脱キットへの道-其の四-第弐章 グレイン醸造実践編(パーシャルマッシングによる実践) 1.レシピ  理論編においてマッシングの理屈を解説いています。実践編では、実際 にビールを仕込んでみましょう。レシピは以下のとおりです。総量は10 Lにし、エキス缶は1.4ポンドのキッカー缶をひと缶だけとして、代わ りに穀類を多く使っています。  Czech Pilsner 「チェコピルスナー」  総量10リットル  モルトエキス:1.4lb(625g) 1-can Alexander Pale Malt Extract Kicker モルト   :3.0lb(1.3kg) 2Row Pale Malt ホップ   :1回目 ゴールディング 0.6oz.(17g)(5AAU) 50分        :2回目 ゴールディング 0.6oz.(17g)(5AAU)  25分        :3回目 ハレルタウ 1oz.(28g)(2.9AAU)    5分         全てペレットタイプ  その他   :アイリッシュモス1/2さじ  イースト  :Wyeast No.2278 Czech Pils スターターは500cc         もしくはドライラーガーイースト  糖化用のお湯   4L(300cc/100gぐらい) プロテインレスト 55℃ 30分  糖化       67℃ 60分  マッシュアウト  75℃ 5分 スパージング   75℃ 6L(460cc/100gぐらい) 2.道具  さて用意するものはなんでしょうか。まずは糖化用の鍋ですが、7から 10Lあればこのぐらいの穀類は糖化できます。それに穀類をスパージン グするときの受け皿になる、ザルが必要です。5Lほどは入りそうな大き なザルが良いでしょう。実は7Lぐらいのパスタポットがあると、穴あき の内鍋がついているので別途ザルを用意する必要が無く、便利なのです。 そして煮込みの鍋ですが、総量10L全部を煮込むとすれば、蒸発する分 をみこして13Lぐらい煮込むことになるので、15Lくらいはあった方 がいいと思います。  つぎにpH試験紙。これは7未満の酸性を計るのがビールに向いている でしょう。なるだけ細かく計れるのが良いです。そしてに温度計。もちろ ん糖化の温度範囲が計れる物が必要です。そしてpH調整用の石膏を用意 してください。ただしpH調整は今回は省いてもかまいません。おそらく 日本の水ならpHは7近くでしょうから、麦芽を入れれば5−6あたりに なると私は思います。その程度ならまあ我慢できると思うのです。それに ぜひあった方が良いのはキッチンタイマーです。時間を計るのに便利です し、糖化などの待ち時間にマンガなどを見ていられます。 3.マッシングの実際  さて材料と道具を揃えたところでマッシングをしてみましょう。糖化用 の鍋に4Lの水を入れ、60℃程に加熱します。温度が整ったら火を止め 砕いた穀類を加えてよくかき混ぜます。その後温度を測り、50から55 ℃あたりであれば良いのですが、もし低ければ少し加熱して温度を合わせ、 熱いなら差し水をして温度を調節してください。pH調整をする場合は、 この時点でサンプルを取り、冷ました上でpH試験紙でpHを計ります。 このレシピでは高いことはあってもpHが低すぎることは無いと思います ので、高ければ石膏を1/4サジ加えて良くかき混ぜ、pHを再度測定し ます。それでも高ければ同じ工程繰り返しますが、加える石膏は多くても ひとサジ程度に抑えておいて下さい。  pHの調整が済みましたら今度は50から55℃に温度を30分保ちま す。この間がプロテインレストです。15分ごとに温度を測定し、低いよ うなら1分の加熱と測定を繰り返して温度を合わせます。なお、加熱する 間はマッシュをよくかき混ぜて、焦げ付かないようにしてください。  30分のプロテインレストを終えたら今度はいよいよ糖化です。マッシュ をかきまぜながら鍋を加熱します。5分加熱したら火を止めて温度を測り、 また加熱します。そして62℃あたりまできたら、加熱時間を2分に減ら し、そして65℃あたりまできたら1分の加熱にして温度を微調整します。 最終的には67℃に調整してください。このとき加熱しすぎてはいけませ ん。プロテインレストの温度では酵素は活性を保っているので、かなり適 当でもなんとかなるのですが、このあたりの温度だと、下手をすると酵素 の活性を殺してしまいますので、注意が必要なのです。さて、やっとこさ 温度を調節しました。あとは15分毎に温度測定と必要なら加熱を行い、 この温度を1時間保ってください。  糖化の間、煮込み用の鍋にスパージングの水をpH調整します。乳酸を つかってpH6ぐらいに調整するのですが、乳酸は原液のままだと極少量 でpHをかなり変化させます(私の経験だと7Lぐらいの水に1/2サジ でpH4ぐらいまで下がった)ので、一滴たらしたらpHを計るぐらいの 感じで挑んでください。− エッ、面倒くさい? そう言う人は無理して やらなくても良いです。ハイ − もっとも乳酸を原液(普通は88%の 水溶液)で使おうとするからこんな風に苦労するわけで、あらかじめ1% に薄めた溶液を作っておき、それを使って調整するようにすればかなり楽 になります。水のpH調整が済んだなら、それを75℃あたりまで加熱し ておきます。  「ピピピッ」っとキッチンタイマーが鳴り、糖化の時間が終わったこと を知らせてくれました。マッシュの液をなめてみて下さい。きっと、甘い はずです。糖化が済んだのでつづいてマッシュアウトします。鍋のマッシ ュをかき混ぜながら加熱し、77℃にします。その後5分ほど置いてくだ さい。これでマッシュアウトも完了です。マッシュをスパージングして、 この甘い液を出来るだけ多く集めましょう。スパージングのやりかたはつ ぎのとおりです。  まず、糖化済みの麦汁を受け止めるだけの容量のある容器(ポリバケツ でもなんでもよろしい)の上にザルをセット(パスタポットを使用してい る時は、ザルの代わりに内鍋をセットする)します。そしてザルにマッシュ を空けます。おそらく容器に溜まるウオートはかなり白濁しているでしょ うから、それを汲んでザルに溜まっている麦芽の粕の上にもどしてやりま す。