宮ヶ瀬MBT旅 出発編

 9時30分、午前中にしては強い日差しの中、僕は住み慣れた家を出発して、新しい 景色を探しに、旅に出た。それは、僕が 24才 になってから初めての旅であった。 今回の旅のテーマは、ずばり「食」である。 これまでの旅では、大抵がレトルト食品などに代表される、「簡単便利な食材」を使う 事が多かった。今回の旅では趣向を変えて、高カロリーな食事を絶えずとり、運動量を 日常生活の何倍もこなす事で、弛んだ体や精神を引き締めようと言う計画だ。

 と言っても、このテーマは出発する直前になって、やっと思いついた事であった。 テーマなど無くても旅は出来るが、毎回違った目的があった方が良いと思ったのだ。 今回の旅で目新しいものは、何と言っても 携帯ノートパソコンである。 旅とは直接関係はないが、情報を提供したり受け取ったりと言う事が、旅先で簡単に 実現出来るかどうかと言う問題で、以前より興味があったので、計画に組み込んだ。 旅の道具の中では、群を抜いてのハイテク機器であるが、どうなるであろうか。

 国道1号を少し行き、40号にすぐ乗り換える。後はひたすら西へ進むだけだ。 今回の旅は細かいルートなどは決めておらず、何となく西へ進んで行けば、取り敢えず 宮ヶ瀬ダムのある清川村に着けると思っていたので、相模川までは適当な進路をとって 行こうと思っていた。なぜ宮ヶ瀬ダムが目的地なのかを説明しなければならないかな。

 僕は数年前に清川村や宮ヶ瀬を訪れている。その時すでにダムの工事は着工しており ダンプカーも沢山出入りしていた。 当時は原付きのオフロードに乗っていて、バイクツーリングらしいキャンプに憧れて、 かなりの量の荷物(テントも大変大きかった)を満載して、友人や家族と出掛けたのだ。 当時宮ヶ瀬は、ダムの底になる部分は確定していたので、「ここは沈むのか・・・」と 思いながら景色を見ていた覚えがある。

 そんな沈む前の景色と、沈んで行く現在の景色を比べたくて、この地を選んだ。 今まさに新しい一歩を歩み出したこの年、過去に捕われずに生きて行きたいと思う。 僕にとってあの景色は、まさに「古き良き時代」として、焼き付いているので、 もう一度現在の姿を見て、その頃の時間(景色でもある)はもう存在しないと言う事を ハッキリと確認して、 決別したい と思ったのだ。

 また当時キャンプに参加した友人の一人が、現在は清川村に住んでいるので、現地で落 ち合って一緒にメシを食おうと言う約束もしていた。(こちらで会うのはその時以来) そんな事を考えながら、横浜市から外れて大和市に入った時、旅の初っ端だと言うのに いきなり驚かされる様な出来事が起きた。


宮ヶ瀬MBT旅 爆音編

 大和市に入ってから、しばらくは車道を走って、ペシャンコになったタイヤをいたわり ながら走った。空気は十分に入れてあるが、積載量があまりにも多すぎるのだ。(笑)

 そのうち、右手方向は草ぼうぼうの大きな公園みたいな敷地、左手はフェンスに囲まれた、芝生の敷地という、あまりにも正反対な環境に挟まれた道に出た。 車ばかりで人通りのない緩やかな坂を上って行くと、遥か彼方から爆音が響いた。 灰色の機体を傾けて旋回するシルエットは、自衛隊のF−15イーグル戦闘機だった。

 僕は軍用機と言うものは嫌いではないが、上空を飛んでいるのを普段目にするくらいだ。 だが今回は違った。大きく旋回したF15は、右側面に回り込んで、僕の方に向かって これまで目にした事の無いような、超低速、超低空で飛んで来た。

 高度は10メートルも無いのではなかろうか、僕は正直言って恐くなった。 辺りを見回すと、車の流れは完全に無くなっていて、道には僕しか居なかった。 他に何も目標物もなく、僕しか居ないと言う事実に気がついた時、目標が自分であると 瞬間的に理解した。「うわぁ、ホントかよ。悪戯にしちゃやり過ぎだろ・・・」

 そう思った数秒後、F15は僕の真上を飛行して道路の左側、芝生の土地と思ってた、 「滑走路」に下り立ったのだった。(気が付かなかったので本気でビビッた) よく見ると、少し離れた所にカメラを構えたおじさんや、少年達がうろうろしていた。 どうもこの辺りは、マニアには絶好のカメラアングルで有名らしかった。 綾瀬市に入るくらいまで爆音は続き、 米海軍の艦載機 まで飛び回っていたのは驚いた。

 海老名駅と厚木駅を過ぎ、灼熱の炎天下の中を重装備のマウンテンバイクは走る。 そして遂に相模川に到着、一応宿泊予定地であるが、まだ昼の12時であった・・・・・。


宮ヶ瀬MBT旅 灼熱の休息編

 その頃になると日差しは本格的に強くなり、露出している肩の部分などは、赤く日焼け して来た。今夜はきっとひりひりするに違いない。 僕の地図で見ると、相模大橋と鉄道用の橋しか載っていないが、その隣の「あゆみ橋」 の下の河原に到着した。

