してしまい、癇癪を起して捨ててしまった。(多分大学生かもう社会人になってたかも・・)

 なかなか完成できないのは良いキットが出なかったからであるが、今は亡き大滝があの1/48零戦52型丙をかわきりに矢継ぎ早に大戦機をリリースしたなかに、ウォーホークが入っていて、模型屋で蓋を開けた時にはとても感動したのをよく覚えている。(多分西所沢の踏切近くにあった模型屋・・今はとっくにない。)

 大滝のこのシリーズは雷電、紫電、疾風、Fw-190、Bf-109、コルセア、スピットファイアと次々に出来のいいのを出してきたので、それぞれ買ったけれど作ったのは零戦と紫電だけで、あとは結局積んだままになっていて今日に至っているのであるが、今回ようやくP-40をHP上にリリースできたことは本当に喜ばしく・・、ではなくって大滝ってホントに救世主みたいな会社だったんだけれどつぶれちゃったなぁ。

 雷電と疾風はタイミング悪くタミヤがもっといい出来のキットをリリースしてきたので、あのせいで倒産したんじゃないかと思ったりもしたけど・・。

 でも細部の出来はともかく、疾風の外形は大滝の方がそれっぽかったりしたものだけれど、ずっと後から長谷川がずっといいやつを出してしまったから、今は昔の話になってしまい大滝とタミヤの疾風のストックは作らずじまいであろう。

 ・・でなんで今頃P-40が6機もという話なのだけれど、P-40はバリエーションが多い上に、塗装で魅力的な機体がごろごろしているので、大滝のキットをベースに尾翼を伸ばそう、とかF型も作ろうとか思ってやり始めたら、未完成のジャンクの山を作るはめになって時間がかかってしまった。

 そのうちモーヴが今度こそ決定版かと思うようなやつを出してきたので、あきらめた計画を再スタートしてこの6機を作り始めたのが2001年なので10年を超える大事業になってしまった。

 その割に出来上がりはすっきりくっきりとはいかなかったけれど、それでもまたジャンクの山にしないで完成にこぎつけたのはほんとにうれしい。


 ―プラモデルをしまっておく箱―

 もともと苦労して作ったものを日ざらしにして劣化させたり、展示して埃だらけにしたりするのはいやなので、HP上に上げてある完成品はほとんど発泡スチロールと段ボールで梱包箱を作ってしまうことにしている。

 6機作った今回のP-40はDIYで売っているA4書籍用の段ボール箱の中に発泡スチロール板で2機づつ仕切りを作って、3階建てにして収納した。

 機体を駐機姿勢にして3階建てにするとそれぞれ1階ごとに機首とプロペラの回転面が天井を突き破るので各階ごとの天井部分に穴をあけて逃げてある。

 3階の蓋になる天井部分にも穴をあけて、やっとぎゅう詰めの梱包箱が出来上がるのであるが、こうしておけば縦にしても横にしても逆さにしても壊れない。


 前回作ったタミヤの1/32零戦は同じA4書籍用の段ボール箱に2階建てにして収まっている。

 6機作ってしまって次は・・といわれると、性懲りもなく今長谷川の1/48のP-40を2機製作中で、そうすると今回と同じ梱包方法をとると1/48の飛行機ならあと4機空きがあるので思案中・・。

 ―展示台―

 ガラスの箱に入れて見せびらかすわけではないので、展示台はいらないといえばいらないのであるが、1/48のプロペラ機のエンジンにはほとんどのものにモーターを仕込んで翼下面からブレーキパイプに見立てたエナメル線を通してタイヤの裏側に設けた電極につなげてあるので、写真を撮るときのためにクレオスの「木製ディスプレイベース角型」を購入し、その天面の寸法に切り取ったプラバンの表面を艶消しブラックに塗って銅箔の電極を貼り今回写真を撮ってみた。

 飛行機の自重で接触する仕掛けなので接触面をすこしX字型にして接触しやすくしなければならないなど、今さら気がつかされた。


<2013年3月2日記す>


―やっとできたよ零戦―

 タミヤ1/32の零戦二機ようやく完成。

 それなりに調べてそれなりに納得できるような色に仕上がった(かなぁ・・)。

 「タミヤの零って・・」
 これ出たときの雑誌の評価でも「決定版」「タミヤらしいカチカチの・・」とほめ言葉満載だったけれど、作ってみていろいろ文句(愚痴?)言いたいところがあった。


