タイトル拝借しちゃいました

音楽図鑑:坂本龍一

 

アルバムの背景

YMO後期〜散開後にわたってだらだらとレコーディングされた30曲とも言われるストックの中から、厳選した曲をまとめたアルバム。戦メリ直後からレコーディングが始まっていたらしいので、2年ほどの時間を費やしたことになる。そして、特にコンセプトもなく曲を寄せ集めたということで「図鑑」というタイトルが付いたという。当然の事ながら、ボツになった曲も多い。本作のレコーディング風景を元に作られた映画「TOKYO MERODY」を見ると、アルバムには入らなかったボツ曲のレコーディングに相当な時間を費やしている様子が良くわかる(Fairlightでエグい音色を弾いたりしてるのよ←教授は手弾きが多い)。

ピアノを弾く教授の影がアリになってるジャケット写真が秀逸。これは働きすぎな自分に対するアイロニーのようにも見える。ゲストも豊富で、30歳までの坂本龍一の総決算とも言える内容になっている。さらに、教授いわく「湯水のようにお金を使ってしまうので、いいかげんレコードを出さないと大変なことになってしまう」というほど時間とお金がかかっているだけあって、内容はものすごく濃い。ポップな前半部の曲もたくさん音が入っていて、実に手の込んだ作りになっている。この次のアルバムとなる「未来派野郎」はコンセプトには凝ったもののサウンドやアレンジは意外とシンプルであり、好対照を成している。しかしこの頃の教授はメロディが弱く、どの曲を聴いてもカラオケのような感じ(さらに別のメロディが乗ってもおかしくない)が否めないのもポイントである。

前半はかなりフュージョン風というか、ポップというかキャッチーで聴きやすいので、初めて聴く坂本のアルバムとしても適しているように思う。しかし聴く人を引き込むような魅力を持つ曲はそれほど多くなく、発売後10年以上を経過してさすがに印象が薄くなった感じである。なお、レコードではボーナス盤として12インチシングルが付いた2枚組で発売されたが、現在入手可能なCD「音楽図鑑・完璧版」ではその2枚に加えて、CMソングの「きみについて」まで含まれたまさしく完璧な形で発売されている。

エンジニアは小池光夫、小野誠彦らであり、まあYMO路線そのままである。コンピュータプログラミングとして藤井丈司が加わっているが、まだ20代前半だったのではないだろうか(教授も充分若かったが)。参加ミュージシャンは幸宏や細野さんのほか山下達郎がギターを担当。その他、大村憲司、吉川忠英、清水靖晃、近藤孝則、David Van Tieghemほか。David Van Tieghemの多彩なパーカッションがアレンジ上のポイントになっている曲が多い。

 

ハードウエア

何と言ってもFairlght CMIに尽きる。CMIはレコーディング後期(YMO散開後)に購入したようであるが、曰く「音をすべてCMIに取り替えたくなった」というほど気に入ったらしい。「TIBETAN DANCE」のメロディをとる琴の音色を始めとして、「旅の極北」のリズムなど、ほぼ全曲に導入されている。あとはDX-7とProphet-5である。ただ、DXにしてもCMIにしても、使い方が大人しい。特にDXはほとんどプリセット、あるいはプリセット+アルファ程度であろう。撥弦楽器やマリンバ、ヴァイブなどの打楽器のシュミレートに使われている。いずれにしても、後の「未来派野郎」「エスペラント」のような大胆な音色はまだ聴けないが、その分だけ落ちつきのあるサウンドになっているようにも思える。

 

