サンフランシスコ条約11条の訳語



 2005年の5月頃、右翼・右翼学者・右翼作家・などが、靖国問題に関連して、サンフランシスコ条約11条の訳語が誤訳であるとの説を盛んに唱えたことがあります。あまりにも低レベルな誤りで、議論するのもばかばかしい気もします。しかし、彼らは、マスコミを使って、国民を扇動し、悪質な軍国主義的愛国心を振りまいているように思えます。ここでは、右翼達の主張がデタラメであることを示します。


以下は、2005年9月から12月にかけて、Blogに書いたものの転載です。


目次


1.「裁判」とは何か「判決」とは何か

2.「judgment」と「sentence」

3.「judgments」が複数形になっている理由

4.右翼系評論家の誤りの源

5.サンフランシスコ条約11条の目的

6.極東国際軍事裁判所の判決

7.第17条でも judgment は裁判と訳されている

8.日本は極東国際軍事裁判所の正当性を受諾している

9.国際法学者、佐藤和男氏

10.メッコールをご存知ですか


「裁判」とは何か「判決」とは何か



 2005年の5月頃、靖国問題に関連して、サンフランシスコ条約11条の訳語の可否が議論されたことが有ります。常識的に考えて、日本の外務官僚が単純な英語の翻訳ミスを犯すとは考えられないし、この問題に関して議論になったときの政府の説明は、常に一貫していたので、これまで、この問題を気にしたことはありませんでした。ところが、最近、右翼的経済人の解説を読んで、唖然としたので、サンフランシスコ条約11条の訳語を数回に渡って取り上げます。

今回は、「裁判」とは何か「判決」とは何か。

最初に、サンフランシスコ条約11条の冒頭部分を掲載します。

(英語)Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan, and…

(日本語)日本国は,極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し,且つ…
 

東急エージェンシー社長だった前野徹氏の著書「新歴史の真実」のP52,P53に以下の記述があります。

*************
 実は日本語で「裁判」と訳されている個所は、英語では「Judgment」です。いうまでもなく、これは「判決」であり、「裁判」ではありません。だが、どういうわけか、日本の官僚による訳文では「裁判」にすり替えられています。あたかも、裁判全てを受け入れたかのような表現になっているのです。何かの作為が働いているとしか考えられません。
*************

 前野徹氏は扶桑社からも何冊か出版している、右翼的経済人です。

 あまりにもレベルの低い誤りに唖然とします。ここでは、サンフランシスコ条約11条の意味内容には立ち入ることなく、日本語の「裁判」と「判決」はこの場合、ほとんど同じ意味であって、前野氏の言うように「すり替え」ではないし、特に「何かの作為が働いている」わけでもないことを説明します。

 法律用語では、「裁判」とは裁判所や法廷の意味ではなく、判決・命令・決定を合わせて裁判といいます。このため、サンフランシスコ条約11条のjudgmentの訳語を「裁判」「判決」どちらにしても、基本的に同じ意味になります。

 もう少し詳しく説明します。まず、一例として、交通違反を犯したときのことを考えてください。たいていの場合、以下の4種類になるでしょう。
@軽微な違反のときは、反則金の支払い。
Aほんの少し重い違反のときは、書類送検の後、不起訴(起訴猶予)。
B少し重い違反のときは、書類送検の後、簡易裁判所で略式命令。
C重い違反のときは、書類送検の後、裁判所で公判が開かれ、判決が下る。

  @Aは司法手続きは行われていませんので、裁判はありません。Bは略式命令なので、裁判ですが、判決ではありません。Cは裁判で、判決です。このように、BCを合わせて裁判といいます。裁判には、判決・命令のほかに決定もあります。つまり、裁判のほうが判決よりも広い概念です。命令・決定と判決の違いは、訴訟法上の司法手続きの違いです。(詳しくは、刑事訴訟法43条〜45条などを参照してください。)

 極東国際軍事裁判所では判決が下りました。このため、サンフランシスコ条約11条の指すjudgmentが極東国際軍事裁判所の判決のことであるならば、judgmentを「裁判」「判決」どちらに訳しても同じ意味になります。しかし、日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷に「判決」のほか「命令」があるならば、サンフランシスコ条約11条のjudgmentsは「判決」と訳すと正確さを欠くことになります。このため「裁判」と訳すことが正解なのかもしれません。