 その1 夢のオール可動
 プラモデル全盛のころオール可動は必須のセールスポイントだったが、成型の精度とか追いつかないところがあってなかなかスケール感と両立が難しかったけれど、さすがタミヤでこれをエッチングパーツを持ってきて解決しサクサク動いてスケール感を損なわないオール可動を実現した・・はずだったんだけれど、組み立ててみるとなんだかパタパタカチャカチャ動いて思うところに止まってくれない。

 補助翼とかフラップとか・・・(策が切れたみたいにすぐにだらんと垂れさがるので写真撮る時はマスキングテープで止めて撮った。)、あと脚庫の扉関係も収まればぴったり収まる(これはさすが)のだけれど、サクサク動いてというよりぎくしゃくして・・、まぁタミヤをしてこうなんだからスケールキットとオール可動なんてのはもともと両立しないのかも。

 その2 サディスティックな精密感
 出来上がったらファイバースコープ突っ込まなければ見えないところまで部品を再現してあれこれ塗装指示を取説が要求するので、そのとおり作ってみたけど案の定全然見えない。

 おまけにパネルやカウリングの接合部はどうつくったって段差が出てくるので、こういうのはパネル開口しないでクリアモデル作って欲しいョほんと・・。

 クリアモデルが出ているのかもと思ってサイトを検索してみたけどやっぱり出ていない。(このまま胴体関係と翼をクリアで成型してくれたらもう一個買うのに・・)

 無駄に細かいといったら怒る人がいるかもしれないけれど、エンジン回り、カウルフラップや排気管などちょん付けに近い接着面積しかないので、いじりまわしているとすぐ取れてしまって往生した。

 その3 精密感とは裏腹な手抜き

 エンジンのケーブル(部品D20から出ていく配線・・これに真鍮線埋め込むのに、ピンバイスで何度も指を突き刺した。)にエッチングつけていないのは反則。

 見えないところにあれこれ部品作りこむのも性悪だけれど、見えるところにあるべき部品を作りこまないのはもっと悪い。

 もう一個所そういう点で大きな手抜きしているのはエンジンのシリンダヘッドとシリンダの冷却フィンにかぶせてあるバッフルプレートを無視しちゃっているところ。

 隣の実物栄エンジンの写真で、ジョウゴみたいな形をしたプレス部品とその両側に馬の目隠しみたいに立っている板、それがつながってシリンダの冷却フィンの後ろ半分を巻くように覆っている部品なんだけど、これだけ目立つのにこのキットは無視してしまっている。

 これのおかげでせっかくのエンジンがカウリングはずして見えるようにできない。(エンジン補器はしっかり作りこんでいるくせにこの手抜き・・このキットでは内部を見せようとしたときにカウリングが最大の開口部になるのに・・。)

 無理やりこのままエンジンをさらすことになるとパンツはいていない裸の王様みたいに恥ずかしい姿になってしまうのでエンジンを見せることがイできないんだよネ。(冷却フィンはバッフルプレートで半分以上隠れてしまうのにこのキットは横も上もさらけ出して、だからパンツはいてないと・・。)


 部品D20に一生懸命配線を追加しても(14か所ある突起に2本づつ、真鍮線を追加)、いざシリンダに接続しようと後ろに持っていこうとすると最前列の7本は良いとして後ろに行く配線はみんなシリンダヘッドのバッフルプレートを介していくようなので、これがないととてもみっともない。

 バッフルプレートをエッチングとかでつくりこむよりこのスケールだったらモールドしておいてほしかったなぁ・・。(未練たらしくエンジンパーツのランナーを一組みとってあるのでいつかエンジン単体でディスプレイできるように思ってはいる。)

 「実機を徹底取材して再現!」が売り文句だったはずなのに、どうしてここは実機どおりでないのか・・。

 結局あれこれ細かいところまでいろいろ部品つくり込んでいるのにこのキットでまともに開けるのはキャノピーと胴体の小さいパネルだけで、せっかく作りこんでも見せることができない部品がとても多い・・というか内部の部品は大半がそうなんだよナ。