河原で通信中の写真です。炎天下だったので液晶画面が見えず、仕方なくタオルで影にしているところです。ハッキリ言って何やってるんだかわかんない姿ですね  橋の下の日陰は、オートキャンパーが多数いるので、僕は彼等から離れた水辺を選び、 自転車でごつごつした河原を走って、休憩陣地を作った。 シートを広げて途中で買い込んだおにぎりを出し、昼食にする。 持って来たPHSは一応圏内らしく、それならばと言う事で早速ネットにアクセス。

 現在位置と状況、予定について簡単に報告して、無事アクセスは終了した。 この間、画面が直射日光で見えなくなるので、タオルを頭から被って、その影でノート パソコンを操ると言う、端から見れば かなり怪しい行動 をとっていた。 僕にしては最良の選択なので、仕方ないと言えばそうだが、やはり目を引いてしまう。

 予定を変更して、今日はもう少し先へ行こうと思ったので、1時間くらい休憩をとる事 にした。疲れを癒しておこうと言う作戦だ。 腕や足だけが日に焼けてしまうのが嫌だったので、僕はトランクス一枚になって背中や お腹も焼く事にした。

 恥ずかしいと言えばそうなのだが、近くには人も居ないし、堂々とやれば格好悪く無い と思って、割り切っていた。(ズボンも汗で濡れていて、気持ち悪かったし) しばらくゴロゴロしていて、フと起き上がるとシートの上は汗で水たまりになってる。 人間これだけ汗が出るものかと認識させられてしまった。

 時計を見ると丁度1時半である、僕は再度出発する準備を始めた。だが僕はこの時何処で野営するか考えていなかった。そう、ルートくらいは決めておけば良かったのだ。


宮ヶ瀬MBT旅 地獄の上り坂編

 国道をひた走り、とある交差点で位置を確認しようとした時、ある事実に気がつく。 僕は地図を綴じてある螺旋の針金に、コンパス兼マップメジャーになっているキーホル ダーをぶら下げていたのだが、それらの針を保護しているカバーが両方とも外れて、 コンパスの針は、何処かへ無くなってしまっていたのだ。

延々と田んぼの続く道でしたが、歩道は悪くなかったですね。実際千葉の経験からロクな整備を期待していなかったんですが(汗)  バッグの中を調べたが何処にもなく、どうも河原で落としたらしい。 針の無くなった、方位が描かれただけの文字盤を片手に持って、たたずんでしまった。 壊れてしまったものは仕方が無い。僕は諦めて地図を読み始めたが、現在地を探る指は なかなか定まらなかった。 地図の縮尺が10万分の1だったので、地名も細かいところまでは載っていなかったのだ。 面倒になった僕は、 現在位置の判らないまま 、道標に従って走る事にしたのだ。

 ひとまず津久井湖方面を目指す事にして、市街地を抜けて田んぼばかりの郊外へ向けて 西と思われる方向に進んで行った。 が、しかし僕が選んだ道は、歩道こそあるが延々と上り坂の連続で、全ての荷物を満載 した自転車は、乗って漕ぐのも大変なら、押して歩くのも大変だった。 途中で河原のファミリーキャンパー達の間でテントを張って、もう今日の行動は切り上 げようかとも思ったが、時間的にもまだ早いし、もう少し頑張る事にした。

 少し行った交差点に、大きな看板が出ていた。 以前来た時に泊まったキャンプ場のだ。 この道を行けば宮ヶ瀬方面に抜けられるらしいので、津久井湖までは行かずにここで 直接宮ヶ瀬ダムへ向かう事にする。だがしかし、ここからは更にキツイ上り坂である。 「これが最期の踏ん張りどころだ」と自分に言い聞かせて、一歩ずつ確実に登る。 だがやはり途中で適当な場所を見ると、「テント張って休みたいな」と思ってしまう。 誘惑を堪えながら上り坂をクリアすると、住宅地の様な家の密集した場所に出た。

僕がダムを見ている写真もあったのですが、変な顔しているのでカットになりました。(笑)  広い車道を走って行くと、トンネルに入った。それを出た時に僕が見たものは・・・。 「宮ヶ瀬の・・・ダムなのか、これが・・・?」遂にダムと対面した。 距離はあるが、放水しているのもしっかりと見える。建物が小さく固まっていて、その 近くに豆粒の様な車が止まっている。更にチリの様な人間が歩いていた。(笑)

 大きさに圧倒されながらも、僕は記念写真を撮った。苦労したので嬉しかった。 進んで行くと、ダムの入り口まで来た。勿論、守衛小屋があり、 警戒厳重だった。 下の方を覗き込むと、まだ水没していない道路が見えた。当然そこも走って見たいが、 降りられる訳が無い。僕の感心はその水没していない道路に釘付けとなった。

 「絶対下へ降りて写真を撮りたい、何とか降りれないだろうか」 僕は、そんな野望を抱きながら、他に降りられる道が無いか、先へ進んで行った。


宮ヶ瀬MBT旅 賢者の報酬編

守衛小屋の横から撮影した写真です。判りにくいですが、昔の道路が下を走っているのが見えまして、そこを走りたくて仕方なかったですね  「下の湖面スレスレまで降りたい!」 下が見下ろせる橋に差し掛かる度に、僕はそう強く思った。 だから、 不自然な形で閉鎖された道路 を見つけるのは、それ程注意は必要なかった。 「このフェンスを越えた向こうの道を行けば、下に降りられる筈だ」と思った。

