おとぎ話の世界へ

Legend of the ZUVUYA / 松任谷由実

 

 ユーミンのショーである。
 ユーミンの場合はコンサートというよりショーと言った方がよく、本人もそう言ってるのでここでは「ショー」という言葉を使う。

 僕は「Dancing Sun」のときから、アルバム発表にあわせたユーミンのショーは全部観てるのだが、昨年の「Cowgirl Dreamin'」のショーがマンネリの極致で音楽的な面白みも少なかったので今回はやめておこうかな、と直前まで思っていたのである。実際、今度の新しいアルバムもいくつか佳曲はあるもののイマイチな感じが払拭できなかった。でも、たまたまチケットが取れちゃったので、とりあえず、という気分で1月の大宮ソニックでのショーに行ったのだった。

 ところがこの大宮公演が大当たりでかなり良かったのである。ということで、代々木の公演もチケットを取って観に行ったのであった(余談であるが、ユーミンのショーに関してはいつも複数回観るようにしている僕だった。演出が凝ってるので、一度観たあとしばらくしてからもう一度行くと別の角度から楽しめるのだ)。

 さて、実際のショーであるが、まず音楽面について。
 選曲は新アルバム「スユアの波」以外は超ポップというか、もう誰でも知ってるような、誰もが一度は聴いたことがあるだろう曲である。僕としてはちょっとコンサバすぎるようにも思うのだが、ショー全体の演出のシークエンスを考えると必然性も感じられるので、まあよしとしよう。
 演奏では、中盤のアンプラグド・コーナーを「スユアの波」からのナンバーで行うのが新しい試みである。いままでは過去の曲(しかも、かなり古めでマイナーなやつとか)をやっていたのだが、今回は新曲をいきなりアルバムとは全く違うアレンジで演奏してしまうのである。これはなかなか冒険的な試みである。やはりマンネリ打破のためにはいろんなことをやってみるのが一番なのだろう。ちなみに以前、やはりアンプラグドで演奏した「守ってあげたい」を聴いたことがあるのだが、いかにも練習不足というかヘタクソで聴くに耐えなかったことがある。そういう悪い記憶は忘れないし(笑)、一度失敗すると取り返しがつかないので、アンプラグドは恐い。しかし今回のアンプラグド・コーナーの演奏はよくリハーサルしてあり、完成度が高かった。特に「セイレーン」はトロピカルっぽさとボサノバっぽいフレーバーの入ったアレンジが秀逸だったし、アルバムバージョンよりも遥かに良かったと思う。何よりも歌詞の内容をよく反映しているのが素晴らしい。アレンジというのは本来そういうものであるべきで、ユーミン自身もMCで「アルバムよりこっちの方が好きなの」と語っていた。
 なおアンプラグド以外の曲はすべて同期モノで、基本的には毎回同じ演奏である。ギターのソロなどもきっちり作り込まれていて、ほとんど毎回変わらない。さらにショーのためのアレンジの特徴として、アルバムよりもコーラスが厚くなっており、華やかな雰囲気がする。コーラスが厚いということは、ユーミンが音を外してもコーラスでサポートできるということでもある(←この言いよう)。ということで、演奏の善し悪しは結局ユーミン自身のボーカルの出来にかかってくるのだ。ご存じのように彼女はそれほどウタが上手くないのだが、以前に比べると格段に上達していて、最近ではむちゃくちゃ音程を外すようなことも少ない。しかし、ツアーが続くとどうしても声が荒れてしまうのだ。したがって、ユーミンの喉の調子が良ければ良い演奏になり、そうでない時はつらいものになる。さすがにツアーの疲れがあるのか、代々木の公演では声が荒れる場面も見られた。

 次に、演出について。
 会場に入って気づくのは、ステージが真っ赤なカーテンで縁取られていることと、ディズニーの「白雪姫」のBGMが流れていることである。もうこの段階で大抵のオネエは予測できるだろうが(笑)、ショーそのものを時空を超えた異空間と見立て、ステージの上でおとぎ話のような世界を繰り広げようという魂胆なのである。その案内人はもちろんユーミンその人!という案内が入るのだが、実際にこの演出のプランを立てたのはマンタ先生(松任谷正隆)であろう。というか、いかにもマンタ先生らしいアイディアである。
 いままでのツアーでもおとぎ話・童話からヒントを得たと思われる演出が見られたが、今回はショー全体の流れがファンタジーになっているのが特徴である。また、曲の雰囲気にあわせていくつもセットが変わり、セットに合わせて曲目も進行するという、けっこう凝った場面転換が何回も行われるのもポイントである。さらに、今回はユーミンのショーにしてはチープにできていて、ハイテクや映像などのいかにもお金をかけました的なオドシや特殊効果はほとんどない。途中に出てくる教会のセットも実は大きなビニール製の風船だったりするのだ(空気を抜くとぐにゃぐにゃになるのだが、それが「結婚式をぶっとばせ」で効果的に使われた)。また、アンコールの「Sweet Dreams」では、舞台全体にユーミンのドレスの裾布が広がって(サチコ・コバヤシもびっくり)、それが綺麗なブルーで風に波うっているものだから、海原のようにも見えたのである。
 ということで、具体的演出が少ない分、イマジネーションを掻き立てられる内容になっていた。この辺は全部マンタ先生のアイディアということである(ツアーパンフを読むとよくわかる)。 ともかく、ショー全体をまるごと異空間のファンタジーに仕立て上げるというアイディアが出た時点で、今回のツアーの成功が決まったと言ってもよいほど、コンセプチュアルな流れが見事であった。

 曲よし、演出よしのショーだから、当然、観客も大満足でありアンコールが1度でおわるはずもなく、ダブルコールとなるのだが、これがちょっとすごかった。
 大宮のダブルコールは「海を見ていた午後」で、これはよくやる曲だが、代々木のダブルコールはなんと「NO SIDE」であった。もともとラグビーをテーマにした曲だが、ワールドカップもあったことだし、こういう選曲になったと思う。しかし、この曲はユーミン・ファンの間ではとても人気が高いのよ。武部氏がイントロを弾き始めた瞬間に会場中から悲鳴が上がったが、僕も思わず叫んでしまった1人である(笑)。一緒に行ったヤヨイちゃんも絶叫していた。ともかく、いろんな人がいろんな思い入れのある曲であることに間違いはなく、僕自身、一度も生で聴いたことがなくて「いつか唄ってくれるといいな」と思っていたのだった。それがようやく実現してとても嬉しかったのだ。

 これを読んでるアナタに言いたいのだが、ユーミンのショーは一度は観るべきである。音楽をショーアップして、生のステージでここまで楽しませることのできるアーティストは世界でも希有である。もちろん旦那の松任谷正隆氏の手腕によるところが大きいのだが、趣味の良いエンターテイナメントとして世界に誇ることのできるショーであることに疑う余地はない。

 

1998年1月10日:大宮ソニックシティ(with 日出美嬢)
1998年6月27日:国立代々木競技場 第一体育館(with ヤヨイちゃん)

1998.07.05 

 

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