これが私の進む道

さとがえるコンサート'97:矢野顕子
 いやもう凄かったのなんの。
 こんな凄い矢野顕子は何年ぶりか、彼女の音楽性を思う存分見せつけられた感じ。

 まず、このトリオ形態がすごく良い。3人がそれぞれ自由にできる裁量範囲を持っていて、ときどきそれをオーバーすると「お、やるな」って感じで他のメンバーが反応する。そんなジャズっぽい緊張感を生かしたアレンジが多かったので、ここで私はシビれました。
 だから「湖のふもとでねこと暮らしている」とか、すでに完璧なフォーマットのできあがってる曲は逆につまらなく感じてしまう(演奏は完璧なんだけど、だからこそつまらないという)。僕は常々、音楽は「ナントカ形式」とか「ポップス(ジャズ)のコード進行」とか「バンド編成」とよばれるものに縛られず、もっと自由で複雑で生き生きしたものであって欲しいと願っているのだが、このトリオは3人という利点を最大限に生かして、そういった柔軟性のある音楽を生み出すということがわかったように思う。
 で、矢野のライヴだからあたりまえなのだが、演奏上での矢野顕子の裁量権が大きくて、なんとほぼ全曲で彼女のソロがフューチャーされていたのである。このソロがまた大熱演なのだ。1年前のさとがえるはいかにも急ごしらえのトリオで、音楽をまとめるだけで精いっぱいという感じがなきにしもあらずだったし、この半年前のHammondsのライヴはやりたいことが多すぎて焦点がぼけていたけど、今回は「捨てるところはばっさり切り捨てる。でもやりたいことは絶対に妥協しない」というつよい意思が感じられ、全く何か憑いたとしか思えないような演奏となった。

 歌にしても、単にキレイに唄うだけでなく、初期の頃のようなアグレッシヴさも見せるわ、スキャットでアドリブするわ、やりたい放題もいいところ。
 ドラムのクリフ・アーモンドは相変わらずのバカテク&ノリノリで、特にシンバルワークがものすごく繊細で良かったし、ベースのアンソニー・ジャクソンは言うに及ばず。ベースだけをバックに唄う「NEW SONG」は去年も演ったけど、これは何度聴いても凄い。
 あとやはり、ラストの方の3曲があまりにも凄すぎた。その前も充分凄かったんだけど、「すばらしい日々」のあたりで涙腺が怪しくなって「ちいさい秋みつけた」「電話線」で完全にキレた。

 矢野顕子のライヴって、もう何回も聴いてるのだけど、これがベストじゃないかな。この2〜3年、不完全燃焼というか、あまり印象に残らない内容だったが、今年は違った。またこんな矢野顕子が聴けるなんて、という喜びと驚きでいっぱい。アンコールの拍手をしながら怒涛のように感激した。音楽って凄いなあ、矢野顕子のパワーってかっこいいなあ、としみじみ感じた次第。

「うん。これだよ、これ。この凄さ。これが僕の好きな矢野顕子なんだよ」

 

1997年12月14日 NHKホール

初出:1997年12月 UC-Galop(1998年4月改稿)

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