絶えることのない変化

WE LIVE HERE / Pat Metheny Group

 

1995年発表のPat Metheny Groupのアルバムです。Patが個人的に関係したアルバムは"Secret Story"を始めとして何枚か出ていたのですが、グループとしてはその前の"Letter From Home"から実に5年振りのリリースとなります。僕がきちんとPat/Pat Metheny Groupの音楽を聴き始めたのは91-92年からなので、リアルタイムに体験した初めてのPMGのアルバムということになります。グループとしてのアルバムのリリースがない間に解散説が流れたりして、随分ファンを心配させてくれましたが、これでホッとした人も多かったのではないのでしょうか。

このアルバムにはそれまでのPMGとは全く異なる際だった特徴が2点あります。まず音楽的にはR&Bへの傾倒が上げられ、もう一つ、技術的な面としてサンプラーよるリズム・ループの導入です。Pat自身の言葉によると「ジャズの伝統を考えるとき、唯一の伝統は『絶えることのない変化』だと思う」だそうですが、PMGサウンドを完成させた"First Circle"以来、"Still Life"〜"Letter From Home"と、常に前作の発展型でアルバムを発表していたPMGに訪れた一大変革期だと思います。なにしろこのアルバム以後のPMGは、今作とは対照的に全曲アコースティック&インプロビゼーションによるアルバム"Quartet"をリリースし、さらに"Quartet"とは対照的に楽曲構成を究極まで突き詰めた"Imaginary Day"をリリースと、アルバムを出す度にスタイルを変化させています。その変化の第一段階となったのがこのアルバムと言えます。

 

時代背景

R&Bへの傾倒については当時の流行が大いに関係していると思います。実は93-95年というのは、TLCのレコードが1000万枚も売れたりしたことからもわかるように、アメリカではかなりR&Bが流行った時期です。あのMadonnaですらDallas Austinをプロデューサに迎えたR&B色の強い"Bedtime Stories"をリリースしたりと、それまであまりR&Bとは関係ないように思われていたアーティストが次々とコンテンポラリーなR&Bへアプローチをかけ、そういう作品を生み出していました。実は伝統的なR&Bは泥臭い面があって、アメリカにおいてもあまり好まない人が多いのですが、90年代以降のR&Bはブルースのエッセンスのみを利用するかたちで作られており、かなりソフィストケイトされた質感になっているため多くの人に受け入れられたのだと思っています。そして、これらの90年代R&Bサウンドのボトムを支えているのが、サンプラーによるリズム・ループです。

サンプラー自体は1982年頃から存在していたわけですが、当時はメモリも高価で長い時間サンプリングできるほど搭載できなかったんですよね。それでもいろんなアーティストは古今東西のアルバムから「かっこいいグルーヴ」を抜き出してサンプリングしては、それを再構築して新たな曲を生み出すようになりました。昔のレコードはボトムのしっかりとした太いサウンドが多く、サンプリングすることで音質は悪くなるんだけれども、そのざらついた質感の音色とグルーヴの一体感がまたかっこよかったりするわけです。

僕自身も93-95年あたりはR&Bがマイブームになっていて、Marvin Gayeとか聴き漁っていたし、一方ではPat Methenyも大好きだったので、ごく単純に「PatみたいなメロウなギターサウンドとR&Bのリズムを組み合わせたら、けっこう面白い音楽ができるんじゃないかなあ」と思っていました(笑)。でもそんなことは他にも誰かが考えているわけで、実際にRonny Jordanという人がすでにR&Bなサウンドの上で展開するジャズ・ギターをコンセプトにしたアルバムを発表していました。ただ、ジャズがベースになってるPatとは違って、JordanさんはブラックなのでR&Bがベースになっており、ギターサウンドの質感こそ共通点があるものの、全体としてはかなり異なる雰囲気になってました。要するに、クラブで踊るのが目的なので、あんまりメロウじゃないし展開も単純で、曲の構成とかを楽しむ感じではないんです。Jordanのサウンドそのものはとても格好いいのですが、複雑なサウンドや展開のある曲を好む僕にはちょっと物足りないところもあったんです。そうしてるうちに、本家のPMGがR&Bなアルバムをひっさげて復活してしまいました。ということで、この"We Live Here"はまさに自分にとっては願ったり叶ったりのタイミングでの登場となったのです。

 

新しい方向性による、新しいファンの獲得

ところで、"We Live Here"以前のPMGのリズムはまさに流麗で、Paul Werticoの流れるような繊細なシンバルワークがトレードマークでした。しかし、タイトさやビート感とは縁が薄く、これがPMG初心者やジャズをあまり聴かない人たちに「わかりにくい、難しい音楽」というイメージを抱かせていた思います。サンプリングによるスクエアなリズム・ループが加わることでタイトなビートを演出することができるので、このアルバムは「わかりやすい」「親しみやすい」という評価を得て多くの新しいファンを獲得することになったのではないかと思います。その一方で、このアルバムはそれまでPMGのサウンドの核であったブラジリアン・フレーバーがまったく感じられない曲が多くなっているのですが、実はこれもブラジル音楽を苦手とする人にとっては好都合だったようです(苦笑)。アメリカでも同様の現象が起きていて、1曲目の"Here to stay"がR&Bチャートでヒットしたこともあって、それまでは固定ファンで占められていたPMGのライヴに大量のR&Bファンが押し掛けるという事態が発生したそうです。