 フェンスの脇からなら、何とか乗り越えられそうだが、その為には自転車から荷物を 外し、荷物だけ肩に背負って乗り越える。次に自転車だけ抱えて防護柵を乗り越える。 と言った面倒な作業が必要である。しかもバラした荷物はまた自転車に積まなければ ならず、帰りも同じ作業をしなければいけないのだ。

 「他に降りられる道がまだあるかも知れない」そう思い、諦めて先へ進む事にした。 案の定、次の橋でも同じ様なフェンスで閉鎖された道があった。 しかし、ここも先程の道同様に、障害を突破して目的を達成するのは難しかった。 しばらく走り、3つめの橋に来た時、今度は下の景色が少し違っていた。 橋下3メートル位しかなく、石が敷き詰められていて平坦な土地になっているのだ。 更に、僕の望んでいた「下の世界」へ行けるスロープまで作ってあるのだ。

 橋を越えて反対側まで来た僕が目にしたのは、フェンスがあるべき部分に、パイプで 作られた簡単なバリケードが置かれた下へ降りる入り口だった。 「やった!、無理して フェンスを越えないで良かった ・・・。」賢者の勝利である。 バリケードは、片手で簡単に動かす事が出来て、自転車一台分が通れるように隙間を 開けて、そこから侵入に成功した。

 坂を下って橋の真下まで行くと、地面はしっかりした敷石で、水捌けも良さそうだ。 時間は午後4時半である。これから「下の世界」へ行ってテントの設営場所を探すより ここでベースキャンプを設置してから、散策に出掛けた方が良いのではないか。 時間的に、放浪を続けるよりも帰るべき「家」が有った方が、気分的にも楽だと考えた 僕は、早速橋の真下にテントを設営し始めた。

大変気に入った場所でした。広いし水はけも良いし、実は歩いて15分くらいの場所に公衆トイレと自動販売機を後に発見しました。水の確保もこれで容易になりますね。  橋の真下を選んだのには理由が有る。 第一に、雨が降った場合に直接雨が当るのを避ける為。これはどの場合でもそうだが、 撤収時にテントがずぶ濡れになってるのは困るのだ。重いし、気分的にもそのテントで もう一晩寝ると思うと気が滅入ってしまうからだ。 第二に、人目を避ける為。工事関係者に見つかると非常に厄介な事になるし、事前情報 では、暴走族もよく通ると聞いていたので、余計なトラブルを避ける為である。

 特に野営時(キャンプ場は別)テントで休息している時に、外で人の気配がするのを、 極端に恐れる僕にとって、派手なテントの色は悩みの種となっている。

 ここは車が通ると多少うるさいものの、僕は絶好の休息場所を手に入れたのであった。 テント設営後、暗くなる前に湖面へ降りて行く事にした。 一般の人 には滅多に見られない、いや、もう誰も絶対に見る事が出来なくなってしまう 景色を見に行くのだ。
 だが僕は、この後大変なショックを受けるのであった。


宮ヶ瀬MBT旅 沈みゆく世界編

 テント設営後、荷物を全て自転車から降ろしてしまい、空身になって広場を走る。 タイヤへの負担も減って、軽快に走り回れる様になった。 そこで僕は、そのまま湖面へ向けてスロープを下り始めた。だが、舗装されているワケ ではない砂利や石だけの道は、かなりのハードな路面で、ものスゴイ振動が来た。  「パンクしたら嫌だな」と言う考えと「帰りは登りだしな」と言う計算が頭に浮かぶ。 ダウンヒルも楽しかったが、路面が途中で急に荒れ始めるところで断念。 自転車はそのままそこに置いて、歩いて湖面まで行く事にした。

駐車場のような広い場所でした。誰も居ないと言うのがかえって不思議な感じがします。かつては土産物屋などがあって、大勢の人で賑わったのでしょうね  途中、脇の斜面から土砂が流れた様に道が分断されている所もあるが、問題なく通過。 僕は、数年後には完全に姿を消しているであろう、静かな景色に包みこまれた。 どう表現したら良いのだろう、周りの木々は全て運命を知っている様な気がしたのだ。 何故そう感じたのか判らないが、目の前の景色から、諦めのような感情を 感じた。 だが、「残りの時間も精一杯普通に過ごして行こう」と言う静かな力(意志)も感じた。 その中で、沈んで行く景色を見て暗くなっていたのは、僕独りだったかも知れない。 なんだか景色に励まされた様な気がして、僕は心に決めた。

 「よし、この沈む景色を僕の手で写真に撮っておこう。一生の思い出になるだろうな」 僕は歩きながら、もう見る事は出来なくなる景色を写真に納め始めた。 湖面の真ん中にポツンと二つ、木が頭を出している。きっとあの辺りは道が有るのだ。 もうこれまでの景色は、沈み始めているのを実感した。対岸の斜面から、滝のように水が落ちているのが写っています。ここがダムの底になると言うのが実感として沸いてきます 建物の跡や、公園の跡の様な広場、花壇は雑草が背丈以上の高さに育っていた。