ふた周りほどさせれば、白濁や大きな粕はかなりとりのぞけると思い ます。  つづいて用意しておいたスパージングのお湯を麦芽粕の上に注ぎ、麦芽 をリンスします。お湯はまんべんなく注ぎ、麦芽粕の間をひたひたに流れ るようにすると良いようです。すべてのお湯を使って麦芽をすすぎ終えた ら、容器の中身を煮込み鍋に空けます。そして後はモルトエキスを溶かし、 煮込んで下さい。以後ホップを加えてうんぬんはご存じのとおりです。 4.補足説明−非発酵性の糖の生成メカニズム  発酵が終了すると比重は1.000になるとの話があるのですが、多くの場合 はそうはなりません。精度の高いグラニュー糖などの砂糖水を発酵させた 時はそうなることもあるのですが、麦芽液を発酵させた場合は比重は1.000 まで下がらないのです。その理由を解説したいと思います。  要約すれば、麦芽などに含まれるデンプンを糖化する段階で出来る糖に、 発酵できない糖があるためそうなるのです。発酵できない糖も比重には現 れますから、当然最終比重は1.000より高くなります。この発酵できない類 の糖がコクや旨味・甘みを生むのです。以上のことから、私は比重の変化 が無くなったら発酵の終わりと見なすのが良いと思ってます。  なお、市販の酒類に表示されているアルコールの度数は、容量比で求め た%なのですが、最終比重までを考慮してそのアルコール度数をもとめる 式は次のようになります(この式は近似式であり、少し高めに計算結果が 出ます)  Alc/Volume=(初期比重−最終比重)×125×1.05  私の最近瓶詰めしたビールは初期比重1.050、最終比重1.012で したので、容量比のアルコール分は以下のようになります。  (1.050−1.012)×125×1.05=4.98(%)/Volume  ついでに糖化でなぜ発酵できない糖ができるのかをの話をしておきます。 興味の無い方は読み飛ばしてください。  デンプンはその組成上ブドウ糖が多数連結した形をしており、それには 一直線に連なったもの(amylose)と枝分かれしながら連結している物 (amylopectin)があります。下図参照。 S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S amylose amilopectin   S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S / S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S \ S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S S:ブドウ糖  そして糖化の段階で酵素の働き(後述)によってこれがバラバラにされ、 1個だけ(S)になったらブドウ糖、2個つながった物(S-S)は麦芽糖となり ます。そして当然、数個つながった物(S-S-S-S等)もなんかもできます。こ のブドウ糖が数個以上直列につながった物をデキストリンと言い、酵母は これを巧く発酵出来ないらしいのです。また酵素はamiropectinの枝分かれ の部分あたりをバラバラにすることができません。その結果下図のような ものが出来ます。これを limit dextrin と言い、これも発酵できません。 言い換えれば、酵母のお口は小さいので、あんまり大きな(長い)糖は彼 らの口に入らないため発酵できない訳です。(それでも野生酵母には大口 の酵母があって、かなりの糖を発酵できるものもあるらしいです) S-S-S / S-S-S-S-S S-S-S-S-S \ S-S-S 糖化酵素の働き  糖化酵素にはベータアミラーゼとアルファアミラーゼがあるのですが、 アルファは行儀の悪い酵素なので、デンプンの何処からでも連結をほどい てゆきます。ですからアルファの働きで出来る糖が何個ブドウ糖がくっつ いたものになるかは想像出来ません。 S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S ↓アルファアミラーゼはそこかしこをばらばにする S-S S-S-S-S S-S-S S-S-S-S S S-S-S-S-S-S-S-S  他方、ベータはお行儀が良いので、連結の端っこから2個ずつ切り離し て行きます。2個ずつということはこの結果出来るのは麦芽糖(S-S)です ので、発酵できる糖が生み出されることになります。 S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S ↓ベータは端っこ2個を切り離す S-S S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S S-S ↓ベータは端っこ2個を切り離す S-S S-S S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S-S S-S S-S ↓ベータは端っこ2個を切り離す S-S S-S S-S S-S-S-S-S-S-S-S-S-S S-S S-S S-S  以上の二つを比較すると、アルファが生み出す糖分は発酵可能な物とは かぎらず、ベータが生み出す糖はその大部分が発酵が可能であることが判 ります。つまりベータが活発に働くと発酵可能な糖が多く生まれ、アルフ ァの活性が高いと、発酵しない成分も多く生まれる訳です。そしてベータ はアルファに比して活性を保つ温度が低いので、低い温度で糖化している 時はベータもよく働きますが、糖化温度が高いとアルファの働きが殆どに なります。このことから、理論編の以下の記述が出てきているのです。   簡単に言えば、温度が高いと発酵されない種類の糖(デキストリ   ン等)が多く生まれ、その結果コクが増えます。逆に低い温度で   糖化するとデンプンの多くが発酵可能な小さな糖(麦芽糖など)   に変わりますので、すっきりしたアルコール度の高い味(ドライ)   になると言えます。                 工藤弥 claw@cat.email.ne.jp