 しかもそういうところにまた細かい塗り分けを取説では要求していてそれを全部こなしているのに見せられない悔しさ・・。

 ついでに書くと、バッフルプレートを薄板をヒートプレスして作れないかとエンジン回りの写真をいろいろ検索してみたけどシリンダの胴体にかぶっているところからシリンダヘッドにつながっていくところとか、前列のシリンダから後列にもつながっていってるみたいだし結構複雑なうえ、ヒートプレスで作って貼りつけてもオーバースケールになってしまいそうで、やっぱりここはモールドとエッチング併用で用意してほしかったなぁ。

 それから増槽にくっついてるパイプが本物は前に向かって傾斜しているのに、垂直になっちゃってるところもはずして並べるともろ見えてしまうのでダメだよなぁ・・。

 左の実物写真はネットの写真の無断掲載だけど、確かにパイプは前に向かって傾いている・・。

 増槽は最初の設計段階でここに電池を仕込んでモーターまわすつもりだったらしいモールドが残っているのでそのせいでここが垂直になってしまっているのかも。

 二機作ったフルオペじゃない方のディスプレイキットにもモーター買い込んで増槽に電池仕込んでプロペラまわしたのでこれはこれで役に立ったけど・・。

 ディスプレイスタンドに載せて増槽を差し込むとプロペラが回って外すと止まるというただそれだけなのだけれど、配線が全部機体の中に隠れてしまうので見栄えがとてもすっきりしてよい。



その4 ごわごわのデカール
 印刷はとてもきれいなデカールなんだけれどマークソフターが全然効かなくて厄介なデカールだった。

 まぁ、デカールを貼るのに最後まで辛抱できなくて途中で貼ってしまったせいでいじりまわしているうちにはがれてしまったきらいもあるのだけれど、結局国籍マークは全部塗りなおした。

 クレオスのマークソフターが弱いせいもあるかもしれないけれどベースの透明部分はすぐ柔らかくなるけれど、大きな国籍マークの印刷部分にいくら塗っても全然効かない。

 透明地に黒印刷の銘版のデカールはよく効いたので、国籍マークも糊を気にしないで裏側にたっぷり回り込ませたら効いたのかもしれないと後から思った。

 作ってみたらいろいろ文句も出てきたけれど、蜘蛛の子みたいにぞろぞろマーケットに出てきた零戦キットの中でも外形的には手を入れる必要がなさそうなキットってこれぐらいだと思うのでこれはこれでやっぱりタミヤはえらいなあとも思った。
 「シタデルの水性塗料」
 雑誌で評判がよかったので、パイロットの塗装をするのに使ってみたけれど、フィギュア以外にもこれがまたすごく良い。

 今回特に感心したのは、機体の塗装剥がれを再現するのに使うと、他の塗料よりよほどうまくできる。

 でかいキットなので汚しをへぼるとみっともなくなるため、あらかじめプラバンに暗色を吹いてからその上にラッカー系、アクリル系、エナメル系とあわせて比較してみたけれど、これが一番よかった。

 くっつく状態と剥がれる状態の間にギャップがあるというか、たとえばエナメルで銀系をすりこんでいくと、かすれた感じでぼやけてしまうけれど、これで同じようにやると適当に剥がれるので、暗色に銀粉が混じったような状態になりにくくてとてもよい。

 何より、気に入らなければ固めの筆の穂先でこすると剥がれていくので、やり直しは気に入るまで何遍もできる。

 この食いつきかげんと剥がれ加減の絶妙さがこの塗料の立派なところ。

 今はどうか知らないけれど、水性塗料といえばグンゼの水性が出たばかりのころ買ってみたけど「乾かない」「乗らない」で使いにくかったのに比べると、やっぱりホビー関連では海外製品の方が優れているのかなぁ・・。

 塗装の剥がれについては銀色の上に迷彩色を吹いて後から剥がしたり、ペーパーでこすったりする方法もあるけれど、なんだか大げさに剥がれてしまうようで本物らしくないと思うし、今のところ私的にはこれでやるのがベストじゃないかと感じている。

 「塗装はがれ考」
 どれぐらい塗装はがれが実際起きるかについて考えると雑誌に出ている写真でも特に52型以降の零戦にはガビガビに剥がれた塗装の写真はほとんど見たことがない。

 21型22型の迷彩色の機体にはそれが見られるのは後から迷彩を現地追加したせいかとも思ったりする。

 21型では上面暗緑色の機体でも特攻第一号とされる関大尉機はガビガビに剥がれているし、一緒に写っている52型02-112号機も52型でも関大尉機と同じぐらいガビガビに剥がれているようなので、型でどうこうというより時期や地域や航空隊によっても違うと思った方が正しいかもしれない。(写真の説明では昭和19年10月25日フィリピンルソン島、機材は381空戦闘第602飛行隊とあって本来の201空の機体ではなく特攻用に381空の中古機を調達したようなことが書いてある。)