 なお、1971年6月17日「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)」第5条でも、英文のjudgmentsは日本文では裁判となっています。

最後に、広辞苑の裁判の説明を掲載します。
〔法〕裁判所・裁判官が具体的事件につき公権に基づいて下す判断。訴訟法上は、判決・決定・命令の3種に細分。

 たとえ虚偽を吹聴するいいかげんな著書であったとしても、せめて広辞苑ぐらい調べて欲しい。


補足:
 1971年沖縄返還協定第5条4項です。

4. Japan may continue the execution of any final judgments rendered in criminal cases by any court in the Ryukyu Islands and the Daito Islands.

 この、final judgments は日本文では「最終的裁判」です。この訳語が「最終判決」だと、ちょっと困ったことになります。重い犯罪者は裁判で判決が下されるけれど、科料や低額の罰金程度の軽微な犯罪だと、裁判所の略式命令で済まされることが多いと思います。命令は判決ではないので、「final judgments」が「最終的判決」になっていたならば、軽微な犯罪だった場合、罪がなくなってしまいます。「最終的裁判」だと、略式命令も含まれるので、罪を免れなくなります。

 ということで、judgmentの訳語は、裁判・判決ともに正解、むしろ裁判が正解の場合が多いと言うことになるでしょう。
 英和辞典を幾つか調べてみると、一般用は、最初に「裁判」次に「判決」となっているものが多く、学習辞書は最初が「判決」になっている場合が多いようです。

(2005年09月21日)



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「judgment」と「sentence」


 サンフランシスコ条約11条で、日本は極東国際軍事裁判所などの裁判(判決)を受諾しました。日本の右翼たちは、この部分を無理やりおかしな解釈をしますが、その中でも、一番傑作な誤りは、以下のようなものです。(ネット上で探した複数の解釈を改変しています。)
 『判決とは東条英機他六名は死刑、などといった極めて具体的な個々のものである。日本が受諾したのは、東条英機他六名は死刑などという個々の刑罰のことである。』

 条約文を読まなくても、常識的に注意深く考えれば、このような解釈が成り立たないことは明らかでしょう。
 以下、明らかでない人のために、ちょっと説明します。
 極東国際軍事裁判所の判決で、東条に死刑が宣告されました。この場合、死刑が宣告されたのは東条です。この死刑宣告を受け入れることができるのは東条だけです。ほかの誰も、また、日本国も、東条の変わりに死刑になることはできないので、東条以外には死刑宣告を受諾できません。日本政府が東条に死刑を執行することはできますが、死刑宣告は受諾できないのです。
 このため、日本が受諾したものが、「東条は死刑」などといったものではありえないのです。

 サンフランシスコ条約11条では、日本政府に、極東国際軍事裁判所などの裁判を受諾すること、さらに、日本国で拘禁されている日本国民に課した刑を執行する事が定められています。日本政府が受諾するのは「judgment(裁判)」で、日本政府が執行するのは「sentence(課した刑=刑の宣告)」です。「judgment」と「sentence」には用語として明確な違いがあります。英文でも日本文でも明確な違いは明らかでしょう。にもかかわらず、右翼的な人の中には、むちゃくちゃ、でたらめな解釈をする人が多いので、あきれるばかりです。

 正しくは、次のようになります。
  日本が受諾したもの−「judgment(裁判。判決。法理・判決主文・判決理由などを含む判決全体のこと。)」
  日本が執行するもの−「sentence(課した刑。刑の宣告。東条英機他六名は死刑などという個々の刑罰。)」


今回は、サンフランシスコ条約11条全文を掲載します。

Article 11
 Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan, and will carry out the sentences imposed thereby upon Japanese nationals imprisoned in Japan. The power to grant clemency, to reduce sentences and to parole with respect to such prisoners may not be exercised except on the decision of the Government or Governments which imposed the sentence in each instance, and on the recommendation of Japan. In the case of persons sentenced by the International Military Tribunal for the Far East, such power may not be exercised except on the decision of a majority of the Governments represented on the Tribunal, and on the recommendation of Japan.

