千葉MTB旅 洋上の期待編
「行って来るからね」 久里浜港まで車で送ってくれた母にそう告げた僕は、旅に
必要な装備の全てを備えて乗船券売り場へ向かってペダルをこいだ。(二十mだけど)
時刻は2時少し前だろうか、天気も中々良く、出発には十分な期待をさせてくれた。
切符を750円で買い、自転車に跨ってフェリーを見上げていると、アナウンスで
「自転車の利用者の方からどうぞ」と放送して来た。僕以外に自転車で乗船する人は
いないので、僕の姿を見て指示してくれた様だ。
フェリーの乗り口(自動車と共通のメインハッチ)まで行き、係員の人に切符を切って
もらってやっと乗船。「突き当たりの左端ね」と言われて目を向けると、やはり係員が
手招きしているのが見えた。「お願いします」と言って自転車を任せると、自転車専用
の手すりにベルトで固定して、車輪も車用の輪止めで固定してくれた。
フェリーで乗客が立ち入れる階は4層あって、一番下が車の駐車スペース。その上が
クルーが作業するだだっ広い空間。(もやい綱のウインチとかが端にあった)
その上が、乗客がくつろげる室内客室と、室外にテーブルセットが並べられている層。一番上が屋上部分とも言えるところで、船首が操舵室である。(5人しか居なかった)
僕は室外のテーブルで、地図を見たり海を見たりして30分を過ごしたが、そのとき
上陸後は一気に南下して、千葉の最南端まで行こうと思った。その時は・・・・。
ようやく千葉の金谷港に到着して、再び自転車に跨る。目の前のハッチが段々と開き、
外の光が船内に差し込んで来た。「これからが本番だ、気合入れて行くぞ」
そう決意した時に僕はまだ、これから僕が体験するであろう試練を、想像する事が出来
ずに、ただこれからの旅に想いを馳せるだけだった。
千葉MTB旅 上陸編
フェリーのデッキから、他の車より真っ先に千葉に上陸した僕は、20メートルくらい
走った所で、今まで自分が乗船していたフェリーを見て、記念写真を取ろうと思った。
船内では、自転車にカメラを置いて来てしまって何も撮れなかったからだ。
少し逆光だが、取り敢えずフィルムに納めてから、これからの道順を確認する。
海岸沿いの国道を、海を眺めながらのんびり走りたいと思っていたので、急ぐ旅でも
ないしとゆっくり走り始めたのが、午後三時丁度だった。
ところがいざ走り始めてみると、ダンプカーがバンバン飛ばすとんでもない道である事
に気がついた。しかも500メートルも行くと歩道が無くなってしまったのだ。
そこは狭い車道の両車線を、ダンプカーがクラクションを鳴らして追い抜いて行く場所。その度に物凄い粉塵と風圧でよろけながらも、少しずつ南下して行った。
ところが、200メートルも行かないうちに狭くカーブのキツいトンネルまで来てしまった。
迂回路もなく、トンネル内では衝突防止の為にダンプもクラクションを鳴らしている。
「もう限界だ!」そう思った時に僕は、この道が自転車で通行するには無理がある事を
悟った。ましてや僕は、山のような荷物を持っているし、サイクリストの様に
軽やかに走れる訳ではないのだ。
当初の目的である「海岸線沿いのんびりプラン」は、
残念ながら諦める事にした。地図には、少し北上すると鴨川方面へ行ける道があるので
そちらに向かう事にした。元のフェリー乗り場を過ぎ、更に道を行くがやはりダンプの
通行量は多い。歩道がある場所はまだ楽だが、トンネルでは歩道は無い事が多い。
大抵はタイミングを見計らって、一気に走り抜けてすぐに歩道の始まりに飛び込むと言う