 少し進むと、突然水の落ちるザーと言う音が聞こえた。 広い湖面で音が吸収されていたのが、障害物が無くなったので急に耳に入ったのだ。 対岸のかなりの高さから、多量の水が滝となって流れ込んでいるのが見える。 「そうだ、もう始まっているんだ・・・」止められない時の流れを急に感じた。 道路が湖面へ消えていく場所があった。逆光になるが、ここでも写真を撮った。

 タイトルはもう決まっていた。「宮ヶ瀬フロントライン(最前線) '96」。 僕は最後に、汗や泥で汚れた腕や足を洗わせて貰い、別れを告げてテントに戻った。


宮ヶ瀬BP旅 旅人の休息編

 ダムの底からテントに戻ってきた僕は、暗くなるまで何も作業する気になれず、ただ ハーモニカを吹いて遊んでいた 。だが、思い浮かぶ曲はどれも寂しい曲ばかりだった。 暫くすると、ランタンを点けないとちょっと問題がある程度に暗くなっていた。 流石にそろそろお腹も空いてきたので、食事を摂ることにする。 普段なら面倒臭がってテント内で煮炊きするのだが、今回に限って外でやる事にした。 黄色いテントが闇に浮かび上がってしまうのと、夜寝るときに 暑いと思ったのだ

 蚊が少なかった事も大きな要因だが、何より外の空気が澄んでいて気持ちが良かった。 だが、食事はパックの炊き込みご飯と、知る人ぞ知るキムチスープ「贅沢汁」である。 明日こそ人間らしい食事をするぞと心に誓い、デザートにイチゴの練乳を直接舐める。 一応名ばかりでも高カロリーな食事を摂らないと、気ばかりで体がついて来ないのだ。

 お腹が一杯になれば、人間だれでも眠くなるもの。テントに入って横になる。 下は石ばかりなので、寝る場所に集中して毛布を寄せて、寝心地の良い寝床になった。 しばらくは通信文書の作成をした。この場所は流石にPHSの 電波は届かないし、 ましてISDN公衆電話などる筈もないが、取り敢えず書いておこうと思ったのだ。 この旅も紀行文を書くと言う前提で行っているが、僕にとって旅はそれだけの存在では ないと思う。それはこれまで僕が書いてきた紀行文を読み返せばわかって貰えると思う。

 僕が旅をするのは話しのネタを作るためでなく、まして独りになるのが目的でもない。 自分も知らない自分が見えてくるからである。こんな事を考えられるのも 今だからだ。 僕は明かりを消してラジオのスイッチを入れた。もう僕は独りではなく世界中にいた。 そこでは様々な国の人が、様々な言葉で呼びかけてくる。 やはり、旅の途中で何か聴きたくなったら、ラジオを聴くのが正解だと思った。 CDやテープでも聴けるが、自分の世界に閉じこもってしまうような気がするのだ。

 街の中と違って電波の入りも良く、普段じゃ聞けない様な国の音楽が旅先では聞ける。 これも僕の旅の楽しみの一つであるが、まだまだこの醍醐味を理解できる人は少ない。 そんな事を考えていたら、眠気が僕を包み込んできた。今夜は出入り口は網にして おこう。虫の合唱を聴きながら、僕は深い眠りに引きずり込まれて行った。


宮ヶ瀬MBT旅 過去と現在編

 翌朝目が覚めると、外はかなり涼しかった。勿論8月のこの時期にしてはと言う程度。 だが、テントが湿っている訳でもなく、干す必要も無かったのでそのまま撤収した。 一応地図を確認して、今日の行動を決める。(この辺りもかなりいい加減な計画だ) 夜には友人Tと落ち合う約束なので、キャンプ場に宿泊するのが良いだろう。 豪華な夕食を作る為に、買い出しにも行かなければならないが、残金を確認するともう 4千円位しか残っていない。銀行に行って路銀(旅資金)を調達したいな。

 大体の計画としては、先にキャンプ場にチェックインしてテントを設営。自転車の重量 を減らして、身軽になったら買い物に出掛ける。 旅に出る前から計画していた「チーズフォンデュー」を作って見よう。 そんな事を考えながら、ゆるゆると道を進んで行く。 何本目かの橋の上でフと下を見下ろした時、僕の目に入った景色は・・・・。 紛れもなく、数年前のあの日に、僕がバイクで来た時の場所だった。

文中の最期の写真と言うのがこれです。手前の建物の陰にある大きなの木と、橋の右奥にある小さな木が、当時の写真でも写っています。手前に居る青いのは給水車です、カメラを用意してたらやって来て水を汲み始めてしまいました

 この橋からあそこを見るのは初めてだが、間違いなくあの時の場所だった。 僕はしばらく何も出来ずに、ただ茫然と眺めているだけだった。 僕の記憶に残っていたその景色は、まだ残っていたのだ。しかもあの時のままで。
ただ確実に水没は始まっていて、河原は大河の様にゆったりとした姿に変わっていた。

 まるで「まだ俺は頑張っているんだぞ」と言ってる様な気がした。正直複雑な気分だ。 僕は沈んでしまった景色を見て、自分に区切りをつける為にここに来たのに、まだまだ 頑張っている姿を見せ付けられてしまったのだから。
僕は自分の気持ちをどう整理して良いのか判らずに、橋の上で悩んだ。