第十一条
 日本国は,極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し,且つ,日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。これらの拘禁されている者を赦免し,減刑し,及び仮出獄させる権限は,各事件について刑を課した一又は二以上の政府の決定及び日本国の勧告に基く場合の外,行使することができない。極東国際軍事裁判所が刑を宣告した者については,この権限は,裁判所に代表者を出した政府の過半数の決定及び日本国の勧告に基く場合の外,行使することができない。


 なお、サンフランシスコ条約全文は以下を参照ください。
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/19510908.T1J.html
http://www.ne.jp/asahi/cccp/camera/HoppouRyoudo/HoppouShiryou/19510908.T1E.html


2005年09月24日


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「judgments」が複数形になっている理由


 サンフランシスコ条約11条、解釈の問題ですが、あまりにも低レベルな誤りの指摘です。

 サンフランシスコ条約11条では、『Japan accepts the judgments…』と複数形になっています。右翼的評論家の中には、たとえばこのような主張が有ります。

 『複数になっているから「裁判」ではなく「諸判決」である。諸判決とは絞首刑・東条英機他六名、終身禁固刑・賀屋興宣他十五名、禁固7年・重光葵などといった極めて具体的な個々のものである。』

 単一の裁判で複数形になるのはおかしいので、個々の刑の宣告のことだ、と主張しているようです。しかし、複数形になっているはそのような理由では有りません。まず、サンフランシスコ条約11条の最初の部分です。

 Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan,

 「judgments」が、「the International Military Tribunal for the Far East(極東国際軍事裁判所)」の裁判の他に、「other Allied War Crimes Courts(その他、複数の戦争犯罪法廷) 」 の裁判を指していることは明らかです。
 サンフランシスコ条約11条では「judgments」は複数形になっています。複数の法廷で複数の裁判が行われたのだから、複数形になるのは当たり前のことです。judgment(裁判)がsentence(刑の宣告)の意味に誤用されているわけでは有りません。


2005年09月27日


(参考)   (2013/5/29 追記)
 極東国際軍事裁判所の判決文は国立公文書館アジア歴史資料センターでインターネットで公開されており、誰でも容易に読めるようになっている(リファレンスコードはA08071271700など)。 単一の裁判である、極東国際軍事裁判所判決の原文(英文)表題は、単数のjudgmentである。

  JUDGMENT
INTERNATIONAL MILITARY TRIBUNAL FOR THE FAR EAST
 


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右翼系評論家の誤りの源


 これまで3回にわたって、サンフランシスコ条約11条のjudgementsの訳語は「裁判」で正解であること、および、judgement(裁判)はsentence(刑の宣告)のことではないことを説明しました。

 右翼系評論家は、「裁判」を裁判所・法廷の意味に誤解し、judgement(判決・裁判)とsentence(刑の宣告)の違いが分っていないのでしょう。
 この誤りは、どこから来ているのでしょう。このような誤りをしている右翼系評論家は「自分の考えは国際法学者の間では常識である」と言うことがあります。彼等の言う「国際法学者」とは誰であるのか調べてみました。国際法学者はではなく、英文法史学者の説が元になっているようです。英文法の知識だけで、条約を理解することは無理があります。

 さて、日本が受諾した、「極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判」とは、具体的にどのようなことを言っているのでしょう。このことを知るためには、「極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判」とは、いったい何であるかを知る必要があります。幸い、「極東国際軍事裁判所の裁判」の抄訳が本になって出版されています(3巻、合計ページ数2000ページほど)。

 今後、「極東国際軍事裁判所の裁判」とは、何であるのかを説明します。


2005年10月03日



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サンフランシスコ条約11条の目的

 サンフランシスコ条約11条のを理解するためには、サンフランシスコ条約11条で述べている「極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判」の具体的内容を知ることが必要であることを指摘しました。
 「極東国際軍事裁判所の裁判」の内容に立ち入る前に、サンフランシスコ条約11条の目的は何で有るのかを説明します。

 昭和26年の平和条約国会で、西村熊雄条約局長はサンフランシスコ条約11条の目的を以下のように説明をしています。

 『平和条約に戦犯に関する条項が入りません場合には、当然各交戦国の軍事裁判所の下した判決は将来に対して効力を失う…というのが国際法の原則でございます。併しこの国際法の原則は、平和条約に特別の規定がある場合にはこの限りにあらずということでございます。従つてこの第十一条によつて、すでに連合国によつてなされた裁判を日本は承認するということが特に言われておる理田はそこにあるわけでございます。』

