第2次BP計画年末ジャンボBP旅 出発編
大晦日にお正月も迫る12月30日、僕は再びあの千葉へ向けて旅に出た。数ヶ月前にバックパッキングデビューしたあの時、間違えて通らなかった道を歩き通す為に・・・。
前日の雲も残っておらず、素晴らしい快晴の天気の中、第一日の出発となったが、
実は前日の深夜、友人から電話が掛かって来て、遅くまで夜更かしをしてしまった為、
「出発はそれ程早くしないで、年の瀬なんだから逆にゆっくり行こう」と思っていた。
結局家を出発したのは昼の12時で、電車を乗り継いで安房小湊駅に着いたら午後3時過ぎになってしまった。(爆)遅いお昼のカツ丼(750円)を駅前の定食屋で食べ、歩き
始めたのは午後4時である。
当然あっと言う間に日は暮れてしまい、夜道を歩く事に。(大汗)
住宅地を抜け、きちんとした道路が「県民の森」まで続いているが、入り口まで来た所でガックリ。
なんと年末年始は閉鎖されていて、これ以上進む事が出来ないのだ。脇から無理矢理進入出来ない事はないのだが、夕闇の中で無理矢理忍び込む侵入者は、まるっきり犯罪者にしか見えないだろう。
レーザーか何かで監視してて、SECOMが来ちゃうと恐いので、そうそうに予定変更(笑)。
この県民の森は通らず、北東に位置する「勝浦ダム」で野営する事にし、暗い林道を
気を付けながら歩いて行くが、ここまで来てザックの重さが厳しくなかなか足が前に進まなくなってしまった。
それでも頑張り結構長い時間を歩いた気がするが、時間的には20分も歩いていないのかも知れない。
道標に従って進む内に、突然目の前にどす黒い湖面を湛えた勝浦ダムがあらわれた。
辺りには明かりは一切見えず、湖面は月明かりにボウっと浮き出して見えた。
大して感慨も無い、気持ちも悪いし結構寒いので速攻でテントを設営し、中に転がり込んでしまった。
年末ジャンボBP旅 ダム編
さて、話しが前後してしまったが、前回から今回の旅への大きな変更点として、ザック
が更に大きな物に変わった事と、今度は短波放送が入るラジオを手に入れた事だ。
そう、テントに入って何処かも判らないような国の言葉を聞こうと言う計画なのだ。
リールアンテナをテントの外に張り巡らし、スイッチを入れるとどうだろう、横浜では殆ど聞き取れなかった外国の放送が鮮明に聞こえるではないか!。
これだけでも千葉まで来た甲斐があったなんて、その時は本気で思ったりした。
外はと言うと、多少風が強くなっていてテントが時折大きく揺れる事があり、そのままテントを張っていられなくなる状態を危惧した。
しかし、テントをたたんでも行くアテもないので、
根性を据えて頑張る事にしていたら、九時半くらいにはもう眠ってしまっていた。
「あぁ良く寝た」と目を覚ますとまだ十二時だった。(笑)風もぴたりと止んでいる。
吐く息がやけに白く見えるので、入口のジッパーに取り付けていた温度計を見ると、
なんと、丁度0℃である。
秋のうららかな陽気だったら、朝になるまで目も覚まさず、
朝になってもゴロゴロしているだろうが、冬の厳しい寒さのなかでは、朝になるのが
待ち遠しい気持ちでいっぱいになってしまう。
これが不思議なのだが、結構短い時間で、一杯寝た気になれるのだ。それで起きてしまうと昼間眠くなりそうだが。(笑)
それとシュラフに関しては、次回こそは羽毛のあったかい物を新たに買おうと決心した。
今回は下に4枚、上に5枚着て寝たが、こんなに寒いのではかなわない。現在使ってる
シュラフは、後にカタログで調べたら夏用で、15〜25℃って書いてあった。
3シーズン用だと思っていたら、夏限定だったのだ。化繊にしてはコンパクトな訳だ。
しかし折角買ったゴアテックスのカッパも、雨で使った事がなかったりする。
もう1年も経つのに。(笑)
この日と決めて出掛けると大抵晴れる。逆な意味では恵まれてたのかもしれない。あとやっぱりペグも買おう、テントをふっ飛ばされる恐怖の中では、眠れないから。
そんな事を考えてる内に、いつしか眠ってしまって気がついたら明るくなっていた。
モソモソ寝袋から這い出て入口を開けると、信じられない光景が広がっていた・・。
年末ジャンボBP旅 ハードウォーク編
外を見た瞬間、一瞬自分がテントを張った場所が移動したと錯覚した。
それ程までに、昨夜の光景とは打って変わった素晴らしく美しい景色が広がっていたのだ。
空は快晴、波の無い静かな湖面はそのまま青空を映して、さらにそれを囲む山々は堂々とそびえていた。これはスゴイ、こんな感動出来る景色は、そう見れるものでは無い。
出不精で何処にも行かない人は尚更で、一生こんな景色を見ない人もいるだろう
そんな事を考えながら荷物をパッキングし、出発の準備を進める。