 結局、自分の過去を消せる訳でもなく、その延長線上に今があるのだ。 どちらにしても、この景色もそういつまでももたないだろう。だけど、僕の頭から消える事はないと思う。苦しかった事や辛かった事は、全てあの橋に預けて沈めてしまおう。 僕は楽しかった事だけ、僕の頭の中に残しておけば、いつでもあそこに遊びに行ける。 しかし惜しい、せめて写真くらいは沢山撮っておきたい。(あの時はそんなに撮れなかった)今カメラに装填 されているフィルムは24枚撮りで、カウントは25枚目だった。

 まず確実に、次の一枚でこのフィルムは終わってしまう。 代わりのフィルムを買いに行く時間は無い、下(立ち入り禁止地区)へ降りてテント泊を するならば、写真を買いに行く事も出来ない。そう、決断するのはもう今しかないのだ。 僕は自転車に括り着けておいた三脚を降ろして、橋の上で慎重に組み立て始めた。

 チャンスは一度きり、絶対に失敗出来ない最期の一枚になる。ブレたら終わりだ。 柵から半分乗り出すように三脚を設置して、構図を決めるのに10分近く考える。 ようやく納得出来るアングルを得て、シャッターレンズのカバーを押し下げて開ける。 「頼む、うまく写ってくれ・・・」 僕は汗ばむ指に、静かに力を入れた。


宮ヶ瀬MBT旅 買い出し編

 今夜は豪華なディナーの予定。(自分で作るんだけど) その為には、早急にテントを設営する場所を探さなければならない。 テントを設営して、荷物も全て置きっぱなしにしても安心出来る場所はキャンプ場。 当時宿泊した「Rランド」と言うキャンプ場にする事にした。(友人も知ってるし) だがそこまで行く林道の長い事・・・・。完全に登り坂で、しかも距離もかなりある。 前はオートバイだったから、買い物にも片道10分も掛からなかったけど、これはもう 丹沢の登山くらいの覚悟で、買い物に出掛けないといけないだろうな。 30分掛けてやっと到着。早速チェックインするが、料金 2650円だった。

空中テント場です。近くに土蜂の巣があって、ちょっと怖かったです。(爆)  ハッキリ言ってこれは無茶苦茶に高い。(何度も入れる露天風呂の権利も含むんだけど) でもここまで来て、意地を張ってもしょうがないので、仕方なく宿帳にサインした。 「あそこの山の斜面がテントサイトだから」指差す方向を見ると、山に階段が見えた。 行ってみると、本当に斜面に木でテント場が組んである、空中テントサイトだ。(笑) 決まった事ならサッサとやるのが僕の性分。サッサとテントを設営して荷物を入れる。 空になったバッグを自転車に再び取り付けて、いざ買い出し部隊出動だ。

 財布の中身は、途中で食事をしてしまった のでほとんど空に近かった。 郵便局でお金をおろし、材料を買う為に市街地へ全速力で走る、速い速い!。 市街地まで行くのには、実はもう一つ目的があった。PHSでの通信だ。 昨夜は電波の圏外で通信出来なかったが、流石に厚木市内に入れば圏内に入った。 早速現在の状況(昨日の夜に打ち込んだ)を報告するがバッテリーの残量がかなり少ない。 取り敢えずは買い物をすることにして暫く走ると、FUJIスーパーを発見した。

 久しぶりの冷房を堪能しながら、チーズや白ワイン、長パンなどを買い込む。 ついでに雑貨品コーナーで、フィルムと風呂用にコンパクト石鹸も買った。 2時間くらい暇を潰してから、また来た道を延々と戻って行くのであった。 荷物が軽いと気分も違う、ゆっくりとしたペースだが、確実にペダルを踏みしめる。

 しばらくそんなペースで走っていると、後ろから「こんにちは」と声を掛けられた。 サイクリスト(ヘルメットを被った類のチャリ専門の格好)のおじさんだ。 僕も挨拶を返すと、おじさんは手を振って追い抜いて行った。 何となく僕は彼らを嫌縁していた。すれ違っても会釈すらしない人が多かったからだ。 彼らのスマートな走りに対して、僕の場合は重戦車の様に遅く大荷重だ。 僕の劣等感も確かにあるが、サングラスの奥に何か気取った態度をとってる様にどうしても思えてしまう。そんな僕の先入観をフッ飛ばしてくれる様な一言で大変嬉しかった。

 うきうきした気分で、先程の坂道もそれ程苦にならず、僕はテントに帰って来た。 友人に連絡をとるにはまだ早いから、その前に一風呂浴びて来ようかな。 僕は日焼けでひりひりする腕にタオルを引っ掛けると、階段を下って行くのだった。


宮ヶ瀬MBT旅 豪華ディナー編

 風呂上りにジュースでも買おうかと下山(笑)して、ついでに友人に連絡をとる為に 公衆電話をつかう。電話を掛けたら友人はすぐに出た。 「よお、Tか?。今帰って来た所だったのか、Rランドにいるんだけど・・・・。」 友人はこう答えた。「よし、これから行くよ。何か持って行こうか?」 仕事から帰ってきて、そうそうに忙しいな。(汗)  僕は、飲物用に水を買って来るように頼むと、来客の為にテントで準備を始めた。 まず、完全に闇になる前にランタンを用意し、食材などをまとめて座る場所も作った。 と言っても、椅子がある訳でもなく、装備を入れて来たパニアバッグを床に敷くだけ。 僕はテントの入り口に座れる様に、場所を作った。

