脱 キ ッ ト へ の 道               (其の五)            「ビールの母、イースト」 1.ドライVSリキッド  昔のビール工場は結構汚染があり、仕込んだビールを全部棄てるなんて こともあったそうです。発酵液中に酵母以外の雑菌がいるのも当たり前だ ったそうです。なぜかといいますと、酵母だけを取り出す技術を持ってい なかったのです。ですからきっと当時のビールは我々の雑菌入りビールと 似たものだったのかも知れません。  しかしその後、デンマークのカールスバーグ社の技術者が酵母の純粋培 養に成功してから、状況はいっぺんに変わりました。ウオートを煮沸殺菌 し、その後この純粋培養酵母を加えることで、オフフレーバーを生む要因 となる雑菌類を廃したビールができるようになり、ビールの質は格段に向 上したのです。以来ビール工場には酵母培養の設備があるのがあたりまえ になりました。  この技術開発前の話とその後の比較、なにかに似ていないでしょうか。 そうです、ドライイーストとリキッドイーストの違いです。ドライイース トはその製造工程上、酵母だけを残すことが難しく、他の雑菌も乾燥状態 で休眠しています。そしてウオートに加えられた時点で活性化し、種々の 悪さをするのです。また、熱乾燥して造る行程があるため、ラーガーイー ストを生かすことが難しく、比較的熱に強いエイルイーストがパッケージ ングされて出荷されている訳です。最近の常識では、ドライのラーガーイー ストは、ラーガー風のエイルイーストにしか過ぎないのです。  ところがリキッドイーストは純粋培養された酵母のみがパッケージに存 在しています。それに熱乾燥行程も無いのできちんとラーガーイーストが 生きています。また種類の多いことも特筆すべき点です。酒の純粋培養イー ストまで売っています。素性の良いイーストを取り出して純粋培養してあ るわけですから、これを使うとメーカーと同じ水準でイーストを使うこと ができるのです。  初めて私がリキッドイーストを使ったのは、Wyeastのジャーマンエール という物でした。それを900cc程のスターターに仕込み、発酵容器に移 す際、一番はじめに気づいたのはスタータの香りでした。「ビールだっ」 そう、思ったのです。それまではNBのイーストしか使ったことが無く、 変なにおいと思っていたのですが、このイーストを使ったときはスタータ ボトルの段階からビールの香りがしていました。それ以来、私の頭の中か らはドライイーストという選択肢が消えてしまいました。そして出来上が ったビールの素直さと、匂いの良さが印象にのこっています。  ドライイーストを使ってでもリキッドタイプを使うのと同じように美味 しいビールは出来ます。それに入手の点や保存性を考えるとドライイース トの利点も認めざるをえません。また、ドライイーストを使う場合でも、 注意深くスタータボトルを造って仕込めば、雑菌の影響などを抑えること は可能です。中にはそんな手間をかけなくても旨いビールが出来る良いド ライイーストがあるのかも知れません。  しかしながら、ドライイーストに含まれているかも知れない雑菌の影響 に心を悩ますより、少し高くて入手が面倒でも、そういう点に悩む必要の ないリキッドイーストを使う方が、私の場合気が楽なのです。私としては 価格と入手の問題さえ解決できるなら、是非純粋培養のリキッドイースト を使ってみて欲しいと思います。 それから注意点として、リキッドイーストが必ずしもすべていい匂い、 素直な特性を持つとは限らないことがあります。知っている話では、ラン ビック用のイーストにはかなり個性的な物があるらしいです。私は今まで 3種類しか使ったこが無いのですが、ひとつ明らかに匂いの良くない(出 来上がりのビール自体は変なにおいはしなかった)イーストがありました。 しかしその原因がイーストによるものなのか私の扱いに因る物なのかはま だよくわかりません。買う前に店の人に問い合わせ、推奨してもらった品 を買うと良いのかも知れません。 2.スタータボトルの作成 2.1 スタータボトルとは リキッドイーストを使う場合(ドライを使う場合でも造ったほうが良い) スタータというのを造る必要があります。