 つまり、サンフランシスコ条約11条の目的は、極東国際軍事裁判所などで有罪になった者の刑の執行を、日本が連合国から引き継いで実行することに有ったわけです。

 では、受刑者に対して刑の執行を求めただけなのかというと、そういうわけでもありません。もし、裁判を受け入れないで、刑の執行のみを行ったら、犯罪行為になってしまうでしょう(注1)。日本の正当な裁判として、極東国際軍事裁判所の裁判を受諾したからこそ、刑を執行することができたのです。日本政府は、サンフランシスコ条約11条で日本が受諾したものとは、裁判所の設立及び審理、法律、起訴状の訴因についての認定、それから判定、及び刑の宣言、このすべてを包含していると、説明しています(注2)。
 即ち、日本がサンフランシスコ条約で受諾したものは、極東国際軍事裁判所の正当性、審理・法理の正当性、これらすべてのものなのです(注3)。もし、そうでなかったならば、刑の執行は違法行為になってしまいます。このため、政府の説明は常に一貫しています。

 学者や評論家には、極東国際軍事裁判所の設立や法理が不当だとか正当だとか、いろいろと議論が有ります。刑の執行の当事者でないから、なんとでも言えるわけです。しかし、刑を執行した日本政府が、極東国際軍事裁判所などの裁判を不当とすることは有り得ないのです(注4)。


2005年10月05日



(注1)
もし、条約の文章が以下の文面だけだったとします。
 『第十一条 日本国は,日本国で拘禁されている日本国民にこれらの法廷が課した刑を執行するものとする。』
 この文章だと、日本国に刑の執行を継続することを義務付けてはいるけれど、軍事裁判で有罪となった日本国民が刑を科される根拠にはなりません。この場合は、日本国民に刑を科す根拠を与えるためには、日本国で、新たな立法処置を講じる必要があります。
 沖縄返還のときは、条約では、刑の執行が継続できることを定め、実際には『沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律 第二十五条』で刑を執行する根拠を与えています。

 昭和26年の平和条約国会の西村熊雄条約局長の答弁では、『日本は東京裁判を受諾する』『日本国民に課した刑を執行する』2つの規定があることが明確に説明されています。
 『この條約の規定は、日本は極東国際軍事裁判所その他連合国の軍事裁判所がなした裁判を受諾するということが一つでありますいま一つは、これらの判決によつて日本国民にこれらの法廷が課した刑の執行に当るということでございます。…一体平和條約に戰犯に関する條項が入りません場合には、当然各交戰国の軍事裁判所の下した判決は将来に対して効力を失う…というのが国際法の原則でございます。併しこの国際法の原則は、平和條約に特別の規定がある場合にはこの限りにあらずということでございます。従つてこの第十一條によつて、すでに連合国によつてなされた裁判を日本は承認するということが特に言われておる理田はそこにあるわけでございます。』


(注2)平成17年06月02日参議院外務委員会における 政府参考人 外務省国際法局長 林景一 氏の答弁。
 『ジャッジメントの内容となる文書、これは、従来から申し上げておりますとおり、裁判所の設立、あるいは審理、あるいはその根拠、管轄権の問題、あるいはその様々なこの訴因のもとになります事実認識、それから起訴状の訴因についての認定、それから判定、いわゆるバーディクトと英語で言いますけれども、あるいはその刑の宣告でありますセンテンス、そのすべてが含まれているというふうに考えております。』


(注3)
 ここで言う『正当性』とは、形式的な正当性です。個人の信仰、正義感に照らし合わせた場合の正当性と言う意味ではありません。

(注4)
 もし、極東国際軍事裁判所に正当性が無いのならば、刑の執行は不当です。刑を不当に執行された日本国民は刑を不当に執行した者に対して、損害賠償を求めることができます。日本政府が、極東国際軍事裁判所の裁判を不当であるとしたならば、刑の執行に対して損害賠償責任が生じます。


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極東国際軍事裁判所の判決


 サンフランシスコ条約11条により、日本国は、極東国際軍事裁判所の裁判(判決)を受諾しました。「極東国際軍事裁判所の裁判を受諾」とは、いったいどういうことでしょう。このためには、「極東国際軍事裁判所の判決」とは、何であるのか、具体的内容を知る必要があります。