 少ししてからTは車でやって来た。「よお久しぶりィー」とか言って再会を果たす。 頼んだ水(2リットルで十分なのに4リットルも)を僕が持ち階段をヒイヒイ上がる。 「到着ゥーー」僕等は作られた席にそれぞれ座り込み、今日の献立について話す。 「これが差し入れの食材だ、味付けは大体出来てるから、混ぜて火を通すだけだよ」 それはタレに浸かった豚肉の角切り(無茶苦茶でかい)と、もう一つの袋にはにんにく の芽だった。(ニンニクの芽は安いからだと話してた) 取り敢えず、持参した小さなフライパンに肉だけ入れて、強火で炒め始める。 「完全に火を通してくれ、菌が危ないからな」とか笑って言う。

友人Tがニヤニヤしてみています。セルフタイマーで撮ったので、僕の演技振りに呆れているらしいです(笑)  実は僕等は専門学校時代の同期で、バイオテクノロジー課卒業生だ。当然細菌の話しなんかは盛り上がる。丁度食中毒の話題で持ち切りのこの時期でもあり、料理をしながらもそんな話題になってしまうのだ。 肉が完全に焼けた頃、ニンニクの芽を入れた。(茹でてあるそうだ) しかし小さなフライパンには、全部乗せてしまったら肉を動かすのも一苦労だった。 「あっ」ニンニクの芽が一本、床に転がり落ちた。「食えーーー」友人は容赦無い。 仕方なく3秒ルールで3秒以内に食べる、セーフ?だ

 ようやく完成、フォークとスプーン(これしか無い)を使い、二人で食べ始める。 遂にTがニンニクの芽を落とす。「食えーー食えーー」僕の反撃が始まった。が・・・・、 「フンッ」とか言って食わない、差し入れだけに僕はそれ以上言えなかった。(泣) 僕は落ちたニンニクの芽を、床板の隙間から地面(1m下)に落とし始めた。 「あれ?」 何だか同じ様な光景を昔見た様な気がするな。Tにそれを告げる。 「おおっ」 二人ともほぼ同時に思い出した。「焼肉バイキングだ!」 同時に笑う。 専門学校時代、近くに肉の大型スーパーがあって、2階が食べ放題の店だった。 1時間800円と言う安さもあって、僕等はノートの貸し借り、くだらない賭け事の賞品 として、オゴったりオゴられたりしていた。これ残すとペナルティーとなり、追加料金を、 請求されるので、店員に隠れて食えなかった脂身や、焦げなどをグリルの網から下の水面 へ落とすのだ。(笑) ランタンの明かりに照らされながら僕等は、一瞬学生時代にタイムスリップした。 「卒業してから三年だもんな」僕はしみじみ言うと、豚肉にフォークを突き刺した。


宮ヶ瀬MBT旅 チーズフォンデュー編

 突然Tがこう言う、「チースフォンデューはどうなったんだよ」と。 ヤツのニンニク料理に圧倒されて 、すっかり忘れていた、メイン料理なのに。(笑) 「やろうやろう、準備は出来てるんだ」僕は用意してあったチーズ、ワインを見せて、 コッヘルをテントから引っ張り出して来てそう言った。 足りないかも知れないので、チーズは二切れ買って来たが、失敗すると悲しいので、 一つだけ使う事にした。 「こんなもんで良いのかな」 僕はナイフでチーズを切り、コッヘルに落としながら そう言った。 「知らねえよ」 Tは笑いながら、僕が慣れない手つきでチーズを切ってるのを、面白 そうに眺めてる。失敗したら「食わない」なんて言いそうだから恐いぜ。

 白ワインを適当に入れて、取り敢えず火に掛けてみる。焦げ出したら失敗だ。 僕は先程までニンニク料理に使ってたスプーンで、チーズをかき回してみると、なんと チーズはトロトロに溶け出したではないか。「やった、何だかうまく行きそうだぞ」 完全に溶け切った所で、Tにバトンタッチすると、Tが悲鳴をあげた。 「いきなり粘度 が上がって来たぞ!」 火から降ろしたら、チーズが固まって来た。 僕は長パンを出して、どれどれと言うように、コッヘルの中を覗き込んだ。 確かに、温かい内にパンに付けるのが正解らしい。火に掛けたまま食卓でやるものだ。 僕はTにパンを渡すと、パンの先を溶けたチーズに突っ込んで絡め取った。 うん、まあまあイケるかな。Tも続いて、僕と同じ様にパンの先を突っ込んでみる。 「そのままパンだけ食べても旨いな」なんて言ってるが、しっかりチーズを付けてる。

今思うに、食ったパンをチーズに突っ込んで更に食うのは違う気がしますね。(爆)一口サイズに切ってフォークに刺して突っ込むのが正しいんですけど、この時は全く気がつきませんでした。  結局、何だかんだで残す所、あと少しと言う量まで食べてしまう。 「最後の残りはどうしようか」 パンに付けるには少な過ぎるし、更に作ってもねえ。 僕はコッヘルを火に掛けて、チーズを溶かした。溶けたチーズをフライパンに移して、 塩と胡椒を少し掛ける。玉子焼きの様にくるんで筒状にすると、ナイフで切った。 悩み始めてから2分後、訳の判らない奇妙な食べ物が出来上がった。(笑) 最初に僕が一切れ食べる。「うまい、奇妙な味がする 。」 Tにも強引に勧める。 多少脂っこいが、食えない様な味ではないので、責任を持って半分ずつ食べた。(笑) チーズで焦げ付いたコッヘルは、ここではちょっと始末出来ないので収納する。