出発したのは9時になってしまったが、その頃には日も昇り、歩くには暑い位だった。
地図にまだ載っていない林道を歩き、大回りして前回の間違えた分岐路に再び立った。
2ヶ月前のバックパッキング旅を懐かしみながら、本来進むべき道だったこの景色を
あの時だったらどう見えただろうか、なんて事を考えながら進んで行く。
時間にすると四十分くらいの道のりだったが、かなり長く感じた。道自体は舗装されて
いるので、それ程歩き難いワケではないのだが、距離は結構あった。
昨日訪れた閉鎖されたゲートの内側から外に出て、僕の今回の旅の目的は達成された。
地図に塗り残された道を、完全に塗り潰す事が出来るのだ。
さし当たってこれからの目的を決めなければならない。来た駅に戻っても良いのだが、
外房から電車に乗ると結構高いし、時間もかかるので再び養老渓谷方面へ行こう。
どうせなら前回と同じキャンプ場まで別の道で行って、そこに泊まっても良いのでは。
地図を見ながら、既に歩いた道をなるべく歩かないようにルートを決定する。
昨日のダムを通り国道に出て、歩いて養老渓谷に行く事にした。
年末ジャンボBP旅 恐怖の箱編
勝浦ダムから一路北上し、養老川に沿った国道を歩いて行く。
国道とは言っても裏通りくらいしかない道幅で、それが延々と続いている。
何もない山の間の景色が直線で続いているので、それ程狭い印象を受ける事も無く、
逆に千葉の広大なイメージをひしひしと感じる。実際に千葉は広いんだけど。
自動車や電車をメインにした移動手段を用いていたなら、こんな感覚はないだろう。
自分の足で歩く事を第一にして、半ば意地になって距離を稼ぐと色々な考えが浮かんできた。
確かに歩いて10km進むのは体力的にも大変であるし、世の中にはもっと効率的な
移動手段もあるのだから、それを利用しない手はない。
でも同じ10kmでも、街中を歩くのと郊外を歩くのでは体感距離が違う。これは歩いた
事がある人でないと理解出来ない現象だが、郊外の10kmは街中の3kmなのだ。
歩いていて気付いた事や体験した事は、日常に於いては大した事でないものも多い。
それでもその時はえらく感動したり、真剣に悩んだりするのが歩き旅の特徴(良いところ)だと思う。
と、そんな事を考えていたら道沿いの畑に踏み台くらいの箱が、10個くらい並べて置いてあるのが見えてきた。
何だか判らないが、3列くらいに規則正しく並んでいるのだ。
その時は何だか判らず、寄り道して見に行こうかとも思ったが
「まぁいいか」とパス。
道を歩いて畑の真横まで来た時に、僕はある事に思い当たって青くなった。
「巣箱」? 何の巣箱だ、鳥じゃなければ・・・。 「蜂・・か?」うぅ。
気になる僕は道の端から、木の枝を押しのけて畑の箱を観察した。
箱の上部には溝があって、そこから蜂が出たり入ったりしているのが見える。
やっぱり蜂の巣だ。道路から5mも離れていないが、こちらに飛んで来る気配はない。
でもいくら人が徒歩で歩いて来ない(前後1kmは家無し)所でも、スゴイ環境だ。
車しか通らないんだろうな。
こんな道を歩くのは年間数える程度だろう。
そんな恐怖の蜂エリアを抜けて、更に北上して行く。国道と言うだけあって車は時々走って来る。今回の旅では車とすれ違う時に、右手を少し上げて挨拶している。何らかのアクションを示す車は半分くらいか、もう少し多いくらいだ。反応も様々で、手を振る人、会釈する人、クラクションを鳴らして笑う人と十人十色だ。
電車に乗ってたらこんな気軽な挨拶は出来ない。この状況にこの格好で初めて体験出来る事なのだ。幸い僕はまだ、旅先で疎ましがられた事は無い。旅人に対しての感情は、比較的に好意的な気がする。勿論例外の土地もあるらしいが。
そんな事を考えながら歩き続けると、養老渓谷の観光名所に差し掛かった。人も結構多く、大晦日にも関らず辺りの店は全て開いている。一軒の店に入り再び「カツ丼」を注文した。値段は小湊と同じ750円で、たくあんがやたら出て来た。
あと4km程で、前回の旅で泊まったキャンプ場だ。頑張って明るい内にテントを張りたいものだ。(明るい内に張ったのは過去1、2回程度だもの)
年末ジャンボBP旅 大晦日編
燃料も補給したし、ゴールも間近に迫った養老渓谷。思いっきり観光地状態で、大晦日
にも関らず、おばちゃんやカップル達が歩き回ってる。ここらの温泉宿は満室なんだろう
か、こんな年の瀬にとも思うが、逆に今だからって言うのもあるんだろう。僕自身この寒
空の下、でかいザックを担いで延々歩いてるし。
そうこうしている内に、やっとキャンプ場に到着。一応閉鎖されている様だが、進入出来ない様には敢えてしていない。これには実は訳があるのだ。前回このキャンプ場を利用した時に、管理人とこんな話しをした。