スタータはウオートを発酵させ るに必要充分な量まで酵母を増殖させたものです。リキッドイーストを買っ てきて中身をあけても、ちょびっとしか酵母は存在していません。まずこ れを充分な量まで増やすわけです。じゃあどの程度まで増やせば良いので しょうか。この量についてははっきりしたことを私は言えません。Wyeast のパッケージの記載では1パイント(0.47L)ですし、私の場合は900cc のウオートを造ってそれにイーストを添加し、それの発酵が活発になった 後、それを全部発酵容器に入れてます。今までの経験では、ラーガーの場 合、900ccのスタータだとちょっと少ないような気がしています。そこで 今後ラーガーを仕込むときは、1500ccくらいでスタータを仕込もうかと考 えています。 2.2 スタータの作り方 − リキッドイースト編 (1) Wyeastの袋をパンチ  リキッドイーストとして流通しているものには数社ありますが、一番有 名なのは Brewers Choice 社の Wyeast という製品で、TheCellarや BrewCraftersからリキッドのイーストを買うとこれが送られて来ます。 それぞれのイーストには番号がふって(例 Czech Pilsner Wyeast 2278) あり、米国のレシピを見ているとこの番号がよく出てくるので、自分の レシピにこれを記載するといかにも本格派になった気がして、それだけで ビールがうまくなった気がします。  Wyeastのパッケージは、ボンカレーの袋の様になっていて、いわゆるレ トルトパックの様な形態です。パックの中は2重になっており、中の小さ な袋には酵母が存在し、外側には増殖用の培養液が入っています。  スタータを使う1週間前に、この小袋を破って酵母が培養液に届くよう にパンチします。具体的には袋を床などに置き、手のひらで押しつぶすよ うにして中の小袋を破るのです。その後良く振ってから暖かいところに置 いておきます。3日もすれば酵母が働いて、袋は破けそうなほどパンパン になるでしょう。そうなったらスタータを造ります。このとき日程的に無 理でスタータを仕込むのが先になるようなら、破裂してはいけないので冷 蔵庫にいったんこの膨らんだ袋を入れ、発酵を押さえておきます。 (2) スタータの仕込み  (1)の段階ですでにある程度増殖しているのに、さらに増殖させる必要が あるのか疑問に思う方もいるかも知れません。実際には膨らんだWyeastの パックの中身をあけるだけでも充分という意見もあります。しかし、私は お勧めしません。実際に私はスタータを造らずにパックの中身だけで発酵 させたことがあるのですが、発酵にひと月以上かかりました。スタータを 造るのは確かに面倒ですが、その手間を惜しんで、あとで泣くよりは良い と考えています。参考に、実際の私のスタータの造り方で解説します。  材料・道具(ビール仕込量19リットル用)   モルトエキス 120g   ホップ    ペレット5粒   お湯     900cc   ジャイアントサイズのビール瓶(ねじキャップ式が便利)   ビンに合うゴム栓(エアーロック用の穴開きのもの)   エアーロック   消毒用アルコール   膨らんだWyeast  モルトエキスを鍋に入れた湯で溶かします。その後鍋の中のウオートを 煮立てホップを加えます。なぜモルトエキスを使うかというと、酵母の増 殖に必要な成分が含まれており、ただの砂糖などに比して増殖の具合が良 いからです。また、ホップを入れるのはその抗菌力を生かして、雑菌の繁 殖を押さえるために入れます。  この間にビール瓶を洗い、熱いウオートを入れたときその熱で破損しな いように、あらかじめお湯を満たして暖めておきます。また大きめの鍋( 寸胴鍋が良い)にお湯を湧かしておいてください。ウオートを20分ほど 煮立てたら、ビール瓶の中のお湯を棄て、その代わりにウオートを入れま す。ウオートを入れたビンをそのまま、鍋に湧かしておいたお湯の中に立 て、火を弱火にして20分ほど熱を保ちます、つまり、ビンごと熱で消毒 するわけです。