 52型以降の写真で塗装の剥がれの激しい機体の写真があまり見られないのは、機材の消耗が激しかったりするのと整備でまめにレタッチしていたりするせいかと想像したりもしたのであるが、フィリピンの例にもあるようにそうも断定しきれず単に塗装はがれの激しい機体の写真が少ないということだけかもしれない。

 機体の消耗との関係が想像に難くないのは、同じ機体が1年以上も無傷で飛び続けることが困難な戦況もあるし、そういうことを考えたら車でいったら1年以内なんてピカピカの新車だもんなぁ・・。

 それでも塗料の質が劣悪だからとか、南方の暑い日照が・・・とか塗装はがれの激しい機体を表現するのによくいわれるけれど、それでも同じ機体が1年以上は飛ばないと思うんだヨと思ったら、そうそうガビガビの塗装はがれの機体が出てこないような気がしていて、模型誌によく出てくるガビガビ機体は嘘っぽいと・・。

 整備の手を離れると塗装はがれが進むのではと思えるのは、紫電の写真などでも塗装はがれの激しい機体の写真は、遺棄後米軍の手に落ちた機体の米軍側で撮影した写真が多いことから想像している。


 「自作デカール」
 零戦といえば撃墜王と決めていたので、今回フルオペの方はZOTZの岩本徹三機のデカールを張り込んだら、タミヤの国籍マークと一緒に剥がれてしまってあわてた。(えらく高かったのに・・大枚2,300円を投じた。)

 ネットで海外まで含めて検索してみたけれど、絶版で再入手不可能・・途方に暮れていたのだけれど、幸い貼る前にスキャンしておいたデータがあったので自作した。

 自作デカールは、アルプスのマイクロドライプリンタがサポート不可になってしまったので今やインクジェットで印刷して下地の白を何とかするしかないのだと思うけれど、これをどう解決するかが頭の使いどころ。

 今回東京紙器(http://www.tokyo-shiki.co.jp/index.cgi)というところに、マスキングテープにレーザーカットで桜のマークをカットしてもらって使ったらこれがまたさすがにレーザーでカチッとした仕上がりになって大成功だった。

 このメーカー、一見さんの一品料理を親切に対応してくれたのでとても助かった。

 寸法の指定とか、マスキングテープの選択とか数回メールのやり取りにもいやな顔しないで(メールだから顔は見えないのだけれど)対応してくれたので、ZOTZオリジナルのデカールよりも形や色に納得のいくマークを貼ることができた。

 逆に寸法の指定(レーザービームの太さが0.2ミリなの指定データの内側を切ってもらうのか中心を切ってもらうのかだとか、マーク全体の寸法とか)と材料の選択は発注側の責任なので特に細かいデカールの指定にはノウハウが必要なことが分かったけれど、アルプスのマイクロドライプリンタやプリントごっこのサポートがなくなった今、ここはとても頼りがいのある会社。

 お値段は試作サービス一品\2,100とそれなりだけれど、インクジェットの自作デカールの下地の白の解決方法は今のところこれがベストだと実感した。

<2012年6月19日記す>


    ―次は何を作ろうか?―

 タミヤ1/32の零戦が二個あるのでコレを作ろうと思って、いろいろ調べ始めている。

 またぞろ塗装が気になって調べたらいろいろ出てきたけれど、どうもはっきりしないので一応以下のように疑問を含みつつ進めてみようかと・・。

 疑問その1
 上面色は三菱系、中島系とあったという説及びそれに沿ったクレオスの塗料があるが・・

 今のところの判断
 中島のも三菱のもタミヤカラーの上面色をベースに塗るつもり。
 塗装標準は海軍で統一されていたはずだし、そうだとすれば統制は塗料メーカーに行くはずで、メーカー毎に海軍の発行したカラーサンプルで個別に塗料メーカーと発注の都度やりとりしていたとも考えにくい。
 なにより配備された機体を運用する現場に準備される補修塗料が航空機メーカー毎に別々にあるというのは考えにくいし・・。


 疑問その2
 下面色は何色?