「最近の利用者はマナーが悪いけど、こんな時期にわざわざ泊まりに来る客は、その辺
の所をちゃんとわきまえている。だから比較的安心して使って貰える」と。
決して汚さない、迷惑を掛けないと言う条件で、暗黙の了解を得て利用させて貰おう。
これまで利用して来た人も、汚さずに使っていたから僕も使えるワケで、僕が汚したら
彼らを裏切る事になる。それどころか後の利用者も裏切ってしまう。
そう言う訳で、広場の隅にテントを設営してザックを放り込んだ。久しぶりに明るい
内に設営出来たので、何だか余裕を感じる。水は・・・と、水道から・・。
むう!、蛇口をひねっても水は出ない。そうか閉鎖されてるんだっけか?(´Д`;)。
仕方が無い、飯も食ったばかりだしお茶でも飲んで落ち着くか、フー。
時刻は5時半、取り敢えずラジオをつけて天気予報を聞く。
今晩は紅白だが、歩いている途中で、これでもかと言う程歌謡曲を聞いてしまったので、どうでもいい気もしてきた。これだけ同じ曲を何回も聞くと、流行曲の通になってしまったのではないだろうか?。
辺りもどんどん暗くなって来たし、水も余り無いのでお茶を一杯で切り上げ、早々に
シュラフに潜り込んでしまった。川のせせらぎが心地好く疲れた体に染み入ってくる。
結局大晦日はカウントダウンもせず、紅茶を飲んで寝てしまうと言う、全くいつもの
スタイルで年を越してしまったのだ。こんな大晦日も僕らしいと言えばその通りだが。
次に起きた時は年を越して来年なんだなって思ってたら、夜十時に目が覚めた。(笑)
年末ジャンボBP旅 終旅編
96年元旦、一年の始まりは旅先で迎える事になった。
天気は快晴、気温やや低し。
結局夜は十二時過ぎにまた1度目が覚めたけど、起きれずに何も出来なかった。
今朝なんて、テントの外でタヌキかなんかガサゴソやってた気がする。(気のせい?)
さてと・・、昨日からの水不足の為、朝食は抜きにしてテントをたたむ。
全てをしまい込んでその場を離れたのは、お天とう様も高く昇った9時半であった。
辺りにゴミが落ちていない事を確認してから、ザックをよっこらしょと担ぎ上げる。
河原まで降りて行くと、前回はあんなに賑わっていたのに、天気が良いにも関らず人っ子一人居なかった。
こんな景色は珍しいに違いないと写真に納めて、キャンプ場を
後にした。そのまま養老渓谷駅に行くのだが、その前に朝の腹ごしらえ。
ドライブインがあったので覗いてみると、真っ暗で誰もいない。休みかと思ったら
ドアが開くので中に入ってみた。
奥におばさんがいるので聞いて見たら、平常通りの
営業をしているそうだ。締めくくりに3回目のカツ丼を頼んだ。
ここのカツ丼は今までで一番安い650円だったが、前の2食に比べてもそんなに悪くなく、値段の分3食の中で一番コストパフォーマンスが良かった様に思える。(笑)
旅の最後、養老渓谷駅にたどり着いた。ここからは超ローカル線の旅だ。
1回だけ乗った事があるものの、こんな昼間の明るい時に乗るのは初めてだ。
車内があたたかく、人もあまり居なかったのでうつらうつらしてる内に、五井に着いて
しまった。五井からはラッキーな事に、横須賀線の逗子行きが入って来た。
結局一本で横浜まで来てしまったので、旅の疲れで昼寝をしてしまうのであった。
今回の旅は、前回に比べるとイベント性が少なかった様に思えるが、僕としては充分に
満足の行く結果となった。95年最後の旅は冬季キャンプのノウハウを勉強する良い
チャンスだったし、今後のBP旅に生かせると思う。
次は千葉横断だ!。
旅人ノート
95年最後の旅となったこの「年末ジャンボバックパッキング旅」は、前回の旅で
間違えて途中まで塗ってしまった道を、全て塗りつぶしたいが為の、非常に他愛もない理由で企画されました。
それでも、この寒い時期でのテント泊は経験がない為、その経験アップの意味での練習
も兼ねての旅でした。
また、前回の旅では自動車に声援を送られたのが、とても嬉しかったので、今回は自分
から挨拶をしてみようと思っていました。
やはり、旅先での見知らぬ人とのコミュニケーションは、日常生活に無い刺激があり、
旅をする潜在的な理由の一つになっているようです。(そう思いません?)
マンネリ化した年の瀬やお正月を、旅先で迎えるというのは、それはそれで楽しく、
「海外脱出組」の増加傾向も納得が出来ます。(海外である必要はないと思うけど)
今回の旅では、防寒装備の充実を優先した為に、ザックはこれまでよりも大きな物を
用意していきました。結果的には、十分な余裕がありましたが、大きなザックになれば
なるほどに、旅人としてのイメージが強くなるようです。
でもやはり、自分のイメージは「さわやか旅人」でも、他人からみれば「変な人」かも
知れませんけれど。(笑)