 

自身のR&Bムーヴメントとあわせてタイトルについて考える

このアルバムが出た当時は僕もR&Bムーヴメントのまっさなかで、当然の如く大亢奮して絶賛しまくったものでしたが、いま冷静になってみると「Methenyっておいしいところだけ持っていってズルいよな」と思います(笑)。このアルバムにおけるPMGのアプローチが甘いものだとは思わないのですが、R&Bフレーバーの取り入れ方としては非常にソフィストケイトされたものになっており、中核はあくまでもPMGサウンドなんですよね。様々な影響を受けても自分のスタイルは崩さず、音楽の一要素として利用するのは非常にクレバーな手法ではありますが、ズルいとも思うわけです。特にミックスの手法は明らかにR&Bとは一線を画しています。R&Bによるギターインストゥルメンツとしては、この後1996年にリリースされたRonny Jordanの"Light to Dark"が一つの頂点といってよく、こちらはしっかりとしたR&Bサウンドになっていて、イギリスのクラブシーンで大ブレイクしましたんで、そういうがお好きな方には特にお勧めします。

また一方で、PMGサウンドの魅力を考えた場合、このアルバムで彼らが提示したサウンドはR&Bの雰囲気を持ちつつもやっぱりPMGならではのサウンドだったわけで、「どんなに時間がたっていても、他の影響があっても僕たちはこういう風なんだよ」という強烈な主張を感じることもできました。そんなわけで、このアルバムのタイトルが"We Live Here"になったんじゃないかなあと勘ぐったりしてます。

 

"Really collaboration"

このアルバムの曲はほとんどPatとLyle Maysの共作となっています。それまでのPMGのアルバムはほとんどPatが作曲していたので、大きな違いになります。Patはビデオ"We Live Here Live in Japan"でのインタビューでも「このアルバムの曲は、僕とライルの本当の意味での共同作業の結果、生まれたものなんだ」ということを熱く語っていました。実はPMGというのはけっこう特殊なグループで、Patが個人作業で作ったトラックを元に各プレイヤーが演奏する、というパターンでアルバム制作を進めることが多かったようです。ところが、今回は作曲段階から共作が行われただけでなく、ベーシックなトラックの録音にも他のメンバーが参加して、最初からグループ全員がアルバム作りにかかわっています。一説によると、ベーシストのSteve Rodbyが大変な機械オタクで、とにかくサンプラーが大好きで、いろいろいじくり倒してリズム・ループを作ってはPatに聴かせて「ね、ね、こんなのどう?けっこういいでしょ?うふふ」とかやっていたらしいです(笑)。真面目な話、PMGがアルバムを出す度にSteveは重要なポジションを担うようになってきたと思います。PatもSteveのサウンドに対するセンスをかなり高く評価していて、その証拠に、このアルバムはもちろん、Pat自身のソロアルバム"Secret Story"でも盟友Lyle Maysを差し置いて共同プロデューサーとしてクレジットしているんですよね。それと、ほとんどの曲でSteveはアコースティックなベースを弾いてるのがミソです。リズム・ループとアコースティックベースの相性は、けっこう良いと思います。あと忘れてはいけないのがドラマーのPaul Werticoで、このアルバムではサンプラーのリズム・ループに彼の繊細なシンバルが加わることで、独特なグルーヴとサウンドカラーを生み出すことに成功しています。リズム・ループ+シンバルてのは誰もが思いつくネタなんですけど、ここまで絶妙にハマるとはPat自身も予想していなかったようです。そんなわけで、5年振りのPMGのアルバムとなった本作ですが、いざ録音を始めてみたら、そんなブランクは全く問題にならないほどうまい具合に共同作業が進行したようです。

ということで、各曲の解説に入ろうと思ったのですが、なんだか前置きがとても長くなってしまったので、大幅に割愛しつつやります(苦笑)。

 

各曲解説

- Here to stay -

ソフィストケイトされたR&B風リズム・ループ+Paulのシンバルというリズムがとても気持ち良い1曲。しかしさすがのPMGで、単にループを使うだけではなく、いろんなパーカッション(生)が加わって大きなグルーヴを作りだしています。リズムから曲を構築しているので、ベーシックとなる部分は非常にシンプルなのです。シンプルなモチーフを複雑に展開するのがPMGの持ち味の一つとすれば、この曲はまさにPMG的な1曲ということになるのでした。