事のくり返しだった。
何回目だろうか、歩道に飛び込んだ時、MB旅で初のとんでもない事故(故障)発生。
バイクや自転車にとっては、悪夢の様な事態に遭遇してしまったのだ。
千葉MTB旅 緊急事態編
何度目かのトンネルを潜り抜け、同じ様に歩道に飛び込んで約3メートル程走った時、
突然、後輪から異音が生じた。
「うっ!?」と思った瞬間に、ペダルが回転不能に
なった。何かがそのままスポークやチェーンにも絡まって、そのままフロントギヤに巻き付いたらしい。
なんと、その物体の残った部分がブレーキシューで僅かにブロックされて、後輪全体に
巻き付くのを辛うじて免れていたのだ。
この時、その何かを確認する余裕は既にない、事態を理解した瞬間に僕は恐怖に陥った。
この何かが後輪に完全に絡みきった時、自転車は強制的に停止して、僕は車体から
EJECTしてしまうのだ。勿論自転車も身体もタダで済むハズがない。
とっさにブレーキを掛けた途端に、何かワイヤーの様な物が遂にブレーキシューを越えて
後輪に巻き付き始めるのが見えた。(頼む、停まってくれ!)心の中で叫ぶ。
・・・・・・・・祈りが通じたか、自転車は自力で停止し何とか転倒は免れた。異音から約2秒間の出来事だ。
自転車から降りて改めて確認して見ると、相当な長さの半分錆びたピアノ線が後輪に巻き付いて、
ディレーラーからギヤにまで入り込んでいる。自転車にとってこれは致命的な状態だった・・・・。
錆びているとは言え、ピアノ線をナイフで切るのは容易な事ではない。まして素手で
切るのはまず不可能だったし、普通ならば自転車はその場に残して帰り、後で車で回収しに来るしか他に対策もないのだが、今回僕は非常にツイていた。
と言うのも自転車用にドライバーが付いたツールナイフを用意していて、「ガーバー」を携帯していたのだ!。
これはスイスアーミーナイフの様なツールナイフの一つだ。
ガーバーのマルチプライヤーはその名の通り、折り畳めるプライヤーにナイフやヤスリ
、缶切りにドライバー等が収納されている代物でだ。今回はこれまで絶対に使う事の無かったプライヤーの根元、つまりワイヤーカッターが役に立ったのである。
これにより、本来ならばその場で旅を中止して、車で再び戻って来て自転車を回収する
ところを、15分程度のタイムロスで旅を続行出来たのである。
何とか窮地を脱出した僕は、更に北上してやっと鴨川方面へ行く交差点まで来た。
だがこの時点で既に、行動タイムリミットの午後5時を迎えようとしていた。
千葉MTB旅 野営地を求めて
一路安房鴨川を目指して必死にペダルを漕ぎながら、今晩の宿泊地を探して行くが、
なかなか条件に見合うだけの場所は見つからない。
後ろのパニアバッグには食料が沢山入っているので、別に何処でも構わないのだが、
欲を出して少しでも一晩を過ごしやすい場所をと思ってしまう為、結局土壇場になって
焦りだして、真暗闇の中テント設営するのがいつものパターンなのだ。
それでも今回は、まだなんとか明るい内に何とか条件をクリア出来る場所を発見して、テントを設営する事が出来た。午後6時の事である。
僕がいつもテントを設営して1泊する候補地の条件は、まず人が来ない事。
次に平坦である事。かなり平らに見えても、テントを張って実際に中で寝転んでみると
結構傾斜が気になるのだ。小さな石粒でも、気が付かなくてテントを張った後で判る。
と言う訳で、僕は人の来そうにない(犯罪くさい雰囲気はあるけど)、静かな小道の