 日本国はポツダム宣言を受諾しました。ポツダム宣言第10条には「一切ノ戦争犯罪人ニ対シテハ厳重ナル処罰加ヘラルベシ」となっており、戦争犯罪人の処罰が約束されていました。1946年1月19日、ポツダム宣言第10条および降伏文書に基づき、「極東国際軍事裁判所条例(極東国際軍事裁判所憲章)」が制定されました。さらに、1946年5月3日、同条例に基づき、極東国際軍事裁判所が開廷、A級戦犯の裁判が始まりました。極東国際軍事裁判所は東京におかれたので、通称「東京裁判」といいます。裁判は2年半の審理の後、1948年4月16日に結審し、長い休廷に入ります。そして、結審後半年以上たった、11月4日午前9時30分、判決の言い渡しが始まりました。
 
 極東国際軍事裁判所の判決文は、次の10章と付属書A・Bからなり、英文で1212ページにのぼっていました。

 第一章 本裁判所の設立および審理
 第二章 法 
  一 本裁判所の管轄権
  二 捕虜に関する戦争犯罪の責任
  三 起訴状
 第三章 日本の権利と義務
 第四章 軍部による日本の支配と準備
 第五章 中国に対する侵略
 第六章 ソ連に対する侵略
 第七章 太平洋戦争 
 第八章 通例の戦争犯罪
 第九章 起訴状の訴因についての認定
 第十章 判定

 判決文の読み上げにあたって、ウエッブ裁判長は、これから自分は、ジャッジメントを読み上げる、というところから始めています。即ち、極東国際軍事裁判所のジャッジメントとは、この判決文(あるいはその内容)のことであることを宣言しています。

 膨大な量のため、判決文の読み上げに7日を要しました。すなわち、第1日目の11月4日は、第四章途中まで読まれ、11月5日はさらにこれが続き、11月8日,9日には第五章、11月10日には第六章・第七章、11月11には第八章の途中まで読まれました。
 11月12日、最終日には、第八章の残りの部分が読まれた後、第九章「起訴状の訴因についての認定」が読み下されました。訴因の一部が削除されて、罪状は10項目です。引き続いて、荒木被告からアルファベット順に、被告25人に対して、訴因ごとの有罪・無罪の判定が読み下されました。その後15分の休息ののち、一人一人を呼び出して「刑の宣告」が言い渡されました
 なお、法廷で朗読された判決文は多数意見だけでした。少数意見・別個意見は法廷では朗読されず、後日、弁護人と記者団に渡されています。このうち、インドのパル判事の少数意見は、1200ページを超え、判決文(多数派意見)を上回る分量がありました。

* * * * *

 さて、サンフランシスコ条約11条では「Japan accepts the judgments of the …」となっています。judgmentの用語には、そもそも、「裁判所の設立・法理」などの意味が含まれているのでしょうか。それとも、単に「判決文」の事を指しているのでしょうか。
 しかし、サンフランシスコ条約11条を解釈するに当たって、どちらでも同じことです。「judgment」が、単に「判決文」の事を指しているとしても、判決文の中に、「裁判所の設立、審理、根拠、事実認識、起訴状の認定、判定、刑の宣告」、これらすべてが含まれています。第十章 判定の最後に書かれている「刑の宣告」は極東国際軍事裁判所の判決のごく一部に過ぎません。

 判決には、判決理由が必ず含まれます。
 極東国際軍事裁判所条例、第十七条では「判決ハ公開ノ法廷ニ於テ宣告セラルベク,且ツ之ニ判決理由ヲ附スベシ」となっていて、判決理由が含まれることが義務付けられています。日本の刑事訴訟法でも、第四十四条には「裁判には、理由を附しなければならない」となっています。民事訴訟法、第二百五十三条には、「判決書には、次に掲げる事項を記載しなければならない。主文、事実、理由、口頭弁論の終結の日、当事者及び法定代理人 、裁判所」となっています。判決には、法理が必ず含まれるわけです。さらに、裁判所の名称も含まれます。このため、裁判所の正当性は、判決の中に当然に含まれているのです。