- The girls next door -

これは問題作で、アルバムの中でもわかりにくく、とっつきにくい曲だと思います。僕も95年当時はこの曲が全然わからなかったのですが、今となってはこの曲がいちばん好きだったりするわけで、つくづくマイナーな好みだなあと呆れてるわけです(笑)。ベースを含めたリズム隊が好きだというのが大きいのですが、Patのギタープレイのタイミング、特にハネ方やタメといったものが絶妙だと思うんですよね。またメロディに続いて展開されるPatのソロがどんどん異様なラインになっていくあたり、密かに隠された彼の狂気を見る思いがします。バックのリズム・ループも一貫して同じように聴こえますが、アクセントに入る金管とかベースが少しずつ変わっていくのもすごい。さらに凄いのは3分50秒からの展開で、この超アヴァンギャルドなコード進行には参りました。この部分のバックでぐちょぐちょ鳴ってるサンプリング音はすごく変だと思うんですが、妙に気持ちいいです。ただ、この部分をあまり長くやるとリスナーもついていけないので、あっさりと切り上げて元の展開に戻っていき、サクっと終わってしまいます。ううむ、やるなあ。ただ僕的にはリズム隊のサウンド処理が軽くて惜しいと思ってます。もう少し低域を押し出すともっとR&B的なグルーヴになると思うんですが、一歩手前でやめているんですよね。この微妙なバランス感覚がズルいと思うわけ。

- To the end of the world -

静謐にすら感じられるリズム・ループとギターから始まるこの曲ですが、実はPMGお得意の視覚的イマジネーションを掻き立てるスペクタクルが展開されるスケールの大きい、とっても熱い曲なのでありました。曲想の展開とか、盛り上げ方がとても巧い。特にSteveのベースね。リズムパターンは終始変わらないのに、曲の展開に合わせてどんどんベースラインの起伏が大きくなっていくあたりはさすがです。あと、ソロで盛り上げるのではなくて、アンサンブル全体で一つのカタルシスを作り出しているんですよね。しかし、これって"San Lorenzo"から始まって"Are you going with me ?"や"Half life of Absolution"、そして"Imaginary Day"へと到達するPMGの伝統そのもののような気がします。つまり、Lyleの素晴らしいピアノソロから短い展開部を挟んでついにギターシンセが爆裂するわけですが、これはもうファンにとって願ったり叶ったりの筋書きなんですよね。意表を突く展開をいろいろ用意したり、やたらと音楽性が高かったり、とにかく評価の高いPMGですが、最終的にはリスナーがイキたいところでイかせてくれるってのが、人気の秘密なんじゃないかと思ってます。少なくとも僕は、こういう曲を聴くと脳内麻薬が大放出されるのを実感します。←カタルシスを感じるってことを科学的に表現してみました(笑)。

- Episode D'azur -

Lyle作曲による、これまたアヴァンギャルドなトラック。とにかく最初のテーマ部分のリズム割りが取りにくいのよね(苦笑)。対照的に1分30秒からの展開部がAbstruct & Romanticに美しいのですがこれも非常に短くて、またわかりにくいテーマに戻ってしまうという、とにかく変な曲。よくわからないのですが、ピアノにシンセサイザーをレイヤーしてあって、「バーン」と和音を弾いたあとにボリュームペダルを上げてPadを加えたりしてるみたいで、全体としては非常に複雑になっています。

- Red Sky -

ちょっとスパニッシュなメロディが印象的な始まり方ですが、コードが平行移動するような感じで転調をくりかえしつつ盛り上げてサビへ繋がります。このサビが非常に美しく、とてもメロディアスです。そのあとすぐギターシンセによるソロに突入していく展開はちょっと意外なんですが、これがまた延々と続くんです。そして再びサビに移行して、ホーンが加わり、再度ギターシンセが加わって大盛況のうちにF.O.というよくわかんない1曲。スケールの大きなサビの美しさだけが印象に残ります。

- Stranger in Town -

最後はとても速いフュージョン。これは演奏するのがかなり難しいと思っていたんですが、この人たちはライヴであっさり弾きのけちゃうんですよね。ちょうど来日したとき「タモリの音楽は世界だ!」にゲスト出演してこの曲を演奏したんですが、もうあっけにとられるほどの凄さでございました。で、この曲で圧巻なのはもちろんMethenyのソロでございます。流麗なテーマのメロディからそのまま流れていってしまうのですが、スケールアウトの感覚が絶妙です。特に調性の危ういギリギリのラインで速弾きを展開する部分は目眩がするほど魅力的。今まで何度も書いてきたように、単に美しいだけでは足りないわけで、綺麗なバラには必ずトゲがあるように、芸術にもある種の魔性や毒が必要なんです。Patの音楽における魔性は何か、それがこの曲のソロに表現されています。美しくメロディアスな展開も彼の音楽の大きな魅力ですが、このソロこそ全然普通じゃない感覚を持っている天才だからこそ成せる業。普段ジャズを聴かない人たちにはついていけないフレーズだと思いますが、いったんこちらの世界に来てこのような悪魔的フレーズに取り憑かれたら最後、僕のようにMethenyなしでは生きていけなくなってしまいます。なにしろ、最後のフェードアウト前のソロが短すぎると感じてるくらいですから。95年の来日公演では、アンコールのこの曲で踊ってる人がけっこういたのですが、彼らも僕と同様、廃人であることはもう言うまでもありません(笑)。

 

1999.04.10

 

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