 今のところの判断
 これもタミヤカラーの下面色をベースに塗るつもり。
 ただ、いやらしいのはタミヤは21型の1/32を出すにあたって、従来のAS2の他に、初期型用と称してAS29を出しているのがいやらしい。
 なにより1/32の21型の箱絵の零戦は思いっきり茶色だもんなぁ・・。
 これが出た2006年と言えばまだ飴色論争が終結していなかったのかナ?
 まぁ、AS29の色調も強烈な箱絵とはうらはらに「塗装とマーキング」に出ていた飴色とは全然違うように見えるので、いいといえばいいんだけれど、ここに至ってタミヤが下面色を二種類もあると言い出したことにとまどいを覚えた。
 サイト「我が家の趣味の世界 航空機列伝」はありがたいサイトで、ここに出ている航空塗料史を読むと長期化する戦争と共に原材料の不足で材料を変更するなど、色見本の色調を統制しようにも仕切れなくなるのではないかという状況も想像できてくるから、まぁ戦争の初期から後期の間に実際に塗られた塗料が変化したり、特に変色退色の性質が悪化していったと想像できなくもない。
 けれど、やっぱり基本は同じ色で統制しようとしていて出来なくなるのであって、二種類あるというのはなぁ・・。
 ちなみにここのBBSでの飴色論争は2009年の半ばまで続いていたので、それより前に出たタミヤの塗料だから何とも言えないと言う考え方もある。

 疑問その3
 風防の内側上面は何色?

 今のところの判断
 黒にするつもり。
 「青の混じった黒」というすり込みがあるので、青混ぜようと思うけれどどうななんだろ。
 「機内色だ。」「機体上面と同じだ。」と諸説あるみたいだけれど、これだって塗色の規定と同じように調達側が統制していたと思うのだけれど・・。
 操縦席の前と後ろで前黒で後機内色というパターンもあるかと思うが、やっぱり防眩塗装だと思うし、そうであれば陸軍機の隼や鍾馗の銀色の機体のそれが風防内側の及ぶ範囲(開いたときまで含めて)を黒く塗っているのでこれでよいと思う。

 疑問その4
 コックピットは何色?

 今のところの判断
 タミヤカラーの機内色にするつもり。
 これも「メーカー毎に違っていた」から「中島も三菱もクレオスの三菱機内色みたいな色」と言う方向になっていっているようだ。

 でもクレオスの機内色とタミヤの機内色がまた違って見えるんだよなぁ・・。

 疑問その5
 脚庫は何色?

 今のところの判断
 青竹にするつもり。
 下面色のが多いと言われているけど・・・。


 これでなんとか作り出すことが出来るところまで固まってきたけれど、色はタミヤのを参考にするとしても塗るのはラッカー系でやりたいのでクレオスのを使ってタミヤの色調をでっち上げる作業を間に入れなければいけない。

 最初に一吹きできるのはいつになる事やら・・。


 ちなみに左の2枚は1995年に茨城で開かれたエアショーでのマロニー氏の零戦。
 スピンナーの形状が気になるけど、これ一機しかないし・・でもこれ右の写真でも分かるけれどリベットとか目立たないし、ましてや排気管の後ろのパッチは目を凝らしてみないと分からないので、タミヤのアレはもっと目立たなく削らないとだめだナ。
 このエアショー3日間通いました。




上記の内容を追加すると共に、以下の文中の不適切な表現を修正した。
いくら「便所の落書き」で書いたもの勝ちと言っても、Googleで検索すると簡単に出てきてしまうので批判めいた内容には個人名が想像できるような表現を控えた。
Googleおそるべし、インターネットはやっぱり怖い。


<2011年1月26日記す>


    ―リニューアル時のトラブル―

 リニューアルアップでもたついたので記録しておくと・・
 
 ホームページビルダーの「サイトの転送」ではうまくいかず、ネットで探したらFireFTP(FireFox使っていないとダメだけど)と言うのがあってこれで上げた。
 これはとても便利で、サーバ側の不要ファイルも削ることが出来る。
 
 ビルダーのプレビューで全部確認したので、「これで完璧!」と思ってアップして、実際にアクセスしてみてみたら画像の穴あきがいっぱい出てきた。 
 原因はファイル名に全角が入っているとダメなようで、TigerTはダメでTiger1ならOK、それと半角でもスペースが入っているとやっぱりエラーでアップできなかった。 
 これはプロバイダのサーバー側の癖だと思うけれど、これを全部なおして、ついでに誤記もあったのでそれもなおして、やっと本当にリニューアル。