* * * * *

靖国神社のホームページに、次のように書かれていました。(http://www.yasukuni.or.jp/siryou/siryou4.html)
 日本語正文で「裁判」と翻訳されている単語「judgment」は、英米の法律用語辞典に照らしてみても「判決」と訳すのが適当のようです。この条文の大切な部分を「裁判」を受諾すると解するのと、「判決」を受諾すると解するのとでは、条文の意味(内容)が随分変わってきます。

 『英米の法律用語辞典に照らしてみても「判決」と訳すのが適当のようです』と書かれています。正しい翻訳とは英語を辞書で引けばそれで済むわけではなく、「judgment」の具体的内容を調べる必要があることは明らかなのに、ずいぶんとずさんな解説です。
 『「裁判」を受諾すると解するのと、「判決」を受諾すると解するのとでは、条文の意味(内容)が随分変わってきます』とも書いてあります。「裁判」と「判決」とでは、法律用語としてはほとんど違いがないことを説明しました。(「裁判」とは何か「判決」とは何か)
 「極東国際軍事裁判所の判決」を実際に見れば、サンフランシスコ条約11条によって日本が受諾した極東国際軍事裁判所の裁判(判決)には、「裁判所の設立、審理、根拠、事実認識、起訴状の認定、判定、刑の宣告」これらすべてが含まれていることが、良く分かります。


2005年10月16日



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第17条でも judgment は裁判と訳されている

「judgments」が複数形になっている理由』の補足です

サンフランシスコ条約11条の他に、17条でもjudgment は裁判と訳されています。 (下記、3箇所ある太線部分です)

第十七条
(b) 日本国政府は,いずれかの連合国の国民が原告又は被告として事件について充分な陳述ができなかつた訴訟手続において,千九百四十一年十二月七日から日本国と当該連合国との間にこの条約が効力を生ずるまでの期間に日本国の裁判所が行なつた裁判を,当該国民が前記の効力発生の後一年以内にいつでも適当な日本国の機関に再審査のため提出することができるようにするために,必要な措置をとらなければならない。日本国政府は,当該国民が前記の裁判の結果損害を受けた場合には,その者をその裁判が行われる前の地位に回復するようにし,又はその者にそれぞれの事情の下において公平且つ衡平な救済が与えられるようにしなければならない。

この文章で「判決」と訳したならば、命令によって刑罰が決められた場合に救済されなくなってしまいます。
judgmentを判決ではなく裁判と訳すことは、特に珍しいことではないようです。


2005年10月18日


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日本は極東国際軍事裁判所の正当性を受諾している

日本はサンフランシスコ平和条約第十一条で、極東国際軍事裁判所の判決を受諾しました。
 極東国際軍事裁判所の判決文は、10章、英文で1212ページにのぼる膨大なものでした。判決の最初、第一章は「本裁判所の設立および審理」です。ここで、裁判所およびその審理の合法性・正当性が明確に示されています。


 日本国内の一部勢力からは、以下のようなおかしな説明がなされることがあります。
講和条約で日本が受け入れたのは、判決が科した刑罰の執行の継続であって、裁判や判決の趣旨を受け入れたわけではない。(稲垣武ジャーナリスト 正論-扶桑社 8月号 平成17年度)

 扶桑社の雑誌に良く見られるこのような主張が成り立たないことは、極東国際軍事裁判所の判決文を読めば、疑問の余地のないことです。(右翼評論家は判決を読まずにデタラメを書いているのでしょうか。不思議です。)

 極東国際軍事裁判所の判決文では、裁判所の設立の根拠を次のように説明しています。

 極東国際軍事裁判所はカイロ宣言、ポツダム宣言、降伏文書、それから1945年12月26日のモスクワ会議に基づいて、またこれらを実施するために設立された。モスクワ会議の結果、米・英・ソ・中により、次のことが協定された。
 「最高司令官は日本降伏条項の履行、同国の占領及び管理に関する一切の命令並びに之が補充的命令を発すべし」
 この機能に基づいて、最高司令官は特別宣言書により極東国際軍事裁判所を設置した。この宣言書によって、裁判所の構成、管轄および任務は、同日最高司令官の承認を得た裁判所条例中に規定されたところによると宣言された。


 要するに「カイロ宣言、ポツダム宣言、降伏文書に基づいて、マッカーサーが命令して設立された」、これが、極東国際軍事裁判所の正当性の根拠になっています。これで、正当性の根拠になるのかどうか、評論家や法律学者にはいろいろと意見があることでしょう。しかし、日本国は条約によって判決を受け入れたのだから、後になってから「この判決に書かれていることは受け入れない」と言える筋合いではないのです。