行き止まりを選んで、テントの中に潜り込んだのだ。
自分の寝床が出来たら一安心して、食事である。今回はレトルトのカレーと、乾麺の
うどんとそばを用意して来たので、寄り取り見どりで選べるのだ。
取りあえずは、重量のあるレトルトカレーから食べて行く事にして、鍋のお湯を沸かして
カレーを温める。しかし、何とあまりに寒くてガスの出力が悪く、火が思う様に大きく
ならない。一生懸命手でボンベを温めて、やっとコッヘル一杯の湯が沸いたのだった。
レトルトのご飯とカレーを温め、カレーの袋にご飯を直接入れて、少しずつ食べる。
この方法だと食器を汚さないで済むし、冷めない内に食べられるのだ。
その夜は本当に冷え込んだ。なんたって、シュラフは3枚重ねの厳冬バージョン。それでも
夜中には寒くて何回も目が覚めてしまったのだ。
そしてその夜、かつて経験した事のない恐怖を味わった。
フと目を覚ますと、近くで犬の吠えていた。寝ぼけたまま何事かと様子を伺うと、すぐ
近くまで来ているのが判った。野犬だろうか、呼吸の音までリアルに聞こえてしまう。
外が見えないだけに恐かった。ここで襲われたら闘って勝てる相手だろうか。
吠え方からして、中型犬以上の筈だ。なにか効果的に闘う手段はないだろうか。
そんな事を考えていたら、じきに何処か遠くへ行ってしまった。一時間くらいは怖くて眠れなかった。
朝6時、まだ薄暗いけど食事をすれば温かくなるかと思い、モソモソ起きだして、とり
あえず紅茶を入れる。それにしても、改めてテントの中を見ると、蒸れないハズのゴアテックス製テントの壁がしっとり湿ってる。
「これは何か変だぞ」そう思って、入り口を開ける。なんと外は真っ白けっけ。霜がびっしり降りてるではないか!。
テントも自転車も凍り付いてて、どうりで寒い筈である。外壁が凍ってれば、中の蒸気
が抜けるワケが無く、壁で冷えて水滴に戻ってしまうのだ。
僕はゴアテックスの弱点を見つけた気がして、何となく気まずかった。
千葉MTB旅 有料道路編
ラジオを聞きながらゆっくり食事をして、出発したのは9時だった。
全ての荷物を積み込んで、今日こそはと外房を目指す。自然とペダルを踏みしめる足に
力が入り、どんどん距離を進めて行く。・・・・・が。
それも3キロほど過ぎるともうバテて来た。人間慣れない事をするんじゃないな。
暑くて堪らないので、上着を脱いでTシャツ1枚になると、腕からモワァァと湯気が
でた。
これはスゴイ、気温は5℃くらいしか無いのでこんな光景が見れるのだ。
腕は蒸れて真っ赤になっていたが、人間のエネルギーはスゴイもんだなぁと思った。
結局200メートルくらい行ったらまた寒くなったので、上着だけ着て行く事にした。
暫く行くと、交差点に差し掛かった。右折すると自転車も通れる房総スカイラインだ。
ダンプカーは有料道路を嫌うのか、一台も見掛けなくなった。まさに自転車天国だ。
たまに車は追い抜いて行くけれど、これまでの交通量の多さに比べると本当に少ない。
フウフウ言って長い上り道を進んで行くと、料金所が見えて来た。自転車は五十円だ。
一番左の閉鎖された車線に自転車を置き、徒歩でお金を渡しに行き領収証を貰う。
自転車に戻って、柵の間から抜けて行こうとすると、おじさんが叫んだ。
「ああっ、こっち通って・・」何なんだろうと思いながら、戻って言われた車線から
抜けると、「真ん中通って・・・、真ん中・・・・ああぁっ!、もう・・・」
振り返ってみると、真ん中に黒いゴムの様な物が敷いてある。これを踏むのか?