 ちなみにビルダーでうまくいかなかったのは(うまくいかないように見えたのは)、名前が不正(スペースを含むファイル)なファイルの読み込みエラーでストップしてしまったようで、エラーコードを出してそれでおしまい・・と言う終わり方だった。(エラーコードは数字の羅列で何の事やら分からない。ヘルプにも出ていない。)
 一方FireFTPの方は、エラーをとばして終わりまで転送しているみたいで、エラー内容も赤字で表示してくれる。
 何より、エクスプローラーで見るみたいにサーバー側に転送された内容が分かるので、状況の把握がしやすい。

 一応ホームページビルダーの弁護をしておくと、使っているホームページビルダーが古いので最近のではそういうことはないかも・・。(確認してないけど)

 アップロードを終わって最初にネットでこのホームページを見に行ったら、リニューアル前のままだったので、またFireFTPでサーバ側の内容を確認したらindexファイルが二つあり、古い方の拡張子が.html、新しい方が.htmになっていた。
 そこで古いいらない画像ファイルと、古いindex.himlをローカルPCにバックアップ場所を設けた上で移したら正常に見えるようになった。

 そういう操作が内容を確認しながら出来るところがFireFTPの良いところだと感心してしまった。

 以上アップロード時のトラブル修復顛末。

2011120日記す>


―リニューアルにあたって―


 今年四月で62歳を迎える。
 去年四月に仕事を辞めた。

 このホームページは1999年12月に最初に立ち上げ、その後2001年8月に一回更新した。
 その後放ったらかしで
2011年1月で今回リニューアルした。

 インターネットは便所の落書きとどこかで読んで、その通りだと思うけれど、過去に誰かが私の名前まで入れてここを紹介していたのにはびっくりした。
 サイト毎ダウンロードできるツールもあるし、そうやって掘り起こせば名前も知れてしまうのかもしれないけれど「勝手に名前あげんなよなぁ・・」ってのが言い分。
 便所の落書きでも、お手軽に他に広めることが出来るのがネットの怖いところで、書き手の節度よりも拾う側の節度次第になってしまうのがこういう物の宿命なんだとあきらめるしかない。

 それで匿名希望なので一応ハンドルネームを考えないといけないけれど静岡県生まれなので「チャッキリ」にします。

 後出しで申し訳ないけど、メールアドレスはだいぶ前に変えていて、リニューアル前のメールリンクを使ってもメールが届かないようになっていた。
 これは普通に使っているアドレスをホームページでも使ったら、なんかスパムみたいなメールがたくさん来るようになったので、途中でメールアドレスを変えたため。
 今回リニューアルにあたってメアドはホームページ用のヤツを新設してそれを設定してある。

 ・・それで自己紹介は

 1949年静岡県生まれ。
 趣味:プラモデル・山歩き。

 プラモデルは三共のピーナッツシリーズで育った。

 でかめのはレベルのノンスケールのダグラス・スカイロケットを祖母におみやげにもらったのがはじめてだったけれど、ソリモと同じだと思って風防の前の黒い防眩塗装をラッカーを塗ったら溶けてトホホ状態になった。

 リニューアルにあたってこの10年でどれくらいキット組み立てたかかぞえたらたった一個だった。
 こうなると表題の「プラモデルがすき」は実体を伴っていないとも言えるけど、好きは好きなんでそれが証拠に作りもしないのに買う方は結構買い足していて、死ぬまでに全部完成する見込みは絶対ない数になったしまった。


 しかたがないので孫子の代にまで引き継ぐつもりではいる。
 ただ身内の子供が来たりしてつい出来上がった物をやったりしても、「こいつこれのほんとの価値なんかわからないでもっていって、一週間もしたら壊してゴミ箱行きになるだろうなぁ・・」などと思いながらやるものだから精神衛生上良くない。

 リニューアル前の自己紹介の末尾に「今あったら欲しい飛行機=三菱九七式司令部偵察機、川崎九五式戦闘機、マッキMC200「サエッタ」、ホーカーファイアフライ・・・。
と書いたけれどホーカーファイアフライは間違いでフェアリーファイアフライが正しい名前でした。(リニューアルしてしまったのでリニューアル前の記述の言い訳することもないと思うけれど)