それから同時にビンの栓も煮て殺菌(煮すぎると栓のパッ キン部分のゴムが変形してしまいますのでご注意)してください。殺菌が 済んだら、ウオートの入ったビンを取り出し栓をします。きっちり締めて ください。ビンの中が冷えるにつれ、中の空気が収縮しますので、自然に 完全密閉されます。あとはこのビンが室温まで冷えるのを寝て待ちます。  ビンがイーストを加えても良い温度まで冷えたら、ビンをよく振ってウ オートに空気を充分含ませます。そして、ビンの栓を開けます。このとき 負圧で外の空気がビンに吸い込まれますので、周りをアルコールの霧で消 毒した方が良いと思います。その後、イーストのパッケージを開け中身を ビンに入れる訳ですが、まず最初にパッケージをよく振り、せっかくのイー ストがパッケージの中に残らないよう攪拌します。そしてパッケージに口 をあけ、あけた口の部分をアルコールで拭いて消毒してから、中身をビン に入れます。薄茶色の液体が出てくるはずです。  そのあとビンにゴム栓をし、エアーロックをつけます。エアーロックに はアルコールを半量満たしておいてください。エアーロックが無い場合は、 なずな売り式に風船でも付けておきましょう。そして暖かいところ(いく ら暖かいところといっても、極端に暑いとイーストが生み出す不要な成分 も増える)に直射日光を避けておいておき、活発な泡が出てきて酵母が増 えたら、あとはビールを仕込むだけです。  要はきっちりと滅菌したウオートでイーストを増殖させれば良いわけで すから、各人それなりにやり方を工夫してはどうでしょう。上述のやり方 は私が試行錯誤の上であみ出した方法で、これでなければいけないという ものではありません。それと私の場合、イーストのパンチからビール仕込 みまで、大体1週間の行程で行っています。またこのスタータボトルで発 酵させた場合、発酵容器に加えてから発酵が開始するまで、ひと晩ぐらい です。  なお、Wyeastのパッケージにもスタータの造り方が記載されており、そ の内容は「滅菌したビンに、比重約1.020のウオートを1パイント(0.47L) 用意し、膨らんだWyeastの中身を空けてエアーロックを付け、室温に保存 する」となっています。 2.3 スタータの作り方 − ドライイースト編  基本的には同じですが、ホップの量をもう少し増やして抗菌力を増した 方が良いと思います。そしてリキッドイーストの代わりにドライイースト を加えてください。ドライイーストを使って造ったスタータをウオートに 加えたところ、3時間たらずで発酵が始まったという報告を聞き及んでい ます。 3.リキッドイーストの注文と保管  注文する際は、できれば航空便で取り寄せます。船便だとすごい暑いと ころを長時間通過するおそれがあるので、イーストの命運は保証しかねま す。またいくら航空便でも真夏は避けましょう。  そしてせっかく買ったリキッドイーストは、冷蔵庫(冷凍はダメ)に入 れて保管しましょう。暑いとダメみたいです。そして活きの良いうちに使っ た方が良いので、なるべくはやく使いましょう。もっとも、半年ほどは平 気みたいですが、袋の膨らむのは遅くなります。またイーストの種類によっ ても膨らむまでの期間が違いますから、3日ぐらいで膨らまなかったから と言って、短気を起こしてはいけません。1週間ぐらいは待っても良いと 考えます。 4.イーストの使い回し  せっかくのリキッドイーストを買ったなら、それを増殖させて何回も使 うということも当然考えられます。1次発酵容器のオリを滅菌したビンな どに回収し、そのオリを冷蔵保存して次回の仕込みに使うなども充分可能 です。私も一度やってみましたが、特に問題はなかったです。  またオリを弱い酸で洗って、酸に強い酵母のみを残して保存する方法も あるようです。私の場合乳酸を加えてpH3にした甘酒でワインイーストを 増殖させたことがあるのですが、酵母はきちんと増殖しました。しかしこ の辺は私の知識も浅いので、ご存じの方おりましたら、解説いただけない でしょうか。                 工藤弥 claw@cat.email.ne.jp