更にUターンして、「センサーか何かなのね?」と笑いながら通りなおした。
おじさんも窓から首だけ出して、照れた様に笑ってた。
道の途中パーキングがあって、
ベンチやら何やらあったが、水道が無いのでお菓子を食べてエネルギー補給。
「房総スカイラインの行き先は・・と、おおっ?」先は鴨川有料道路になってる。
良く見ると真ん中は一般道路になってるではないか。「うまく出来ているなァ」
結局2本の有料道路を通って、南下するしか逃げ道が無いので、そこを通るしかない。
でも、鴨川有料道路の料金所は人が居なく、機械でお金を払う方式だった。
自転車は流石に料金装置もなく、賽銭箱みたいに「投げ込んで下さい」方式だ。
通行料は何と二十円だ。十円玉は重いのでケチらずに投げ込んだ。
そのまま後は下り坂の連続で、やっと自転車で来て良かったと思う軽快さである。
やがて大きなパーキングに出た、トイレまである。もしかしてと思うと、やっぱり
水道があった。これでメシにあり付ける。ベンチを一つ占領して、食事の支度をする 。
トイレの利用者は僕を好奇の目で見るが、僕はもう何とも思わなかった。
成長したもんだと思いながら、昨日と同じ様にカレーを温めて食べる。
喉が渇いても水道があるので、安心して水を使える、何だかひどく贅沢さを感じた。
食事が終わったらまた出発だ。夜は雨が降るからユースホステルを利用しよう。
昔学生時代に友人達と泊まった、旅行者向けの、安い公共の宿である。
自分一人だけで泊まるのは初めてだから、楽しみだ。
だが、新たな試練が僕を待ち受けている事を、僕は知る由もない。またか・・・・(笑)
千葉MTB旅 ユースは駐車場編
パーキングエリアからはほとんど下るだけだった。
この為に自転車を使ってここまで頑張って来たんだって思った。
僕は車の少ない有料道路を一気に下って、一般道に出るべくペダルを漕いだ。
しばらく行くと、分岐路に出た。まだ街中の交差点には早い筈だけど・・・・?。
地図を出してガサガサ確認すると、二股に別れてもまた元の一本に戻れる様だ。
直進すれば有料道路の終わりを通って市街地へ、左折すれば金山ダムを廻って市街地の
手前に出て来る。有料道路とはここでお別れになるのである。
折角お金を払って(二十円だけど)通って来たのだから、有料区間は全て通りたいと
思ったが、ダムが見られるなら良いじゃないかと言う事で、左折に決定。
物凄い急カーブに、車がイキナリ飛び出すんじゃないかとか思いながらも、カーブを堪能していたら、気がつくと道は合流してしまった。「何てこったい!」結局ダムは見れなかった。
下ってきた坂道を戻る気もしないので仕方なく走り出す。
鴨川市街はえらく混みそうな気がするので、
一本手前の道を通って安房天津(あわあまつ)で、ユースホステルを探そうと考えて、
取り敢えず安房天津駅前に行く。今回の旅で初めての缶ジュースを飲み、近くの
店に、買い物がてら聞いてみる事にした。まずはカロリーメイトはと・・・・。
置いていないのかな、スニッカーズもないし・・・・。
僕 「あのぅ、カロリーメイトとかありますか?」
お婆さん「ああ、自転車で走りながら食べれる奴ね、そう言うのはないねぇ・・・」
僕 「う・・・・・・・・・・・。スニッカーズなんてあります?」
お婆さん「そう言うのはないねぇ・・・・・・。」
僕 「粉末の紅茶とか、ジュースみたいのはありますか?」
お婆さん「・・・・そう言うのはないねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・。」
だんだん、この店に居るのが気まずくなって来た。僕はメントスと酢昆布、それとヨーグレットを掴んでお金を渡して、もう一つの目的であるユースについて聞いた。
「この辺にユースホステルがあると聞いて来たんですが、知りませんか?」と。
するとお婆さんは、僕にとんでもない事実を告げた。
「もう3年位前に取り壊して、今は駐車場になってしもうたよ・・・。」
がーん、折角楽しみにして来たのに何てこったい。今夜は雨だって言うのに・・。
僕の旅はいつもこうだ、事前の調査もロクにしないのでいきなりこんな目に遭う。