 ところで、通常の裁判で、裁判所の設立などが判決に入ることはないでしょう。極東国際軍事裁判所の判決文では、裁判所の設立の根拠が記されているのはなぜでしょう。これは、直接には、裁判の中で日本側弁護団から、裁判所の正当性を否定する意見があったので、この意見に対して判定する必要があったためです。日本国が裁判所の正当性を受け入れることになった直接の原因は、日本側弁護団の法廷戦術にあった可能性否定できないかもしれません。


2005年10月23日


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国際法学者、佐藤和男氏

 サンフランシスコ条約で日本が受諾したものは東京裁判の判決か裁判かの問題で、条約の日本語文が誤訳であるとの誤った説があります。この説の震源は、国際法学者の佐藤和男氏ではないだろうかとの気がしたので、ちょっと確認しました。

『judgments は法律用語として使われる場合、日本語の「判決」の意味に用いられるのが普通であり「裁判」を通常意味する trial,proceedings とは区別されるべき』

 となっていて、誤訳とは書いてありませんでした。佐藤氏は『裁判を通常意味するtrial,proceedings』と書いています。日本語の日常語で「裁判」は「法廷」の意味に使われることが多いと思います。法律用語では「裁判」とは「法廷」の意味ではなく、「判決・命令・決定」を合わせて言います。佐藤氏はjudgmentsの訳語は「裁判」では無いと言っているのではなく、日常語の裁判が意味する「法廷」ではない、と言ってるので、正確な記述です。
 佐藤氏は『裁判を通常意味する』と書いていますが、ここの部分を『裁判を意味する』と軽率に誤読した右翼作家や英文法学者などが、いい加減な発言を繰り返しているに過ぎないのでしょうか。それにしても、誤読しやすい文章です。わざと、書いていますね。


2005年10月31日


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メッコールをご存知ですか


 メッコールとは、麦茶を甘くしたような炭酸飲料です。サンフランシスコ条約とメッコールには、何の関係も有りません。

 今年の6月頃、靖国問題に関連して、サンフランシスコ条約11条の訳語の可否が議論されたことが有ります。話題の発端の1人は、上智大学名誉教授で英文法学者の渡部昇一氏でした。渡部昇一氏は平成17年6月18日産経新聞に、次のように書いていました。
judgmentsを「裁判」と訳したのは悪訳、否、誤訳と言ってもいい。しかし、厳密に言えば「判決」でもない。複数になっているから「諸判決」とすべきである。諸判決とは絞首刑・東条英機他六名、終身禁固刑・賀屋興宣他十五名、禁固七年・重光葵などといった極めて具体的な個々のものである。日本が受諾したのは、この諸判決であり…


 渡部昇一氏の説が、誤りであることは、以前、説明しました。
   (「裁判」とは何か「判決」とは何か)
   (極東国際軍事裁判所の判決


 「世界日報」という、新聞が有ります。世界日報のホームページを見ると、渡部昇一氏が推薦文を書いています。

独特の立場に立つ新聞でありながら、主張や記事の公正さに対しては世界的評価を得ている。日本にもそのような新聞が存在していることを心から喜びたいと思う。 (渡部昇一氏の推薦文)



 統一教会という新興宗教をご存知でしょうか。合同結婚式や、価値の無い壷を高額で売りつける霊感商法のような、反社会的行為の目立つ宗教教団です。統一教会傘下の世界日報社が発行している新聞が世界日報です。

 霊感商法…統一教会…世界日報…渡部昇一氏


 統一教会の被害は現在でもかなり深刻なものが有ります。また、統一教会の責任を認めた判決は各地で言い渡されています。
  http://www12.ocn.ne.jp/~kazoku/index.htm
  http://www1k.mesh.ne.jp/reikan/

 さて、統一教会傘下の企業の1つが製造しているとの話がある清涼飲料が「メッコール」です。缶に入って、普通に自動販売機で売られていることもありました。飲んだことないので、一度飲んでみたいと思っています。もし、首都圏で、今でも販売しているところをご存知でしたら、教えてください。



2005年12月09日


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