各曲解説

TIBETAN DANCE
いきなりものすごくポップな出だしに驚いた人も多かったことだろう(笑)。
Aメロの繰り返しの合間に凝った展開部が挿入される、そのころの教授としてはよくある展開。A-B-A-C-A-A-B-A-(fade)という感じである。特にシンセベースのソロが入るC部は緊張感があってよい。B部は、おそらく教授でなければ作り得ない世界。それ以外は特に内容のない曲。キャッチーなモチーフができたので、それを元に1曲仕立てた、というところかしら。しかし、これは大したことなのだ。短いモチーフを発展させて1曲仕上げてしまうのは、教授の得意技である。単なるハナウタを、きちんとしたまとまりのある音楽として成立させること、それこそが「作曲」と呼ばれる作業なのだ。
ETUDE
ビバップの練習(ETUDE)。やはりイントロの進行が凄い。Aメロは大したことがないのだが、そこに付いているコードの内声の動きが見事なのだ。このような進行は後に何度も聴くことができる。そして、中間部でいきなり4ビートしてしまうのが怖い。これをライヴでやったりするからもっと怖い。
全体的に細野さんのベースがかわいい動きをするのが微笑ましい。スネアはおそらく、人間が叩いたものをトリガーにCMIを鳴らしているものと思われる。
PARADICE LOST
細野さんの楽園音楽を坂本流にやるとこうなる、という見本。とにかくいろんな音が入っていて、さぞやミックスが大変だっただろうと思われる。
SELF PORTRAIT
タイトルからもわかるように、教授のターニングポイントとなる重要な曲である。シンプルな美しいメロディが何度も繰り返される得意のパターン。メジャー系のAメロと、Aメロをマイナー系で展開したBメロの2種類があり、この2つのメロの繰り返しを軸に様々なブリッジをうまく組み合わせて1曲としてまとめている。そしてこのメロをサポートするコード進行が実に素晴らしい。特に、AメロからBメロ、Bメロからブリッジへと移行する際のコード進行が秀逸。また、なにげなく聴いているとわからないが、調性に注意すると各パートにおいてめまぐるしく転調していることに気が付くだろう。シンセはベースとシーケンスフレーズを除いてほとんどFairlight CMIなのだが、独特なノイズ混じりのサウンドをうまく生かしている。さらにミックスの空気感、ドラムの音色などすべてが完璧であり、この時期の坂本龍一を代表する曲と言ってよい。
旅の極北
レコードではここからB面で、ポップなA面とはうって変わったアヴァンギャルドな世界になる。この曲もいきなりCMIのドラムがとても重い。というか、とにかくCMIで一曲作りたかった、というのが本心らしい。進行そのものはシンプルだが、ミックスが凝っている。Prophet-5のレゾナンスの上がったPad系も逆回転音が混ざっていて、どんなふうに弾いているのか、ちょっと見当が付かない。
MAY IN THE BACKYARD
これもCMIで作る、というか「Fairlght CMIのPage Rで作る」ということに意義のあった曲と思われる。Page RというのはCMIのシーケンス機能のことであるが、当時の業界標準だったカモンミュージックのRCPとは似ても似つかぬもので、曲を部品の組み合わせと捉えるようになっている。8小節とか16小節の部品を組み合わせて1曲に仕上げていくのである。これは、考え方としてはMacintosh用のシーケンスソフトOpcode Visionに近い。ともかく、このPage Rを駆使して複数の要素をパズルのように組み合わせて、曲として構成している。この各パートがほとんどミニマルである(笑)。サビ(?)ではクラスター的な音のぶつかりを多用している。当時大ブレイクしていたオーケストラヒットも使われており、いかにも習作といった趣ではあるが、曲としてはうまくできている。
もともとそういう曲なので、ライヴ演奏は考えていなかったようであるが、思いのほか良い曲に仕上がったこともあり本人はいたく気に入っているらしい(作曲そのものはピアノでなされたと思われる)。10年後の「Sweet Revenge」ツアーで初めてライヴ演奏されたが、これが大好評となり、以後ほとんど必ずライヴで演奏されるようになった。ミニマルな曲で限りなく熱く盛り上がってしまう、というのが教授の特徴であるが、この曲もそうである。はっきり言って、ライヴバージョンの方が遥かに素晴らしい。トリオツアー、Playing the Orchestra 1997など、いろいろな楽器で演奏されているが、その度に違う雰囲気が味わえる。ぜひ一度ライヴへどうぞ(笑)。
羽の林で
「PARADICE LOST」と同時期の曲と思われる。ここで初めて教授の肉声が出てくるのでドキっとする曲。あんまり内容はないが、サウンド的にはDXを駆使したフレーズがミニマル的に重なり合っていてかなりすごい。
森の人
メロディと歌詞はけっこう深い。というか、コンセプチュアルである。アルバムの方針がまとまってきてから、最後の方で作られたためと思われる。ちなみに歌詞は矢野顕子である。サウンド面では、パーカッションやシンセサイザーなどの音色の選び方といい、ミックスといい、さすがである。ボコーダーのコーラスが絶妙な味を出している(教授の声はボコーダーに通した時の音質が非常によい)。中間のレゾナンスが上がったProphetによる短いシンセソロなどは秀逸。
A TRIBUTE TO N.J.P.
レコードではこれが最後の曲となる。内容としては、近代音楽的手法で作ったJazzのようなもの。本来6/8拍子なんだけど、3拍子系と2拍子系が入り交じり、コードも飛びまくる。トリッキーな作り方になっているのである。
REPLICA
ここからはレコードでは2枚目、おまけのボーナスシングル盤となる。この曲は「戦メリ」的な全音音階を用いた完全にミニマルなもの。その上にProphetでインプロビゼーションしました、というところであろう。Playing the Orchestraなんかで演奏されている。
マ・メール・ロワ
これは名曲。このように教授が意識して「日本もの」をやるのは非常に珍しいのだ。しかしメロディは完全なペンタトニックではなく、後の「ラストエンペラー」のように7thが出たりする。シンセはほとんどCMI。ひばり少年少女合唱団のコーラスや近藤孝則のトランペットも見事にはまっている。Fade out前の展開が大好きだったりする。
きみについて
CD用のオマケ。日本生命だかのCM曲。後期YMOといった感じで、まあ「お仕事」ですよね(苦笑)。レコーディング時期はかなり古く、YMO散開前、"Service"の録音と同時期と思われる。
TIBETAN DANCE(Version)
TIBETAN DANCEのリミックス。音数がぐっと少なくなっており、細野さんのベースがよくわかるようになっているのが嬉しい(笑)。それにしても、教授ってリミックス系がヘタね(爆笑)。

1998.9.12

 

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