事後法の禁止


東京裁判で、常に話題となることに、事後法の問題がある。最初に、『有斐閣法律用語辞典 第3版』の説明を記載する。

じごほうの-きんし【事後法の禁止】
 実行の時に適法であった行為について、その後に定められた法律に基づいて刑事責任を問うことを禁止する原則。罪刑法定主義の内容の一つ。憲法も明文でこれを定めている(三九)。行為当時に犯罪とされていたものについて、後の法を基に重く罰することも、同様に禁止される。刑事実体法に関する原則であって、刑事手続法や民事法にはこの原則は及ばない。

 事後法の禁止は、罪刑法廷主義と密接な関係にあります。靖国神社関係資料の中に罪刑法定主義の説明があります。

罪刑法定主義
 刑法の根本原則で、いかなる行為が犯罪であるか、その犯罪に対していかなる刑罰が科せられるかをあらかじめ定めておかなくては、人を罰することは許されないという原則。1810年のフランス刑法がこの原則を宣言して以来、各国の刑法は、これにならい同様の明文をおいている。
(http://www.yasukuni.or.jp/siryou/siryou4.html)

 戦後、日本の刑法の中には、罪刑法定主義の明文規定はなく、明治憲法下、戦前の刑法では、刑法の中に、罪刑法定主義の規定があった。しかし、戦前は罪刑法定主義は守られていなかった。

 法律の一般原則として「特別法優先の原則」があるので、刑法ではこのような規定だけれど、この場合は特別にこのようにする、こんな感じの法律が制定されることがある。たとえば、刑法に対する少年法のように、刑法では死刑だけれど、少年法では無期懲役になる場合は、特別法である少年法の規定が優先し、少年犯罪では、死刑ではなく、無期懲役になる。
 刑法の中に、罪刑法定主義の規定があっても、特別法でいくらでも破ることが可能なので、戦後の憲法では、このような反省から、罪刑法定主義は憲法規定に置かれている。憲法は最上位法なので、他の憲法規定がない限り、特別法によってその規定を破ることができない。
 
 明治憲法下、戦前の刑法では、刑法の中に、罪刑法定主義の規定があったので、刑法では事後法は禁止されてたが、『明治憲法9条の規定』および『命令ノ条項違犯ニ関スル罰則ノ件』によって、罪刑法定主義・事後法の禁止は、しばしば破られていた。
 (明治憲法9条:天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス)

 罪刑法定主義や事後法の禁止は明治憲法下でも、特別な理由のない限り守られている。すなわち、原則として罪刑法定主義で有ったことに、間違いない。しかし、刑法の根本原則に罪刑法定主義があったというと、これは限りなく嘘に近い表現だ。
 

現在、罪刑法廷主義に、憲法で明確に例外規定がおかれている国がいくつかある。

スウェーデン憲法

第一〇条〔事後法の禁止・例外〕
1 行為の時に刑罰を科せられなかった行為に対し、刑罰または刑罰に相当する制裁を科してはならない。その行為に対し、行為の時に規定されていた刑罰よりも厳しい刑罰を科してはならない。刑罰に関して定めるこの条項は、没収その他犯罪に付加して科せられる特別の法的効果にも同様に適用する。
2 国に納入すべき税、負担、料金は、税、負担、料金を支払う責任が生じた事情が発生した時に施行されていた条項に規定されていた程度以上に課してはならない。ただし、国会は、そうする特別の理由があると認めたときは、前述した
事情が発生した時点にはその法律が執行されていなかったときでも、その時点において政府または国会の委員会が国会にその趣旨の提案を行っていた場合には、その税、負担および料金を課する旨をその法律で規定することができる。
 前段の適用については、その提案を行う旨を発表する政府から国会に向けられた書面はその提案と同等の効力を有する。さらに、国会は、戦争、戦争の危険または重大な経済的危機に関連した特別の理由によってそうすることが必要であると認めるときには、1項の規定に対する例外を設ける旨を規定することができる。


ポーランド憲法

第四二条〔刑事責任の原則〕
1 刑事責任を負うのは、それを実行した時点で効力をもっている法律により刑罰の威嚇をもつて禁じられた行為をなした者のみである。この原則は、それを実行した時点で国際法上の犯罪をなす行為に対する処罰を妨げるものではない。
2 刑事手続の対象となっている者はすべて、手続のあらゆる段階において防御権をもつ。そのような者は、とりわけ弁護人を選任し、または法律において定められた原則に基づいて国選弁護人を利用することができる。
3 各人は、裁判所の確定判決によってその責任が確認されないあいだは、無罪と見なされる。

第四三条〔時効の適用除外〕
戦争犯罪および人道に対する犯罪は、時効の対象とはならない。

出典:世界の憲法集 第4版 阿部照哉・畑博行/編 有信堂高文社 2009.6


このほか、オランダ憲法でも罪刑法定主義に対して例外規定が置かれている。



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