二人三脚の始まり

MISSLIM / 荒井由実

 

基本的にはファースト・アルバムの路線であるが、全体にアメリカン・フォークっぽいフレーバーが入っている。特に吉川忠英のギターの雰囲気がそういう感じを出していて、とても爽やかなのだが、実はユーミンにとっては苦手なサウンドではなかったかと思う(彼女の好みはイギリス系のサウンドだったので)。全体に明るくノリのよい曲が増えていることが特徴で、「ひこうき雲」が荒井由実の翳りのある内面とすれば、こちらはコケティッシュな一面ということになろう。後になって出てくる魔女的一面もちらりと垣間みることができるわけで、そういった点ではファーストアルバムよりも歴史的価値は高い(笑)。

アレンジ面ではマンタ氏(松任谷正隆)の出番が多い。ファースト・アルバムとは対照的に、ほとんどの曲のイントロもマンタ氏が作ったものだと思われる。つまり、ファーストアルバムの「ユーミンの弾き語り+キャラメルママ」というスタイルではなく、アレンジの初期段階からマンタ氏が絡んでいるため、サウンドを優先させる曲が多くなっているのである。また、ユーミンにピアノを弾かせず、ボーカルのみに専念させたのも大きなポイントである。そもそも二人のキーボーディストが1曲の中に共存するは非常に難しいのだ。ファーストアルバムの曲はユーミン自身の弾き語りを柱にしているのでやむを得ない面もあったのだろうが、最初から最後まで一本調子にベタッと弾いてしまうユーミンのピアノが入ってくると、アレンジの変化をつけにくくなるのも事実である。

「君はピアノを弾かなくてもいいから」

というセリフをマンタ氏が言ったかどうかは定かではないが、似たようなことをきっぱりとユーミンに告げているか、態度で示していると思う。これは凄い。一緒に音楽を作り初めて1〜2年ほどで、そういうことが言えるものだろうか。まあ、この頃からすでにアルバム作りの全権はマンタ氏にあったらしいし、プライベートでも二人はつき合っていたようなので、その辺はサバサバしていたのかもしれない。ともあれ、ユーミンの弾き語りを軸にすることから解放されたことにより、飛躍的にアレンジ上の自由度が広がったことは確かである。そんなわけで、ほとんど詞と曲だけで勝負した前作に比べるとアレンジが戦略的になっており、あちこちでサウンド上の仕掛けが出てきて、とても聴きごたえのあるアルバムに仕上がっている。

最初の「生まれた街で」からかなりインパクトが強い。細野のベースが曲をぐいぐい引っ張りながらエレピやパーカッションが同じリズムをユニゾンで奏でるイントロは、ファーストアルバムとは全く異なったサウンド構成をはっきりと主張をしている。中間には大きな仕掛けも用意されているし、サビでは強力なコーラスを聴くことができる。また、「たぶんあなたはむかえにこない」のグルーヴもキャラメル・ママならではである。とてもかっこいい。この曲はピアノから始まるんだけど、弾いてるのはマンタ氏。フレーズの感じから、おそらくユーミンが弾いたものを採譜しているのだと思う。つまり、この曲は「ユーミンの弾き語り+キャラメルママ」というファーストアルバムのスタイルになるはずなのだ。しかしマンタ氏が弾くことで、ピアノのパートが整理されたものとなり、サウンド全体としてダイナミックな緩急のあるグルーヴを演出することに成功しているわけである。惜しい点として、イントロなどで細野のベースの音程が不正確な部分が気になるのだった。

そう、本作はひとり多重コーラスのオニ・山下達郎がコーラスアレンジで参加している点も大きな聴きどころで、このあたりのサウンド的な面白さ、アレンジの成熟度という点ではファーストアルバムを遥かに凌駕する内容となっている。なおコーラスは山下を含むシュガーベイブ、吉田美奈子、鈴木顕子(後の矢野顕子)が参加しており、いろんな意味で恐くてすごいメンバーではある。「あなただけのもの」などは、コーラスパートは完全に山下の曲になってしまっているような気もする。

誤解を恐れず言ってしまうと、「ひこうき雲」は、松任谷正隆がいなくても作ることができたアルバムだったと思う。それはやはりユーミン自身の弾き語りを中心にしているからであり、バックがキャラメルママでなくても、曲の持つ本質的な魅力は変わらなかったと思うからである。しかし、この「MISSLIM」以降は、松任谷正隆なくしてユーミンのアルバムを語ることはできない。ここに日本一の共稼ぎが始まったのである。

 

1998.11.08

 

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