きらめく才能と感性

ひこうき雲 / 荒井由実

 

まばゆいばかりの才能と感性が感じられるユーミンのデビューアルバムある。サウンド的には荒井由実のピアノとボーカル+キャラメル・ママ+ストリングス、といった感じで、まあ至ってシンプルである。

ファースト・アルバムとしては異様なほどに翳りをおびた曲が多いが、そのため1枚目にしてすでに「荒井由実の世界」が出来上がっている。また、どの曲も非常に完成度が高い。すべての曲がレコーディング前からアルバムに納められている形でユーミン自身の弾き語りとして完成されていたことが容易に推測できる。きっと少女時代から作りためていた、思い入れの深い曲を集めてレコーディングしたに違いない。

しかしこれだけ曲の完成度が高いと、他のアレンジャーの関与する余地はほとんど残らない。当時の話を総合すると、「とりあえずスタジオに入って、私(ユーミン)とみんなで音を合わせながら作っていった」ということである。実際には10曲中6曲までがピアノorエレピで始まるのだが、このあたりの曲のイントロはユーミン自身で作りあげたと考えるのが妥当であろう。ストリングスの導入もユーミン自身が最初から考えていたということである。そのため、ジャケットにも"Arranged by YUMI ARAI and caramel mama"と記載されている。ちなみにいちばん時間がかかったのはボーカルの録音だったとユーミン自身が白状した(荒井由実コンサートwith Old FriendsでのMC)。

キャラメル・ママのサウンドの要はなんといっても細野晴臣のベースと林哲夫のドラムからなるリズムセクションであり、このアルバムでも二人の作り出すグルーヴが曲をひっぱっていることが多い。松任谷正隆は特にRhodesのプレイが素晴らしく、印象的である。鈴木茂は、この頃はソロよりもバッキングの方がかっこいい(笑)。なお、ユーミン自身はイギリス系のバンドが好きだったようで、サウンドにおけるアメリカ指向の強かったキャラメル・ママとの共演ははっきり言ってかなり辛かったらしい。スタジオで試行錯誤するうちにようやく息が合うようになってきたということである(←やはりマンタ氏の力によるところが大きいと思われる)。そもそもキャラメル・ママ一派は当時全盛を誇った貧乏フォークシンガー達とは違ったブルジョアな世界に生まれ育った人が多かったので、レコーディング以外の面でも気の合うところが多かっただろうし。

ところで、このアルバムで聴くことのできるユーミンのピアノは、軽やかさや華やかさはなく、まあようするに下手である。つい同時期の矢野顕子と比べてしまうが、やはりユーミンの魅力は歌詞と曲そのものにあり、矢野のように演奏自体が個性のカタマリというわけではないのだ。

さて、アレンジ上のユーミンの個性はなんといってもメジャー7thとマイナー7thの多用である。これに尽きると言っても過言ではない。「ベルベット・イースター」のサビのEM7-Dm7-EM7-Dm7のくりかえしなどは特に強力だし、「雨の街を」のイントロの静謐さも7thの響きがあればこそ出せる雰囲気である。このコード感覚はメロディとコード進行を一緒に作っていかないとなかなか出せないはずで、歌詞よりも先にまずサウンドを欲しがった結果ではないかと思う。

歌詞についてはすでに多くの人がとりあげているのであまり書いても仕方ないと思う。ただやはり、雨の匂いや風の音、雲の色などをこういった形で歌の世界の中で表現するというのは、やはり凄い感性だと思う。しかし、いわゆる四畳半フォークの貧乏くさい歌詞が主流だった時代に、八王子の裕福な家庭で育った空想好きなお嬢様の作り出す世界が提示されたのだから、衝撃的新人デビューと騒がれるのも当然である。

ともあれ、発売25年になるこのアルバムは、いまも全く輝きを失わない感性と才能が溢れている傑作であり、特に最近ユーミンファンになった人などはぜひ聴いてもらいたい作品である。

1998/10/18

 

Back to "Cool Disks"