これも自業自得とも言えるかもしれない。
仕方なく次の行動を考えるが、うまくまとまらない。もう3時になるし雲も多くなって
すこし薄暗くなっていた。その後何軒かで買い物しながらユースについて聞いたが、
だれも名前すら知らなかった。こうなったら覚悟を決めてテント泊だ。
ショックから立ち直る為に、僕は再びペダルに力を込めるのであった。
千葉MTB旅 烈風編
ユースホステルを諦めた僕は、さんざん思案した挙げ句に、泊まり慣れた養老渓谷の
キャンプ場に向かう事にした。全速力で頑張れば、日没前に辿り着けるかも知れない。
しかしラジオで聞いた天気予報は、どれも夜半から雨を唱えていた。
最悪の場合、撤収出来ずにその場で天候の回復を待たざるを得ないのである。
しかも、明日の夕方まで回復の見込みは無いと言うから、ひょッとすると丸一日は
テントの中でゴロゴロしていなければならないかも知れない。
正直食料は乏しく、ラジオ以外は娯楽もない状態で、一日乗り切れるか不安がある。
これが家だったらいつまでもゴロゴロしていられるだろうが、旅先で昼間から身動き
出来ないのは旅人には結構苦痛なのだ。
そこで本屋で本を買い、スーパーで団子やらパンやら、食べ物を大量に買って安房小湊
まで海岸線をひた走った。海辺は多少風があり、やがて向かい風になってしまった。
荷物が重い、途中で力尽きて山中で雨を乗り切る事になった場合を想定して、かなりの
食料を買い込んだ為、重量もかなり増えてしまったのだ。このままでは体力の消耗も
激しくなり、到底明るい内に養老渓谷にたどり着くのは無理な気がして来た。
気がつくと僕は安房小湊駅の南の海岸線にまで来ていた。もう少し走れば内陸に入って行く国道(前回年末BPで歩いた国道)につく筈である。僕が自転車を止めて地図を確認
した場所は丁度橋の上で、向かいにはコンビニがあった。橋の下にテントを張れば、
雨にも当らずに済むかも知れない。コンビニも近いから退屈もしないかも・・・・。
幸い未だ雨は降っていないものの、暗くなる前に雨が降り出す可能性が非常に高い。
決断するなら今しかない。僕はかなり迷ったが、ここ以上の適当な場所は無いと判断。
自転車を担いで階段を降り、砂浜を歩いて橋の下に潜り込んだ。
そこはかなり広い砂の平地があり、テントを張るには丁度良い環境に思えた。
早速荷物を降ろして、テントの設営に取り掛かった。風が結構あるので、砂をかなり
深く掘り、張り綱を石に結んで埋めた。ペグが効かない場所でのテントの固定だ。
テントの四方と入り口を固定した後、荷物をテントに収納する。自転車はすぐ右の壁
(橋桁)に立てかけて、ワイヤー錠をテントのポールに通して掛けておいた。
暗くなった頃になって、風の強さが激変した。信じられない強さの烈風が、テントの
正面から吹き付けて来るのだ。とんでもない場所を選んでしまった、だが後の祭りだ。
取り敢えず夕食をとり体力を回復させるが、風は一向にやむ気配は無く、風速数十mの
空気の塊が、テントの形を変えようとしていた。
しばらくは風の音が恐ろしくて、なかなか落ち着かなかったが、その内に諦めにも似た
感覚になって、ラジオを付けて本を読み出した。
食料は十二分にあるので、食うに困りはしないし、コンビニも近いので水に不自由する
事もないのだが、入り口を開けて外に出る勇気が無いので、出入りはしなかった。
やがて、そろそろ寝なければと思って時計を見るともう23時を過ぎていた。
その時間帯に似合わず、テントの中は蒸し暑いくらいで、昨日の寒さが嘘の様だった。
しかし、こんな烈風の中で眠れるワケが無いと思いつつも、慣れとは恐ろしいもので
いつしかウトウトとして、浅い眠りに入って行くのであった。
千葉MTB旅 烈風撤収編
その夜はまさに轟音の中での睡眠だった。時折砂がテントに当たり、ザー!と言う物凄いノイズの様な音が生じたが、諦めてテントを信用したら結構眠れた。
幸いな事に、テント設営時にかなりしっかりとした固定処置を施していたので、テント
ごと飛ばされる様な事は起きなかったものの、翌朝確認してみると石に巻き付けて埋め
ておいた張り綱がかなり緩んでいた。