 九七式司偵(正確には神風号のキット)は旧マルサンの1/50を手に入れて完成直前まで行ったのだけれど、掃除の時に家内に棚から落とされてぐしゃっとやられて、アンテナひん曲がりの、塗装はがれのになってしまって、やる気が失せてそのままジャンク状態で放置。

 AZモデルが出すみたいなのでこれが手に入ったらこれを改造して神風号作ろうかなと思っている。

 ファイアフライも簡易インジェクションで出てたけど買ってもしまっておくところがないのでやめた。
 川崎
九五式戦闘機を出したファインモールドと、マッキMC200「サエッタ」を出したイタレリはとても偉い。偉い偉い!
 九五戦はまさかインジェクションで出るとは思わなかったので、レジンのを買ってしまったというみそも付いてる。

 九七式司令部偵察機と九七式重爆撃機を出さない国内メーカーには憤懣やるかたない。(九七重は大昔グンゼレベルが出したけど既に絶版で買おうとするとプレミア付き。MPMだったかの九七式重は買ったけどチョット直すところが多過ぎの感じで・・どっちみち10年に一個のペースでは文句言うほど困らないけどネ)

 リニューアルで「はじめに」を「雑感」にした。
 元々はプラモデル作ったらアップして・・と考えていたけれど、なにしろ10年に1個では仕方ないので、途中で挫折してジャンク行きになっている物も未完成状態で写真を撮って、「ジャンク」欄にあげておくことにした。
 完成品は1個でもジャンク行きはいくつかアルのです。
 いつかは完成させるつもりなので、正確にはジャンクというのは当たらないけど。

 趣味は相変わらずであるが、プラモデルも山歩きもこなすペースがやたらと遅い。


―十式艦上雷撃機のこと―

 ただの一回更新したときに履歴に書いた「プラモのページ」の通販で購入した旧マルサンの「三菱九七式司令部偵察機」と「三菱十式艦上雷撃機」だけれど、九七式司令部偵察機ではなく、神風号の方です。
 朝日新聞が九七式司令部偵察機の試作機を買って社用機に使ったので、量産機と違うところがいくつかあり、AZモデルの九七式司令部偵察機を買ったらそこは直さないといけない。
同じく更新の時に「十式艦雷は資料がほとんどなく、手を着けられない。」と書いたけれど、最近になって昔の飛行機の写真をプログにアップしてくれている奇特な方にめぐりあって、そのプログ「零戦落ち穂拾い
2」には今まで見たことのない十式艦雷の写真が出ていたので俄然色についても何となく見えてきたような気がする。(当然カラー写真じゃないけど)

 何がトラウマになっていたのかというとプラモの塗装のバイブルとして使っていた「日本海軍機の塗装とマーキング戦闘機編」にはふつうに濃緑色の(十式艦雷ではないけれど)十式艦上戦闘機のイラストが出ていて、アレがどうしてもモノクロの写真の感じとあわないので作ることに二の足を踏んでいたわけではある。

 その呪縛から離れて元々のマルサンの箱絵を見ると色は濃緑色と言うより緑鼠色というかズックみたいな色で描かれていてよほどこちらの方が写真の感じにあっている。(ような気がする。)

 マルサンの箱絵は橋本喜久男先生が描いた絵だと思うけれど、すごく感じの良い絵だなぁと思う。
 プラモデルを作るペースが落ちたことを人のせいにするのは良くないけれど、やれ機内の色はどうだとか、下面色の本当の色はどうだとかこうだとか、研究家様のありがたい本が出るたびに右往左往してきたけれど、サイパン零のまだら迷彩説(改訂版で訂正されていたけど、「アレは勘違いだった」の説明はなかったなぁ)やら飴色論争(大山鳴動して「そんな色じゃなかった」でおさまっているように見える。)、11型の前後異色説(日よけカバーによる退色度の差と言う説に落ち着いているみたい。)、あげくに零式練戦の橙黄色が飴色になるなんて説(昔本物の乗っていた人から橙黄色!とクレーム付いたらしい。)が出るに及んで、本に書いてあるからそのままその説を信じるかどうかはよくよく考えないといけないなぁと最近になって思ったのです。

