おフランスの薫り

ペリカン通り殺人事件 / コシミハル

 

最高傑作でしょう。

2000年2月発売のコシミハルのアルバムです。今までに「パラレリズム」「ボーイソプラノ」という80年代の彼女の作品を取り上げていて、もうひとつ"echo de Miharu"についても書かなくちゃいけないなーなんて思っているうちにこのアルバムが出ちゃいまして(笑)。それがあまりにも素晴らしい出来映えだったものですから予定を変更して書くことにいたしました。

結論としては、このアルバムは紛れもなく彼女の最高傑作であります。
"echo de Miharu"以後の彼女の活動は良くも悪くもサロン的で、丁寧にまとめたアルバムを1〜2年ごとの間隔でリリースしていました。もちろんそのすべてをフォローしていたのですが、完璧さ同時に時として冷たく聞こえるほどの醒めた雰囲気が気になって、愛聴盤にはならなかったんです。ところがこのアルバムではそういった冷たさが完全になくなっていますし、とても感じの良い作品に仕上がっているのです。コシミハルはもともとサウンド感覚の鋭敏な人で技術的にも優れたものを持っていますから、リスナーが聴き入ることのできるちょっとした隙間のようなものが用意できれば、彼女の世界を存分に楽しむことができるのです。一分の隙もないような曲とアレンジで、サウンドには常に緊張感があるのにどこかゆったり、のんびり楽しめる雰囲気がある。やはり傑作と言えるのではないでしょうか。

 

余裕の理由。

1曲目の短いイントロを聴いただけでわかると思いますが、パーカッションのリズムがすごく良い感じに鳴っています。このアルバムでは大部分のパーカッションは人間が演奏しているんですね。楽器の種類は豊富ですが音数は少なく、相当に練られたリズムアレンジになっています。コンピュータが使われている曲でも、人間のパーカッションと絡んだりしてます。わりとゆったりしたテンポの曲が多い中で、これら複数のパーカッションのグルーヴがとても心地よく響き、サウンドから感じされる余裕の源になっているように思います。

パーカッション以外にも生楽器が使われていますが相変わらずキーボード系の音色が多く、全体としては相当にシンセサイザーを使っているはずなのですが、シンセっぽさやテクノっぽい感じは全くありません。これは、シャンソン風の雰囲気を持つ音色に統一しているためなのです。様々な音色が使えるサンプラーやシンセサイザーを使うと、どうしてもいろいろな冒険をしたくなるものですが、そういうことは若い頃に十分にやってきたからもういいや(笑)、という大人の余裕です。

 

しかし鋭いサウンド・センス。

極限まで音数を減らしているのですが、1つ1つのフレーズが秀逸。いちいち譜例を示していたらとんでもないことになりそうなのでやめておきますが、フレーズ・音色・エフェクトの組み合わせに強烈な個性を感じます。あと僕がこのアルバムで「おや?」と思ったのはコーラスで、サンプリングやハーモナイザーを使ったり、普通に一人多重録音を組み合わせたり、いろいろなことをやって面白い雰囲気を作ってるんですよね。しかもハーモニーが尋常でない。7曲目"Rififi"のサビのハモりとか、何を考えてるんだこの人は的なおもしろさがあります。

こういった微視的な面だけでなく、作曲や曲順などのセンスも大変優れていて、アルバムを通して聴くと曲が進むたびに「あら、こんな曲もあるのね!」という新鮮な感覚を味わうことができます。わりと軽くて耳当たりのよいサウンドなので何気なく聴いてしまいますが、最後にすごい2曲が控えているという展開も好き(笑)。11曲目"Chialeuse"は、歌詞の和訳が欲しい(笑)。他の曲は和訳もあるのに、この曲だけはフランス語しかないので何を唄ってるのかわからないのよー。曲も唄もすごい切ない感じがするし、"Chialeuse"=泣き虫、とタイトルだけは日本語が付いていますので、ますます謎が深まってしまいます。

続く12曲目"Ave Maria"は、言葉を失うほどの素晴らしさです。「ボーイソプラノ」以来の再録音となりましたが、その曲をこのアルバムの最後に持ってきた事実をまず重く受け止めなければいけないと思うのです。しかし、それにしても、素晴らしい。楽器がピアノになっただけでアレンジも構成も15年前と変わらないのに、ここまで感動的になってしまうのはすごい。こんなに素敵なアルバムを作るようになれるなんて、彼女のファンをやってて良かったなーとしみじみ感激したのでした。

 

2001.04.01改稿 (Original 2000.08.05)

 

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