風は相変わらずかなり強いものの、雨は一時的に止んでおり、外を出歩くには支障は
なかった。
結局、雨をしのぐハズの橋の下は吹き込む風のせいで結構湿っていた。常に風が吹き付けている為に、テントは半乾きの状態であるので、一応撤収は可能だ。
テントの中はと言うと、一晩中砂が吹き付けていた為何処からか入り込んでザラザラに
なってしまっていた。入り口のジッパーも砂が付着して、動きが悪い様だ。
もう一晩頑張ってここで雨をやり過ごすか、別の場所に寝床を移すか悩んだ。結局
風の凄さで、もう一晩ここに滞在するのは精神的に耐えられず、雨が降っても移動した
方がまだ気分的にマシな気がしたので、朝食を済ましてテントの中でカッパに着替えて、
外に出る。
外は烈風が吹き荒れる砂の世界、海はこれでもか!と言う程荒れていた。
風のある場所でのテントの収納は難しい。中の空気を追い出す為に、入り口を開けて
いるのだが、そこに風が流れ込んでしまって畳み難いのだ。
よくよくテントを見ると、そんな事をしている内にテントの中は砂だらけになって、
外側も畳んだ時に砂にまみれてしまった。もう一晩このテントを使うのがイヤになった。
何とか撤収を完了し、自転車を担いで外に出た。この時フと気がついたが、橋の下ほど
風は強くないのだ。この海岸は僅かに三日月状にカーブしていて、風は壁に沿って横に
吹いて来るのだが、これだけ広い海岸線の横風が、たまたま開いている橋の下の空間に
総て集まって来るので、これだけの風量になってしまったのだ。
何の事は無い、橋の下でテントを張らなければ風に怯える必要もなかったのだ。
暫く考えた末に、今後も天候は悪くなる一方なので、旅の続行は諦める事にした。
だが今は外房にいるので、フェリーの通ってる内房まで行かなければ帰れない。
仕方なく内房まで走りだそうとしたら雨が降って来た。雨の中僕は、温かいシャワーを期待して家路への、あまりに長い道のりを、歯を食いしばってペダルを漕ぐのだった。
千葉MTB旅 雨中激走編
シトシトと雨が降り続く国道を、荷物を背中に背負ってマウンテンバイクで走る姿は、
後ろから追い抜いて行く自動車の興味を引いているようだが、その時の僕にはそれに構う余裕は無かった。実際、これまでにも対向車の特異な物を見るような目も、今は
羨望の眼差しに見えるし、僕が自動車でバックパッカーを見掛けた時も、「頑張れよ」
と言う気持ちになるので、人の目は以前ほどは気にならなくなってしまった。
と、そんな事を考えながら海沿いの国道を進んで行くと、段々背中が蒸し暑くなって来た。
丁度高架の下が雨をしのげたので、一休みする事にした。
ザックを下ろして、シャツを脱いでTシャツの上に直接カッパを着たのだ。
心機一転、新たな気持ちで走り出すが、やはり体力的には晴天時よりも苦痛が大きい。
何より視界が不明瞭で、ストレスが大きいのだ。それに加えて雨による不快感もある。
いくら蒸れ難いゴアのカッパでも、荷物を背負ってマウンテンバイクで坂道を走れば、
蒸れない訳がないのである。それでも、黙々と進んで行く事で、距離が伸びて行くと
信じて我慢するしかなかった。時折通り過ぎるテント泊候補地を見る度に、
「ここでテントを張って、中で乾いたシャツに着替えて、温かい寝袋に潜り込みたい」。
そんな誘惑に駆られながらも上り坂で時には自転車を押して歩き、下り坂ではグッタリ
と、ただまたがってそれ以上進まなくなるまで滑走して行く動作を、延々と続けた。
3時間もそんな事をやってる内に、目指していた保田の町までやって来た、内房だ。
僕は数日前に一度断念した国道を、今度は反対側から走るつもりだった。
逆行するのは無理でも、流れに沿って進む分にはそれ程不可能な事ではないと思った。
それがダンプカーの爆走する国道であってもだ、家に帰るにはその道しかない。
タイミングを見計らって一気に車道を疾走する。五十メートル後方からダンプが唸りを
上げて迫る。僕は(何の為にあるのか判らない)分断された歩道に飛び込んでやり過ごす。
それを何回か繰り返している内に、海に面した部分に差し掛かった。その時「!!」
海からの突風が、空気の塊となって僕を車道の真ん中まで押しやった。