 無断掲載で怒られるかも知れないけど、左端が本に出ていた十式艦戦のイラスト、その隣がそれをモノクロに変換したヤツ、そのまた隣が同じ本に出ている十式艦雷のこれは有名な写真。
 イラストをモノクロに変換すると日の丸の明度と機体の「濃緑色」の明度が逆転してるでしょう?
 これは写真が十式艦雷だからではなく、十式艦戦のモノクロ写真でも日の丸の方が暗く写っているのでイラストの暗緑色がおかしいことになる。
・・で右端が橋本喜久男先生の描いたマルサンキットの箱絵だけど・・ネ!こちらの方が写真と合っているでしょう?
だいたい飴色についてはモノクロの写真の色合いでさんざん理屈をこねたのに、こっちはこの通りで手抜きしてしまったらいかんよなぁ・・・


―零式艦上戦闘機のこと―

 ログ「零戦落ち穂拾い2」について書いたけど、ここに出てくる写真はプログの表題の割には零戦は少ないけれど、ここで初めて見た写真もあって、「戦後60年以上すぎているのに世の中に出ていなかった写真があるところにはあるんだなぁ」と言うのが感想。

 特に興味深かったのは下面の日の丸に白縁のついた写真がいくつか出てきて新鮮だった。
 「塗装とマーキング」にも下面橙黄色で白縁付きのがでてくるので、これも練習機かも知れない。

 零戦に関しては盛り上がるサイトがたくさんあるみたいで私がよく見に行くのは(ROMばっかりでただ見だけど)「我が家の趣味の世界 航空機列伝」と言うサイト。

 ここのBBSはとても面白い。

 あの不細工な54型の真偽についてもここの書き込み見ると「あの写真怪しくね?」と言う気になってきて・・あれ長谷川がキット化しちゃったけど、改めてあの写真ためつすがめつ見るとコラじゃないか?って気がしてくる。
 だいたい空気の取り入れ口の内側のカウリングの上面がまんませり上がっているので「あれじゃ空気入いんないよなぁ」って気がするし、スピンナーが彗星のだっていうに及んでは「プラモ改造するのにジャンクあさるのと訳違うだろっ!」って・・。


 ここのBBSの議論は塗装やメカニズムの解説などとても参考になります。(二式単戦の尾脚扉のメカなど長谷川決定版キットのアラが見つかっちゃったりして面白いし他にもいろいろ出ている。飴色についてもここのBBSで議論が展開されていてとても参考になった。)

 もう一個最近気になっているのは零戦の垂直尾翼が左右非対称だっていう説、これって日経ものづくりの2008年7月30日の記事に出ていて、タミヤの社長の取材記事が紹介されている。

 曰く「垂直尾翼の左右の膨らみが違う。エド・マロニー(Edward Maloney)の博物館(Planes of Fame)で実物を確認したら,やはり膨らみがある。マロニーも「それは左右違う」と言っていた。しかしそれは写真で撮っても分からない。左右の膨らみの違いはエンジントルクの打ち消しではないかと思うが,マロニーも同じことを言っていたそうだ。」・・と。

 であるがこの記事以外ではGoogleしても「あれは固定タブで解決していた。」と言う説が出てきて左右の膨らみが違うかどうかは私的には不明。

 今度靖国に行く機会があったら写真撮って確かめてみようかとも思うけれど、どっちみち「写真で撮ってもわからない」と言うので気にすることもないのだけれど・・。

 ところがトルクの解消を非対称の垂直尾翼でやったというBf109の垂直尾翼の片側は平らだったという本があるので、写真で撮ってもわからないような微妙な(中途半端な)非対称と、固定タブを具備しているという事実からして左右非対称って本当?と言うのがいつまでもひっかかる。
 それにち零戦のエンジンだって54型は別にしても21型から52型まで変わっているので、変わるたんびに尾翼の膨らみいじっていたとも思えないし・・・。
 ちなみに取材記事でそれを言っていた田宮社長のところの
1/32零戦52型の垂直尾翼の部品C-4C-10を比較してみるとこれがまたよくわかりません。

 だから気にしないで作ってしまう方がよいと思うのです。

・・・あ、それからタイトルの背景に使った昔のプラモデルの箱絵をみて、「あっ!こいつこんなレアキット持ってるのか!」って勘違いした人、この絵は本に載っていたやつをパクって勝手に使っただけですから悪しからず・・一応ここに出ているのは全部ご幼少にみぎりに作ったことあるんだけど・・・・手つかずで取っておけばものすごい値段で売れるのにねぇ・・。

2011110日記す>