誰にでも優しいってことは、誰にも優しくないってことよ

PORNO 3003 ep:PIZZICATO FIVE featuring KISHIDA KYOKO

 

これは最初「いいおさら」に入れようと思ったんだけど、やっぱりこっちの方が適切かな、と思ったの(笑)。
「いいライヴ」にも書いてある奥志賀での矢野顕子の出前コンサートの帰りに、同郷魔女のブチコ嬢のクルマに乗せていただいて都内まで戻ったのだけど、そのときに彼女が「ちょっとこれ、すごいんだよ。眠け覚ましにもってこい」と聴かせてくれたのがこのCDだったのだ。

何がすごいって、恐くてエロティックなのだ。岸田今日子の語りが。

岸田今日子のトーク+ブレイクビーツ、というアイディアを思いついた時点でこの企画の成功が約束されたようなものであるが、わざわざそれを2バージョン作ったところがまたすごい。

現在までの岸田今日子の経歴を見るとわかるが、彼女はムーミンの声をあてていただけでなく、偉大なる朗読の女王様として君臨してきたのである。当然ながらTV・ラジオはもちろん、朗読のCDまで出している(はずだ)。で、こうした朗読に憑き物(笑)なのがムードを盛り上げるBGMである。もちろんあくまでBGMなので、音楽が自己主張することはない。では、朗読を阻害しない範囲で主張を持ったBGMを作り込み、朗読と一体化したサウンドを作りあげたらより一層面白いのではないか、と小西康陽が考えたことは容易に想像できる。というか、岸田今日子の語り口そのものがとても音楽的であり、下手なラップなどよりもよっぽどグルーヴィな説得力があるので、音楽と合わせたときの相乗効果が期待できるのである。そう、岸田今日子の朗読は、説得力がありすぎて恐いのだ。このことをよく知っていた清水ミチコは、ずいぶん昔から岸田今日子のモノマネをネタにいろいろな作品を作っていたが、ここへ来てとうとう本家の登場となったわけである。

このCDはまず「黒い十人の女」公開記念バージョンで始まる。
これは映画「黒い十人の女」の宣伝の喋りと、そのバックにPORNO 3003(本編)のサウンドを持ってきただけのもの。2分弱なんだけれども、最初から十分すぎるほど強烈だ。

とても優しい男です。だから次から次へと女ができます。
わたくしは8人知っております。あなたを入れますとね。
お友達のようにしている方があります・・・
誰にでも優しいって事は、誰にも優しくないってことよ。

ほら、むちゃくちゃ恐いでしょ?(笑)
岸田今日子の声でこの出だしのフレーズを喋ってることろを想像してみなさい。こんな恐怖はめったに味わえません。

次にPIZZICATO FIVEのCMが入ったあとにPORNO 3003の本編が来るのだ。
これがもう、腰砕けにすごい。なにしろ、とてもエロティックな詞に、岸田今日子の淡々とした喋りがかっこよすぎる。淡々としてはいるが、あの声あの口調はやはり充分すぎるほどエロティックである。サウンド的にも素晴らしく、妙なサスペンス調ブレイクビーツなんだけれど、喋りと完全にシンクロしているのである。これがまたぶっといサウンドで、岸田今日子の細い声がビートに埋没してしまう危険性があるのだけれども、とてもうまくミックスしてある。

喜怒哀楽、音楽は人間のさまざまな感情を表現することができるが、エロティックなサウンドを構築するのはとても難しいことである。セックスではなくエロスを表現し、しかも音楽的にも価値のあるものとなると非常に限られてくる。ヴォイスによるエロティシズム表現を追求し成功したアルバムと言えばMadonnaの"Erotica"なのだが、当然ながらあの方法論は日本語には使えないし、フランス語では甘すぎるだろう。英語だからこそ(さらにはMadonnaだからこそ)かっこいいのだ。では、どうしたら日本語でエロティックな表現ができるのか?その問いに対する回答の一つがこのシングルであるように思う。

しかし、あの声で「私はあなたのパートナーです」と来るんだからたまんない。うー、たまらん。大抵の人はこの10分間で3回はイカされてしまうだろう。自身はあまりセックスアピールが感じられない人なのに、その語りはとことん官能的。いやもう、堪能させていただきました。

1998年7月7日

 

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