咄嗟に体重を海側に移し、軌道を元に戻すべく奮闘する。凄まじいばかりの海風に抗い、海上に目を遣ると、内房の海もしけて荒れ狂っていた。
「フェリーは動いていないかもしれない」 一抹の不安を抱きながらも、ここまで来た
以上は後戻りは出来ない、そう心に言い聞かせて金谷港を目指した。
その時初めて、突風は決して向かい風でなく、進むには支障が無い事に気が付いた。
「ひょっとして・・・」 僕は少し体をよじって、大きなザックの平面が海側を向く様
に姿勢を変えた。するとどうだろう、海からの突風は僕のザックを押す様に吹き付け、
毎秒2メートルにも満たない速度で進んでいた自転車は、一気に毎秒十メートルも
進んでしまうではないか。これは楽チンと風に任せて快調に進んで行くと、どうやら
目指す金谷港に到着した様だ。いつの間にか風も無くなってしまっていたが。
千葉MTB旅 ペ天使は微笑んだ編
やっと辿り着いた金谷港、どうやらフェリーは動いている様だ。
これでやっと今日中に温かいシャワーにありつける事だろう、だが・・・・・・・。
ここからフェリーに乗った場合、到着するのは久里浜港だ。必然的にそこから目指すは
逗子(実家)になるだろう、しかしそこでは十分に装備のメンテナンスも出来ない。
自転車にしても、かなり泥だらけになっているし、ギヤからは異音すらし始めてる。
そう考えると、久里浜へ渡るのは得策ではない、他に行くとしたら「木更津〜川崎」の
フェリーしかない。僕は雨でグニャグニャになった地図を、破けない様に引き剥がして
道を見た。もっと北上しないといけないが、なんとかなるだろう。
しかし僕は、この時大きな勘違いをしていたのだ。木更津は富津岬より手前にあると
思い込んでいたのだ。ゆえにこの後、30kmも先に目的地があろうとは、夢にも思っ
ていなかったのだ。(地図をきちんと読まなかったのが悪いのだが)
進んでも進んでも木更津はやって来ず、先に富津岬の案内が目に入ると、僕は最初に
木更津に気が付かないで、通り過ぎてしまったのかと思った。しかし、しばらく進むと
木更津の案内も出て来る様になった。
「なになに・・20kmか・・・何っ?」
「オォい、2kmの間違いじゃないのか!」 地図を確認して間違いに気が付いた。
「ガーーン、ピンチじゃねえか」 僕は真っ白になった。
思考が目茶苦茶になっても、後戻りするのがどうしても嫌で(意地ではなく、来た道が
本当に辛かった為、もう二度と通りたくなかった)、疲れていたが進むしかなかった。
それも2kmで前に進むのさえ出来なくなってしまい、完全に進退極まってしまった。
と、道の傍らに自動販売機を見つけて、6時間ぶりに喉を潤す、駆け付け2本だ。
僕はザックを降ろして自転車に立てかけた。パッドから大量の湯気が立ち上る。
解けた靴紐を結び直し、カッパのジッパーを開けると、少し体が休まった。
余裕を取り戻すと、急激に腹が減って来た。自転車のバッグに昨日買った団子がある事
を思い出して、取り出した。レインカバーの内側は、雨水が溜まっていた。
団子を貪り食い、温かい鳥龍茶を買って胃に流し込んで、ようやく食事完了だ。
さっきとは比べ物にならない程に回復して、俄然やる気が沸いて来た。
僕は再び自転車に跨って、力を込めてペダルを踏みしめた。しかし、休憩をした事で
体温が下がってしまったのか、いくら運動しても寒くて仕方なかった。
堪らずジッパーを一番上まで引き上げたが、それでも鳥肌が立ってしまう。
3月の初めとはいえ、Tシャツの上にカッパ一枚だ。寒いのは当然かも知れない。
我慢して暫く走ると、直線の見渡しの良い所まで来た。
その時、雲の切れ目から、太陽の光が辺りを優しく包み込んだ。僕はこの時ワケもなく安心感を感じた。
何だか開放的になり、やけに希望的な思考に切り替わった。「イける、何とかなる」
そんな気持ちになり、その後の数キロは苦にならなかった。
どこかの軒先で自転車を止め、路上で僕は雨具を脱いで代わりに上着を着込んだ。
これで風はもう冷たくない。水を吸った防水の筈の手袋をしまい、普通の手袋をした。
その後道に迷った(爆)、車用に「近道」と書かれた道路を行ったら、自動車専用道路に
