ソ連側から見た、北方領土問題の分析




『ソ連より日本人へ 北方領土が還ったら我々に何をしてくれるのか?』 ノーボスチ通信社 川上洸/訳 新森書房(1991.1.10)


ウラジーミル・ルーキン:ロシア連邦共和国人民代議員、歴史学博士

 変化の予測は、言うまでもなく困難だが、正しい答えを出すために、別の角度から設問できる。それは、こういう質問です。この島々は、経済、政治、軍事戦略等々の見地から日本に絶対必要なのかp日本の要求は、自国の現実的利益を認識した上で出されているのか、それとも心理的な色合いのほうが強いのか? 私の見るところ、実際には現実の利益の観点からすれば、これらの島は東京にとってそれほど大きな役割は演じていないように思う。
 もう一つ質問を出しましょう。日本が良好な状態にあり、あるいは劣悪な状態にあったのは、どんな時だったのか? 劣悪な状態にあったのは、日本が他国の領土をたくさんかすめ取った時で、あとになって滅法高いツケを支払う仕儀となった。その反対に、今の日本は恐らく史上空前の良好な状態にあります。
 日本の経済は強いが対外政策は弱い、という向きもあるが、外交が弱いというのは、つまりそれが国家に好ましくない結果をもたらすからであって、たとえ地味であっても好ましい結果をもたらすのが強い外交なのです。全体として日本は強い対外政策をもっていると私は思いますが、この新しい理性的な対外政策、穏やかで腰の低い政策には、何らかの心理的代償が必要だった。この代償となったのが、領土問題なのです。これは純然たる心理的次元の問題で、そもそも日本の支配層がこの問題の解決に関心をもっているかどうか、きわめて強い疑問を抱かざるをえない。
 もう一つ問題を提起しておきます。この問題は実際にそれを解決するために存在しているのか、それともその助けを借りて何らかの別の問題を解決するために存在しているのか? 私の感触では、日本の支配階級のかなりの部分が、この問題が存在するのは結構なことで、その助けを借りてきわめて重要な対米関係の諸問題、さらには重要な内政問題国民の気風を引き締め、何かの全国民的スローガン、一種のマイナス・シンボルのまわりに国論を統一するという問題が解決できるなら、もっけの幸いだと感じている。このスローガンを中心に、右から左までの日本のすべての政治勢力が広く結集しているのは特徴的です。というわ
けで、日本の支配エリート層の大多数が"北方領土"問題の現実的解決に本当に関心をもっているかどうかについては、大いに疑問がある。しかも、仮にこの問題が日本にとって最も有利な条件で解決されたとしても、たいした変化は生じないのではないか。
 実際のところ、ソ日間の経済関係は領土問題の有無に制約されているわけではない。それは、ソ米関係が現実にジャクソン・パニック修正条項(訳注)に制約されていないのと、まったく同じです。仮にこの条項が廃止されたとしても、やはりソ米両国の経済関係は、われわれが自国の経済システムを決定的に改革して相互協力強化のための現実の経済基盤を自国内に作り上げない限り、ごく限定されたものとなっていくはずです。対日関係でも状況は同じで、これらの島々の問題が解消したとしても別のファクターが現れ、それが経済交流の発展にブレーキをかけることになると思う。日本は産業や科学技術面で長足の進歩をとげたが、われわれはひどく立ち遅れ、原料以外にこれといった輸出基盤をもたない現状です。原料にたいしては日本は、同国の経済が外延的に成長していた時期ほどには関心を抱いていない。
 他方、この問題の存在のもとでも、日本の実業界がそれを有利と見さえすればソ日経済関係は発展しうると、私は確信しています。ほかの多くの国々との経済関係を進めていくにあたっても、日本はこれと同じ原則に従っている。この面では日本人はえらく実利主義的だ。だから私は、領土問題の解決は経済関係での決定的要因にはならないと思う。軍事・政治面では、なにがしかの変化が生じることもあるかも知れないが、安全保障の面で日米関係の性格が決定的に変わるとは到底思えない。
 ソ日関係の性格も根本から変わることはないはずで、島の問題がなくなっても、日本の国論統一のための何か別のシンボルが出現するでしょう。自民党はもう長い間政権の座にあり、現実の成果のみならず、何らかの到達困難な長期目標をも必要としている。〃北方領土"はまさにこのような、国民を奮起させる目標の役割を演じています。

−訳注−米国の一九七四年通商法に付属する対共産圏貿易制限規定。ユダヤ人などの出国制限を理由に最恵国待遇を与えず、政府べ-スの信用供与を制限。





ドミトリー・ぺトロフ:ソ連科学アカデミー極東研究所、歴史学博士

 日本側はいつも力説します。クリールの四島の要求が満たされれば、日ソ関係の抜本的改善の道が開けるのだ、と。しかし、この改善が具体的にどの分野で起こりうるのか、どういう形で現れるのかということになると、この関係の雰囲気全体が本質的に変化するといった一般論以外には、何も明示されないのが通則となっている。しかし、ここでは領土問題の意義と、ソ日関係のシステムの中でそれが占める地位が、明らかに過大視されていると思う。現実的に言えるのは、これらの島を手に入れたら日本は対ソ政府借款の供与に応じる意向を示し、経済交流と科学技術交流の発展をある程度促進するだろうということぐらいの
ものでしょう。
 しかし、ソ連が必要とする借款は西欧諸国でカバーすることができるし、民間の貿易・経済交流の発展は、今日と同様、市況とソ連の輸出能力に左右される部分が多くなるはずです。軍事面では日本は、ソ連が大幅に譲歩した場合でさえ、そのほこ先を公然とソ連に向けた対米軍事・政治同盟を廃棄し、あるいは何らかの制限を加え、自国領土内の米軍基地を撤廃し、軍事力をさらに増強する政策を放棄する意向を、まったくもっていない。
 ソ日関係の政治的雰囲気が改善され、極東の緊張のレベルを低下させる一定の措置が可能となることは、否定できないが、それでもなお、客観的には、ソ日関係の発展における質的な飛躍−今後の長期にわたるその発展動向にも、アジア太平洋地域の政治関係のシステムにも、本質的な影響を及ぼしうるような飛躍を期待する根拠は、まったくない。


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