 油ものの後は、やはりサッパリした飲み物がおいしいな。 しばらく歓談したあと、また明日会おうと言う話しをして、Tは帰って行った。 一人旅でも、気の知れた仲間と話すのはとても楽しい。 孤独だけが旅の全てじゃない事は、経験上判っているが、なかなか知らない人と食事を 共にする機会は持てないのが、現実の旅の姿だ。

 久しぶりに楽しいひとときを過ごした僕は、テントに引っ込んで寝る事にした。 今夜の空中テント場は僕しか居らず、20あまりもある空中テント板はどれもカラである。 明日は雨になる様な事を、ラジオの天気予報が告げているので、外のロープに掛けて おいた洗濯物を取り込むと、最後に入り口のジッパーを閉めた。


宮ヶ瀬MBT旅 追加イベント編

 早朝、鳥が鳴く声で目を覚ました僕は、明るくなるまでゴロゴロしていた。 心配していた雨はまだ降っていない様で、撤収するには丁度良い天気だろう。 僕は汗で湿ったズボン を履くと、外に出て森の空気を肺一杯に吸い込んだ。 決して暑くなく、それでいて湿った空気が僕の脳神経を刺激する。 その結果、出て来たのは大きな欠伸だった。 今日は友人Tと会って、昼飯でも一緒に食べようか、そんな事を漠然と考える。 チェックアウトは十一時だが、朝飯を軽くとって(昨日の長いパンとコンビーフ)から 風呂に入ろうかと思って、時計を見ると十時だった。 撤収するにはテントの中を片付けなきゃいけないが、中をチラっと覗く。 装備一式、食い物飲み物、パソコン、ガス器具、着替えなんかが寝床に散らばってる。 こりゃイカン、1時間で撤収出来るんだろうか。風呂どころじゃ無くなってしまった。 だがしかし、撤収のエキスパートの僕に掛かれば、余裕で片付いてしまうのだ。

 タイムアップ10分前、受け付けに挨拶に行く。型通りのお礼と出発宣言。 と、そこへバンガローに泊まっていた、僕より幾つか下の青年が受け付けに来た。 「犬が川から出られなくなって困っているんですけど ・・・・・。」 何だろうか?。 すぐ脇の川へ管理人と3人で見に行くと、なるほど犬だ。(笑) コンクリートで護岸された幅4メートル位の川で、段々に建造された人工の水路。 その中に大きな雑種らしい犬が走り回ってる。 高さ約2メートルの壁に囲まれ、川下も2メートル位の落差はあるだろうか。 今回の旅に物足りなさを感じていた僕は、内心ニヤリとしてしまった。

 まるで僕の為に、取って付けた様なイベントに感じたのだ。 「もう何でもアリだな」 僕は荷物を脇に置くと彼らに叫んだ。「OK、僕に任せてくれ。何とかするから」 覗き込むと、登り降りする為の黄色いステップが有るのが見える。もう全てOKだ。 君達には出来まい、これは誰もが想像しても実行出来なかった方法でしか救えないんだ。 ステップを降りて行くと、犬は僕の方へ走り寄って来た。レスキューだと認めてくれた みたいだ。実はその点だけ心配で、恐がって逃げやしないかと思ってたのだ。 「おいでー、困ったよねえ。今上げてやるからな・・・」 犬に話し掛けてみる。 犬は人間の言葉をちゃんと理解出来るし、利害が一致すればキチンと従う。 自力で上がろうとしたのだろう、犬の腹は濡れていた。

「僕はこれ以上汚れたって、同じだもんな・・・・」 抱きかかえても逃げなかった。 犬は陸地に這い上がると、嬉しそうに僕の周りを飛び跳ねた。 「どうも有り難うございましたぁ」 彼らから礼を言われたが、的外れな礼な気がした。。 礼を言われた事で自分が酷く偽善的だった様な気がしたのだ、だが彼らにも知って欲しい。 最後にモノを言うのは理論じゃなくて、実行力なんだって事を。(僕の持論だ) 管理人のおばちゃんに言ったって、何もしてくれはしない。自分が何をするかが、一番 大事なんだって事を、判って欲しかったんだと思う。 そんなお堅い事を考えながら 、僕は荷物を自転車に括り付けて、長い長い坂道を一気に 走り下って行った。


宮ヶ瀬MBT旅 この地沈んでも

 予定よりも少し遅れての出発だが、新しい旅の一日の幕開けだった。 しかし今日の荷物は重い。昨日差し入れして貰ったミネラルウォーターが、まだかなり 余っていたのだ。捨てても勿体無いし、何より友人にも悪い のでそのまま持って来た。 御陰でバッグは目一杯膨らんでしまった。 水はバッグの外に、ボトルを取り付ける専用の場所があるのだが、2リットルは流石に ボトルの径が大きすぎて入らなかったのだ。

