偉大なる(?)踏み絵

Zero tolerance for silence:Pat Metheny

 

おおぉ、ついにこのアルバムについて書く日が来てしまいました。せめて"Secret Story"について書いてからにしたらどうなのかとも思ったんでありますが、やはり沈黙はガマンできないということで。そう、このアルバムのタイトルを日本語訳すると「沈黙は我慢できない」というような意味になるのであります。

1992年、かの名盤"Secret Story"を発表したMethenyはそのままツアーに出ます。このツアーがすごくて、要するに"Secret Story"をライヴで演っちゃおうというもの。そもそも"Secret Story"自体が世紀の傑作とか言われる内容だったし、このツアーもすごかったわけで(ライヴVTRが出ております)、ギタリストとしても作曲家としてもMethenyの評価は頂点に達したことに異論はないでしょう。いわく「ギタリストとしても、作曲家としても完成された完璧な音楽家」。ところが、そんな評価はイヤだと思う人がいたんです。それはもちろんMetheny本人。

オレはまだ完成されてなんかいない、というフラストレーションが溜まっちゃったのかもしれません。ツアーの終了直後の92年12月16日、Patは突然PowerStationに入って自らの赴くままにギターを思いきりジャカジャカ掻き鳴らしちゃいます。んで、あまりにも内容が内容だったのでしばらくお蔵入りになっていたんですけど、翌年ミックスされて、1994年3月にソロアルバムとして発売されたわけ。

当然ながら「あの"Secret Story"」の次に出したPatのソロアルバムということで、みんなものすごく期待してたわけよ。さっそくそのCDを聴いてみました。

ジャガガガガガーーーーーーーーン
ジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガジャガ・・・
(以下、永遠に続く)

こ・・・これは一体何事?ただのノイズにしか聞こえないわよーーー(泣)。とゆう感じで地獄のような責め苦の1曲目をなんとか耐え忍び、2曲目へ。

うぅぅっ・・・いきなりギターのチューニングが変(再泣)。確信犯でやってるなこりゃ。中間部で3本のギターの掛け合いになるあたりから、かろうじて音楽らしくなります。こんなのでホッとしてるなんて・・・。でも偉大なるMetheny様のソロアルバムですもの、頑張って最後まで聴くのよ!ファイト!ということで3曲目へ。

うううぅ・・・またもやギターのチューニングが変(再々泣)。しかもこれって完全なる即興で、メロディなんてものないわ。ただ単なる音の羅列。正直いって、この3曲目が一番つらかったっすね(号泣)。

4曲目も即興なんだけど、とりあえず展開がある。3本くらいのギターの掛け合いから始まるんだけど、なかなかスリリング。ああ、やっと音楽らしい音楽だわ。でもつらい・・・(泣)。ただこのメロディがブルースっぽいのがMethenyにしては新鮮かも。実はMethenyってドロくさい表現を極力避けるタイプの音楽家なのね。ブラジル音楽もそうだし、"Secret Story"のカンボジア音楽にしても、"We Live Here"でR&Bしたときも非常にソフィストケイトされた形でサウンドを提示してきたわけ。つまり、あくまでも知的でクールなスタンスを崩さない。←そのため物足りないって人もいるけど。だからここまでモロにブルースってのはちょっと新鮮でした。

5曲目は再びギターのチューニングが変(再々々泣)。でも、所々にブルースっぽいラインがあって驚き。でも頼むから早く終わってちょうだい・・・。あああ、最後までジャカジャカジャカなのね(号泣)。

ということで、このアルバムを最後まで聴ける人はエライです。あなたのPat Methenyへの忠誠度を試す踏み絵として最適です!

 

閑話休題。

Pat Methenyの音楽は甘美なものだけではなくて、その中に必ず毒が入っているのはご存じでしょう。ただ単に美しいメロディとハーモニーだけではイージーリスニングになってしまう危険性もあるんだけど、Patの音楽はそうはならないこともよくご存じでしょう。このアルバムは、そんなPatの持つ危険な部分のエッセンス、と考えるのがいいかも知れません。一寸の狂気を包み込む知性がPatの音楽をソフィストケイトなものに仕上げる原動力のように思えるんですが、こういった毒抜きがあってこそ、清々しいギタープレイができるのではないかとも思います。

なお、"We Live Here"ライヴで来日したときのPatのソロは、この"Zero tolerance for silence"をモチーフにしたものでした。スチール弦のギターで弾いたので、アルバムとはかなり趣が異なるものでしたが。そこから"Half life of Absolution"に入っていったのですけど、これはとてもかっこよかったです。まあ"Half life of Absolution"もかなり毒気の強い曲だし、理解不能な人もいるようですが、僕はとても好きなんだよなあ。

あと、矢野顕子さんはこのアルバムが大好きだそうで、彼女の"Oui Oui"というアルバムではPat自身による"Zero tolerance Guitar"を聴くことができます。ポップな唄もののバックに「ジャガガガガガガガガガガガガガガガガーーーーー」って入ってますけど、けっこうハマってるんで驚きました。

 

1998.11.22

  

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