入り込んでいたのだ。「絶対何か違う」 そんな気持ちを落ち着かせて、何とか港に
たどり着くと、既に小1時間は経っていた。
それでもフェリーが見えた時は、涙が出そうな程うれしかった。湾に掛かった赤い橋が
やけに芸術的に見えて、フェリーと一緒の構図で写真まで撮った。
次に僕が乗る便までしばらくあるし、早速セルフタイマーで記念撮影をする。
旅の最後を飾るのは、この旅で僕の足となったマウンテンバイク(MTB)と、これまで
僕の旅を支えて来たバックパッキング(BP)装備の全景写真だ。
今回の旅を振り返りながら装備を詰め直していると、待っていたフェリーがゆっくり
入港して来た。僕は再び全ての装備を背負い、自転車に跨ってフェリーへ向かった。
千葉MTB旅 おまけ編
僕はフェリーに乗り込んだ後、一番隅の座席に陣取って、濡れた靴を脱いで裸足で
座席にあぐらをかいて寛いだ。(笑)
雨具のズボンはトイレで着替えたが、別に座席で着替えても良かったかな。(笑)
毛糸の靴下を履いて、その上に湿った靴を履くと不快感は少なかった。(新たな発見だ)
船内ではテレビを見ながら、袋に沢山入った菓子を食べて過ごした。
僕の他の乗客は家族連れやカップルが殆どだが、かなりの席が空いている。
そんな中での僕の姿は異様に見えたかも知れない。けど決してバンダナを取ろうとは
しなかった。旅人の意地と言われるかもしれないが、小奇麗な格好をしている人達とは
一緒になりたくはなかったし、そんなフリはしたくはなかった。
「僕は旅人だ」 そう自分を主張していたいのは、今回の苦労もしたが楽しかった
旅を知っているのは自分だけだからかも知れない。
旅が終われば僕も普通の人に戻ってしまう、せめて旅が終わるまではこのままでいたい。
旅人を乗せたフェリーは、霧に霞んだ海原をゆっくり進んで行った。
旅人ノート
千葉の旅も三回目となりましたが、今回はマウンテンバイクによるツーリングと言う
事で、バックパッキングとはまた違った魅力を感じて貰えたのではないでしょうか。
今回僕が使った自転車は、キャノンデールのM500と言う車体で、基本重量が10
キログラムとチョットと言う大変軽い自転車です。頑丈に出来ている為ツーリング等には
結構向いていると思ったのですが、背中に背負う重量が増えると歩いて押した方が楽
と言う事実が明らかになりました。(笑)勿論、体力の問題もあるんですけど。
また、今回の旅でテントのペグを用意して行った事で、橋の下での烈風も乗り切る事が
出来ました。もっとも、ユースホステルの会員になって宿泊の用意もしてましたが。
前回の「年末バックパッキング旅」の最後で、「次は千葉横断だ!」なんて言ってまし
たが、結局やってしまいました、しかも往復ですよ。(本当は一周の計画だった)
結果的に、僕の旅はいつも前回の旅の延長にある気がしますが、今回もまた何らかの
形で次回に引き継いで行きたいですね、リレーしてるみたいに。
もっとも、だんだんと回を重ねるごとに装備が充実して行きますから、ここらで少し
シンプル化をしないと、体力的に負けてしまう感がありますけど。(笑)
もっとも、お金を掛けない旅が本来の姿(ギリギリにケチる訳じゃない)なので、道具
でお金を掛けていたのでは、元も子もありませんけど。
それでも、質実剛健で永い期間使えれば、多少の出費は許してしまいます。
三回の旅をまとめると、やはり「計画性のなさ」が一種の売りになっていると感じられ
ます。勿論とんでも無い様な事態に陥る可能性も、無いことは有りませんが、日本国内
で、バックパッキングする分には、山で遭難する様な事にはならないと思います。
反対に、ある程度のアクシデントは、自分で何とかしてしまうタフさがあれば、何処
でも臨機応変に対処するテクニックも備わる事でしょう。
(上の文はウソです、何もしないでもなんとかなります。ダメな時は何してもダメです)
まぁ、色々な考え方もありますが、ある程度は自分の力を信じましょうよ。(笑)
もちろん自信過剰はけがの元、それでも勢いで行けてしまうのがバックパッキング旅の
良いところでもありますけど。