 コンビニの公衆電話からTに電話を掛ける。「まだ寝てるかな?」 しばらくコールするとやっと出た。「ごめん、寝てたのか?」 僕はそう尋ねると、 「一応起きてた、起きたばっかり・・・・、これからどうすんの?」 眠そうな声だ。 僕は海岸線を走って一泊して帰るつもりだったので、そうTに伝える。 「そこから少し行くと、温泉とかあるぞ」なんて薦めてくれる。 温泉かぁ、でも雨降りそうだから少しでも先に進んでおきたいしな、今回は諦めよう。 そう伝えて、「無理に出て来ないでも良いぞ、雨降りそうだし起き抜けだろ・・」と。 「どうせそこに朝飯買いに行くから・・・、そこで待ってろよ、すぐ行くから」 わかったと言うと、僕は受話器を置いて自転車の前にしゃがみ込んで待っていた。 その間に、大勢の客が車でやって来ては去って行ったが、僕は好奇の目にさらされた

 しばらくするとTが車でやって来た。何をすると言う訳でもないが、お互いお早よう。 じゃあ朝メシを買おうと二人で店に入ると、ヤツはジュース一本だった。(笑) 「朝メシだろ、何か食えよ。ジュースだけじゃんか」僕がそう言うと、Tも笑ってた。 結局、僕はエビドリアを、Tはおにぎりを買って出て来た。 「何処か公園とか、座って食べれる所が良いな、どこかないかな」 とTに尋ねる。 「そこに運動公園て書いて有るぞ」 店の向かいの下り坂の看板に確かにそうある。 今の装備を満載した僕の自転車には、帰りは恐ろしくキツそうだが、行く事にした。 あるある、野球のグラウンドの外に、ベンチが沢山並んでた。 「ここで良いや、メシにしようぜ」 僕がベンチに腰掛けてエビドリアを開ける。 だがTはなんと、車に乗ったままおにぎりを頬張っているではないか。 「この不精者めっ」 僕もベンチでふんぞり返ってエビドリアを突っついた。 食事が終わると、僕等は「またな、そのうちな」と別れた。 そうそう、坂道はTの車に掴まって登った。目茶苦茶に腕に負担が掛かって恐かった。 また一人になった僕は、伊勢原に向けて一路南下して行った。

 途中でISDN公衆電話を発見、バッテリー切れ間近のノートパソコンで、最後の通信 報告をする。(バッテリーは通信中に警告音が鳴り出す始末だった) ん?、電子メールが届いてるな。でもこんなじゃ返事も出せないし、面倒臭いな。 とは思ったものの、折角だから一応見ておくか。 実家の弟からだった、「おばあちゃんが胃潰瘍で血を吐いて入院した、連絡くれ」 一瞬なんの話しをしてるのか判らなかったが、事の重大さに驚いて実家に電話する。 容体は落ち着いているが、油断出来ない状態の様だ。僕は旅の打ち切りを決心した。 何てこった、一緒に住んでる 僕が近くに居ないで、実家の家族から連絡を受けるとは。 僕は進路を変更、一路東に向けてこれまでに無い様なスピードで走り始めた。 「沈むな!ばあちゃん」 東の空はどんより暗く、道は雨で濡れ始めていた。


宮ヶ瀬旅の総感

 一応この全13回で「宮ヶ瀬MBT旅」はおしまいです。 本当はもう1日加わる予定でしたが、急遽変更して中途半端な結末となりました。 前回の「千葉MBT旅」に比べると、今回は暑さとの闘いでしたね。 最後に雨が降るのは結局同じですけど。(ジンクスになっちゃいそうだ) それと、今回は装備の面でかなり強化されていたので、自転車旅としての苦しさは、 前回ほど感じませんでした。 ダンプカーに追いかけられる事もありませんでしたし、背中の重い荷物は完全に無くな ってますから、自転車から降りれば、身一つの身軽さでしたので。 バックパッキング旅と比べると、現地まで全て足があるのと、荷物を捨てて買い出しに 行ける点が、大きな違いじゃないでしょうか。

逆に、歩いて宮ヶ瀬に行ったならば、行きたい場所に自由に入り込んでいたでしょう。 景色や天候の感じ方も、随分違ったものとなったでしょうね。 そうそう、本文中には書きませんでしたが、ダムの底に降りたくて道を走ってた時、 向かいから来たスポーツカーが、僕にパッシングしました。 すぐにピンと来て、左手を挙げて見せたのですが、ドライバーに見えてたら嬉しいな。 バックパッキング旅でも、マウンテンバイク旅でも、ガンバレって挨拶されるのは、 とても嬉しいです。なまじ声を掛けられるよりも、ちょっとした合図の方が、色々想像 出来るんで、移動中は話しをするよりも、一言の挨拶や合図なんかの方が好きです。 辛い道でもなんだか嬉しくて、アッと言う間に過ぎ去ってしまいますよ。

まあ、これは旅人だけが味わえる特権ですが、旅人に合図する方としても、答えて貰え たら、きっと嬉しいんじゃないでしょうか。 こう言う「旅」を趣味に出来た僕は幸運ですし、仕事や時間、健康など様々な事情で 出来ない人達もこんな旅日記で、自分自身の旅を夢に見て貰えればと思います。 最後になりますが、読んでくれた皆様、友人のT、本当に有り難うございました。


追伸 ばあちゃんは入院しているものの、まだまだ頑張っています。